演奏会に行ってきました「ハイドン・ロンドンセット全曲演奏会第1回 フランス・ブリュッヘン指揮:新日本フィルハーモニ交響楽団 交響曲鯛6番「奇跡」、交響曲第95番、交響曲第93番」(2009-7)
ハイドン:ロンドン・セット全曲演奏会 第1回2月11日(祝水)午後3時開演 すみだトリフォニーホール(東京メトロ錦糸町駅徒歩7~8分、JR錦糸町駅徒歩5分程度)
フランス・ブリュッヘン
コンサートを得がたいものにするための勉強を
皆さんもするでしょう。
バッハ、ハイドン、モーツアルト、ベートーヴェンと
その歴史的背景などをね。
今回皆さんはハイドンの発明である
交響曲はじまりを体験するのです。
とにかくおいでください!!
《プログラム》
交響曲第96番 ニ長調「奇蹟」 Hob.Ⅰ-96
交響曲第95番 ハ短調 Hob.Ⅰ-95
交響曲第93番 ニ長調 Ⅰ-93
指揮:フランス・ブリュッヘン 新日本フィルハーモニー交響楽団 コンサートマスター:崔 文洙
《印象 感想など》
私の席:1階25列33番。
交響曲第96番 ニ長調「奇蹟」 Hob.Ⅰ-96
ほぼ満席。コントロバス4人、中央奥。チェロも中央。ブリュッヘンはノータクトで椅子に座って指揮。第1楽章 ノンビブラートの古楽奏法。透明な音。 第2楽章 心地よいバランスのとれたアンサンブル。まさにクラシックの響き。 第3楽章 3拍子のきっちりとした演奏。オーボエが奇麗なメロディを吹く。 第4楽章 快調にリズムをきざむ。古楽奏法が気持ちよく響く。ブリュリュッヘンは細身のスタイル。髪は白髪。ゆっくりとステージを行き来する。楽章が終わっても退場せず、次の曲へ。
《楽曲解説》 プログラムより
第1回ロンドン旅行の際に、おそらく最初に初演された作品とl推測されている。コンサートは特定できないが、1791年3月11日の第11回ザロモン・コンサートだった可能性がある。「奇蹟」というニックネームの由来についても生前の作曲家と親交のあったディースが以下のようにように伝えている。
ロンドン滞在2年目の1792年のコンサートで、物見高い聴衆が指揮をする著名な音楽家ハイドンを間近に見ようと席を離れたところ、突然そこに天井のシャンデリアの一つが落下した。もとろん、怪我人はでなかった。そのため、人々は「奇蹟だ、奇蹟だ」と呼び、それ以来、この名称で呼ばれるようになったというものだ。しかし、ディース自身がハイドンに直接確かめたところ、「そのことについて私はなにも知りません」と答えたという。しかし、このよう事件があったことを裏付ける情報がある。それは2度目のロンドン滞在の2年目のこと。1795年の2月3日の「」モーニングクロニクルス紙」に、前夜のコンサートについてのレポートが記載されている。それによれば、終楽章がアンコールされた際にシャンデリアの一つが落下するアクシデントがあったが、音楽は中断されることなく、非常に効果的に演奏されたという。これが事実だとすれば、「奇蹟」の交響曲は102番だったことになる。
第1楽章アダージョの序奏とアレグロの主部からなる。第2楽章アンダンテ、ト短調はシチリアーノ風のリズムを特徴とする。二重対位法による中間部を持つ三部形式。第3楽章はメヌエット。トリオはオーストリアのレントラー風。第4楽章フィナーレ、ヴィヴァーチェは3つの主題を持つロンド形式。
(フルート2,オーボエ2,ファゴット2,ホルン2,トランペット2,ティンパニー、弦楽5部)
交響曲第95番 ハ短調 Hob.Iー95
第1楽章 短調の響き。とても古典的なアンサンブル。 第2楽章 素敵なメロディで、よく歌い流れる。 第3楽章 チェロがソロでいいメロディを演奏。 第4楽章 疾風怒濤の音楽。ブリュッヘンは、少し前屈みでゆっくりとステージ上を移動。休憩。
《曲目解説》 パンフレットより
ロンドンセット唯一の短調作品。この曲も正確な日付は分かっていないが、1791年4月1日の第4回ザロモン・コンサート、または4月29日の第7回ザロモン・コンサートで初演されたと推測される。
ロンドン・セットの交響曲冒頭楽章は、基本的に主部の前に序奏が置かれるのだが、この曲のみ例外的に序奏がなく、いきなり主部から始められる。主部はアレグロ・モデラート。ソナタ形式。第1主題は激しい情念に満ちた旋律がユニゾンで奏でられ、優しい表情をした楽想がそれに応える。第2主題は穏やかな曲想の変ホ長調。この主題は展開部を経てハ長調で再現される。
第2楽章アンダンテ・カンタービレ、変ホ長調。主題と4つの変奏。第3楽章メヌエットはハ短調。トリオはハ長調、独奏チェロが華やかなパッセージを繰り広げる。フィナーレ楽章はヴィヴァーチェ、ハ長調。コーダを伴う3部分構造。第2部分で第1部分の主題がフーガで展開され、第3部分で再現。トゥッティによるコーダで曲を閉じる。
(フルート、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦楽5部)
交響曲第93番 ニ長調 Hob.Ⅰ-93
《印象 感想など》
第1楽章 出だし、全合奏で。弦が爽やかなテーマを奏する。 第2楽章 コンマスのソロで始まる。同じテーマを合奏で奏する。同じテーマが何回か出てくる。 第3楽章 時折入るティンパニーがアクセントになる。快調に進む。 第4楽章 リズミックに曲が流れる。気持ちの良いバランスのとれた演奏。万雷の拍手。
《曲目解説》 パンフレットより
1972年2月17日に行われた第1回ザロモン・コンサートで初演され、同月24日に再演された。第1楽章、アダージョの序奏の堂々とした開始と大胆な転調が印象的だ。主部はアレグロ・アッサイ。対照的な2つの主題を持ち、均整の取れた典型的なソナタ形式で書かれている。
第2楽章はラルゴ・カンタービレ、ト長調。ロンド形式とも三部形式ともとれる比較的自由な形式。冒頭の主題は、弦楽四重奏で奏でられた後に、ファゴットを加えたり、トゥッティによるフォルテというように何度も繰り返されるが、そのたびに違った表情を見せる。なお、この楽章は初演の際にアンコールされた。
第3楽章のメヌエットはアレグロ。トリオでは木管にホルン、トランペット、ティンパニの三連符による信号調の音符がフォルテで奏でられ、弦楽による舞曲風の主題と対比される。
第4楽章フィナーレはプレスト・マ・ノン・トロッポ。展開部のないソナタ形式。
(フルート2,オーボエ2,ファゴット2,ホルン2,トランペット2,ティンパニ、弦5部)
《ブリュッヘンのハイドン》 那須田 努
ブリュッヘンが18世紀オーケストラを結成したのは1982年のこと。そんな最初のヨーロッパ公演に参加した日本の演奏家が古楽の専門誌にこんなレポートを書いていた。最初のリハーサルで、欧州中から集まってきた音楽家を前にブリュッヘンがスピーチをした。作曲家は神様、だから余計なことは何もしなくていい。楽譜通りやってほしい。自分の持ち分をしっかりやっていれば、音楽は自然に湧き出てくると。意外だった。リコーダ奏者としてのブリュッヘンは、エモーシャルな演奏で知られるきわめて個性の強い音楽家だからだ。でもよく考えてみれば決して矛盾ではない。強烈なインパクトを持つ彼の演奏自体が、音楽の内側から自然に湧き上がってきたもだとしたら。
とはいえ、今日の我々は、ブリュッヘンの言う「楽譜通りやってほしい」という言葉を文字通り受け取るべきではないだろう。なぜなら、18世紀オーケストラは古楽器演奏ののスペシャリストたちで、18世紀の音楽語法を知悉している人たちだからだ。それが、今回のハイドン・プロジェクトでブリュッヘンが語っているところの、(ハイドン時代の)「ルール」である。
18世紀以前は楽譜の読み方が今とは異なっていた。一例を挙げよう。テンポは相対的なものだし、音符には良い音とシンプルな音の違いがあり、それを意識することで自然な拍節感がもたらされる。ヴィブラートは装飾音の一種。アーティキュレーションはスラーやスタッカート等のことだが、それだけではない。巧みな話術のように、デリケートな大胆に多彩な発音を駆使して音楽に豊かな表情を付ける。さらにいえば、アーテキュレーションは作曲家がすべて楽譜に書き込むものではなく、一定のルールに基づいて演奏家が自ら判断して演奏した。テクスチャー(対位法の横と和声の縦の線)の透明感や古典調律的な音程のとり方も大切だ。そして、音楽の情緒(アフェクト)。ロマン派のそれに比べて客観的なものではあるが、それでも上述の事柄の大部分が音楽の情感の表出のためといってもいいくらいなのだ。
新日本フィルとブリュッヘンとの共演は今回で3度目。同団のウェブサイトに掲載された団員からのインタビューからも、両者が篤い信頼と共感で結びついているのが窺えるし、団員たちは一つ一つの共感を特別な体験としてとらえ、今回のハイドン・プロジェクトに大きな期待を寄せている。それはどいうことだろうか。
ハイドンの生涯の終わりの頃に起こったフランス革命はヨーロッパ文化に大きな質的な転換を起こしたといわれるが、それは音楽においても同様だった。聴衆の層が拡大し、大衆化が進んだ。しかしその一方で、宮廷社会に育まれた芸術に対する洗練された美意識や審美眼もきわめて高度な水準に達していたのだ。ハンガリーの大貴族の宮廷で生涯の大半を過ごしたハイドンの音楽は、まさにそのような時代精神の具現化であり、晩年に作曲されたロンドン・セットやオラトリオ「天地創造」はその頂点にそびえ立つものだ。バロック音楽から出発したブリュッヘンは、その意味を誰よりもよく知っているのだ。
指揮台のブリュッヘンは古典音楽の語法のルールに従って静かに忍耐強く、作品の内側からその本質や魅力が立ちあらわれてくるのを待つ。そしてハイドンの時代の息吹とともに出現するのは、限りなくピュアで自然な音楽であり、その先に私たちを待ち受けているのは、この曲を初めて聴いたような新鮮な感動に他ならない。
交響曲の歴史における「ロンドン・セット」の位置付け
1970年、ハイドンが30年近く仕えてきたニコラウス・ヨーゼフ・エステルハージ候が逝去した。新しい主君は音楽にそれほど関心がない。オーケストラは解散され、今となっては楽長の地位は有名無実。他の宮廷からの誘いも断り、これからどうしようかと考えていた折、突然、ウイーンのハイドンのもとに一人の人物が訪ねてきて、こういうのだった。、「私はロンドンから来たザロモンです。あなたをお迎えに参りました。明日契約しましょう」。その男はドイツのボン出身のヴァイオリン奏者でコンサート・プロジューサー、ヨハン・ペーター・ザロモン。大都会ロンドンでザロモン・コンサートという名称の公開コンサートを主催していて、イタリア旅行中にハイドンがフリーランスになったことを知り、急遽駆けつけたのだった。契約の内容は、新作オペラと12の新しい交響曲作曲を始めとする作品の作曲と、交響曲の指揮や慈善コンサートなどへの出演である。
ハイドンの心を惹いたのは、コンサートへのはコンサートマスター、ザロモン以下、総勢40名からなるオーケストラだった。(その内訳はヴァイオリン16、ヴィオラ4、チェロ3、コントラバス4、各2本のフルート、オーボエ、ファゴット、ホルン、クラリーノ、ティンパニ)。エステルハージー宮楽団(1780年代に24名)に比べてずっと編成が大きいし、名手たちも揃っている。このオーケストラのために存分に腕を振るってみたい。こうして1791年からおよそ1年半の、さらに1794年から1年半の二度にわたるロンドン滞在が実現し、計12曲(第1期93番~98番、第2期99番~104番)の新しい交響曲が誕生したのだった。
ハイドンは1757年に最初の交響曲に取り組んで以来、生涯を通して104曲の交響曲を残した。このロンドン・セットはその集大成であると同時に、古典派における同ジャンルの頂点に聳え立つ傑作である。なお当シリーズではハイドンの番号順ではなく、ロビンソンの研究による作曲年代順に演奏される。
| 固定リンク
« 演奏会に行ってきました「読売日本交響楽団 グリンカ:歌劇『リュスランとリュドミラ』序曲、チャイコフスキー、オフスキー:ヴァイオリン協奏曲・交響曲第5番」(2009-6) | トップページ | 演奏会に行ってきました「紀尾井シンフォニエッタ東京定期 メンデルスゾーン:「エリア」(2009-8) »
「音楽」カテゴリの記事
- 演奏会に行ってきました「住友郁治ピアノリサイタル ハイドン、ベートーヴェン、ブラームス、リスト」(2009-40)(2009.11.11)
- 演奏会に行ってきました「日本歌曲コンクール 声楽部門本選会」(2009-39)(2009.11.06)
- 演奏会に行ってきました「吉田優子ピアノリサイタル R.シューマン、A.ベルク」(2009-38)(2009.11.04)
- 演奏会に行ってきました「レクチャー・コンサート 『作曲家の挑戦』シリーズ 2nd フランス6人組の風」(2009-37)(2009.11.02)
- 演奏会に行ってきました「東北大学混声合唱団創立50周年記念演奏会 長谷部雅彦:生命の進化の物語、高田三郎「水の命」ほか、モーツァルト:合唱曲ほか、委嘱曲「きらめく生命(とき)ほか」(2009-36)(2009.10.30)


コメント