演奏会に行ってきました「読売日本交響楽団 グリンカ:歌劇『リュスランとリュドミラ』序曲、チャイコフスキー、オフスキー:ヴァイオリン協奏曲・交響曲第5番」(2009-6)
東京芸術劇場大ホール(JR池袋駅徒歩5分)2009年2月4日(水)7:00開演
《プログラム》
グリンカ:歌劇『リュスランとリュドミラ』序曲
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
交響曲第5番 ホ短調 作品64
指揮:小林研一郎 ヴァイオリン:藤川真弓 読売日本交響楽団 コンサートマスター:デヴィッド・ノーラン》
《印象 感想など》
私の席:S席Q列18番 日本演奏連盟からオーケストラシリーズを通しで購入したもの。
グリンカ:歌劇『リュスランとリュドミラ』序曲
良い音、アンサンブル。チェロやコントラバスの低音弦が良い音を奏でる。速いテンポで飛び出し、そのまま快調に突っ走る。快演。ブラヴォー。
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
Ⅰ アレグロ モデラート-モデラート アッサイ Ⅱ カンツオネッタ アンダンテ Ⅲ フィナーレ アレグロ ヴィヴァーチェシモ
ソロヴァイオリン:赤い上着、黒いスカート。コントラバス4人。日本人離れした顔の美人ソリスト。1楽章:ソロヴァイオリン、むせび泣くような美音を奏でる。凄いテクニック。コバケンと読響、素晴らしい伴奏を付ける。フルートが良い音で付ける。終わり、音楽が盛り上がる。 2楽章:しっとりとした出だし。ソロヴァイオリン、とても丁寧に弾く。むせび泣くようなメロディーを奏でる。 3楽章:テンポの速い伴奏の出だし。ソロヴァイオリン、テクニック申し分なし。凄い独奏。たたみかけるようにコーダへ。もの凄い演奏。万雷の拍手。ブラヴォー。
・・・・・休 憩・・・・・
チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調 作品64
Ⅰ アンダンテ~アレグロ・コン・アニマ Ⅱ アンダンテ・カンタービレ・コン・アルクーナ・リチェンつァ Ⅲ ワルツ アレグロ・モデラート Ⅳ アンダンテ・マエストーソ~アレグロ・ヴィヴァーチェ
Ⅰ コントラバス8人。クラリネット、気っぷの良い演奏。すぐに伴奏爆発。ソロヴァイオリン、伴奏ともリタルダントをかけ、よく歌う。テンポを落として、たっぷりと歌う。凄い演奏になりそうな予感。メリハリの利いた演奏。 Ⅱ 地鳴りのような低音弦。ホルンがメロディを弱音で吹く。コバケン、熱のこもった指揮。トロンボーン炸裂。弦のピチカート、なかなかの演奏。甘美な音楽を奏する。大いに盛り上がる。そして消えるように楽章を終わる。 Ⅲ ワルツ。絶妙な三拍子。弦がよく流れる。フルート、ファゴット上手い。弦のアンサンブルが最高。トロンボーンの放列。 Ⅳ 休み無くティンパニーの連打を経て4楽章へ。トロンボーン、チューバが叫く。弦が快調に付く。金管、ティンパニーがテンポを上げて突っ走る。少しリタルダントしてまた走る。金管、ティンパニーなどテンポを上げて、コーダへ合奏。すごく盛り上がる。快演、熱演、凄演。未だ聴いたことのないような演奏。コバケン、主な団員と握手。コバケン、メンバーを立てるのがとても上手い。
アンコール ブラームス:ハンガリアン・ダンス 第5番
トライアングルが特徴的。快演。ブラヴォー。
《プログラムノーツ》 大木正純
グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
19世紀、ロシアが民族固有の音楽を確立してゆく大きな流れの中で、グリンカ(1804~1857)はいわゆる「力強い仲間(通称“ロシア五人組”)」たち-ムソルグスキーやリムスキー=コルサコフらによるグループ-の先駆者的な位置を占める重要人物である。彼が完成したオペラは2作しかないが、その第1作、1836年初演の「イワン・スサーニン(皇帝に捧げし命)」の登場によって、本格的なロシア・オペラの第一歩が踏み出されたと位置付けられるほどである。
「ルスランとリュドミラ」はそれから6年後、グリンカ38歳の年にペテルブルクで初演されたオペラ。ロシアの民謡に基づくプーシキンの詩をよりどころに、キエフの大公の娘リュドミラを巡って3人の求婚者たちが巻き起こす出来事を、魔法使いなどもフィーチャーしつつ描いたファンタジックな物語である。
オペラ本体の上演は、世界的に見てもごく希にしかないのに対して、序曲は極めて有名。演奏時間5分程度の小曲ながら、はつらつたるリズムと豊かな色彩を繰り広げる華麗な音楽で、いわばオーケストラのヴィルトオーゾ・ピースとして広く親しまれている。
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
チャイコフスキー(1840~1893)が38歳になる年に、旅先のスイスで作曲された曲。それぞれ1曲づつあるベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスの作品と並んで、19世紀のヴァイオリン協奏曲としては、名実ともに頂点に立つ傑作である。チャイコフスキーの場合、それらドイツ語圏の3曲とひと味違う濃厚な色彩感に独自の魅力があると言えるだろう。もっともおそらくそれゆえに、ウイーンにおける初演は不首尾に終わり、毒舌の批評家ハンスリックからは「粗野で俗悪で“安酒のような異臭を放つ”」という酷評を浴びせられもした。付け加えればこの初演失敗の背景には、保守的な美学に凝り固まったハンス・リヒター指揮ウイーン・フィルの面々が、投げやりな演奏をした事実もあったというもっともらしい説もある。
しかしソロを担当したアドルフ・ブロスキーがその後もへこたれずにこれてを取り上げ、さらにチャイコフスキーがこの曲を献呈するつもりだった歴史的名手レーオポルト・アウアーも、最初は“演奏不能”と取り合わなかったにもかかわらずやがてて掌を返すように進んで演奏したこともあって、曲は次第に広く知られていった。現在ではチャイコフスキーの作品の中でも指折りの人気作となっているのは周知の通りである。曲は以下の3楽章構成。
第1楽章 アレグロ・モデラート~モデラート・アッサイ
導入部を持つソナタ形式。カデンツァはチャイコフスキー自身が書いている。
第2楽章 カンツォネッタ アンダンテ
3部形式による美しい緩徐楽章で、ハンスリックもこの部分には一目を置いたという。切れ目なく次に進む。
第3楽章 フィナーレ アレグロ・ヴィヴァーチッシモ
自由なロンド形式による終曲。ロシアの民俗舞曲を織り込んだ華麗な音楽である。
チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調 作品64
チャイコフスキーの三大交響曲の第二作。知名度や、悲劇的なインパクトの強さという点では後続の第6番「悲愴」に一歩譲るにしても、交響曲の最高傑作としてむしろこの曲を上げる人が少なくない。
この曲が着手されたのは、チャイコフスキー48歳の1888年初夏、交響曲の異色作「マンフレッド」が間にはいるとは言え、第4番ヘ短調の完成から数えればちょうど10年の歳月が過ぎている。彼は前年暮れからこの年の3月まで、指揮者としてヨーロッパ各地を巡り、そのあとロシア南西部のフロロスコエ村に構えた新居に落ち着いた。演奏旅行は大成功で、彼はますます自信を深めたし、新居も大いに気に入った模様である。彼は「家、景色、庭、すべての環境が私を魅了する。」と書いている。
当時の溢れるような幸福感・充実感が、長く遠ざかっていた交響曲再挑戦への意欲に火を付けたのではないだろうか。作曲はきわめて快調に進み、早くも夏の終わりに完成をみたということである。初演は同年11月5日、ペテルブルクで行われ、さらに再演を挑んで、24日にはプラハでも、これもまたチャイコフスキー自身のの指揮の下に演奏された。ただし、曲に曲に与えられた評価は好評一色とは行かなかったようで、チャイコフスキーは「この曲は不成功と言わざるを得ません」と書いたほどである。ただし実際には、本人が自信満々だった割りには厳しい批評も出た、というのがその背景にあるようで、聴衆の反応は決して悪くはなかったといわれる。
曲は4楽章構成で、一般に「運命のモティーフ」と呼ばれる動機が全曲に張りめぐらされているのが著しい特徴である。その結果、曲全体が強くひとつに結び合わせられるとともに、各楽章それぞれの主題とのコンストラクトによってドラマティックな効果を上げる仕掛けになっている。
第1楽章 アンダンテ~アレグロ・コン・アニマ
冒頭、クラリネットに出るのが「運命のモティーフ」。続いてポーランドの民謡からとられたという暗い主題に始まる主部となる。弦の合奏で歌われる第2主題は、対照的に甘美な気分に満ちたもの。
第2楽章 アンダンテ・カンタービレ・コン・アルクーナ・リチェンツァ
コン・アルクーナリチェンツァとは「やや厳格な」という程度の意味。チャイコフスキーならではの優美な音楽だが、中間部の終わりに例のもティーフがさながら警鐘のように響きわたる。
第3楽章 ワルツ アレグロ・モデラート
メヌエットでもスケルツォでもなく、洗練の極みを「ワルツ」を交響曲に導入するのが、いかにもチャイコフスキーならでは。運命のモティーフは終わり近く、比較的控えめに現れる。
第4楽章 アンダンテ・マエストーソ~アレグロ・ヴィヴァーチェ
第1楽章同様、運命のモティーフによる導入部で始まる。ここではそれが主部にも登場、さらに終結部でもいちだんと力強く響き渡って、高らかに全曲を締めくくる。
《プロフィール》 プログラムより抜粋
指揮者:小林研一郎
東京藝術大学作曲科、指揮科の両科を卒業。作曲を石桁眞礼生、指揮を渡邉暁雄、山田一雄の両氏に師事。
1974年第1回ブダペスト国際指揮者コンクール第1位、特別賞受賞。・・・・・ハンガリー国立響及びネザーランド・フィルのヨーロッパ、日本公演や、東京都響、読売日響、日本フィルのヨーロッパ公演指揮者、国際指揮者コンクール審査員、都響正指揮者、東響客演指揮者、京都市響常任指揮者、ハンガリー国立響音楽総監督・常任指揮者、チェコ・フィル常任客演指揮者、日本フィル音楽監督などを歴任。
ハンガリー政府よりリスト記念勲章、ハンガリー文化勲章、星付中十字勲章(民間人としては最高の勲章)を授与される。
現在、アーネム・フィル常任指揮者、ハンガリー国立フィル、名古屋フィル桂冠指揮者、マタヴ・ハンガリー交響楽団、九響の主席客演指揮者、東京音楽大学客員教授、東京藝術大学名誉教授。・・・・・
2002年5月の「プラハの春音楽祭」オープンニングコンサートの指揮者として、東洋人では初めて起用され、大統領臨席の「我が祖国」全曲がチェコ・フィルにて演奏され、スメタナホール満場の聴衆からのスタンディング・オベーションが長く続いた。また、コンサートの模様は全世界に向け同時放送され、日本人初の快挙として国内外の数多くのメディアに紹介された(同公演のDVDはコロンビアミュージックより発売中)。・・・・・国内外のオーケストラへの客演も数多く、現在最も活躍し注目されている指揮者である。
ヴァイオリン:藤川真弓
北海道旭川生まれ。桐朋学園高等部・音楽科に学び故斎藤秀雄氏に等の薫陶を受ける。1967年ベルギーのフラマン国立音楽院に留学、レオニード・コーガンに師事。1970年ベルギーの国際ビュータン・コンクールに優勝。続く6月、チャイコフスキー国際コンクールで、楽器の不備にもかかわらず第2位を獲得、センセーションを巻き起こす。その後、数々の世界のオーケストラと共演。・・・・・真に日本を代表し、世界に誇りうるアーティストである。
読売日本交響楽団
創設
財団法人・読売日本交響楽団は1962年4月、世界最高の発行部数を誇る読売新聞社と日本最初の民間テレビ局である日本テレビ放送網、大阪を本拠とする読売テレビという日本の代表的マスコミ3社が母体となり、オーケストラ音楽の振興と普及のために発足した。
指揮者陣
創立45周年の2007年4月、常任指揮者に世界的巨匠のスタニスラフ・スクロヴァチェフスキーが就任。初代正指揮者・下野竜也の心境も著しい。また、桂冠指揮者にG.アルブレヒト、名誉指揮者にK.ザンデルリンク、K.マズア、G.ロジェストヴェンスキー、R.フリューベック・デ・ブルゴス、名誉指揮者に尾高忠明と世界の名匠、巨匠を擁する。
コンサートマスターとソリスト陣
ソロ・コンサートマスターに藤原浜雄、デヴィッド・ノーラン、コンサートマスターに小森谷 巧、ソリストにヴィオラの生沼晴嗣、鈴木康浩、チェロの毛利伯郎、嶺田 健、ホルンの山岸 博と名奏者がそろう。・・・・・
《レコード CDのことなど》
グリンカ:歌劇『ルスランとリュドミラ』序曲
レコード、CDは自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、私はムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルのLPレコードをよく聴いてきました。これは何と言っても出だしから猛スピードで最後まで突っ走る演奏が凄い。
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
私は若い頃は、ヴァイオリン:アルテュール・グリュミオー、ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団のLPレコードを愛聴してきました。今聴いてもグリュミオーの美音は魅力的です。それから世評の高いヤッシャ・ハイフェッツのヴァイオリン:フリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団のLPレコードもよく聴きました。(余談ですが、「これほど大きな影響を与えたヴァイオリニストはパガニーニ以来」「ハイフェッツは多くの人々にヴァイオニストを志す大きな夢を与えたが、一方では多くのヴァイオリニストに挫折感を与えた。1913年に、彼がライプティッヒでブルッフのト短調協奏曲を弾いたとき、初めて彼を聴いたクライスラーが、ジンバリストに『君も僕も、ヴァイオリンを膝に打ちつけてヴァイオリンをこわしたほうがよさそうだな』と語ったのはそれを象徴している。」(「クラシック 不滅の巨匠たち」高橋 昭記(音楽之友社1993年刊) この録音はその後ハイブリッドCDで出ていますが、ハイブリッドのほうが音は大分良いですね。
チャイコフスキー:交響曲第5番
私はこれまで、ピエール・モントウー指揮ロンドン交響楽団(ウイーンコンツェルトハウスでの1963年のライブ録音)を紹介してきました。これはモントウー亡くなる直前の凄い録音です。今回はパウル・ファン・ケンペン指揮アムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団のモノーラルLPを紹介します。このLPも私が若い頃は評判でした。よく聴きました。今はCDであるかどうか分かりませんが。
それから本もついでに紹介します。一つは、「オーディオ 100バカ」新しいオーディオの考え方(現代芸術社昭和56年1月刊)著者高城重躬(たかぎしげみ)。
「五味康祐 音楽巡礼」(昭和56年9月刊 新潮社文庫)「五味康祐 オーディオ遍歴」(昭和57年12月刊 新潮文庫)
何れもCDの無かった頃の本です。高城重躬は当時の評論家で手作りのオーディオ機器を作っていて評判でした。五味康祐も柳生シリーズの作家で、クラッシクに造詣が深かった人です。オーディオで生に近い音を出すための奮闘記ですが、今読んでも参考になります。
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