演奏会に行ってきました「紀尾井シンフォニエッタ東京 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲「皇帝」、シベリウス:トゥオネラの白鳥、モーツアルト:交響曲40番」(2008-51)
紀尾井シンフォニエッタ東京 第66回定期演奏会 9月27日(土)午後2時開演紀尾井ホール(JR・東京メトロ南北線四谷駅 上智大学前ソフィア通り 徒歩7,8分)
《プログラム》
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番変ホ長調op.73「皇帝」
・・・・・・休 憩・・・・・・
シベリウス:トゥオネラの白鳥
モーツアルト:交響曲40番 ト短調KV550
指揮:ユハ・カンガス ピアノ:ペーター・レーゼル 紀尾井シンフォニエッタ東京 コンサートマスター:ダニエル・ゴグルベルガー
《プログラムノート》 宮下 博
紀尾井シンフォニエッタ東京(KST)の新しい定期演奏会シリーズ(2008/2009シーズン)が、いよいよスタートする。
ソロでも活躍する名手を集めた、定評ある団体だけに、今秋からの新シーズンでも、聞き物が目白押しだ。そのトップバッターとなる、今回の第66回の定期演奏会だが、目玉は何と言っても、いきなり前半に置かれた、ドイツの名ピアニスト、ペーター・レーゼルが独奏を務めるベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」だ。まずはレーゼルに、オマージュを捧げたい。
このベテラン・ピアニストの、滋味掬すべき円熟した芸風に触れると、東西の壁が崩れる前の旧東ドイツに息づいていた豊穣な音楽文化を思わずにはいられない。こう言うとノスタルジーとして一笑に付されてしまうかもしれない。だが、社会体制や時代背景を勘案しても、西側の商業主義と一線を画し、営々と築かれた芸術の価値は、簡単に減じるものではないだろう。
今やCDなど過去の記録が、それらの真価をを知るわずかな手段となりつつある中、昨年4月にドレスデン出身のペーター・レーゼルが、30年ぶりに日本で開いたリサイタルは、深い感銘をもたらすと共に、時流に流されない芸風の重みを痛感させた。
旧東ドイツの古都で1945年に生まれたレーゼルは、モスクワ音楽院などで学び、東側をベースに演奏活動を続けてきた。表面的な華やかさを追わず、じっくり作品に取り組む奏風は、〈壁〉で隔たれた東側の音楽文化の中で熟成され、重厚かつ、いぶし銀のような渋い輝きを放つ名匠になっていった。
紀尾井ホールの制作陣が近年、このベテランと良好な関係を保ってきたのは、実に彗眼と言うほか無い。
昨年4月のリサイタルで披露したのは、ハイドン、ベートーヴェン、シューベルトと、ドイツ・オーストリア系の3人の著名作曲家による最後のピアノ・ソナタばかり。こんな重たいプログラムを組めるのは、作品に位負けしない自信があるからに他ならない。実際、その演奏は、古典的な格調と様式感を踏まえつつ、みずみずしい感興も伴う見事なものだった。
全般に骨太ながら、作品の諧謔味を巧みに漂わせるハイドンの第52番で始まった後、いかにもドイツ風の堅牢な構成感に支えられたベートーヴェンの第32番が続く。第2楽章のアリエッタの高揚と精神的な深みは、比類ない域に達していた。そしてシューベルトの第21番では、沈潜するロマンティシズムを滔々と描き出した。音楽専門誌が特集する、その年のベスト・コンサート投票では、多くの識者の投票を獲得した。
従って、今回のKST定期演奏会で取りあげられるベートーヴェン「皇帝」への期待は、いやが上にも高まるわけである。両者は既に2005年、ドレスデンでこの曲を含むベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏会を成功させている。この紀尾井ホールで、同じ作曲家のピアノ・ソナタ全曲演奏会も始めるタイミングでの「皇帝」は、一段と気合いのこもった熱演になることだろう。
ピアニストにばかり、スポットライトを当てすぎたかもしれない。指揮台に立つフィンランド出身の実力派、ユハ・カンガスも看過できない存在だ。いま世界中で活躍する指揮者たちを続々と輩出したシベリウス・アカデミーの出身で、ラハティ響など母国のオーケストラで有力ポストを歴任。何より、広いレパートリーを誇るオストロボスニア室内管を1972年に創設して、現在も率いている。両者そろっての来日経験もある。小編成アンサンブルの扱いには長じているだけに、2006年秋に実現したKSTとの初共演は、高い評価を得た。
2年ぶり2回目の顔合わせに選ばれた曲目は、「皇帝」を含め、超有名な作品ばかり。演奏会の後半には、北欧出身らしく、シベリウスのコンパクトな傑作を置くのが心憎い。
新シーズンの最初にふさわしい顔ぶれと曲目がそろったコンサート、心躍り、かつ深く記憶に残る一夜となりそうだ。
《印象 感想など》
今回のコンサートマスターは、紀尾井シンフォニエッタ東京では初めての奏者。たぶん指揮者が連れてきた奏者かもしれない。比較的若い奏者。
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 op.73「皇帝」
1.アレグロ 2.アダージョ ウン ポコ モルト 3.ロンド:アレグロ マ ノン トロッポ
1楽章 ピアノは華やかな、きらびやかな音色。伴奏は、相変わらず素晴らしい演奏で、ついていく。 2楽章 しっとりとした、落ち着いた演奏。 3楽章 ピアノ、大胆に入る。伴奏とも、快調に流れる。カチッとしたベートーヴェン。正に古典派の、王者の音楽という感じ。堂々とした「皇帝」。
・・・・・・・・休 憩・・・・・・・
シベリウス:トゥオネラの白鳥(イングリッシュホルン:池田昭子)
渋めの、北欧らしい素敵な曲。
モーツアルト:交響曲第40番 ト短調 KV550
1.モルト アレグロ 2.アンダンテ 3.メヌエット:アレグレット 4.アレグロ アッサイ
1楽章 有名な出だし。素敵な演奏。 2楽章 自発性にあふれた、最高のト短調の演奏。 3楽章 活発な、弾むようなメヌエット。勢いのあるアレグロ アッサイ。清涼感あるト短調シンフォニー。派手さはないが、実に静謐な演奏。音楽を創る指揮者、演奏にとても好感を持てた演奏。オケの規模もト短調交響曲に最適。ブラヴォー。
《曲目解説》 宮下 博
ベートーヴェン最後のピアノ協奏曲は、1808年年から1809年年にかけて作曲され、18011年11月にライプチヒで初演された。ベートーヴェンの創作意欲が極めて旺盛な時代だっただけに、この曲でも画期的な新機軸がいくつも試みられている。19世紀ロマン派に向かって、ピアノ協奏曲というジャンルに、新たな地平を切り開く作品となった。標題の「皇帝」は作曲者自身が付けたものではなく、出版社によって考えられたが、華やかな勇壮な曲想を良く表している。
それまでのピアノ協奏曲と大きく異なるのは、まず、独奏ピアノと管弦楽が対等に扱われ、渾然一体となって曲を構成していること。例えば第1楽章には、ソリストが単独で長々と華やかな技巧をカデンツァの部分がない。その代わりに楽章冒頭で、オーケストラが総奏(トゥッティ)で厚みのある和音を鳴らすと、それに応えてピアノが分散和音でカデンツァ風の華麗な動きを聴かせる凝った趣向が展開される。その後で、雄こんな第1主題がオーケストラに現れる。協奏曲の常識を破った、大胆な始まりだ。
第2楽章は自由な変奏曲形式。ベートーヴェンは変奏曲の名手で、晩年まで様々な試みを繰り返している。この楽章の旋律は、ベートーヴェン特有の浄化された精神を思わせ、高貴な美しさが印象的だ。楽章の最後で、独奏ピアノが次の楽章のテーマを部分的に示して、そのまま切れ目なくフィナーレへなだれ込むのも、目新しい手法だ。
ロンド形式の第3楽章は、躍動的な旋律にあふれる。ティンパニーなども活躍してピアノと絡んで行き、力強い終結部を形作る。
シベリウス:トゥオネラの白鳥
ジャン・シベリウス(1865~1957)はフィンランドが生んだ国民的な作曲家で、主に交響曲や交響詩の分野で傑作を残した。この曲はフィンランドの伝承叙事詩「カレワラ」に基づく大規模な管弦楽作品「レミンカイネン」組曲(4つの伝説曲)の2曲目で、単独で演奏されることも多い。
もともと全体は英雄レミンカイネンを巡るオペラとして構想されたが、途中で交響詩に方針を転換。オペラの前奏曲に想定された「トゥオネラの白鳥」は一足先に、そして全4曲は1895年に完成され、翌年4月にヘルシンキで初演された。
8分ほどと小さめだが、森と湖の国=フィンランドらしい神秘的な雰囲気に覆われる逸品だ。曲の主役はイングリッシュホルン。死の河=トゥオネラ川の水面を、さざ波と行く白鳥を想起させる哀愁に満ちた旋律を奏でる。弦楽器の精妙な響きは、濃霧がたちこめる幽玄な流れを暗示するかのようだ。
北欧出身の指揮者は、やはり北欧の作曲家に強い親近感を抱き、その作品演奏を得意とする例が多い。カンガスもKSTとの初共演では、同じシベリウスの「悲しきワルツ」などを取りあげている。自家薬籠中のレパートリーと言えよう。
モーツアルト:交響曲第40番
もう余計な説明は不要であろう、モーツアルト屈指の人気作品。映画「アマデウス」で有名になった第25番の「小ト短調」に対し、「大ト短調」とも称される。
作曲されたのは1788年夏。当時、ウイーンに住んでいた32歳のモーツアルトは、次第に暮らし向きが悪化していた。そんな中、わずか10週間ほどで、最後となる第39番~41番と、性格が異なる三つの見事な交響曲を書き上げた。しかし、その目的などは分かっていない。40番は7月25日に完成している。
モーツアルトにとって、ト短調は象徴的な調性といわれる。小林秀雄が「悲しみは疾走する」例として弦楽五重奏曲第4番K516も、ト短調だ。その切迫した哀しみと強い劇的緊張感は、交響曲第40番にも共通している。濃密な情感表現は、19世紀ロマン派の先取りしているとする見方もある。それらに加え、円熟した筆致がもたらす緻密な構成が聞き物で、転調や和声展開の妙にも耳を傾けたい。
楽器構成で特徴的なのは、トランペットとティンパニーを欠いていること。初稿では外されたクラリネットが、第2稿では加えられた。これによる音色の変化は大きく、音楽の陰影がより深まっている。
この曲の演奏では近年、大きな変化が起きている。過去に主流を成したロマンティックで主情てきなアプローチは次第に影を潜め、厚化粧を洗い落として作品本来の姿をすっこり提示する、多くなった。これには、作曲当時の古楽器演奏が一般にも浸透した影響が大きい。速めのテンポを採用した上で、弦楽器のヴィブラートを抑えたり、管に古い仕様の楽器を用いるなど、モーツアルトの交響曲でも演奏潮流の変化が著しい。
モダン楽器による演奏でも、KSTのような小編成アンサンブルでは、前述のような現代的な様式感を実現しやすい。カンガスは今回、クラリネットが入った第2稿を採用するという。
アンコール ブラームス:3つの間奏曲 op.117 より第3番
《プロフィール》
指揮:ユハ・カンガス
フィンランドのシベリウス音楽院でオンニ・スフォネン氏にヴァイオリンを学び、5年間ヘルシンキ・フィルハーモニック交響楽団でヴィオラ奏者を務める。その後オスロ・ボスニア中央音楽院の講師に就任。1972年にはオスロ・ボスニア室内管弦楽団を設立し、現在もその指揮を続けている。
またタリン室内管弦楽団芸術監督(1995~1996)、ラハティ交響楽団客演指揮者(1995~1998)を歴任し、2001年以来フィンランドのトゥルク・フィルハーモニック・オーケストラの主席客演指揮者も務めている。・・・・・・・
1992年国家音楽賞、1998年ラトヴィア音楽大賞およびフィンランド賞受賞、1999年にはエストニア・ヘイノ・エレル賞が授与された。・・・・・・
ピアノ:ペーター・レーゼル
1945年ドレスデン生まれ。モスクワ音楽院でドミートリ・パシキーロフ、レフ・オノーリン各氏に師事。ドイツ人として初めてチャイコフスキー国際コンクール、モントリオール国際ピアノコンクール入賞を果たすとともに、以降国際的な活動を開始する。・・・・・・・
2007年4月には日本で30年ぶりとなるリサイタルが紀尾井ホールで行われ、その高い芸術性が再び知られることとなり、驚嘆と称賛を集めて話題となった。今年(2008年)から4年間に渡ってベートーヴェンのピアノ・ソナタ連続演奏会が開始する。
《レコード CDのことなど》
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
レコード、CDなどは、自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、「皇帝」協奏曲では、私は若い頃は、ピアノ:ウィルヘルム・ケンプ、指揮:パウル・ファン・ケンペン、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のモノーラルレコード、ピアノ:ミンドール・カッツ、指揮:ジョン・バルビローリ、ハルレ管弦楽団のレコード、ピアノ:ルドルフ・ゼルキン、指揮:小澤征爾、ボストン交響楽団のレコード(小澤の写真はいかにも若い)、CDではピアノ:バックハウス、指揮:シュミット・イッセルシュテット、ウイーンフィル、ピアノ:グルダ、指揮:ホルスト・シュタイン、ウイーンフィルなどをよく聴いてきました。
シベリウス:交響詩、組曲など
私は、指揮:ジョン・バルビローリ、ハレ管弦楽団のレコード(交響曲第2番との2枚組)を愛聴してきました。
モーツアルト:交響曲第40番など
モーツアルトの交響曲は、若い頃はワルターやベーム盤が圧倒的に評判が良かった。しかしその後、古楽器演奏がブームとなりました。そのはしりはホグウッド、シュレーダー指揮:エンシェント室内管弦楽団の全集でしょうか。そして多くの古楽器指揮者が数々のCDを録音し、話題になりました。最近(2006年)では、ミンコフスキー指揮:ルーヴル宮音楽隊の40番、41番のCDが出て、その斬新な解釈、演奏が話題になりました。
私はそれでも、慰めの音楽としては、モダン楽器の演奏、旧来の解釈にも大いに心惹かれます。例えば、名手を揃えた小澤征爾指揮水戸室内管弦楽団のCDは、魅力的だと思い、時々聴いています。


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