演劇

2009年4月25日 (土)

演劇に行ってきました「作:A.R.ガーニー 『ラヴレターズ』(2008-9)

演劇に行ってきました「作:A.R.ガーニー『ラヴ・レターズ』」 200年12月11(木)ル テアトル銀座 by PARCO(東京メトロ銀座線京橋駅から徒歩1分、銀座駅から徒歩5分、有楽町線銀座一丁目駅から徒歩1分、都営地下鉄浅草線宝町駅から徒歩5分) 朝日新聞プレゼント企画に当選したもの

作:A.R.ガーニー 訳・演出:青井陽治 企画・製作:(株)パルコ

2008Christmas Special  かけがいのあなたに贈る、リーディングドラマ

《舞台 ストーリー 感想 印象など》

 これまでに多数の組の男女俳優が出演している。今回は?組目の人気の公演。ロビーには、これまでに出演したカップルの舞台写真が、所狭しと掲示されていた。

 キャッチフィレーズは、「男と女二人だけ 手紙を書き手紙を読む・・・・今夜はあなたもラヴレターを書きたくなるでしょう。クリスマス・シーズン到来で 賑わう銀座に、個性と魅力溢れる 6組のカップル(今シリーズ)を迎えてお贈りします。深い感動が生まれる一瞬に、あなたも立ち会ってみませんか。」

 舞台にはテーブルと二脚の椅子。並んで座った男優と女優が、手にした台本を読み上げるだけの2時間。大掛かりな仕掛けも、目をひく照明や音響もない。このシンプルな舞台が、これほど見るものをとらえてはなさないと、誰が想像できたでしょうか?

 『ラヴ・レターズ』は1989年ニューヨークで初演されるやいなや、全世界で上演され、静かなブームを巻き起こしました。日本でも1990年8月19日にパルコ劇場で幕を開け、以来この一つの台本を、年齢も個性も異なった様々な延べ360組のカップルが読み続けています。俳優によって、観客によって、同じ作品とは想えない程全く新しく生まれ変わる舞台。世代、年代、個性に応じて全く新しい『ラヴ・レターズ』が誕生します。俳優が何の具体的な演技を行わないゆえに一層、その声と姿に彼らの演技を超えた真情がほとばしるのを目の当たりにし、観客は新鮮な感動を共に分かち合うのです。

ストーリー

 幼なじみのアンディとメリッサ。自由奔放で感覚人間のメリッサ。真面目でいつも何かを書いているアンディ。思春期を迎えて彼らは、一番近い異性としてお互い十分相手を意識しはじめる。

 しかし、ついに決定的チャンスを迎えた夜、二人は友達以上にはなれない自分たちを発見する。大学を出た二人はそれぞれ結婚し、まったく別の道を歩き始める。海軍を経て法曹界に入り、上院議員まで登りつめるアンディ。アートの道に進んだものの行き詰まって、精神的破綻をきたすメリッサ。久しぶりに再会した二人は、別々に過ごした日々を取り戻すかのように、お互いを激しく求めあう。しかし結ばれるには、時は余りにも遅すぎた。

 

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2009年4月20日 (月)

演劇に行ってきました「文学座『口紅』(2008-6)

2008年12月3日(水)東京芸術劇場小ヒール地下1階(JR池袋駅徒歩5分)朝日新聞のプレゼント企画に当選したもの。

《キャスト・スタッフ》

作:サタケミキオ  演出:高瀬久男

登場人物

花田 鉄(元詐欺師):渡辺 徹  あきな(キャバ孃):松岡依都美  篠田陸夫(「紅の湯」主人):小林勝也  雄介(「紅の湯」従業員):亀田佳明  桜庭陽子(陸夫の娘):奥山美代子  桜庭千春(陽子の夫):中村彰男  桜庭 遥(陽子の娘・大学生):吉野実紗 ほか

《あらすじ》

 ---実に風呂のない時代、銭湯は街の社交場だった。例えば60年くらい前ならば、銭湯は年がら年中大入り満員で一番風呂を楽しみに多くの人が行列をした。内風呂という言葉を聞かなくなったのはいつ頃だろうか。

 銭湯から客足が減り始め、次々と廃業していく現代、ここ「紅(べに)の湯」は昔ながらの銭湯として主人の気概と、家族たちの支えもあって、なんとか営業を続けていた。

 さあ、本日も「紅の湯」開店の時間である。一番風呂を待つお客さんがいる。どこかで見かけたような男・花田 鉄はやはり一見さんでもただの客でも、なさそうだ。

 鉄は一体何者か?そして「紅の湯」の運命はいかに---

私の席 C(2)列1番(左端)。この劇場は初めてだが、なかなか良い小屋。

 客が銭湯の入り口に並び、チンドン屋もおり賑やかな出だし。舞台後ろ上部に、次の掲示がずっと掲げられている。

 入浴者心得

東京都衛生局からの注意により 公衆衛生のため入浴する方は左の事がらを守って下さい(縦書き)

一、湯船(ゆぶね)に入る前全身特に下の方をよく洗うこと

一、浴槽の縁にまたがらないこと

一、流し場にペタリと座らないこと、お子さんはなるべく持参の腰かけを使うこと

一、共同の腰かけを使うときはよく洗うこと 浴槽の場で髪や顔を洗わないこと

   手ぬぐいやタオルなどを浴槽内に持ちこまないこと

一、よっぱらって入浴したり騒いで他人に迷惑をかけないこと、なお傳染する病   気を持っている方、他人に迷惑を及ぼす者の入浴は法により禁ぜられております

 昭和二十七年六月

 浴場主

 東京都公衆浴場商業協同組合

 お客様

サタケミキオさんこと詫間孝行さん

 1970年7月7日、東京生まれ。1997年、俳優座養成所の仲間と共に劇団「東京セレソン」を旗揚げ、主宰者兼役者として活動を開始する。

 2001年、劇団「東京セレソンデラックス」と改名以降は、全作品の脚本・演出・主演を受け持つ。脚本・演出「サタケミキオ」と俳優「詫間孝行」の二つの名前を使い分けて活躍中。

 脚本家・サタケミキオとしては、2005年、「アタックNO.1」(EX系)を経て、同じく「花より男子」(TBS系)が大ヒット。続編の「花より男子2」はさらに大ブレイクで、今夏には「花より男子ファイナル」として映画化され、メガヒットを記録した。

 その他には、映画「ヒートアイランド」、東京セレソンデラックスの舞台を連続ドラマ化した「歌姫」(TbS系/ギャラクシー・第2回マイベストTV賞グランプリ受賞)がある。

 俳優・詫間考行としては、NHK大河ドラマ「新撰組!」、「タイガー&ドラゴン」(TBS系)、「今週、妻が浮気します」「鹿男あおによし」「セレブと貧乏太郎」(CX系)、「おせん」(NTV系)などに出演。

 来年4月から放送予定のNH朝の連続テレビ小説「つばさ」にもレギュラー出演が決まっている。・・・・・

詫間考行さんのこと     うつみ宮土理

 「うつみさん!スゴイ舞台を観てきた!笑って泣いて・・・・感動した。《東京セレッソンデラックス》という劇団!詫間考行という俳優で、脚本家、演出もするというすっごい男がいるんだ!観にいこうよ」興奮気味で私を誘ったのは、俳優の石井愃一さん。石井さんとは随分昔、私が『ロンパールーム』というテレビ幼稚園の先生役をしながら、演技力をつける為に『舞台芸術学院』に通っていた時の同級生。石井さんの舞台好きは有名で・・・・・

 その石井さんが「スゴイよ!」を連発する舞台を観たのは、2005年の夏、『夕』からである。中野のある狭い劇場の通路にまで客が溢れている。『夕』・・・・

 泣いて、笑った。そして縁を感じた。・・・・・その夏《東京セレッソンデラックス》は、夏の三部作ということで『夕』に続いて『口笛』『ぴえろ』の三作品を上演した。どれも、これも、甲乙つけ難く、感動の名作だった。そして、とにかく、詫間考行さんがカッコいい!・・・・

 私の短兵急な性格が、「三部作」の舞台を観終えたその晩、劇場近くの居酒屋でお客様と歓談中の詫間さんにいきなり切り出した。「次回の舞台に、私を出して下さい!」キョトンとして、「えっ」と聞き返した詫間さんに私は同じ言葉を繰り返した。詫間さんは私の迫力に押されたように「はいっ」と返事をして下さった。

 「やったーッ」どうよっ、私の行動力!と私は我ながら自分の素早い実行力に、ちょっと恥ずかしさを感じつつも「夢はかなうんだ!」と幸せな気分になった。・・・・・

 今回、文学座に登場の詫間さん。渡辺 徹さんがとても熱心に、詫間さんを口説いて実現したと、聞いた。やはり徹さんは私に似ていて行動派だとと分かった。やったね!!徹さん!!徹さんご夫妻の仲人の私は、とても嬉しい。・・・・

       

 

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2009年4月 3日 (金)

演劇に行ってきました「マキノ ノゾミ作・演出『フユヒコ』(2008-5)

2008年11月15日(土)18時30分開演 紀伊國屋サザンシアター(JR新宿南口徒歩7,8分) 『フユヒコ』 朝日新聞のプレゼント企画に当選したもの。

《スタッフ》

作・演出:マキノノゾミ  衣装:川口夏江  照明:中川隆一  音響:高橋 厳  衣装:三大寺志保美  舞台監督:澁谷嘉久  製作:森 正敏・東雲幸一

《キャスト》

寺田冬彦:山野史人  寺田りん:津田真澄  寺田康一:太田佳伸  寺田早月:椿真由美  寺田秀二:五十嵐明  寺田秋子:加茂美穂子  大河内政親:佐藤 祐四沢木 登:木下政治(劇団.M.O.P)     

《場割》

第1幕-

1 昭和9年12月24日月曜日の夕刻。

  東京、本郷区曙町にある理学博士寺田冬彦氏宅の居間。

2 翌25日、火曜日の昼下がり。

  うららかな小春日和で、茶の間も応接室も明るい。

3 翌26日、水曜日の晩。

  康一が講師嘱託となった祝いの宴、

  その半ば過ぎた頃合。(ゴロツキ新聞の記者と友人のはなし)

4 翌27日、木曜日の昼下がり。

  空は今にも降りだしそうな曇天である。(沢木が寺田家に来る。冬彦が秋子にシーッと  言って話しを禁じる。)

第2幕-

 翌28日、金曜日の昼過ぎ。

  昨日からの雨が降り続いている。

2 翌29日、土曜日の夜。

  外ではしんしんと雪が降り続いている。

3 翌30日、日曜日の夕刻。

  居間には誰もいない。-と・・・・・。

4 翌31日、月曜日の昼過ぎ。外は快晴、日本晴れ。

《印象 感想など》

 ユーモアのあるコメディ。会話が面白かった。

《パンフレット》より

 マキノノゾミの三部作「フユヒコ」「赤シャツ」「MOTHER」の中の、「フユヒコ」の上演。

 キャッチ・フレーズは、「日本が日本であった頃、みんな同じ空気を吸っていた」。

縁ありし--。  マキノノゾミ

 遠藤寿美子さんは、京都演劇会ではその名を知らぬもののない有名な女傑だった。

 洛北の小劇場「アートスペース無門館」の管理人であり、プロジューサーでもあった。とにかく強烈な個性というか、人格の持ち主だった。どう強烈なのかは、実際に遠藤さんを知らない人に説明するのが難しい。正直「かなんなぁ」(堪らなんんぁ)と思うことも多かった。言うことがコロコロと変わる。ほんの一~二度劇場を使わせてもらっただけなのに、「マキノいうんはわたしが育てたんや」みたいなことを吹聴する。途中からは、こちらも開き直って「どうせ言われるのなら、本当に育ててもらおうじゃないの」と、半ば積極的に甘えてお世話になる、というような関係になった。ともあれ、そんなふうに大勢の若い演劇人を応援というか挑発というか、鼓舞し続けた人だった。そして、現代演劇を心底から愛するというその一点においては、まさに人後に落ちぬというふうの人だった。・・・・・・

 その遠藤さんが亡くなって、この秋で5年になる。べつにしめっぽい話ではない。

 今回の連続上演にあたって、わたしは、この不思議な縁というものに、ひたすら感謝したいような気持ちになっている。

セピア色の劇作家大全 大笹吉雄(演劇評論家)

 マキノノゾミが相当のキャリアの持ち主であることを知ったのは、1994年に青年座が初演した『MOTHER-君笑ひたもふことなかれ-』(宮田慶子演出)を見てからかなり経ったころだった。・・・・・・

 『MOTHER』は時代設定が明治42年から大正2年までで、与謝野晶子を軸にその夫の鉄幹、北原白秋、石川啄木、佐藤春夫、平野萬里、平塚明子(らいてう)、管野須子、大杉栄らの実在した「有名人」が登場し、『フユヒコ』は昭和9年と設定され、物理学者で随筆家でもあった寺田寅彦をモデルとする一家などによる物語であり、タイトルのフユヒコは寺田寅彦のペンネームの一つだった吉村冬彦から採られている-。

 夏目漱石の小説『坊ちゃん』に材を求めた『赤シャツ』は明治38年で、タイトルロールをはじめ、うらなりや野だいこや山嵐や狸などの、おなじみの旧制中学校の教師たちの活躍が中心となる。

 つまりセピア色がかった時代や人物ばかりであり、このことが言葉遣いにつながっている。そしてそういう言葉を交えた描写を得意とするのが、マキノノゾミなのである。・・・・・

フユヒコと寅彦  関 直彦(寺田寅彦の孫)

 祖父、寅彦逝って早70余年。天国から「フユヒコ」を見たら、どう思うであろう。抱腹絶倒するか、それともシャイに照れて黙すか。だが映画評論もやっていたからいろいろとコメントを述べ、注文をつけたに違いない。

 平成9年の初演を前にして青年座からドラマ化の話があった時、ごく真面目な学者の平凡な家庭が、どうして観客を引きつけるようなドラマになり得るのかと、訝しく思った。それが蓋を開けてみると殊のほか面白く、マキノノゾミ氏のかくも観客を魅了する脚本モノにする剛腕と、ストーリー作りの巧みさに感心した。読売演劇賞を貰ったのも頷ける。・・・・・

 寅彦の最後の遺児であった私の母(劇中の早月)が2年前に他界した今、登場人物は皆、あの世の人となってしまった。・・・・・

 「好きなもの 苺 珈琲 花 美人 懐手して宇宙見物」と書いた寅彦の色紙がある。これは自由人としての人生観を集約したものと言えよう。大正9年に胃潰瘍で倒れ、その療養の頃から学問、文学、芸術で我が道を思いのまま行くようになり、特に晩年近くになると、家族に囲まれた幸せな日々を送っていたようだ。悪妻とも言われた3番目の妻しん(劇中のりん)はひょうきんな面があり、また新しもの好きで、丹那トンネルが開通すれば、一番列車に乗り、民間航空が始まれば一番機に飛びつくような人だった。劇団青年座に乾杯!

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2009年2月14日 (土)

演劇に行ってきました「笑劇モリエール『セレブ気どり』」(2008-5)

2008年9月18日(木)19時開演 シアター1010(東京メトロ日比谷線北千住駅前徒歩5~6分) 朝日新聞プレゼント企画に当選したもの。)

私の席:1階7列13番(実際は2列目のど真ん中・よく見えて台詞が聞こえる最高の席)

笑劇 モリエール『セレブ気どり』「滑稽な才女たち」より

《スタッフ》

作:モリエール  脚本演出:是枝正彦  音楽:寺門一憲  振り付け:井上仁司  舞台監督:清水浩志 ほか

《キャスト》

セレブな父親・ゴルジュビス:真那湖敬(コスモプロジェクト所属)  使用人・ヤッキーナ:丸山裕子(テアトル・エコー所属)  ほか多数

《バンド》

キーボード・ピアノ:朝倉由里  パーカッション:竹本一匹  ベース:清水昭好

《ストーリー》

 男達はおかんむり。せっかくの合コンなのに、タカピーな娘達におたんちん呼ばわりされ、プライドもへったくれも無くなりプンプン。

 当の娘達は、夢見る夢子ちゃんよろしく、きゃぴきゃぴ。

 セレブを気どってあーだこーだとうかれポンチでほざいている。

 このままでは済まされない。「ギャフン!」と言わせてやるぅ!!と独身貴族達。

 開けてびっくり玉手箱の抱腹絶倒な復讐が始まる。

 後は観てのお楽しみぃ~。

《印象 感想など》

 出演者全員が、赤い丸い玉を鼻に付けている。バンドのメンバー、会場係、始まる前にバレー(運動の)もどき(パントマイム)をしているメンバーも鼻に赤い玉を付けている。

 装置も揃い、本当に素晴らしい劇場、舞台。

 歌あり、劇ありで、ミュージカル風の展開。合コンで4人の娘の集団見合いという舞台設定。バンドのメンバーは腕達者揃いで、皆上手い。途中でトランペットも入り、4人の男のコーラス。バックで、4人の娘のコーラスが入り、歌はみなとても上手い。

 3人の男が登場。そして、中国の料理人が登場し、料理は、日新のカップ・ラーメン。

 セレブな親父が登場し、「愛は子宮を救う」の歌を歌う。愉快な劇・・・・・

《脚本・演出》 是枝正彦

 私がモリエールと言う作家に強く惹かれるようになったのは、今から30数年前に、岩波ホールで上映していた「モリエール」と言う、モリエールの一生を描いた映画を観てからです。

 そこに描かれていたモリエールは、シェークスピアやラシーヌなどと肩を並べる中世の偉大な芸術家・演劇人と言うより、やけに生々しい、私と等身大の、損得を考えずにただ好き事にうちこむ芝居バカと言った風だったのです。

 自分の信じた面白い芝居をつくる為、時の権力や保守的な世間と、したたかにしなやかに渡り合いながら、芝居仲間達と恋ありケンカありの騒乱状態でヤッサモッサして、もはやリオのカーニバル状態で、人生を駆け抜けて行ったのです。

 そのエキサイティングな生涯に、元来お調子者の私は「俺もこれで行こっと!」と、決めてしまったのです。

 以来、人生の騒乱状態だけはモリエール並み、否、それ以上かもしれない波瀾万丈の暮らしをここまで送ってきました。

 あとは、「作品の出来がと・・・・・・」、ドンキホーテが風車に戦いを挑むような日々を送っている私なのです。

《プロフィール》

 桐朋学園大学演劇専攻科卒業。劇団民藝に入団。宇野重吉氏・滝沢修氏・渡辺浩子氏に師事。劇団の多数の作品に参加。

 在団中に、TV・ラジオの番組で構成作家を務める。1990年に劇団民藝を退団。国際演出家協会の推薦によりNew York Actor’s Studioのobserverとして参加する。

 代表作に「ブルースな日々」シリーズ、「歓喜の歌」「あなたを待ちながら」、「人のフリン見て・・・」「「丹波屋物語」など多数。

 

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2009年2月 1日 (日)

演劇に行ってきました「二十一世紀歌舞伎組『新・水滸伝」』(演劇2008-4)

2008年8月25日(月)14時開演 ル テアトル銀座(東京メトロ銀座線京橋駅徒歩2~3分、有楽町線銀座一丁目駅徒歩2~3分)  朝日新聞プレゼント企画に当選したもの。

「甦る、情熱!」 演出・美術原案 市川猿之助

 二十一世紀歌舞伎組は、将来に伝えるべき歌舞伎の姿を模索するため、1988年9月に市川猿之助一門若手公演として、渋谷パルコ劇場にて「伊吹山のヤマトタケル」が上演されました。・・・・・何かこの公演にネーミングが欲しいとのこと、「二十一世紀歌舞伎組」と命名いたしました。・・・・・この劇団名の由来については、ご存知の方と新演出古典を両輪の輪として上演し、今日に至っています。

 この間彼らは、今まで与えられたことのない大役を悩みながら演じて来たことと思いますが、まだまだ道程は長く努力を続けて欲しいと思っています。・・・・・

 おかげさまで、私の長期療養の間も、一丸となり多くのお客様に支えて頂きながら彼らは成長して来ました。

 そしてこの度、二十一世紀歌舞伎組のために新しい作品を作ろうと、『新・水滸伝』が生まれました。

 『新・水滸伝』は、元中国京劇院院長・呂瑞明(ろずいめい)先生からも、猿之助にぴったりの作品だと薦められ、私も大変興味を持っておりました。ただ、なかなか難解な作品であり、上演は難しいと思っていたところ、二十一世紀歌舞伎組の公演が持ち上がり、候補作品は色々ありましたが、私の思いを通させて頂き、横内さんに『新・水滸伝』として脚本をお願いしました。・・・・・

 最後になりましたが、自ら出演を買って出て下さった金田龍之介さん、この「二十一世紀歌舞伎組」を共に支え、温かく見守って下さっているスタッフの皆様、松竹株式会社をはじめ演劇関係者の皆様、そして「二十一世紀歌舞伎組」の誕生より支え続けて下さっている株式会社パルコの皆様に心より感謝し、厚く御礼申し上げます。

《主なキャスト》

林冲(りんちゅう):市川右近  青華(せいか)(扈三娘 こさんじょう):市川笑也  王英(おうえい):市川猿弥(えんや)  姫虎(ひめとら):顧大嫂(こだおそう):市川笑三郎  お夜叉(おやしゃ)(孫二娘 そんじじょう):市川春猿(しゅんえん)  彭箕(ほうき):市川弘太郎  晁蓋(ちょうがい):金田龍之介(友情出演)  宋江(そうこう):市川猿三郎   高休(こうきゅう):市川欣弥  祝彪(しゅくひょう):市川猿四郎 ほか 

 (注)キャストの役名で、どうしても漢字が出ないものがあり(手書き文字でも出ない)、うそ字が幾つかあります。ご了承下さい。

《主なスタッフ・プランナー》

音楽:加藤和彦  美術監修:朝倉 摂  衣装監修:毛利臣男(しげお)  装置:金井勇一郎  照明:成瀬一裕  音響:本間 明  特殊美術:田中義彦  舞台監督:岡 嘉洋(よしひろ) ほか  

《あらすじ》

 夕暮れ、湖に浮かぶ梁山泊の砦を眺めながら、姫虎とお夜叉が今夜の戦に思いを巡らせている。梁山泊の頭・晁蓋の命により友好関係を保っていた独龍岡(どくりゅうこう)の町が、新たに長老の跡取りとなった祝彪により奇襲を仕掛けて来ようとしているのだ。情報をを事前に知った姫虎や王英らは戦いの準備に余念がない。指揮を執るのは一党の副官的存在・宋江。今一人、かつては朝廷で軍の教官まで務めながら身を落とし、梁山泊に身を寄せる林冲も戦力として期待されていたが、いつもの如く酔いつぶれている始末。

 独龍岡では祝彪と朝廷の高官・高休、張進らが密談していた。今夜の戦は町からの奇襲ではなく、朝廷軍の一個師団も交えた梁山泊討伐だったのだ。

 背面に回られ窮地に陥る梁山泊だが、獅子奮迅の戦いぶりで退路を拓き、何とか砦まで全員で戻ることが出来る。朝廷が乗り出して来たことで、梁山泊の今後に不安を募らせる宋江たち。晁蓋は鷹揚に構えているが、悪党の吹き溜まりでしかない今の梁山泊から変わらねば破滅と、姫虎は林冲に梁山泊を守るための戦術指導を願い出る。が「悪党のくせに絆だの仲間だのと白々しい」と一笑に付されてしまう。

 一方、先の戦で男顔負けに戦う祝彪の許嫁・青華に、王英は一目惚れしてしまう。お夜叉は敵につけ込む一手になるかと、王英の恋の手助けを約束。だが、思いを遂げるどころか逆に青華に捕縛され、祝彪は好機とばかりに、二人の身柄と林冲の交際を申し出る。

 人質交換の約束は守られず、林冲と王英、お夜叉は揃って牢に繋がれてしまう。しかも高休は、林冲に皇帝への叛乱の冤罪をなすりつけた張本人で、目障りなその存在を梁山泊もろとも踏み潰そうとしていた。

 敵の卑劣なやり口と、仲間を奪われたことへの怒りから、バラバラだった梁山泊は心をひとつになり三人の救出に向かう。同じ頃、人質解放の約束を違えた祝彪を許せない青華は、牢から密かに王英らを逃がそうとする。

 時を同じく独龍岡に攻め込む梁山泊の面々。悪党の喧嘩狼藉ではなく、梁山泊という場所と、信じ合える仲間のため戦う彼らを止められる敵はおらず、瞬く間に敵陣を落とし、高休を追い詰める。高休を討てと林冲に言う梁山泊の面々。高休は「ワシを見逃してくれたら、皇帝に『梁山泊討伐は無用』と進言する」と命乞いし、今は仲間と思い定めた梁山泊のため、林冲は高休を解放するのだった。

 戦いを終えた梁山泊では、宋江や姫虎が、林冲を大将とする新たな組織作りを考えていた。王英ら救出の際に傷を負った青華も、新たな仲間に、と。

 だが体の傷は癒えても、心に負った深い傷が林冲と青華に梁山泊側の申し出を拒ませる。それでも信を尽くす王英と、梁山泊の仲間たちの熱い想いが青華と林冲、それぞれに新たな道を歩み出す力を取り戻させるのだった。

 その歩みの先には「替天行道」(たいてんぎょうどう)の旗が高く翻っていた。

『水滸伝』とは?

 『三国志演義』、『西遊記』、『金瓶梅』と並ぶ中国四大奇書(稀に見る優れた書物の意味)のひとつ。中国の明の時代(1368~1644)に、施耐庵(したいあん)や羅貫中(らかんちゅう)ら作家により、それまで講談として語られてきた、北宋の徽宗(きそう)期(12世紀初期。徽宗は当時の皇帝)に起こった反乱を題材とする物語を集め、制作したとされている。

 徽宗は大変な道楽者で、自身の遊興のために庶民に重税を課し、部下の役人たちも私利私欲を肥やすことに執心するばかり。そんな腐敗した朝廷に反旗を翻す108人の「義の人々、元は山賊など悪党ながら、正道を求める英雄好漢の活躍を描いた活劇小説が『水滸伝』だ。

 舞台の中心となる「梁山泊」は、現在の山東省にある湖沼地帯にあったとされる。嵐などで黄河が氾濫すると出来る巨大な水溜まりで、中央にある小島を根城にした“守りやすく攻めにくい”自然の要塞。しかも琵琶湖より大きい南北150㎞、東西50㎞という広大さを誇る。

《印象 感想》

 私は本物の歌舞伎を、ナマで観たことはありません。新聞のプレゼント企画にせっせとハガキを出すと、時に当たり、観ることができます。(ハガキを書くことは、漢字の練習を兼ねると考えながら、用字用語辞典を見ながら書くのもまた楽しい)。

 今回の演劇は、明日を担う若手歌舞伎俳優の出演ということで、たくさんの観客が入り、予約した方のサイン会も盛況のようでした。

 劇は、舞台にさらに舞台を作ったような、いわば二階建てのような舞台で、二階部分には左右に梯子が設けられて、上り下りするというステージで演じられました。中国のお芝居ということで、パンフレットを見ながら観劇。出演者も多く(たぶん20人はいたと思う)、壮大なスペクタクルという様相。お芝居を堪能出来ました。

 

 

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2009年1月 4日 (日)

演劇に行ってきました「アーサー・ミラー:プライス(代償) 劇団民藝」(2008-3)

2008年6月30日(月)紀伊國屋サザンシアター(JR新宿南口)朝日新聞のプレゼント企画に当選したもの。18時30分開演

《キャッチフレーズなど》

 本邦初演。新たなミラー劇をめざして-。人生の勝ち敗けとは何か。四人の払う代償は?

 20世紀の演劇の巨星アーサー・ミラー。「時代の良心」といわれ現代演劇の創造に大きな影響を与えました。劇団民藝は戦後いちはやくミラー戯曲を上演。『セールスマンの死』『るつぼ』『みな我が子』など代表作のほとんどを日本に紹介していますが、『プライス』は珍しく日本では未上演です。

 1968年、ニューヨークで初演。アパートの一室。散乱したがらくた家具の売却をとおして、愛や信頼に支えられた世界のありようを描いています。本邦初演。このたびの舞台化で、新たなアーサー・ミラー再発見をめざします。

《スタッフ》

作:アーサー・ミラー、訳:倉橋 健、演出:兒玉庸策、装置:島 次郎、照明:前田照雄、衣装:前田文子、効果:岩田直行、舞台監督:武田弘一郎ほか

《キャスト》

ビクター:西川 明、エスター:河野しずか、ソロモン:里居正美、ウォルター:三浦 威

《あらすじ》

 株価の大暴落で父親が破産。兄ウォルター(三浦 威)は家を出て外科医となって大成するが、弟ビクター(西川 明)は崩壊する家を守り、安月給の警察官として平凡な生活に甘んじてきた。家族愛に支えられ廃人同然の父を介護してきたのだが、妻エスタ(河野しずか)は一人息子が家を出てからはは飲酒に眈るようになっていた。

 父親の死後、遺産の処分のため兄弟が16年ぶりに再会する。古い家具を値踏みする古物商ソロモン(里居正美)。過去の思い出の品々が、かつての怒りや不満をかきたてる。成功した兄も、妻や子供と別れ家族離散の日々を送っていた。人生の勝ち敗けとは何か。払ってきた代償をめぐって意外な真実が明らかになる・・・・・。

《印象 感想》

 私の席、8列4番。よく見え、聞こえる席。ロビーで永 六輔を見かける。劇中4人の真剣なやりとりがおもしろい。兄弟の生き方・人生感や軋轢などがテーマ。

《家族・社会劇としての『プライス』》 倉橋祐子

 アーサー・ミラーは長年の劇作のなかで、今までの人生を振り返り、そのむなしさや無意味さを実感するアメリカ中流階級の中年の姿を数多く描いてきた。・・・・・・

 『プライス』の劇的状況は、蓄音機と笑いのレコード、フェンシングのセット、ハープ、両親の寝台、食堂用テーブルなどの家具や道具によって構成され、これらはみな半世紀以上にわたるフランツ一家の歴史を語っている。

『プライス』に登場するビクターとウォルターは、亡き父親が遺した家具の処分のため16年ぶりに、昔の家族の住居-褐色砂岩の建物-屋根裏で再会、長年口に出せずにいた不満、非難、嫉みを一挙にはきだす。激しい口論を通して浮かびだされるのは、自分自身、家族そして、社会に対する責任とはいったい何であるのかという問いかけである。

 父の世話をするために大学を中退し警察官ビクターは、ウォルターの自己中心主義と無責任さを非難する。ウォルターは父親の甘えと欺瞞を見抜くことができずに将来の選択を間違えたビクターのおろかさをなじる。小さな屋根裏で繰り返されるのは、父親と息子との確執、兄弟の間の競争心、愛と信頼が欠けた物質中心主義の家庭、そして、その現実を否定し続ける人間のドラマである。・・・・・・

 こうしてみると『プライス』はミラーの現代社会とそこに生きる人間批判がふくまれていることは確かであるが、それ以上に強調されているのは、過去の過ちの自覚や現実との直面が将来の和解や相互の理解につながる可能性である。・・・・・・

 初演の前にニューヨークタイムズ紙が行ったインタビューでミラーは、『プライス』は自分の責任を真剣に考える人間を描いた劇だと語っている。「責任感は一種の愛である。責任感は虐殺、暴力、そしてニヒリズムをとめるための、唯一必要な鍵である。責任の念があるかこそ健全な人間関係がたもてるのだ。」・・・・・・

 兄弟の言い合いになかで明らかになるもは、ウォルターの利己心だけでなく、ビクターの自己正当化、現実逃避、そして目標と活気の欠けた生活だからである。そこにはミラーが主張する「愛に基づいた責任」はかならずしも人間の幸福を約束できないという人生の不当性が浸透しており、その矛盾と不当性こそが劇の主題かもしれない。

 倉橋祐子:1961年東京生まれ。故倉橋 健氏の長女。1987年渡米、1989年に修士号、1996年に博士号を取得。カルフォルニア州立大学、ワシントン大、カソリック大学で非常勤講師を務め、2001年よりケント州立大学(オハイオ州)の演劇学部助教授。

 

  

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2008年12月 8日 (月)

演劇に行ってきました「劇団昴公演 ジュリアス・シーザー」(2008-01)

6月23日(月)19時開演 豊島区立舞台芸術交流センター「あうるすぽっと」 劇団昴公演「ジュリアス・シーザー」 朝日新聞のプレゼント企画に当選。P列(16)列2番の席。

作/W.シェイクスピア 訳/福田恆存 演出/ニコラス・バーター 

主なキャスト 

ジュリアス・シーザー・金尾哲夫 マーカス・ブルータス・仲野 裕 ケイアス・キャシアス・田中正彦 ほか

《印象 感想》

 本格的なシェークスピア劇の公演を見るのは初めて。舞台には、終始シーザーと思われる,石膏ボードで作られた大きな顔の舞台装置が置かれていた。重厚な演劇でとても良かった。

『ジュリアス・シーザー物語』 パンフレットより

 政敵ポンペイを征伐し、凱旋したシーザーを歓喜のうちに迎えるローマ市民。民衆たちの歓呼の声に応え、勝利の美酒に酔うシーザー。その熱狂の中『気をつけるがよい、3月15日を』占い師は不吉な予言を残して立ち去る。シーザーの権勢を妬むキャシアス。シーザーの独裁、圧政を危惧するブルータス。シーザー暗殺を決意したキャシアスはブルータスの心を言葉巧みに操り、暗殺の一味に誘い込む。

 雷鳴のとどろき、嵐の夜も明けた3月15日、その日はやってくる。不吉な予兆におののく妻の嘆願に一時は外出を断念したシーザーも暗殺者たちの巧妙な誘いに議事堂に赴く。到着したシーザーに襲い掛かる暗殺者たち。最後にブルータスの刃が貫く。死の淵に立つシーザーはその姿に向かい最後の言葉を振り絞る『お前もか、ブータス?』。暗殺を知ったシーザーの忠臣アントニーはシーザーを刺した刃で自分を殺せと迫る。

 シーザーの亡骸を広場に運び追悼演説をするブルータスそしてアントニー。ブルータスの演説が始まる「シーザーを愛さなかったのではなく、ローマを愛したのだ・・・・」その言葉に酔い、民衆は口々に“高潔の士”ブルータスの支持を叫ぶ。ブルータスは立ち去り、アントニーの演説が始まる。ブルータスの高潔を称賛しつつも、シーザーの輝かしい功績を並べ、シーザーの遺言状にはローマ市民への遺産分配が書かれていたと語りかける。その巧みな演説は市民の感情を誘導しブルータスを反逆者に仕立て上げてしまう。一転、ブルータスを憎む暴徒と化す民衆。ローマを追われたブルータス、キャシアスたちとアントニー軍と戦いが始まる。血を血で洗う男たちの戦場。アントニー軍に追いつめられるブルータス軍。もはやこれまでと観念したブルータスは自らの命を絶つ。勝利するアントニー軍、遺骸を前にしてアントニーは、民衆を思い気高く生きたブルータスを讃えて言う、『これこそ人間だった』と。

『ジュリアス・シーザー』興味津々(抜粋) 中西由美

シーザー

 ポンペイ討伐後、エジプトの女王クレオパトラと浮名を流していたシーザーだったが、小アジアでの反乱の報せに、再び勇敢な武将に立ち戻って、戦いを指揮、その勝利を「来た、見た、勝った」の言葉とともにイタリアに凱旋。このあと直ちに、唯一、反シーザーの敵となった哲学者としても高名なケイトーと戦い、自死させ、独裁執政官として、帝政への権力を高めていき、3月15日を迎えることになる。シーザーは先に最愛の実の娘、ユーリアをポンペイの妻として結婚させ、その死後ポンペイの娘を一時、シーザー自身の妻に迎えるなどの政略結婚を繰り返した。

プルターク英雄伝とシェイクスピア

 シェイクスピアは「J.シーザー」の材料のほとんどすべてをプルタークの「英雄伝」から採っている。

 プルタークは紀元46年頃、ローマの属領であったギリシャの小村に生まれ、119年に没した。暴君として名高い三代目のローマ皇帝ネロがギリシャを訪れたとき、アテネで数学と哲学を学んでいた。彼に公務を帯びて、数回にわたり、ローマに着任し、哲学を講じ、皇帝以下、多数の友人を得た。デルフォイ神殿にある碑文は、プルタークがローマの市民権を得ていたことを明らかにしている。紀元95年以降、デルフォイの終生神官を務めたといわれる。

 「英雄伝」は紀元2世紀に書かれた。23組のギリシャ及びローマの英雄等、50人の伝記のほか、アレキサンダー大王、シーザー、及びブルータスらの単独4編を集めている。

 1470年にラテン語訳が、次いで、1559年にアミヨーによる仏語訳が出版され、1575年に、仏語版からケンブリッジ学徒のトマス・ノースの英訳がなされた。シェイクスピアは、これらラテン語版と仏語版も読んでいたと推察される。「J.シーザー」は、新築のグローブ座の柿落としの演目として1599年に上演された。

 シェイクスピアはこれまで、書きつづけてきた英国の一聯の史劇及び、「お気に召すまま」や「恋の骨折損」の系統から、一変して、ローマ史劇への関心に情熱を傾けることになって行く。

寄稿『ジュリアス・シーザー』の主人公 吉志哲夫(京都大学名誉教授・英米演劇専攻)(抜粋)

 『ジュリアス・シーザー』という劇の主人公は誰なのかという議論が昔からある。『ハムレット』の主人公がハムレットであり、『マクベス』の主人公がマクベスであることには、議論の余地がないが、同様に『ジュリアス・シーザー』の題名になっているシーザーなのだと言い切ることはできない。シーザーは劇の前半で死んでしまうからだ。シーザーを主人公と見なしたいひとは、なるほど彼は途中で消えるが、彼の存在は、劇の後半でも事件の進行を支配しているから、たはり主人公はシーザーなのだと主張する。しかしこれがかなり強引な議論であることは否定できないだろう。そこで、本当の主人公はシーザーではなくて、大詰めで死を迎えるブルータスなのだと考えるひともいる。・・・・・(中略)

 その上、彼(シーザー)はブルータスという人物についても思い違いをしていた。この男が自分の暗殺に手を貸すことなど、彼は夢想だにしていなかった。こういう判断の誤り、見通しの甘さは、為政者としての能力が決定的に欠けていることを意味するのではないだろうか。

 同じことはブルータスにも指摘できる。・・・・(中略)『ジュリアス・シーザー』の主人公は誰かという問題について議論することには、あまり意味はないと私は思う。『ジュリアス・シーザー』とは、為政者の無能さや民衆の軽薄さを正面から描くことによって、政治というものを冷徹に捉えた苦い劇なのだ。個々の登場人物ではなくて状況全体に重点をおいて理解する方が、この劇はずっと面白くなるのではあるまいか。

 

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2007年12月 7日 (金)

演劇に行ってきました『文学座公演『殿様と私』(2007-演劇4)

2007年11月5日19時開演 新宿南口 紀伊國屋サザンシアター

朝日新聞プレゼント企画に当選したもの。

作:マキノノゾミ 演出:西川信廣

《配役》

白河嘉晃(子爵 白河家当主 50代後半) たかお鷹

白河義知(嘉晃の息子 陸軍中尉 20代半ば)城全能成

白河雪絵(嘉晃の娘 10代後半)松山愛佳

雛田源右衛門(白河家の家令 70前後)加藤 武

雛田カネ(源右衛門の妻 女中頭 60代半ば)寺田路恵

熊田三太郎(アンナ専属の車夫・通訳 20代半ば)浅野雅博

ジョン・ラング(英国総領事館付武官 英国海軍大尉 30代前半)星 智也

アンナ・カートライト(米国人 鉄道技師の妻 40前後)富沢亜古

《時と場所》

 明治19年(1886年)の秋より同20年の冬の終わりまで。東京麻布鳥居坂の白河子爵邸の応接間。

《あらすじ》

 東京麻布鳥居坂の白河義晃子爵邸。当主の白河義晃は急速に西洋化する日本になじめず酒浸りの日々を送っていた。ある日、外部卿・井上馨の書生と白河家の家令・雛田源右衛門の間に一悶着が起きた。雛田は時代遅れのちょん髷をからかわれたばかりか、因遁姑息な白河子爵は華族の資格なしと罵倒されたのである。

 それを聞いた義晃は怒り心頭に発し、これまた時代遅れの討ち入りを決意。しかし、〈白河家を守るには鹿鳴館に乗り込み、見事なダンスを披露して和魂洋才の手本を示すこと〉という息子・義知の提言に、お家のためならやむを得ずと渋々承知の義晃。米国人のアンナ・カートライトを指南役に、義晃のダンス修業が始まった。さてその成果は・・・・・。

《印象 感想など》

 文明開花期に題材を得た、日本近代化の途惑いを描いた重厚な喜劇。配役も充実。

マキノノゾミ

 劇作家・演出家。同志社大学卒。劇団M.O.P.主宰。劇団外でも小劇場から大劇場まで幅広く活動中。「浪人外」、「おはつ」、「MOTHER」(第45回芸術選奨文部大臣新人賞)、「東京原子核クラブ」(第49回讀賣文学賞)、「高き彼物」(第4回鶴屋南北戯曲賞)、CX「虹を架ける王妃」、NHK連続テレビ小説「まんてん」ほか、脚本『マリー・アントワネット』、『セパレート・テーブルズ』、『怒濤』第8回讀賣演劇大賞優秀演出家賞)ほか演出。2007年は、森光子出演『雪まろげ』(3月帝国劇場、4月博多座)演出、藤山直美・香川照之出演『妻をめとらば』(明治座)脚本、仲間由紀恵主演『ナツひとり』(新橋演舞場)脚色・演出ほか。

マキノノゾミの劇世界 扇田明彦(せんだあきひこ/演劇評論家)

 マキノノゾミの名前を、私に最初に教えてくれたのは劇作家のつかこうへいだった。1980年代末か90年代はじめだったと思う。京都でつかの戯曲を熱心に上演している注目すべき若き演劇人として、つかの口からマキノノゾミの名前が出たのだった。

 同志社大学を出たマキノは1984年に劇団マキノオフィスを京都で結成したが(85年に劇団M.O.P.と7改称)、旗揚げ公演は『熱海殺人事件』で、その後の演目も『ストリッパー物語』『広島に原爆を落とす日』『初級革命講座 飛龍伝』などのつか作品が圧倒的に多かった。スタート時の数年間を、マキノはつかに傾倒して過ごしたのだ。つかにとっても、彼に私淑するマキノはかわいい「門下生」だったに違いない。

 だが、やがてマキノはつか作品から離れ、自分自身の作品を演出するようになる。オリジナルの第1作は89年にM.O.P.で初演された『HAPPY MAN』で、これは幕末の京都を舞台に桂小五郎、坂本竜馬らが活躍する時代劇だった。

 92年にはCカンパニーのプロジュース公演という形でマキノ作・演出の『HAPPYMAN~さよなら竜馬』が紀伊國屋ホールに登場した。マキノの東京デビュー作である。私はつかに勧められ、マキノの作品を初めて観たが、主演の前田耕陽(男闘呼組)の、いかにもつか風な、だが技術的にも幼い絶叫型の演技が気になり、作品自体の印象はあまり強い物ではなかった。

 だから2年後の94年、青年座が宮田慶子演出で初演した『MOTYER~君はわらひたまうことなかれ』を観たときは驚いた。つかの影響下を離れ、喜劇性豊かな、しかも見事に成熟した劇世界が構成されていたからだ。(この作品でマキノは芸術選奨新人賞を受賞)。・・・・・(以下略)

西川信廣----その人間へのまっすぐな眼差し。 衛紀生(えいきせい/演劇評論家・可児市文化創造センター館長兼劇場総監督)

 西川信廣と協働した『お~い幾太郎』の全国公演が16都市を巡演して終わった。金沢市民芸術村でのドラマリーデイング、金沢在住の演劇人による初演、文学座有志による研究公演、市民芸術村ドラマ工房でのでの金沢ユニットと文学座ユニットとの競演、長岡の演劇人と文学座の俳優による「長岡版」の上演、そして今回の全国巡演で、西川が地域で立ち上げた『お~い幾太郎』の観客はおよそ9000人に及ぶ。・・・・・

 西川との出会いは北京だ。北京での小劇場演技祭視察の折に、ホテルで同室になったのが言葉を交わした最初の機会だった。頭の回転の速い、楽しい男というのが、記憶している印象である。ある朝目覚めると大雪だった。階下の道路から湯気がもうもうと立ち昇っていた。労働者のための屋台からのものだった。インターナショナル・ホテルの食事に辟易としていた私たちは少数民族の少女たちが盛ってくれるワンタンと揚げパンに喰らいついた。私も西川も30代の頃である。

 何が縁になるか分からない。それから西川と協働した地域での仕事は枚挙に暇がない。(後略)

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2007年9月20日 (木)

演劇に行ってきました「文学座公演『初雷』(2007-演劇1)

2007年3月5日(月)19時開演 新宿東口 紀伊國屋ホール

 朝日新聞プレゼント企画に当選したもの。今回は珍しく演劇です。今後は演劇も紹介したいと思っています。

作:川崎照代 演出:藤原新平

配役:津田理子(みちこ)~倉野章子 篤志(理子の兄)清水明彦 智子(篤志の長女)~上田桃子 潤一(篤志の長男)~桑原良太 山岡(篤志の同級生)~早坂直家 ほか

《あらすじ》

 津田理子と兄の篤志が同居してから15年。同居のきっかけは兄嫁の他界。仕事一筋で生きてきた理子だったが、残された二人の子供達を育てるために仕事を捨て、家事と子育てに専念したのだった。

 それほどの決心をさせたのは一体何か?

 やがて子供達が成人し、自分の役目にも一区切りがついた、それは理子にとって、第二の人生が幕を開けた瞬間でもあった。

 そして15年ぶりに、兄の同級生でもある山岡と再会して、仕事の誘いを受けることで、忘れかけていた情熱が蘇るのだった。

 そんなある日、津田家を思いがけない人物が訪問する。その人物から、長女智子の突拍子もない決心を知らされることになる理子と篤志。

 理子の心に雷鳴が響く。それは、春を告げる初雷にも似て、遠く近く鳴り響いていた。

《パンフレットから》 みなもと ごろう(演劇評論家/日本女子大学教授)

 血の直結しない「異形家族」が扱われている。ヒロインの理子(みちこ)は、兄嫁の突然の死に、課長の昇進を目前にして仕事を辞め、まだ幼い姪と甥の養育の決意を固める。

 そして15年、二浪までした甥の大学入試を機に、社会復帰を目指す。兄には妻の、姪や甥には母親の肩代わりである理子が、いかにして新たな人生を踏み出すか?

 ポイントの一つをあげれば、ビールの苦さや味噌汁の味と同じように、この作品では「塩味の鶏の唐揚げ」である。この「唐揚げ」の味こそが、家族の紐帯(ちゅうたい)の表れであり、それゆえにこそ一人一人の自立の基礎でもある。この味の伝達のプロセスが、まさに「初雷」のドラマを作っているのだと言えるだろう。

《印象 感想など》

 紀伊國屋ホールは初めてです。演劇専用の中ホールで、声もよく通り、よく見えました。(左側の5列目)

 パンフには、「うねる長ぜりふの魅力」(大山勝美/テレビプロジューサー・演出家)とありました。

 さすが文学座という感じで、演劇のおもしろさ、楽しさが伝わってきました。演劇に魅力を感じる人々の気持ちが分かったような気がしました。

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