モントウーの経歴について
おかげさまで「モントウー演奏会日記」へのアクセスは、延べ1,000を超えました。アクセスいただいた皆様に感謝いたします。
今回は、演奏会日記ではなく、自分の心覚えのためもあって、私の経歴について書きたいと思います。
私は昭和22年7月29日、岩手県二戸郡一戸町に生まれました。父が小学校の教師をしていた関係で、小学校に入る1年前に国鉄の一戸の隣の駅、小鳥谷(こずや)村(当時、現在は一戸町)に転居し、小鳥谷小学校に入りました。そして小鳥谷中学校に入学、(軟式)野球部に入りました。中学2年の時に、父が福岡町立玉木小学校に異動となりました。私は一戸中学に転校し、引き続き野球をやっていました。
昭和38年4月、県立福岡高校に入学、合唱部に入部しました。一戸の隣に福岡町があり、駅名は「北福岡」。一戸から「汽車」で通いましたので、学校では「汽車通」といわれました。福岡町は、現在では二戸市となり、駅名は「二戸」となっています。東北新幹線「はやて」が停車します。
昭和42年4月東北大学文学部に入学。混声合唱団に入部しました。3年の時の定期演奏会(1969年12月9日、宮城県民会館~私の記憶では東北大学川内記念講堂と思っていましたが、残っているCDにはそう書いてあります)で、指揮者に故・濱田徳昭(はまだ のりてる)先生を迎え、「モーツアルトのレクイエム」を暗譜で演奏しました。その後、後輩達がバッハの「ロ短調ミサ」、ヴェルデイーの「レクイエム」を、やはり濱田先生の指揮で暗譜で演奏しました。なお、「モントウー演奏会日記」も、元はといえば混声合唱団の同期に送っていた押しつけメールです。
昭和47年に損保会社に入社し、研修後、京都支店営業係に配属され、東北訛りの京都弁で「おおきに」とか言って仕事をしました。当時、企業代理店開設が営業の重要な仕事であり、社長名の「代理店委嘱」の手紙を代理店候補の社長宛に出し、代理店候補の企業を訪ね、飛び込みで社長に会わしてくださいと代理店開設を行いました。これが、仕事を行う上、人生を生きていく上で大いに勉強になりました。
その後、宣伝・広報(社内報の編集)、自動車業務、大阪の業務推進部等の仕事を経験しました。会社はアメリカの「9.11」テロ事件で再保険業務が大きな損害を出し、経営が傾き、損保3社の合併ということになり、その直前平成14年3月に退社、退職しました。
現在、ボランテイアで自治会の役員をしながら月10回程度、演奏会や演劇などに行っています。無職なので、朝日新聞や東京文化会館友の会のプレゼント企画に応募し、当たったら出かけます。どうしても行きたい演奏会は、早めに安い席を手配します。今定期会員になっているのは「オーケストラ・リベラ・クラシカ」、「紀尾井シンフォニエッタ」、「水戸室内管弦楽団」です。
これからも演奏会日記を続けていくつもりです。よろしかったらご愛読よろしくお願いします。


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