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2009年6月16日 (火)

演奏会に行ってきました「シューベルト:冬の旅:谷 篤」(2009-5)

2009年2月2日(月)19:00開演 東京文化会館小ホール(JR上野駅徒歩5分、東京メトロ日比谷線上野駅徒歩10分) 谷 篤バリトンリサイタル シューベルト:冬の旅 D.911 歌詞を説明してから歌う バリトン&訳詞:谷 篤、ピアノ:揚原 祥子 東京文化会館友の会プレゼント企画に当選したもの J列30番(自由席)真ん中席

《プログラム》

シューベルト:冬の旅 D.911

「冬の旅」の孤独 谷 篤

 「冬の旅」は、一つの物語の終わりから始まります。一人の若者が、美しい五月にある街にやって来ました。娘と恋に落ち、幸せな夏から秋を過ごし、結婚までを考えるようになります。ところが娘は心変わりし別の金持ちとの結婚が決まります。元々よそ者である彼は厄介者なり、冬の夜、人目を避け、逃げるようにあての無い旅に出るのです。これが「冬の旅」の始まり。愛を失ったものが苦悩を抱きつつ冬の原野をさまようという舞台設定ですが、失恋は旅を始めるというきっかけでしかありません。なぜなら、愛の対象である娘の描写はほとんど無く、ただ「綺麗な娘」とか「愛しい人」とかいう表現だけで、どんな女性かは全く分からないのです。これは愛を描いた作品としては異常なことです。つまり「冬の旅」は、失恋の苦悩を描いた作品ではないのです。そこに描かれているのは、共同体としての社会から弾き出された者が、居場所を求めて現世をさまよう、孤独な心の軌跡なのです。特に後半になると娘は全く姿を消し、「死」が大きな比重を占めていきます。生きて現世をさすらうことは死によって完結するわけですから。

 「死」が初めて登場するのは5曲目の「菩提樹」。菩提樹は彼に語りかけます。「ここにお前の安らぎがあるのだと」と。これは永遠の安らぎ、「死」を意味します。彼は死を選ばず旅を続けますが、それはかならずしも彼の強い意志ではありません。突然強い風が吹きつけてきて、気がつくとずっと遠くまで歩いてきてしまったのです。始まりもそうでした。彼には居場所がなくなり、仕方なく旅にでるのです。社会から弾きだされたいと自ら望む人はいないでしょう。社会が誰かを弾き出すのです。

この国には年間3万人を超える自殺者がいます。その中には、社会から弾き出され、自ら命を絶つ人も少なくないでしょう。また弾き出されながらも、必死で自分の居場所を探し求める人も多くいるでしょう。「冬の旅」の孤独は、決して他人事、人の結び付きが希薄になり私利私欲のために容易に他者を否定するこの社会への警鐘とも捕らえることもできると、私は思います。

 孤独な若者は、死の影を感じ、それを求めながら、道しるべに導かれ、墓地へと辿り着きます。彼はその冷たい家屋に永遠に安らぎつきたいと望みます。でも受け入れられず、彼は旅を続けます。そうして誰もいない村外れの雪原で、ただライヤーを弾き続ける奇妙な老人と出会います。「冬の旅」に登場する唯一の人物、彼はこの老人と運命をともにすることを予感します。「私の歌に合わせてライヤーを弾いてくれるか」という問いかけで「冬の旅」は幕を閉じます。終わりの無い物語なのです。

 シューベルトは良き仲間に恵まれ、彼を中心としたシューベルティアーデという集まりさえありましたが、社会的にはほとんど認められず、経済的にも困窮していました。シューベルトは社会から弾き出された「冬の旅」の若者に自らを重ね合わせていたように、私には想えます。彼の神学校時代からの友人ヨーゼフ・フォン・シュパウンが1827年「冬の旅」第一部(前半の12曲)が完成した後の出来事として、こんな話を伝えています。

 シューベルトは憂鬱そうで、とてもくたびれている様に見えた。訳を聞くと、「もうすぐ君達にも分かってもらえるさ」としか答えなかった。ある日、彼は私に「今日ショーバー(友人)の家に来てくれないか。凄い歌曲集を聴いてもらいたい。この歌のために、僕はこれまでの歌よりもずっと勢力を消耗したのだ」と言った。そして彼は感動に声を震わせ、「冬の旅」全曲を歌ってくれた。我々はその歌曲集のあまりに暗い雰囲気にすっかり呆気にとられてしまった。シューベルトは「僕はどの歌よりもこの歌曲集を気に入っている。いずれ君たちも気に入ってくれるだろう」と言うだけだった。彼は正しかった。やがて我々も、フォーグル(友人、歌手)が立派に演奏したとき、この悲哀に満ちた曲想にすごく感銘を受けたのだった。我々は、まだまだ元気な若者だと思っていたが、彼はこの時からくたびれた様子だった。彼が午前中に作曲している様子を一度でも見たものは、彼の燃えるような輝いた眼と、夢遊病者に似た様子を決して忘れないだろう。午後になると、彼は普段の状態に戻り、優しく、そして自分の感情を見せずに自分の中にに閉じこめてしまうよう心がけていた。

 1828年11月11日、彼は床に伏していた。重病であるにもかかわらず、ひどい苦痛を見せる様子もなかった。ただ、だるさを訴え、時々うわごとを言っていた。彼はわずかな間を利用して「冬の旅」の第二部(後半の12曲)の校正をしていた。

 11月19日午後3時、彼は永眠した。

《印象 感想など》

 1曲ずつ、歌詞を説明しながら歌う。柔らかい声の素敵なバリトン。

1.Gute Nacht おやすみ

 若者は厄介者となり、そこに留まることができなくなってしまった。その経緯と心境が語られる。社会から弾き出された者が、冬の夜、逃げるように、あてのない旅へと出かける。旅を象徴する「歩行のリズム」。

2.Die Wetterfahne 風見の旗

 外に出ると、恋人の家の屋根の上で、風見の旗が風にもてあそばされていた。それは移り気の象徴。

3.Gefrone Tranenn 凍った涙

 涙が凍り、頬から落ちる。胸は燃えるように熱いのに。

4.Enstarunng 凍てつき

 一面の雪原に幸せの夏の名残を探し求める。そこは恋人と歩いた草原。自分の心も雪原のように凍てついている。

5.Der Lindenbaum 菩提樹

 菩提樹の木陰。いつも足を向けた憩いの場所。今日、真夜中、その傍を通り過ぎる。眼を閉じると枝がざわめき、語りかけてくる。「ここにお前の安らぎがあるのだ。」と。これは死を意味する。彼は人生の冬の旅を続けるのである。

6.Wasseruflut 溢れ流れる涙

 涙が溢れ、雪に染みこんでゆく。この涙も春には雪と一緒に融けて、彼女の家まで流れてゆくだろう。

7.Auf dem Flusse 流れの上で

 凍てつき凍った川。その堅い表面に、彼女の名前と思い出の日付、破られた婚約の象徴、壊れた輪を刻み込む。

8.Ruckblik 振り返り

 振り返らず必死で歩いてきた。変わり果てた街の姿を見たくなかったのだ。五月には、花が咲き、鳥は歌い、娘の輝く瞳が彼を迎えてくれたのに

9.Irrlicht 鬼火

 鬼火に誘われるまま、岩山へと分け入る。すべての川は海に至る。どんな悲しみもいずれはその墓に入る。

10.Rast 休息

 狭い炭焼き小屋で休息をとる。静けさに身を置いて、心身の苦悩が疼き始める。休もうとしない身体が「歩行のリズム」を刻み続ける。

11.Frhlingstraum 春の夢

 夢を見た。五月を、花を、草原を、愛を、恋人を、幸せを。雄鶏の声が時を告げる。窓の霜が葉っぱに見える。それは春を夢見る愚か者をあざ笑うかのように。

12.Einsamkit 孤独

 嵐も止み、穏やかに晴れ渡り、光りあふれる下界。人々の明るい暮らしの中をただ一人、誰とも交わることなく、孤独な旅を続ける。自分の惨めさがいっそう際立つ。足を引きづる重たい「歩行のリズム」。

   ・・・・・休 憩・・・・・

13.Die Post 郵便馬車

 郵便馬車の到着を告げるラッパが聞こえてくる。自分宛に手紙が届くはずもないのに、心は高鳴る。

14.Der greise Kopf 白髪の頭

 霜が白髪を覆い尽くした。老人になったかと喜ぶが、すぐに元通り。死を願うが、まだ遙かに遠い。

15.Die Krahe からす

 ずっと頭の上を飛び、後をついてきた奇妙な鳥。死を予感させる不吉な鳥が、今は唯一の忠実な存在。

16.Letzte Hoffnunngu 最後の望み

 木立に残る枯れ葉。その一枚に自分の希望を託す。その葉とともに自分の希望も散りはてる。

17.Im Dorfe 村にて

 寝静まった村を一人通り過ぎる。番犬が吠え、鎖が鳴る。ベットで夢をむさぼる小市民たち。社会からはみ出した彼には、もう夢など無縁なもの。

18.Der sturmische Morgen 嵐の朝

 雲は千切れ飛び、赤い閃光が走る激しい冬の嵐。それは自分の精神に相応しい朝。

19.Truschunng 惑わし

 怪しい光りに、誘われるままについて行く。それは氷と夜と恐怖の向こうに、暖かい家庭と愛する人を見せてくれる。惑わしいが唯一手に入れられるもの。

20.Der Wegweiser 道しるべ

 人目を避け、人の通わぬ道を行く。それは狂気のなせる業。道しるべなど無縁の旅だが、一つの道しるべが目の前に現れ、ある道を指し示す。それはいまだかつて誰一人として戻ってきた者がいない道。「歩行のリズム」が行くべき道へと誘う。

21.Das Wirtshaus 宿屋

 その道は墓地へと繋がっていた。ここで休みたい、氷の眠りにつきたいと願ったが、受け入れられず、さらに旅を続ける。

22.Mut 勇気

 死を拒絶され、今一度勇気を奮い起こす。この世に神がいないのら、自らが神になろう。

23.Die Nebensonnenn 幻の太陽

 空に太陽が三つ。何を意味するのか。彼もかつて太陽を三つ持っていた。だが今は良い方の二つが沈んでしまった。ならば全部沈んで、暗闇のほうがまし。

24.Der Leirmann 辻音楽士

 村外れの雪原でライヤーを弾く老人。誰も聞いていないのに、なるがままに任せ、一心にライヤーを弾いている。この旅で出会った唯一の人間。それは社会から見捨てられた絶望なのか、現世の希望なのか。

《プロフィール》

バリトン&朗読・訳詞:谷 篤

 1960年三重県生まれ。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。同大学院修士課程修了。日、仏、独、伊、露、英の古典から現代までの歌曲を広くレパートリーとして活動。邦人作品の初演、新作オペラへの出演も数多く、バリトンからカウンターテナーの音域まで歌う、他に例の無い卓越した表現力と演技力は、高い評価を得ている。・・・・・東京藝術大学音楽学部非常勤講師。

ピアノ:揚原祥子

 旭川市生まれ。東京藝術大学附属高等学校を経て、同大学ピアノ科を主席で卒業、同大学院修士課程終了。・・・・第58回日本音楽コンクール第1位、併せて野村賞、井口賞受賞。・・・・2003年より声楽家谷篤氏の企画する「ひとときの歌」シリーズに出演・・・・現在、千葉大学教育学部准教授。

《レコード CDのことなど》

シューベルト:歌曲集「冬の旅」

 レコード、CDは自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、私はハンス・ホッター(バス・バリトン)、ジェラルド・ムーア(ピアノ)のLPレコードを楽しんできました。

 

    

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