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2009年5月

2009年5月26日 (火)

演奏会に行ってきました「サンシティ・ニューイヤーコンサート 指揮:小林研一郎 東京フィルハーモニー交響楽団 J.シュトラウスⅡ:「こうもり」序曲、シューベルト:アヴェマリア、ドニゼッティー、マスカーニ、プッティニ、レハール、歌劇アリア、ベートーヴェン7番ほか」(2009-1)

2009年1月10日(土)越谷サンシティ(大)ホール 自宅より徒歩17分。JR南越谷駅・東武伊勢崎線新越谷駅より徒歩5分。

前回で2008年の演奏会・演劇の報告は終了です。今回からは2009年の演奏会等の報告です。今後もご愛読よろしくお願いします。

今回は、我が地元の越谷市での演奏会です。

2009サンシティ・ニューイヤーコンサート 東京フィルハーモニー交響楽団

 炎のマエストロ“コバケン"率いる東京フィルハーモニー交響楽団と、華麗なるソリストでお贈りするニューイヤーコンサート!

《プログラム》

J.シュトラウスⅡ:喜歌劇「こうもり」序曲、雷鳴と電光、

シューベルト:アヴェマリア(ソプラノ:木下美穂子)、ドニゼッティ:歌劇「愛の妙薬」より“人知れぬ涙”(テノール:佐野成宏)、マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲、プッチーニ:歌劇「ジャンニ・スキッキ」より“私のお父さん”(ソプラノ:木下美穂子)、レハール:喜歌劇「微笑みの国」より“君はわが心のすべて”(テノール:佐野成宏)、フェラーリ:歌劇「マドンナの宝石」より間奏曲、プッチーニ:歌劇「トスカ」より“歌に生き、愛に生き”(ソプラノ:木下美穂子)、“星は光ぬ"(テノール:佐野成宏)、ヴェルディ:歌劇「椿姫」より“乾杯の歌"(ソプラノ:木下美穂子、テノール:佐野成宏)

      ・・・・・・休 憩・・・・・・

ベートーヴェン:交響曲第7番

アンコール J.シュトラウスⅠ(父):ラデツキー行進曲

指揮:小林研一郎  テノール:佐野成宏  ソプラノ:木下美穂子

《印象 感想など》

 私の席 A席 1階12列45番。満席。ホール内壁はコンクリート風(と見える)作り。少し音が堅い。コンサートマスターは三浦さん(とコバケンが呼びかけていました。コンマスの記載は、プログラムには無し。)

 コバケンは、時々曲などについて説明しながら指揮。ウインナーワルツ、オペラの有名なアリア、ベートーヴェンの7番のプログラム。ワルツはテンポは普通で、気持ちよい三拍子を刻む。コントラバスは、6人。曲により4人の時もあり。

J.シュトラウスⅡ:喜歌劇「こうもり」序曲

           雷鳴と電光

 幕開けにふさわしい楽しい曲。軽快で快調な演奏。

シューベルト:アヴェマリア(ソプラノ:木下美穂子)

 落ち着いた素敵な声の歌唱。

ドニゼッティ:歌劇「愛の妙薬」より“人知れぬ涙"(テノール:佐野成宏)

 伴奏ではハープや弦のピチカートが入る。高音が伸びて、素敵な歌唱。

マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲

 しっとりとしたメロディの綺麗な曲。

プッチーニ:歌劇「ジャンニ・スキッキ」うおり“私のお父さん"(ソプラノ:木下美穂子)

 冒頭でコンマスのソロヴァイオリンが素敵な曲を奏でる。曲も歌唱も素晴らしい。良く通り響くソプラノ。

レハール:喜歌劇「微笑みの国」より“君はわが心のすべて"(テノール:佐野成宏)

      喜歌劇「メリー・ウイドウ」より“唇は語らずとも"

 張りのある本当に素晴らしい声、歌唱。二重唱は、なじんだ有名な曲。

フェラーリ:歌劇「マドンナの宝石」より間奏曲

誰でも知っている名曲。ハープ、フルートの出だし。綺麗で泣かせるメロディ。

プッチーニ:歌劇「トスカ」より“歌に生き、愛に生き"(ソプラノ:木下美穂子)

 出だし、悲しみと憂いを込めた曲。中番から盛り上がり迫力のある歌唱。生の凄さを満喫。

プッチーニ:歌劇「トスカ」より“星は光りぬ"(テノール:佐野成宏)

 クラリネットの有名な出だし。次第に盛り上がり、圧倒的な歌唱へ。ブラヴォー。

ヴェルディ:歌劇「椿姫」より“乾杯の歌"(ソプラノ:木下美穂子、テノール:佐野成宏)

 いつ聴いても素晴らしい曲。やはりコーラスが欲しいかな?でも凄い歌唱。ブラヴォー。

        ・・・・・・休 憩・・・・・・

ベートーヴェン:交響曲第7番 

第1楽章 躍動的な音楽。リズミックな曲、演奏。テンポは慌てず、快調。  第2楽章 少し引きずるような有名なテーマ。よく流れる。ホルン、ティンパニー活躍。  第3楽章 リズミカルなスケルツォ。  第4楽章 リズミカルな楽章。渦を巻くように突き進む。そしてコーダへ転がり込む。超快演。ブラヴォー。コバケン、団員一人一人に握手。コバケンはいつの演奏会でも、団員を立てるのが上手い。いい雰囲気で曲を仕上げてくるのが分かる。

アンコール J.シュトラウスⅠ:ラデツキー行進曲

 コバケン、聴衆が拍手しテンポをとるところを合図。オケ、指揮者、聴衆が一体となったとても楽しい演奏会。

《プログラムノーツ》 柴田克彦(音楽ライター)

 オペラやオペレッタの名曲を中心とした愉しいステージ、まずは活気漲る序曲と元気一杯のポルカから。ウイーンの“ワルツ王"J.シュトラウス2世(1825~1899)は、40代半ば頃からオペレッタ(喜歌劇)に主軸を移し、第3作『こうもり」(1874年初演)で大成功を収めました。友人にはめられて「こうもり」のあだ名が付いたファルケ博士の愉快な復讐劇に恋愛が絡んだ物語。序曲は、本編の旋律を連ねたメドレー風の構成をとり、陽気さの中にメランコリックな情趣が寄り添います。 『雷鳴と電光』は、1868年作の快速ポルカ。題名の通りの音が盛り込まれたこの楽しい作品は、『こうもり』の劇中でもしばしば演奏されています。

かわって清澄なソプラノの歌を。“歌曲王"シューベルト(1797~1828)のアヴェマリアは、聖母マリアに祈りを捧げる、数多い同種作の中でも有名な1曲ですが、正式な題名は『エレンの歌第3』。他とは違って英国の詩人スコットの詩が用いられ、聖母像を前にした乙女が加護を願う、やや長めの歌詞が歌われます。

 おつぎはイタリア・オペラの音楽を3曲。同地ロマン派オペラの牽引者ドニゼッティ(1797~18348)の『愛の妙薬』(1832年初演)は、のどかな農村の恋の喜劇。純朴な若者ネモリーノは地主の娘アディーナに恋するも相手にされず。しかし後半、娘がいんちきな惚れ薬買う金欲しさのあまり兵隊に志願したことを知ったアディーナは、目に涙を浮かべます。それを物陰から見たネモリーノは、「彼女は僕を愛している!」と確信する内容の叙情的アリア『人知れぬ涙』を歌います。『カヴァレリア・ルシティカーナ』(1890年初演)は、ヴェリズモ・オペラ(現実は歌劇)の開拓者マスカーニ(1863~1945)の出世作。4人の男女の恋にまつわる1幕ものの悲劇です。『間奏曲』は、愛憎渦巻く舞台を鎮めながら場面転換を図るオーケストラ音楽。清らかな弦楽器の調べが感動を誘います。ロマン派後期の大家プッチーニ(1858~1924)の『ジャンニ・スキッキ』(1918年初演)は、スキッキが金持ちの遺産をまんまとせしめる喜劇的オペラ。テレビや映画でも頻繁に『私のお父さん』は、スキッキの娘ラウレッタが「恋人を助けてくれないと身投げするわ」と父に哀願する、劇中の清涼剤的アリアです。

ここで、ウインナー・オペレッタにおけるシュトラウス2世の後継者レハール(1870~1948)のヒット作トップ2が登場します。『微笑みの国』(1929年初演)は、中国(微笑みの国!?)の皇子スー・チョンとウイーンの伯爵令嬢リーザの悲恋物語。『君はわが心のすべて』は、他の娘としきたり上の結婚をするスー・チョンが、「我が愛するのはリーザだけ」と思いを昂ぶらせて歌う、本作の看板曲です。『メリー・ウイドゥ』(1905年初演)は、『こうもり』と並ぶオペレッタ史上の2大傑作。未亡人アンナと昔の恋人ダニロが、意地を張り合いながらも結ばれる定番ストーリーが、甘美な名曲で彩られます。『唇は語らずとも』は、2人が愛を伝え合う場面の二重唱。「メリー・ウイドウのワルツ」の名で知られた旋律に乗ってしみじみと熱く歌われます。

 再びオーケストラ演奏を。ヴォルフ=フェラーリ(1876~1948)は、喜劇で成功したイタリアの作曲家ですが、『マドンナの宝石』(1911年初演)は、愛する女のために聖母像の宝石の首飾りを盗んだ男が、罪の発覚により自殺する凄惨な悲劇。今では滅多に上演されませんが、この『間奏曲』だけは、哀切な音楽によって古くから愛されています。

 プッチーニの名作『トスカ』(1900年初演)は、恐怖政治さなかのローマを舞台に、歌姫トスカと自由主義者の画家カヴァラドッシがたどる悲劇の物語。ここでは2人の代表アリアが歌われます。『歌に生き、愛に生き』は、カヴァラドッシ救命の代償に、悪徳警視総監スカルピアから我が身を要求されたトスカが「私は、歌に、愛に生きてきただけです。主よ、なぜこのような報いを・・・・」と絶望感を歌い、人気アリア『星は光ぬ』は、処刑を前にしたカヴァラドッシが、トスカへの万感の思いを歌い上げます。

 豪華なステージを締めくくるのは、イタリア・オペラ最大の巨匠ヴェルデイ(1813~1901)の名作『椿姫』(1853年初演)から、ご存知『乾杯の歌』。病に死す高級娼婦ヴィオレッタと田舎青年アルフレードが知り合う第1幕のパーティで、2人がリレーしながら酒と愛を讃える、華やかなナンバーです。

       ・・・・・休 憩・・・・・

 このステージでは、ベートーヴェン(1770~1827)の交響曲第7番を、たっぷりとお聴きいただきます。もともと人気の高い交響曲ですが、ドラマ版「のだめカンタービレ」で使われて以来、より広い支持を得ています。

 曲は、ベートーヴェン中期の後半1812年に完成され、翌年ナポレオン軍への戦勝ムード漂うウイーンで初演されました。戦勝交響曲『ウエリントンの勝利』も同時に披露される中、このビートの効いた曲が、サリエリやフンメル等の著名音楽家を含む100人のオーケストラで初演されたのですから、聴衆が興奮しないはずもありません。第2楽章がアンコールされるなど破格の大成功を収め、ベートーヴェンの生前における最大のヒット曲となりました。

 9つの交響曲1曲ごとに新機軸を打ち出したベートーヴェンは、ここで「リズム」をクローズアップします。全4楽章が、それぞれ特徴的なリズムで貫かれており、ワーグナーはこれを“舞踏の神化"と讃えました。またアダージョやアンダンテといった純粋な緩徐楽章が置かれていない点も、曲の前進性を高めています。

 長めの序奏から、「ターン・タタン」のリズムをベースに盛り上がる第1楽章、「タータタ、ターター」のリズムの中で多彩に変化し、その美しさゆえ“不滅のアレグレット”と称される第2楽章、「タタタ・タタタ」の3連音がはじける第3楽章、冒頭の「タンタカタン」をはじめとする躍動的なリズムが狂喜乱舞をもたらす第4楽章・・・・と続く全曲が終始エキサイティングです。

アンコール J.シュトラウスⅠ:ラデツキー行進曲

 コバケンが、聴衆が拍手するところを合図する。我が地元越谷での正月にふさわしい楽しいコンサートでした。

《プロフィール》

指揮:小林研一郎

 東京藝術大学作曲科・指揮科を卒業。第1回ブダペスト国際指揮者コンクール第1位、特別賞受賞。世界中の数多くの音楽祭出演の他、欧州ののオーケストラを多数指揮。ハンガリー国立交響楽団音楽監督をはじめ、日本フィルハーモニー音楽監督など国内外のオーケストラのポジションを歴任。ハンガリー政府よりリスト記念勲章、ハンガリー文化勲章、民間人最高位の“星付中十字勲章”が授与されている。・・・・・

 2002年にはプラハの春音楽祭オープニングコンサートを東洋人としては始めて振るなど、最も活躍し注目されている指揮者。現在、アーネム・フィルハーモニー常任指揮者(オランダ)、ハンガリー国立フィルおよび名古屋フィルの桂冠指揮者、マタヴ・ハンガリー交響楽団、九州交響楽団の主席客演指揮者、東京藝術大学教授、東京音楽大学客員教授を務める。

テノール:佐野成宏(しげひろ)

 東京藝術大学声楽科卒業後、アリゴ・ポイント音楽院(伊)に留学。同年の関西日伊コンコルソ第1位・ミラノ大賞受賞をはじめ、欧米各国の国際コンクールにて上位入賞を果たす。・・・・・

 2004年三枝成章作曲『ジュニアバタフライ』(タイトルロール)では、作曲家本人をして「彼なくしてはこの公演の成功は考えられない」と評価、各方面関係者から絶賛された。・・・・・

 “光り輝く声”を持つテノールとして、国内外から常に注目されるオペラ歌手である。

ソプラノ:木下美穂子

 武蔵野音楽大学卒業、同大学院修了。二期会オペラスタジオ修了。2001年第70回日本音楽コンクール声楽部門第1位・松下賞、第37回日伊声楽コンコルソ第1位、第32回イタリア声楽コンコルソ・シエナ大賞を相次いで受賞、国内三大声楽コンクールの三冠を制覇。2002年第20回サンタ・マルゲリータ市国際声楽コンクール1位、第1回ペヴァーニャ市国際声楽コンクール1位、・・・・ほか受賞歴多数。2008年5月にはアメリカ・メリーランド州ボルチモア・オペラの「蝶々夫人」に出演し、満場総立ちの喝采を浴びた。アメリカ在住、二期会会員。

東京フィルハーモニー交響楽団

 1911年創立の日本で最も古い伝統を誇るオーケストラ。2001年4月、日本で初めてシンフォニーオーケストラと劇場オーケストラの両機能を併せ持つ160余名のオーケストラとなると同時に、スペシャル・アーティスティック・アドバイザーにチョン・ミュンフンが就任。定期演奏会を中心とする自主公演、新国立劇場を中心としたオペラ・バレエ公演、NHK他における放送公演など、高水準の演奏活動とさまざまな教育的活動を展開している。・・・・・

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2009年5月20日 (水)

演奏会に行ってきました「小林研一郎、運命を託されたタクト ベートーヴェンは凄い!全交響曲連続演奏会2008」(2008-77)

ベートーヴェン交響曲連続演奏会報告第3回目(最終) 第7番~第9番です。

演奏会に行ってきました「小林研一郎、運命を託されたタクト。ベートーヴェンは凄い!全交響曲連続演奏会2008」③(2008-77) 東京文化会館大ホール(JR上野駅公園口交差点を渡って徒歩3分、東京メトロ日比谷線上野駅徒歩10分)

《プログラム》

交響曲第7番 イ長調 作品92

交響曲第8番 ヘ長調 作品93

交響曲第9番 ニ短調「合掌付」 作品125

指揮:小林研一郎  イワキ・メモリアル・オーケストラ  コンサートマスター:篠崎史紀  ソプラノ:中丸三千繪  アルト:相田真純  テノール:吉田浩之  バリトン:福島明也  合唱:武蔵野合唱団

《ベートーヴェンの交響曲》  岡本 稔

 シンフォニー symphony という言葉の語源はギリシャ語のsyn(共に)とphone(鳴り響く)であり、登場したのは中世、ルネサンス期のことだった。当時はラテン語のシンフォニアという言葉が用いられ、代表的な作品にはジョバンニ・ガブリエーリの《サクラ・シンフォニア集》(1597)やシュッツの《シンフォニア・サクラ集》(16299)などがある。いずれも楽器と様々な声楽による作品で、当初は器楽、声楽の様々な音がともに響く作品についてこの語があてられている。

 17世紀には《シンフォニー》あるいは《シンフォニア》といった言葉は、オペラやオラトリオの導入曲に用いられるようになり、1720年代のイタリアでオーケストラのための多楽章構成の交響曲が書かれはじめると、ドイツ語圏に広がって18世紀末までに大きな発展をみる。当時は序曲も単独で演奏会用の交響曲として用いられ、交響曲とセレナードの境界があいまいなど、後の交響曲の概念とは異なるところもあった。そうした事情はモーツアルトの交響曲を考えると明らか。モーツアルトの交響曲jは長らく41曲と考えられていたが、現在はオペラの序曲と考えられいたもの、セレナードからの転用などを含め、70曲ほどととする見解も示されている。

 18世紀は非常に多くの交響曲が世に送り出された時期で、一説によると一万三千もの作品が書かれたともいう。そうした交響曲の形を標準化するのに大きな功績を残したのがハイドンである。生涯に残した104曲によって、交響曲というジャンルの発展に大いに貢献した。いわゆる《ロンドン交響曲》はモーツアルトの最後の3つの交響曲とともに、ベートーヴェンの偉大な作品の出現を予言するかのような内容を持っている。

ベートーヴェンの9つの交響曲について、着想の根源をさぐると興味深い事実を知ることになる。結実した9つの果実の萌芽をたどると、第9交響曲がもっとも古い時期まで遡ることができるのだ。ベートーヴェンがまだボンにいた1790年に書かれた《レオポルト二世戴冠式のためのカンタータ》の第4楽章には「地にひれ伏せ、数百万の人々よ」という一節には、声楽と管弦楽の扱いにも第9交響曲につながるところがある。さらに、1793年にベートーヴェンの友人ルートヴィヒ・フィシュネヒがシラーに宛てた手紙の中には、ベートーヴェンがシラーの《歓喜によせる》のすべての章に曲をつける意欲を持っていると報じている。このようにシラーの詩に曲をつけるというアイデアは、ベートーヴェンの創作活動期間のほぼ全体にわたって、まるで通奏低音のように響いていたことになる。ベートーヴェンはこのプランを交響曲という形で結実させることを意図したのは1810年頃。アイデアが熟成するまでには30年以上の年月を要し、その間に8つの異なる性格をもった交響曲が成立した。

 18世紀後半以降、ドイツ・オーストリアの作曲家にとって交響曲は最も重要な意味をもつ創作分野になった。重みを飛躍的に増大させたのがベートーヴェンであるのは間違いない。端的に示されているのが作品の数。ハイドンやモーツアルトにとって交響曲はいわば量産が可能な種類の音楽だった。ところが、ベートーヴェンは9つの作品によって交響曲自体の概念を塗りかえ、一曲一曲全霊を傾けて創作をしなければならない濃密な内容のものに進化させた。第1番、第2番については、先輩作曲家の影響が感じられるものの、そこに躍動するのは明らかにベートーヴェンの感性である。第3番以降は、一曲ずつがすべて異なる意味で革命的と言って差し支えない。そして、ベートーヴェンの交響曲の集大成であると同時に、交響曲史上の頂点の一つである第9番に到達する。交響曲に声楽を入れるという試みは、ベートーヴェンが生きた時代には画期的な発想だった。けれども、先に述べた交響曲の語源や当初のシンフォニアのことを考慮に入れるならば、原点に立ち返ったまったく自然な着想ということもできる。

 ベートーヴェンの9つの記念碑的作品が後世の作曲家に及ぼした影響は計り知れない。交響曲はベートーヴェンの手によってこの上なく高尚な形式と見なされるようになり、ブラームス、ブルックナー、マーラーといった交響曲の大家はベートーヴェンの作品との戦いを余儀なくされた。また、ブルックナー、マーラーの二人は、ベートーヴェンの交響曲の総数である9という数字が呪縛となり、最後の作品のイメージを持つ第9番の創作にためらいを感じた。そして、実際、二人については第9番が最後の交響曲となってしまった。ショスタコーヴィチは第9番を軽妙でユーモアにあふれた作品に仕上げ、罠をうまくすり抜けた感がある。もっとも、彼も第9番に記念碑的作品を期待したソヴィエト当局との衝突は避けられなかった。

 ベートーヴェンの作品群のなかで、質、量の面で最も重要な位置を占めている3つのジャンルが交響曲、弦楽四重奏、ピアノ・ソナタだろう。32曲のピアノ・ソナタでは、もっとも近しい楽器であるピアノを用いてベートーヴェンは自由、かつ大胆な実験を行った。16の弦楽四重奏曲と《大フーガ》を残した弦楽四重奏ではいわば彼の思索の記録という性格を帯びている。そして、交響曲は広く世界に訴えかける大演説のような性格を持つ。テーマは一曲ずつ異なっており、それは時代、国境を越えて多くの人々の心にダイレクトに伝わってくる。ベートーヴェンが訴えかけたメッセージについて思いをはせながら、一曲ずつ噛みしめるように味わう。それは一年の最後と新年へに架け橋となる催しとして極めて似つかわしいのではないだろうか。

交響曲第7番 イ長調 作品92

作曲:1811~13年  初演:1813年4月20日、ルドルフ大公邸(非公開) 1813年12月8日、ウイーン大学講堂、ベートーヴェンの指揮  献呈:フリース伯爵  楽器編成:2管編成、ティンパニー、弦5部

《印象 感想など》

 席 全部埋まる。演奏開始:21時45分。

第1楽章 渾身の出だし。リズミックナテーマ。急ぎ過ぎすぎず。快調な演奏。  第2楽章 少し引きずるように。よく流れる演奏。  第3楽章 たたみかけるようなリズム。テンポを上げて4楽章へ。  第4楽章 踊るようなテーマ。コーダのクライマックス、大いに盛り上がる。盛大なブラヴォー。コバケン、走って何回もステージ中央へ。盛大な拍手、ブラヴォー。終了22時23分。休憩15分。

《曲目解説》  岡本 稔

 ベートーヴェンの交響曲では第1番をのぞいて、奇数番号は雄大な楽想を持ち、偶数番号ものは優美な楽想を持つことは知られている。第7交響曲はその典型的な例。ここでは全曲を通して活気のあるリズムが前面に出るとともに、それは全体を堅固にまとめあげる働きをしている。

 この曲を評してワーグナーが「舞踏の聖化」とよび、リストが「リズムの神化」といったエピソードはあまりにも有名だ。1813年12月のウイーン大学の講堂で開かれた「ハナウ戦没の傷病兵のための演奏会」における公開初演では、同じ日に初演された「戦争交響曲(ウエリントンの勝利)」とともに大変な好評をもって迎えられ、第7番の第2楽章は「聴衆の求めに応じてアンコールされたという。

第1楽章 ポーコ・ソステヌート 4/4-ヴィヴァーチェ イ長調 6/8

  ソナタ形式。序奏は力強いイ長調の主和音で始まり、これを受けて始まるオーボエの旋律と、弦の上行音型によって構成される。主部では、フルートとオーボエが刻む特徴的なリズムがこの楽章全体を統一する重要な働きをしている。このリズムに導かれて、フルートが軽快な第1主題を出し、やがて音楽はこのリズムの乱舞になる。

第2楽章 アレグレット イ短調 2/4

 コーダのついた三部形式。木管楽器が主和音を示したのちヴィオラと低弦が引きずるような主題を示す。葬送行進曲風のこの主題も1つのリズム型をもつ。中間部では、イ長調に転じクラリネットとファゴットが単純な主題を歌う。第3部は第1部の単純な反復ではなく、フガート的処理も見られる。

第3楽章 プレスト ヘ長調 3/4

 スケルツォ。主題はフォルテの上昇するパッセージとピアノで下降する部分からならなる活気にあふれたもの。トリオではアッサイ・メーノ・プレストにテンポを落とし、クラリネットが下部オーストリアの霊地マリアツェルへの巡礼の歌から取られたという風変わりな旋律を出す。

第4楽章 アレグロ・コン・ブリオ イ長調 2/4

 ソナタ形式。2小節の前奏に続き、シンコペーションの連なりによる踊り狂うような第1主題が示される。短調の第2主題も弱拍部にアクセントが置かれている。展開部では第1主題をもとに白熱した音楽が繰り広げられ、再現部に続く長大なコーダでは、圧倒的なクライマックスが構築される。

交響曲第8番 ヘ長調 作品93

作曲:1811年~12年  初演:1813年4月20日、ルドルフ大公邸(非公開)、ベートーヴェンの指揮、1814年2月27日、ウイーン・レドゥーテンザール、ベートーヴェンの指揮  楽器編成:2管編成、ティンパニー、弦5部

《印象 感想など》

演奏開始:22時41分。

第1楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ・エ・コン・ブリオ ヘ長調 3/4  第2楽章 アレグレット・スケルツァンド 変ロ長調 2/4  第3楽章 テンポ・ディ・メヌエット ヘ長調 3/4 第4楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ ヘ長調 2/2

第1楽章 いきなり有名なテーマで出る。その後も快調に飛ばす。  第2楽章 有名なメトロノームのテーマ。  第3楽章 優美なテーマ。トリオはホルンと木管。  第4楽章 テンポの速い楽章。快適に流れる。最後はビシッと閉める。ブラヴォー。

《曲目解説》 岡本 稔

 第5、第6交響曲と同様、この交響曲も第7番と並行して作曲され、曲の性格も前回同様に全く対照的である。第7番が非常にリズミカルなのに対し、第8番は軽妙洒脱で典雅な味わいを強く持っている。この交響曲はベートーヴェンの9曲の中で、最も規模が小さく見過ごされがちだったが、近年はベートーヴェン特有のくどいところがない独自の魅力が再認識され、演奏回数も増えてきている。

 この曲の構想は、第7交響曲の作曲中の1811年頃得られ、翌12年に避暑地テプリッツで作曲が進み、10月に弟の結婚式のために出向いたリンツで完成された。テブリッツでは、ベートーヴェンは「不滅の恋人」と目されている歌手アマーリエ・ゼーバルトとの楽しい日々を過ごしており、そうした気分が曲想に反映していると見る向きもある。この第8番はベートーヴェンの交響曲のなかで、献呈されていない唯一の作品である。

第1楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ・エ・コン・ブリオ

 ソナタ形式。いきなり明るい調子の第1主題が示されて曲は始まる。第2主題は素朴な表情を持つものだが、ここでも第7交響曲と同様に特徴あるリズムが印象的である。

第2楽章 アレグレット・スケルツァンド

 展開部を欠いたソナタ形式。時を刻むようなリズムは当時発明されたばかりにメトロノームからヒントを得たといわれるが、真偽は定かではない。いずれにせよベートーヴェンのユーモアセンスが発揮された楽章である。

第3楽章 テンポ・ディ・メヌエット

 珍しくスケルツォではなく、優雅で古風な味わいの強いメヌエットが置かれている。トリオのホルンののどかな旋律も印象的。

第4楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ

 ソナタ形式。明るく、躍動する響きみなぎる。音楽は進行につれて厳かな雰囲気をたたえている。

《三枝成章お話》

 コントラバスの吉田 秀が出てくる。三枝がインタビューし、吉田がコントラバスを弾く振りをしながら、コントラバスの難しい箇所について語る。チェロの木越やヴィオラの川崎が、第8番で弾くのが難しい箇所について語る。休憩45分。

交響曲第9番 ニ短調「合唱付」 作品125

作曲:1822年~24年  初演:1824年5月7日、ケルントナトーア劇場、ベートーヴェンの指揮  献呈:プロイセン国王フリードリヒ・ヴィルヘルム三世  楽器編成 ピッコロ1、2管編成、コントラファゴット、ホルン4,トロンボーン3、ティンパニー、トライアングル、シンバル、大太鼓、弦5部、ソプラノ・アルト・テノール・バリトンの独唱、混声合唱

第1楽章 アレグロ・マ・ノン・チロッポ・ウンポーコ・マエストーソ  第2楽章 モルト・ヴィヴァーチェ  第3楽章 アダージョ・モルト・エ・カンタービレ  第4楽章 プレスト-アレグロ・アッサイ

第1楽章 合唱陣は、最初から舞台に。壮大な混沌、緊迫した音楽。  第2楽章 壮大なスケルツォ、緊迫したアンサンブル。ティンパニー活躍。  第3楽章 ソリスト、入場。合唱の前、オケの後ろへ。楽器調音。カンタービレ。むせび泣くような演奏。絶妙なアンサンブル。弦のピチカート。  第4楽章 また混沌の音楽。低音弦に歓喜のテーマが出てくる。次第に高音弦に移っていく。バリトンに歓喜のテーマ「フロイデ」が出てくる。素晴らしい声。よくホールに響く。合唱も凄く良い。ほかのソロもみんな凄い歌唱でホールによく響く。リタルダントを利かせて、流れる。テナーのマーチ風の歌唱、なかなか良い。コバケン遮二無二突っ走る。コーラス快調。コーダ大いに盛り上がる。もの凄い演奏。ブラヴォー。最後に三枝成章、高橋素子が舞台に登場し、盛大な拍手、ブラヴォーの連呼。終演 23時10分。 

《プロフィール》

指揮者:小林研一郎 

 東京藝術大学作曲科、指揮科の両科を卒業。作曲を石桁眞礼生、指揮を渡邉暁雄、山田一雄の各氏に師事。1974年第1回ブダペスト国際指揮者コンクール第1位、特別賞を受賞。「プラハの春」、「アテネ」、「ルツェルン・フェスティヴァル」など、多くの音楽祭に出演。また、ヨーロッパの一流オーケストラを多数指揮。ハンガリー国立響及びネザーランド・フィルのヨーロッパ、日本公演や東京都響、読売日響、日本フィルのヨーロッパ公演の指揮者、国際指揮者コンクール審査員、都響正指揮者、東響客演指揮者、京都市響常任指揮者、ハンガリー国立響音楽総監督・常任指揮者、チェコ・フィル常任客演指揮者、日本フィル音楽監督などを歴任。ハンガリー政府よりリスト記念勲章、ハンガリー文化勲章、星付中十字勲章(民間人としては最高の勲章)を授与される。

 現在、アーネム・フィル常任指揮者、ハンガリー国立フィル、名古屋フィル桂冠指揮者、マタヴハンガリー交響楽団、九響の主席客演、東京藝術大学名誉教授、東京音楽大学客員教授。ポニーキャニオン、オクタヴィアレコードの両社から数多くのCD,DVDが発売されている。・・・・・2002年5月の「プラハの春音楽祭」オープニングコンサート指揮者として東洋人では初めて起用され、大統領臨席のもと「我が祖国」全曲がチェコ・フィルにて演奏され、スメタナホール満場の聴衆からスタンディング・オベーションが長く続いた。また、コンサートの模様は全世界に向け同時放送され、日本人初の快挙として国内外の数多くのメディアに紹介された(同公演のDVDはコロンビアミュージックより発売中)。・・・・・

ソプラノ:中丸三千繪

 桐朋学園大学声楽科卒業、同大学研究科修了。在学中よりニューヨーク、ザルツブルクに留学。1986年小澤征爾指揮、R.シュトラウス「エレクトラ」のタイトルロールでデビュー。1987年イタリアに渡り、1988年「ルチアーノ・パヴァロッティ・コンクール」優勝のほか、第4回「マリア・カニリア・コンクール」優勝、第27回「フランチェスコ・パオロ・ネリア・コンクール」優勝。これを機にミラニ・スカラ座と出演契約を結ぶ。1989年「愛の妙薬」でルチアーノ・パヴァロッティと共演し、アメリカ・デビュー。1990年RAI主催「マリア・カラス国際声楽コンクール」に優勝し、欧米各国から出演依頼が殺到する。・・・・・

 2006年イタリア文化の貢献で“イタリア連帯の星勲章”コメンダトーレ章がイタリア大統領より授与。日伊文化交流委員会組織委員。、桐朋学園大学特任教授。

アルト:相田麻純(ますみ)

 東京藝術大学声楽科卒業、同大学院修士課程音楽研究科オペラ専攻終了。現在、同大学院博士後期課程音楽研究科オペラ専攻に在籍中。在学中に安宅賞受賞、アカンサス音楽賞、および同声会賞受賞。第77回日本日本音楽コンクール入選。・・・・・これまでに、故高木島鳰子、多田羅迪夫の各氏に師事。神奈川県出身。

テノール:吉田浩之

 福井県敦賀市出身。「こうもり」アルレード役でオペラ・デビュー、以来、新国立劇場、東京フィル・オペラコンチェルタンテ、二期会、日生劇場びわこホールなど数々の公演に出演。・・・・・

 国立音楽大学声楽科卒業。東京藝術大学大学院オペラ科終了。二期会オペラスタジオを優秀賞で終了。松村勇、布施隆治、渡辺誠、渡邉高之助、高橋大海、故山路芳久、M.コラチッキ、S.ローチ、A.ポーラの各氏に師事。・・・・・1997年には第25回ジロー・オペラ賞新人賞受賞。東京藝術大学音楽学部声楽科准教授。

バリトン:福島明也

 東京藝津大学卒業。同大学院、並びに文化庁オペラ研修所終了。第54回日本日本音楽コンクール第1位(福沢賞受賞)。文化庁派遣芸術家在外研修員として渡伊。1992年サンタ・マルゲリータ(伊)での第10Corso di Cannto で第1位受賞。第17回ジロー・オペラ賞。・・・・・二期会会員。

武蔵野合唱団

 1955年に武蔵野市緑町の自治体サークルとして結成。1965年には、小林研一郎氏を常任指揮者に迎え、現在も指導を受ける。・・・・・2006年には武蔵野合唱団創立50周年記念&小林研一郎当団指揮者40周年記念演奏会兼第6回日本・ハンガリー親善公演をハンガリー国立フィルと行い、好評を博した。・・・・・団員総数200名。

イワキ・メモリアル・オーケストラ

コンサートマスター:篠崎史紀

 ウイーン市立音音楽院修了。ヴィオッティ国際音楽コンクール第3位。群馬交響楽団、読売日本交響楽団のコンサートマスターを経て現在NHK第1コンサートマスター。

ヴァイオリン1

戸澤哲夫:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団コンサートマスター。

伊藤亮太郎:札幌交響楽団コンサートマスター。

西江辰郎:新日本フィルハーモニ交響楽団コンサートマスター。

田野倉雅秋:広島交響楽団コンサートマスター

川田知子:第36回パガニーニ国際コンクール入賞、第5回シュポア国際コンクール優勝、第33回エクソンモービル音楽賞洋楽部門奨励賞受賞。

齋藤真知亜:NHK交響楽団第1ヴァイオリン次席奏者。

松田拓之:NHK交響楽団第1ヴァイオリン奏者。

森田昌弘:NHK交響楽団ヴァイオリン奏者。

高井敏弘:NHK交響楽団ヴァイオリン奏者。

降旗貴雄:NHK交響楽団ヴァイオリン奏者。

山岸 努:NHK交響楽団ヴァイオリン奏者。

村井俊郎:フリーヴァイオリン奏者。

横溝耕一:桐朋学園大学4年在学中。

ヴァイオリン2

永峰高志:NHK交響楽団第2ヴァイオリン首席奏者。

白井 篤:NHK交響楽団第2ヴァイオリン次席奏者。

横山俊朗:NHK交響楽団第2ヴァイオリン次席奏者。

俣野賢仁:NHK交響楽団第2ヴァイオリン次席奏者。

林 智之:NHK交響楽団第1ヴァイオリン奏者。

宮里親弘:NHK交響楽団ヴァイオリン奏者。

平野一彦:NHK交響楽団ヴァイオリン奏者。

三又治彦:NHK交響楽団ヴァイオリン奏者。

矢野将也:NHK交響楽団ヴァイオリン奏者。

丹羽洋輔:NHK交響楽団ヴァイオリン奏者。

山田慶一:NHK交響楽団ヴァイオリン奏者。

佐野 隆:群馬交響楽団ヴァイオリン奏者。

志村寿一:ニューヨーク在住。カユーガ室内管弦楽団主席第2ヴァイオリン奏者。

岩崎裕子:フリーヴァイオリン奏者。

ヴィオラ

店村眞積:NHK交響楽団ソロ首席奏者。

佐々木亮:NHK交響楽団首席奏者。

井野邊大輔:NHK交響楽団次席奏者。

小野富士(ひさし):NHK交響楽団次席奏者。

飛澤浩人:NHK交響楽団次席奏者。

中竹英昭:NHK交響楽団ヴィオラ奏者。

坂口弦太郎:NHK交響楽団ヴィオラ奏者。

鈴木 学:東京都交響楽団主席奏者。

中村静香:サイトウキネンオーケストラ、水戸室内管弦楽団ヴィオラ奏者。

秋山俊行:東京シテシティ・フィルハーモノック管弦楽団主席奏者。

チェロ

木越 洋(きごし よう):NHK交響楽団首席奏者。

藤村俊介:NHK交響楽団次席奏者。

山内俊輔:NHK交響楽団チェロ奏者・

西山健一:NHK交響楽団チェロ奏者。

宮坂拡志:NHK交響楽団チェロ奏者。

篠崎由紀:フリーチェロ奏者。

植木昭雄:フリーチェロ奏者。

海野幹雄:フリーチェロ奏者。

コントラバス

吉田 秀:NHK交響楽団主席奏者。

池松 宏:紀尾井シンフォニエッタ、サイトウキネンオーケストラコントラバス奏者。

西山真二:NHK交響楽団主席代行コントラバス奏者。

稲川永示:NHK交響楽団コントラバス奏者。

助川 龍:札幌交響楽団主席奏者。

本間達朗:NHK交響楽団コントラバス奏者。

小金丸章斗:名古屋フィルハーモニー交響楽団コントラバス奏者。

フルート

一戸 敦:読売日本交響楽団主席奏者。

甲斐雅之:NHK交響楽団団員。

小池郁江:東京都交響楽団フルート奏者。

オーボエ

古部賢一:新日本フィルハーモニ交響楽団主席奏者。

和久井 仁:NHK交響楽団団員。

池田昭子(しょうこ):NHK交響楽団団員。

長岡大輔:ブレーメン・フィルハーモニ楽員。

クラリネット

横川晴児:NHK交響楽団主席奏者。

加藤明久:NHK交響楽団団員。

野田祐介:群馬交響楽団第一奏者。

金子 平:現在リューベック音楽大学在学中。

ファゴット

岡本正之:東京都交響楽団ファゴット主席奏者。

向後崇雄:東京都交響楽団ファゴット主席奏者。

黒木綾子:東京フィルハーモニ交響楽団主席奏者。

佐久間大作:新日本フィルハーモニー交響楽団団員。

ホルン

今井仁志:NHK交響楽団主席代行奏者。

森 博文:東京フィルハーモニー交響楽団主席ホルン奏者。

勝俣 泰:NHK交響楽団団員。

和田博史:東京都交響楽団団員。

高橋臣宣:東京フィルハーモニ交響楽団ホルン奏者。

トランペット

関山幸弘:NHK交響楽団主席奏者。

佛坂咲千生:NHK交響楽団団員。

古田俊博:東京フィルハーモニー交響楽団主席奏者。

宮田康夫:フリートランペット奏者。

トロンボーン

栗田雅勝:NHK交響楽団主席奏者。

吉川武典:NHK交響楽団団員。

黒金寛行:NHK交響楽団団員。

ティンパニー

植松 徹:NHK交響楽団団員。

パーカッション

山下雅雄:フリー奏者。

渡辺 壮:アウグスブルグ市立歌劇場オーケストラ研修生。

綱川淳美:NHK交響楽団アカデミー生。

ステージマネージャー

多戸章人:NHK交響楽団ステージマネージャー。

《CDのことなど》

 CDについては、今回は岩城宏之 ベートーヴェンの1番から9番までを一晩で振るマラソン」 岩城宏之指揮:N響メンバー達による管弦楽団(コンサートマスター:篠崎史紀) ソプラノ:釜洞祐子 アルト:黒木美保里 テノール:小林一男 バリトン:福島明也  晋友会合唱団(合唱指揮:関谷晋) 2004年12月31日~2005年1月1日、東京文化会館大ホール(ライヴ録音) 発売・販売元:エイペックス・マーケティック・コミュニケーションズ株式会社 5枚CD(ボックス)を紹介します。

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2009年5月17日 (日)

演奏会に行ってきました「小林研一郎、運命を託されたタクト ベートーヴェンは凄い!全交響曲連続演奏会2008」(2008-76)

ベートーヴェン交響曲全曲演奏会報告第2回目 第4番~第6番です。

演奏会に行ってきました「小林研一郎、運命を託されたタクト。ベートーヴェンは凄い!全交響曲連続演奏会2008」②(2008-76) 東京文化会館大ホール(JR上野駅公園口交差点わたって3分、東京メトロ日比谷線上野駅徒歩10分) 開演16時20分

《プログラム》

交響曲第4番 変ロ長調 作品60

交響曲第5番「運命」 ハ短調 作品67

交響曲第6番「田園」 ヘ長調 作品68

指揮小林研一郎  イワキ・メモリアル・オーケストラ  コンサートマスター:篠崎史紀

《ごあいさつ》 「全交響曲連続演奏会」企画  三枝成章(さえぐさ しげあき)

 ベートーヴェンは、「音楽は芸術である」といった」と最初の人です。彼にとって作曲することは常に新しいことへの挑戦であり、その音楽はつねに進化しつづけました。やがて彼の考えはそのまま西洋音楽の大きな柱となりましたが、反面、呪縛ともなりました。つまり音楽家にはつねに新しいテーマ、新しい手法を模索することが求められ、過去より現在より一歩進んだ作品を作らなければ正当な評価を受けないという今日まで続く西洋音楽の伝統は、彼によって形作られたのです。もう一方で、彼の音楽が放つ清新な魅力も、世界中の人たちから愛されてきたゆえんです。ベートーヴェンの音楽には人を戒め、一人ひとりの人生を省みさせる不思議な力があります。清廉潔白を美徳とする私たち日本人にとって、そんなベートーヴェンはあまたいる作曲家の中でもとりわけ魅力的な存在なのです。彼の曲を聴くと、誰しも心洗われます。そして人生に真摯に向き合おうという気持ちになることができます。ですから、新しい年に向けて気持ちをあらためたい年末に、あれほど多くの人が「第九」を聴こうとするのではないでしょうか。そこで私たちは大晦日の1日を使って、「第一」から「第九」まで、ベートーヴェンの遺した九つの交響曲を通して聴くことにより、交響曲の歴史と進化を体感してみたいと考えました。それはすなわち、人類の偉大な資産に対して、敬意を表すことでると、考えていました。

 そんな思いで始めたこの企画も、はや六年目になりますが、私たちには世界に誇れる記録があります。2004年、2005年と、「第一」から「第九」までを一人の指揮者が一日で振るという、岩城宏之さんによって打ち立てられた記録です。一昨年、はからずも私たちは岩城さんにお別れすることになってしまいましたが、ご本人は三回目の本番に向けて意欲を燃やしておられました。

 「岩城さんの志を継いでゆきたいのです」。私たちの呼びかけに、一昨年には九人の指呼者の皆さんが応えて下さり、一曲づつ指揮して追悼の意を表して下さいました。その中のお一人であった小林研一郎さんが、去年に続いて二回目の全曲指揮に挑まれます。そして今回も引き続き、篠崎史紀さんをコンサートマスターとする「イワキ・メモリアル・オーケストラ」が長時間の舞台を支えて下さることになりました。心強い限りです。

 これは私たちの真剣勝負なのです。全員総がかりでの、楽聖ベートーヴェンとのぶつかりあいです。日本の西洋音楽の「いま」とはどんなものか、今日の本番でお聴かせできると思います。たしかに長丁場ではありますが、全曲聴き終えたときの感慨には、言葉に尽くせないものがあります。最後までおつきあいいただけましたら幸いです。

《印象 感想など》

私の席 1階3列4番(斜めの席)。この段階では、やや空席あり。

交響曲第4番4番 変ロ長調 作品60

作曲:1806年  初演:1807年3月7日、ロロコヴィッツ侯爵邸、ベートーヴェンの指揮。 献呈:オッペルスドルフ伯爵  楽器編成:2管編成、ティンパニー 弦5部

第1楽章 アダージョ 2/2-アレグロ・ヴィヴァーチェ 変ロ長調 2/2  第2楽章 アダージョ 変ホ長調 3/4  第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ 変ロ長調 3/4  第4楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ 変ロ長調 2/4

 16時20分開演。ヴァイオリン、ヴィオラの奏者の位置は、曲が替わるごとに主席奏者以外は、少しづつ移動する。

第1楽章 活発な音楽。  第2楽章 美しいテーマ、メロディが流れる。  第3楽章 熱いリズミックな出だし。木管の素敵なトリオ。  第4楽章 刻むようなリズミックな楽章。コーダ盛り上がる。ブラヴォー。快演。終了は17時55分。大休憩90分。

《曲目解説》  岡本 稔

  旧来の交響曲の概念を覆す巨大な交響曲第3番「英雄」に続いて、ベートーヴェンが書いたのは即興的、かつロマン的な小ぶりの交響曲だった。作曲は1806年の秋頃。3曲の「ラズモスキー弦楽四重奏曲」「ピアノ協奏曲第4番 作品48」「ヴァイオリン協奏曲 作品61」など、この年に完成された名作は数多く、器楽作品ばかりではなく前年に完成されたオペラ「フィデリオ」もこの年に改訂と第2版の初演も行われている。

 こうしたリストからも、当時ベートーヴェンの創造力がひとつの頂点に達していたことがうかがわれよう。この時期にすでに交響曲第5番、交響曲第6番が着想されており、そうしたなかで新たな交響曲に着手し、ごく短期間のうちに完成された。ベートーヴェンには推敲を重ねた緻密な曲が多いなか、第4交響曲には興のおもむくままに書き上げたような鮮やかな筆致が特徴的。それは異例とも言える短期間の作曲経過とも無関係ではないだろう。

 1804年秋から06年にかけてベートーヴェンはヨゼフィーネ・フォン・ダイム夫人と恋愛関係にあった。その気分の高揚が作品に反映され、柔和でロマン的な感情に彩られた作品に結実したとも考えることもできる。

第1楽章 アダージョ 2/2-アレグロ・ヴィヴァーチェ 変ロ長調 2/2

 ソナタ形式。序奏部では、主部の主題の断片をを出して緊張を高め、主部へとなだれこむ。二つの主題はいずれも活気に満ちた満ちあふれたもの。それらは素材として推進力のある生き生きとした音楽が繰り広げられる。展開部ではティンパニーの効果的な使用がみられる。

第2楽章 アダージョ 変ホ長調 3/4

 展開部を欠いたソナタ形式。第2ヴァイオリンの特徴的な伴奏型に乗せてなだらかに美しい歌が歌われる。

第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ 変ロ長調 3/4

 牧歌風のトリオが2回あらわれるスケルツォ。曲想は明るくリズミカルで、ユーモラスにもあふれている。

第4楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ 変ロ長調

 ロンド風の軽快な趣を持つソナタ形式によるフィナーレ。無窮動風の第1主題が快活に流れる。第2主題はオーボエによるのびやかなもの。しかし、全体を支配するのは第1主題の活気に満ちた動機である。

 大休憩90分。

交響曲第5番 ハ短調「運命」 作品67

作曲:1803年~08年   初演:1808年12月22日、アン・デア・ウイーン劇場  献呈:ロプコヴィッツ伯爵、ラズモフスキー伯爵  楽器編成:ピッコロ(第4楽章のみ)、2管編成、コントラファゴット(第4楽章のみ)、トロンボーン3(第4楽章のみ)、ティンパニー、弦5部

《印象 感想など》

開演19時30分。第1楽章 ダダダダーの有名な出だし。コバケン決死の一振り。よくテーマを歌う。繋ぎのホルン、なかなかの演奏。  第2楽章 マーチ風の音楽。  第3楽章 ホルン、低音弦がよく鳴る。繋ぎの弦のピチカート、ティンパニー良い演奏。コバケン各奏者を大事にした指揮。序奏で繋ぎ、  第4楽章 有名なテーマへ、決然と入る。ホルン快進撃。急ぎすぎず、コーダへ突撃。厚みのあるアンサンブル。慌てずフィナーレへ。コーダは大いに盛り上がる。ブラヴォー。スタンディングオベーション。

《曲目解説》  岡本 稔

 標題はベートーヴェンが冒頭の動機について弟子のシントラーに「このように運命は戸をたたく」と説明したという逸話から。このエピソードと表題が作品をより身近なものとしてきたのは周知のとおり。とはいえ「運命」という言葉に象徴される文学的な解釈に全曲を押し込めるのは乱暴に過ぎるだろう。

 第3番の完成後ただちにスケッチに入り、1808年の初めに作品は完成をみた。ここでベートーヴェンは、旋律を主体として構成されていたそれまでの音楽に対し、ひとつのリズム動機によって全曲を構成する大胆な試みを行っている。また、第3楽章と第4楽章を切れ目なく繋ぐとともに、第4楽章の途中で第3楽章のスケルツォを回想させる発想もきわめて独創的。交響曲の歴史に新たな一歩を記した記念碑的作品である。

第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ ハ短調 2/4

 ソナタ形式。クラリネットと弦が例の動機をたたきつけて開始し、音型を積み重ねながら曲は大きな緊張をはらみながら進行していく。第2主題は「動機」にもとずくホルンの導入のうち、弦によって歌われるなだらかなもの。この旋律にも低音部で「動機」が陰のようにつきまとう。展開部ではより劇的な高揚をみせ、比類ないエネルギーを発散する。

第2楽章 アンダンテ・コン・モート 変イ長調 3/8

 自由な変奏曲による。主題はヴィオラとチェロが提示する穏やかでやすらぎに満ちたもの。それに対してハ長調の副主題は「動機」を内包する行進曲調の旋律である。この変奏に3つの変奏とコーダがつづく。

第3楽章 アレグロ ハ長調 3/4

 スケルツォに相当する楽章。チェロとコントラバスによる闇からはい上がるような不気味な旋律を出したのち、ホルンが決然と「動機」に基づく主題を吹奏する。トリオでは、チェロとコントラバスが荒々しい動きをみせ、フーガ的な処理もなされる。スケルツォが短縮されたかたちで戻ったのち、緊張を高めながらフィナーレへなだれこんでいく。

第4楽章 アレグロ ハ長調 4/4

 ソナタ形式。冒頭にトゥッティで示される第1主題は輝かしい凱旋の趣がある。第2主題は〈動機〉に基づいてはいるが、ここに不安の陰はない。展開部では第2主題を中心に扱ったのち、急に静まった第3楽章のスケルツォが回想される。コーダではプレストにテンポを速め、燦然と輝く圧倒的な響きで全曲は閉じられる。

終了20時10分。休憩15分。

交響曲第6番「田園」 作品68

作曲:1807年~08年  初演:1808年12月22日、アン・デア・ウイーン劇場、ベートーヴェンの指揮   献呈:ロブコヴィッツ伯爵、ラズモフスキー伯爵  楽器編成:ピッコロ(第4楽章のみ)、2管編成、トローンボーン2管編成(第4第5楽章のみ)、ティンパニー(第4楽章のみ)、弦5部

《印象 感想など》

第1楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ ヘ長調 2/4「田舎に着いて起こる、朗らかな感情の目覚め」  第2楽章 アンダンテ・モルト・モッソ 変ロ長調 12/8「小川のほとりの情景」  第3楽章 アレグロ ヘ長調 3/4「農民たちの楽しい集い」  第4楽章 アレグロ ヘ短調 4/4「雷雨、嵐」  第5楽章 アレグレット ヘ長調 6/8「牧人の歌、嵐のあとの喜ばしい感謝に満ちた気持ち」

20時25分開演。第1楽章 爽やかな出だし。次第にテンポを速める。  第2楽章 田園風景らしい音楽、響きとなる。カッコーらしい鳴き声の響き。  第3楽章 楽しい踊りを表すような音楽。お終いは嵐を予感する音楽へ。  第4楽章 嵐の音楽へ。金管やティンパニーが活躍する。  第5楽章 嵐のあとの穏やかな音楽が流れる。ホルンが心のこもったメロディを奏す。お終いは大団円を思わせる音楽に。ブラヴォー。終了21時6分。休憩30分。

《曲目解説》 岡本 稔

 ベートーヴェンは第6番で交響曲に初めて表題音楽的要素を導入した。彼が自然をこよなく愛し、彼のなかの散策を日々の日課としていたことは有名だ。すでに耳が不自由となっていたベートーヴェンは自然との対話にやすらぎを見いだしていたいたのだろう。ここには愛する自然の情景が抽象化された形で織り込まれている。1807年に着手、並行して作曲を進めていた第5番とともに1808年にウイーン郊外のハイリゲンシュタットで書き上げられた。対照的な性格をもつこれらの2曲は、いわば双生児の関係にある。

第1楽章「田舎に着いて起こる、ほがらかな感覚の目覚め」

 ソナタ形式。明るく穏やかな第1主題が提示され曲は始まる。つづく第2主題もヴァイオリンによって歌われる晴れ晴れとしたもの。展開部では、第1主題が3つの動機に分割されて音楽を組み立てていく。

第2楽章「小川のほとりの情景」

 ソナタ形式。ヴァイオリンによって示される澄んだ小川の流れを連想させる美しい第1主題はとりわけ印象的。楽章の終わり近くでは、ナイチンゲール、ウズラ、カッコウといった様々な鳥のさえずりが聞こえてくる。

第3楽章「農民たちの楽しい集い」

 スケルツォ。弦楽器が農夫たちの踊りを思わせる主題を出し、それにオーボエのおどけたような旋律が続く。トリオも舞踊調の音楽で、曲が進むにつれて金管楽器も活躍をみせる。その後、スケルツォが短縮されて再現部され、次の楽章に休みなく進んでいく。

第4楽章「雷雨、嵐」

 嵐を描写した自由な形式の音楽。遠くから雷鳴が響き、嵐の到来を告げる。続いてピッコロ、トロンビーン、ティンパニーが大活躍し、近づく嵐の様子が克明に描写される。しかし、ほどなく雷雨はおさまり、太陽の光が再び射してくる。

第5楽章「牧人の歌、嵐のあとの喜ばしい感謝に満ちた気持ち」

 ロンド・ソナタ形式。クラリネットが牧歌風ののどかな旋律を歌いだし、ホルンに受けつがれたのち、ヴァイオリンが主題の全貌を明らかにする。この主題に加えて、2つの副主題も姿を見せ、次第に明るさを増して嵐のあとの自然の荘厳な感動の様を感動的に描いていく。終了21時6分。休憩30分。

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2009年5月14日 (木)

演奏会に行ってきました「小林研一郎、運命を託されたタクト。ベートーヴェンは凄い!全交響曲連続演奏会2008」①(2008-75)

大晦日のベートーヴェン全交響曲連続演奏会を3回に分けて報告します。

2008年12月31日(水)大晦日14:00開演 東京文化会館(JR上野駅公園口交差点を渡って徒歩3分、東京メトロ日比谷線上野駅徒歩10分)

ベートーヴェン全交響曲連続演奏会①1番~3番

《プログラム》

ベートーヴェン:交響曲第1番 ハ長調 作品21

          交響曲第2番 ニ長調 作品36

          交響曲第3番 変ホ長調「英雄」 作品55

指揮:小林研一郎   イワキ・メモリアル・オーケストラ  コンサートマスター:篠崎史紀

《オーケストラ メンバー》

ヴァイオリン1

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団1,札幌交響楽団1,新日本フィルハーモニー交響楽団1,NHK交響楽団6,フリー4

ヴァイオリン2

NHK交響楽団11、群馬交響楽団1,フリー2

ヴィオラ

NHK交響楽団7,東京交響楽団1、水戸室内管弦楽団1,東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団1

チェロ

NHK交響楽団5,フリー3

コントラバス

NHK交響楽団4,サイトーキネンオーケストラ1,札幌交響楽団1,名古屋フィルハーモニー交響楽団1

フルート

読売日本交響楽団1,NHK交響楽団1、東京都交響楽団1

オーボエ

新日本フィルハーモニー交響楽団1,NHK交響楽団2,フリー1

クラリネット

NHK交響楽団2,群馬交響楽団1,フリー1

ファゴット

東京都交響楽団2,新日本フィルハーモニー交響楽団1,フリー1

ホルン

NHK交響楽団2,東京フィルハーモニー交響楽団2,東京都交響楽団1

トランペット

NHK交響楽団2,東京フィルハーモニ交響楽団1、フリー1

トロンボーン

NHK交響楽団3

ティンパニ

フリー1

パーカション

フリー3

ステージマネージャー

NHK交響楽団1

《「全交響曲連続演奏会」企画》 高橋泰子

ごあいさつ

 ここ5年、毎年大晦日、私には大きな大きな楽しみがあります。「第九」をはじめ、私たちにもなじみが深いベートーヴェンの9つの交響曲を全部、1日のうちに聴けるという楽しみです。2003年の初めごろ、そんな企画をふと思い立ち、三枝成彰先生にご相談したことが始まりだったのですが、先生は即座におっしゃいました。「9曲の演奏時間を合わせると、およそ8時間。早く始めても、夜中に及ぶコンサートになるでしょう。前代未聞です。でもぼくはぜひ聴いてみたい。でもお客様の帰りの交通の便を考えると、このコンサートができるのは1年に1日しかありません。電車が終夜運転する大晦日です。」

 実施にともなうたたいへんさを想像して、とんでもないことを言ってしまったと後悔もしましたが、三枝先生を始め、この企画に賛同して下さった方々のご尽力により次々と具体化に向けて話が進み、2003年の大晦日、ついに第1回公演が行われました。その時は、こんな企画は特例中の特例、、1回きりで終わるものと思いました。けれどもそれが2004年、2005年、2006年、2007年と回を重ね、今年で6回目。今ではクラシック・ファンの皆様にすっかり定着した感がございます。過去の回を聴かれたお客様も年々多くなり、中には、「このコンサートが年末の恒例行事になってしまいました」と、嬉しいお声を聞かせてくださる方もいらっしゃいます。

 会場は今年も、この企画の原点である東京文化会館です。「これは自分のライフワークです」と言ってくださり、第2回、第3回をお一人で全曲を指揮してくださった故・岩城宏之先生のお志をついで、一昨年は9人の指揮者の先生方が、1曲ずつ指揮してくださいました。その中のお一人であられた小林研一郎先生が、昨年に続いて今年も、全曲をお一人で指揮されます。小林先生ならではの情熱の指揮で、新たな年を迎えるにふさわしい感動を下さることを期待しております。この演奏会は、これまで多くの皆様のご理解とご協力に支えられてまいりました。私も企画に携わってきたきた者として本当にありがたく、また嬉しく感じております。

 今年の大晦日も皆様と過ごさせていただけますことを、楽しみにしております。会場までお運び下さいました皆様に、感謝申し上げます。

《印象 感想など》

 私の席 1階L3列4番。ほぼ満席。なお、演奏者は、曲毎に少しずつ座る位置が変わる。

交響曲第1番 ハ長調 作品21

作曲:1799~1800年。初演:1800年4月2日、ウイーン、ブルク劇場、ベートーヴェンの指揮。献呈:スヴィーテン男爵。楽器編成:2官編成、ティンパニー 弦5部。

第1楽章 アダージョ・モルト 4/4-アレグロ・コン・ブリオ ハ長調 2/2  第2楽章 アンダンテ・カンタービレ・コン・モート ヘ長調 3/8  第3楽章 メヌエット アレグロ・モルト・エ・ ヴィヴァイチェ ハ長調 3/4  第4楽章 アダージョ 2/4 アレグロ・モルト・エ・ヴィヴァーチェ ハ長調 2/4

第1楽章 キビキビとした、よく流れる演奏。  第2楽章 よく流れ、歌う演奏。時にコバケンのうなり声が聞こえる。  第3楽章 活気のある演奏。  第4楽章 リズミックで溌剌とした演奏。コバケンの表情、とても良い。アンサンブルも良好。

《曲目解説》 全曲:岡本 稔

ドイツの地方都市ボンから音楽の都ウイーンに出て8年がすぎ、作曲家としても自信を深めたベートーヴェンが自らの力を世に問うために取り組んだ意欲作、30歳で初めての交響曲を書くというのは、当時としては遅まきに過ぎる印象もある。けれども、交響曲というジャンルの重みを実感していたベートーヴェンが慎重に臨んだ結果であろう。ここではハイドンやモーツアルトの影響が色濃く認められるものの、管弦楽の扱いには先輩作曲家にはないものがあり、何より曲の本質的な部分には紛れもないベートーヴェンの個性が刻印されている。

第1楽章 アダージョ・モルト 4/4-アレグロ・コン・ブリオ ハ長調 2/2

 短い序奏部では転調の妙が織り込まれ、極めて新鮮な効果を発揮する。ヴァイオリンによる第1主題の提示によってはじまるソナタ形式による主部には、溌剌とした若々しい気分が満ちあふれている。この主部については、モーツアルトの最後の交響曲との類似を指摘する人もうるが、より野性的な趣をもっているところがベートーヴェンらしい。第2主題はオーボエとフルートによる優美なもの。巧みな転調や和声の用法にも見るべきところが多い。

第2楽章 アンダンテ・カンタービレ・コン・モート ヘ長調 3/8

 ソナタ形式。ベートーヴェンの緩徐楽章の原点と言うべき楽章。彼特有のロマン的色彩がすでに認められる。二つの主題はともにヴァイオリンによって示される優美なもの。

第3楽章 メヌエット アレグロ・モルト・エ・ヴィヴァーチェ ハ長調 3/4

 メヌエットと表記されてはいるが、実質的にはすでにスケルツォの内容をもつ。スケルツォのエネルギッシュに上昇する主題とトリオの簡潔な主題は見事なコントラストをなす。

第4楽章 アダージョ 2/4-アレグロ・モルト・エ・ヴィヴァーチェ ハ長調 2/4

 活気に満ちたフィナーレ。アダージョの序奏につづいて、ヴァイオリンが明るく素朴な第1主題を出す。つづく、第2主題も同様に溌剌としたもの。

三枝成章 ステージに登場。コメント。

 どうしてハイリゲンシュタットの遺書を書き、耳が聞こえなくなった時に、こんな明るい曲を書いたのか。モーツアルトは職人、ベートーヴェンは芸術家だった。作品番号を振り付けた。ベートーヴェンは、音楽に革命を起こした。

《印象 感想など》

交響曲第2番 ニ長調 作品36

作曲:1801~02年 初演:1803年4月5日、アン・デア・ウイーン劇場、ベートーヴェンの指揮 献呈:リヒノフシキー侯爵 楽器編成:2管編成、ティンパニー 弦5部

第1楽章 アダージョ・モルト 3/4-アレグロ・コン・ブリオ ニ長調 4/4  第2楽章 ラルゲット イ長調 3/8  第3楽章 スケルツォ アレグロ ニ長調 3/4  第4楽章 アレグロ・モルト ニ長調 2/2

第1楽章 弦がよく歌う。ホルン小気味よく鳴る。アレグロに入って、快調に進む。  第2楽章 優しい美しい音楽が流れる。  第3楽章 メリハリの利いた音楽が流れる。  第4楽章 リズミックでメリハリの利いた音楽。コーダ盛り上がる。ブラヴォー。

第2番演奏終了後、30分休憩。

《曲目解説》 岡本 稔

 ベートーヴェンは、第1交響曲を初演する前から音楽家としては致命的な耳の病気に悩まされていた。悪化した1802年には名高い「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いたことに象徴されるように彼の脳裏には一時は死の誘惑も去来した。けれども、彼は遺書を書くことによって精神の危機を克服したのだろう、それから堰を切ったようにつぎつぎと名作を完成していく。1800年から1802年にかけて作曲された交響曲第2番には、こうした波乱に富んだ時期に作曲されたにもかかわらず暗い影はほとんど認められず、全曲には自己の運命に打ち勝った彼の希望が表明されているようだ。

第1楽章 アダージョ・モルト 3/4-アレグロ・コン・ブリオ ニ長調 4/4

 ソナタ形式、前作の3倍の長さのきわめて充実した序奏部をもつ。軽快な第1主題、木管楽器によって示される行進曲風の第2主題によって構成され、楽章は入念に書かれたコーダによって結ばれる。

第2楽章 ラルゲット イ長調 3/8

 ソナタ形式。弦が歌うような美しい第1主題を出して楽章は始まる。第1ヴァイオリンが歌う第2主題も軽やかで優美なもの。

第3楽章 スケルツォ アレグロ ニ長調 3/4

 ベートーヴェンが交響曲においてスケルツォと明記したのはこれが最初である。ベートーヴェン的な諧謔性をもつ音楽で、それはフォルテとピアノの交替が特徴的な主題に端的にあらわれている。

第4楽章 アレグロ・モルト ニ長調 2/2

 ソナタ形式。冒頭に示される第1主題がユーモアと劇的効果が共存した楽章全体の性格を規定している。劇的な高揚を見せる展開部の充実ぶりにも注目すべきものがある。

交響曲第3番 変ホ長調「英雄」 作品55

作曲:1802年~04年  初演:1804年12月、ロブコヴィッツ伯爵邸(非公開)、ベートーヴェンの指揮 1805年4月7日、アン・デア・ウイーン劇場、ベートーヴェンの指揮 献呈:ロブコヴィッツ伯爵 楽器編成:2管編成、ティンパニー 弦5部

第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ 変ホ長調 3/4  第2楽章「葬送行進曲」 アダージョ・アッサイ イ短調 2/4   第3楽章 スケルツォ アレグロ・ヴィヴァーチェ 変ホ長調 3/4

《印象 感想など》

第1楽章 最初の二打。有名なテーマの出だし。快調に走る。引き締まった進行。  第2楽章 「葬送行進曲」。深く沈んだ曲。フルート、ティンパニー、ホルン、コントラバス、深々と心を込めた響き。  第3楽章 一転、キビキビとした明るい曲へ。ホルン、朗々とした響き。  第4楽章 熱気の籠もったフィナーレ。快調に進む。コーダ大いに盛り上がる。快演、ブラヴォー。

《曲目解説》  岡本 稔

第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ 変ホ長調 3/4

 ソナタ形式による。主和音が2度鳴り響いたのちチェロが分散和音からなる有名な主題を示す。これに対する第2主題は、管楽器によって示される柔和な調子のもの。これら2つの主題のほかにもさまざまな楽想が加わり、展開部ではそれらが精巧に組み合わされて壮大な音楽が構築される。

第2楽章「葬送行進曲」アダージョ・アッサイ ハ短調 2/4 

 自由な形式による葬送行進曲。ヴァイオリンがコントラバスの重々しい響きにのせて深い悲しみをたたえた主題を歌う。それが発展をみたのち、長調に転じ、オーボエが明るい旋律を歌う。その後、さらに新しい主題による壮大なフーガへと発展していく。

第3楽章 スケルツォ アレグロ・ヴィヴァーチェ 変ホ長調 3/4

 前の楽章とは好対照をなす活発な音楽。弦の刻むリズムに乗せて、オーボエが特徴的な主題を示す。トリオにおけるけるホルンの野趣あふれる響きも印象的。

第4楽章 フィナーレ アレグロ・モルト 変ホ長調 2/4

 変奏曲、ソナタ形式、フーガが一体となった独自の形式による。主題には、WoO14の「オーケストラのための12のコントルタンツ」の第7曲の旋律が引用されている。

ここで三枝成章が登場  数人の楽団員にインタビュー

フルートの一戸、クラリネットの横川、オーボエの古部、ファゴットの岡本、トランペットの関山?(モントウーが目で確認しただけ。違うかも?)

演奏していてどうですか?

 ベートーヴェンはきっちりと曲を作っている。5番以降は特に難しい書き方をしている。それに当時の楽器はまだ未発達で、今と違っていた。たとえばトランペットはピストンがなかった。音がよく抜ける。オーボエも楽器が違った。とにかく管楽器は、奏者泣かせの書き方が多い。アンサンブルを合わせるのが容易ではない。・・・・・

 インタビュー終了後、15分休憩。

 

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2009年5月11日 (月)

演奏会に行ってきました「東京大学フォイヤーヴェルク管弦楽団 ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番、ブラームス:交響曲第1番」(2008-74)

2008年12月28日(金)18:30開演 新宿文化センター大ホール(JR・京王線・小田急線 新宿駅東口徒歩15分、地下鉄東京メトロ副都心線・新宿三丁目駅徒歩6分、東新宿駅徒歩7分、都営新宿線・新宿三丁目駅徒歩10分、都営大江戸線・東新宿駅徒歩7分、東京メトロ丸ノ内線・新宿三丁目駅徒歩11分)

東京大学フォイヤーヴェルク管弦楽団第0回定期演奏会

《プログラム》

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番 ニ短調 作品30

ブラームス:交響曲第1番ハ短調 作品30

独奏:今井 正   指揮:鷹羽弘晃

《印象 感想など》

 私の席 2階11列11番(自由席) 無料でカンパ制、立ち見が出るほどの盛況。女性はいつも通り、カラフルな衣装。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番 ニ短調 作品30

第1楽章 アレグロ・マ・ノン・タント  第2楽章 間奏曲。アダージョ、イ長調、4分の3拍子  第3楽章 フィナーレ。アッラ・プレーヴェ、ニ短調、2分の2拍子

 ピアノ:スタインウエイ。曲はメタメタロマンティックな曲。ピアノは難曲。ラフマニノフのピアノ協奏曲は2番が有名だが、それに劣らない名曲。3楽章のコーダは、大いに盛り上がる。ブラヴォー。ピアノ独奏でアンコールあり。

ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 作品68

第1楽章 ウン・ポーコ・ソステヌート-アレグロ ハ短調 8分の6拍子 第2楽章 アンダンテ・ソステヌート ホ長調 4分の3拍子  第3楽章 ウン・ポーコ・アレグレット・エ・グラツィオーソ 変イ長調 4分の2拍子  第4楽章 アダージョ ハ短調-ピウ・アンダンテ ハ長調-アレグロ・ノン・トロッポ・マ・コン・ブリオ ハ長調 4分の4拍子

第1楽章 ゆっくりとしたテンポの壮大な出だし。アマオケとしては良いアンサンブル。ブラームスの渋いダイナミズムが味わえる。  第2楽章 たっぷりと歌う。オーボエが素敵なメロディを奏でる。弦がよく流れ、歌う。コンマスの独奏ヴァイオリン、なかなかの演奏。  第3楽章 クラリネットが素敵なテーマを上手に吹く。快調な演奏。  第4楽章 壮麗な出だし。弦のピチカート、ティンパニ、なかなか良い。そして勝利のテーマへ。ホルン、フルート、トロンボーンなど、心地よく鳴り響く。テンポを上げて、快調な響き、演奏。マーチ風のテーマ、弱起の部分、良い演奏。コーダへ向け盛り上がる。ティンパニー、トロンボーン、ホルン等コーダへ雪崩れ込む。そして最後は壮大なフィナーレを築く。実に立派な演奏。アマオケのひたむきさがよく出た演奏。万雷の拍手、ブラヴォー。

アンコール ルロイ・アンダーソン:「ソリ滑り」

       シュトラウス:トリッチ・トラッチ・ポルカ

 実に楽しい演奏会でした。

《プロフィール》

ピアノ:今井 正

 桐朋学園高等学校音楽科、同学園大学、テキサス・クリスチャン大学(米国)を経て、2005年英国王立音楽院を高等演奏ディプロマ併せて副校長特別賞を受賞し卒業。以来同音楽院より優秀な音楽家に1年契約で与えられるフェローシップの資格を史上稀の4年連続で授与され演奏活動に携わる。・・・・・

 日本、米国の数々の国際コンクール受賞後2000年カーネギーホールにてリサイタルを行う。またバルトーク音楽祭、ミデルブルク音楽祭等数々の音楽祭に招待され演奏を行う。今年、英国王立アカデミーより顕著な業績を示した卒業生に送られるアソシエイトの称号を(ARAM)を授与される。

 これまでにピアノを上田和代、中川美枝子、田近完、林秀光、タマス・ウンガー、クリストファー・エルトン、アレクサンダー・サッシの各氏に師事。

指揮:赤羽弘晃

 桐朋女子高等学校(共学)音楽科作曲専攻を経て、2001年桐朋学園大学作曲理論学科卒業。作曲を三瀬和朗、権代敦彦、ピアノを三瀬和朗、ローラン。テシュネ、藤井一興、指揮を小泉ひろし、秋山和慶の各氏に師事。現在母校で行進の指導に当たっている。

 第68回日本音楽コンクール作曲部門入選。ピアノ演奏では第9回日本室内楽コンクール第1位(ヴィオラとの共演)。・・・・・2002年以来、数々の演奏会において当団と共演。

《レコード CDのことなど》

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番

 レコードやCDは、自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、私はホロヴィッツ(P)とRCAビクター交響楽団のCD(1951年録音)をよく聴いてきました。ただいささか録音は古いですけど。またアシュケナージのピアノも好きですが。

ブラームス:交響曲第1番        

 私はベーム指揮、ベルリンフィルのアナログLPレコード(1959年録音)を愛聴してきました。ベームが脂の乗りきったころの演奏で、とても好きでした。この曲は世評では、ミュンシュ指揮パリ管の演奏が評判がいいですが(なにせ当時のアンドレ・マルロー文部大臣がフランスの威信をかけて作ったパリ管の初代指揮者にボストンから呼ばれたミュンシュの凱旋公演ですから凄い演奏ですけど)、普段聴くには少し思いかな?(曲がそういう曲ですが)。なにせ、名曲ですから凄い数の盤がありますが、後はトスカニーニ指揮フィルハーモニア管のライブ録音もなかなかですけど。ギュンター・バント指揮北ドイツ放送響とか選り取り見取りですけど。

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2009年5月10日 (日)

演奏会に行ってきました「バッハ・コレギウム・ジャパン『メサイア』(2008-73)

2008年12月23日(火・祝)15:00開演 サントリーホール大ホール(東京メトロ日比谷線神谷町駅徒歩12~3分) サントリーホール 大ホール クリスマス・コンサート 2008 ヘンデル:オラトリオ『メサイヤ』ロンドン初演版(1743年) バッハ・コレギウム・ジャパン 指揮:鈴木雅明

《印象 感想など》

私の席:B席 2階LA2列20番 指揮者右側によく見えてよく聞こえる席。

《演奏者》

バッハ・コレギウム・ジャパン  指揮:鈴木雅明

独唱

ソプラノ:レイチェル・ニコルズ  アルト(カウンターテナー):クリストフォー・ローリー  テノール:櫻田 亮、水越 啓  バス:ドモニク・ヴェルナー

合唱

ソプラノ:5人  澤江衣里 緋田芳江 藤崎美苗 クリステン・ウィットマー

アルト:6人  青木洋也 上杉清仁 鈴木 環 高橋ちはる 中村裕美 布施奈緒子

テノール:4人  石田洋人 谷口洋介 中嶋克彦 水越 啓

バス:4人  浦野晋行 駒田敏章 藤井大輔 渡辺裕介

管弦楽

コンサートマスター:若松夏美

トランペットⅠ.Ⅱ:島田俊雄 村田綾子 

ティンパニー:近藤高顕  

オーボエⅠ.Ⅱ 三宮正満 森 綾香  

ヴァイオリンⅠ:若松夏美 竹鶴祐子 渡邉慶子

ヴァイオリンⅡ:高田あずみ 荒木優子 廣海史帆

ヴィオラ:成田 寛 深沢美奈

通奏低音

チェロ:鈴木秀美 山本 徹

コントラバス:今野 京

ファゴット:功刀(くぬぎ)貴子

チェンバロ:鈴木優人

オルガン:今井奈緒子

《プログラム 印象 感想など》

第1部 15時8分  曲番号はベーレンライター版ヘンデル全集による。

1.シンフォニー

2.器楽伴奏付レチタティーヴォ(テノール)/慰めよ、私の民を慰めよと

3.アリア(テノール)/全ての谷は高く  “きびきびとした演奏”

4.合唱/こうして主の栄光が現れ

5.器楽伴奏付レチタティヴォ(バス)/万軍の主はこう言う

6.アリア(バス)/だが彼の到来する日に誰が耐えられるだろうか?

7.合唱/彼はレピの子孫を清める

  レチタティーヴォ(アルト)/見よ、乙女が身ごもり

8.アリア(アルト)と合唱/良い知らせをシオンに伝える者よ

9.器楽伴奏付レティタティーヴォ(バス)/見よ、闇は地を覆い

10.アリア(バス)/暗闇を歩む人々は

11.合唱/私たちのために一人の嬰児が生まれた  “とてもバランスのよいコーラス、ハ  ーモニー”

12。ピファ(田園曲)

  レチタティーヴォ(ソプラノ)/その地に野宿する羊飼い達があり

13.器楽付レチタティーヴォ(ソプラノ)/だが見よ、主の御使いが下り

  レチタティーヴォ(ソプラノ)/御使いは彼らに言った。恐れるな

14.器楽伴奏付レティタティーヴォ(ソプラノ)/するとたちまち天の大軍が

15.合唱/いと高きところには神に栄光あれ

16.アリア(ソプラノ)/大いに喜べ、シオンの娘よ

17.二重唱(アルト、ソプラノ)/主は牧者のごとくその群れを養い

18.合唱/主の軛は負いやすく、主の荷は軽いのだから  “ここまで、終わりは16時0分”

第2部  16時17分

19.合唱/見よ、世の罪を取り除く

20.アリア(アルト)/彼は蔑(さげす)まれ、人々に見捨てられ

21.合唱/たしかに、彼は私たちの痛みを負い

22.合唱/彼の受けた傷によって、私たちは癒された

23.合唱/私達は皆、羊のように道をはずれ

24.器楽伴奏付レチタティーヴォ(テノール)/彼を見る者は皆彼を嘲笑い

25.合唱/彼は主が自分を救ってくれると信じていた

26.器楽伴奏付レチタティーヴォ(ソプラノ)/あなたの誇りが彼の心を打ち砕き

27.アリオーソ(ソプラノ)/見よ、彼の悲しみに並ぶ悲しみがあろうか

28.器楽伴奏付レチタティーヴォ(テノール)/彼は命ある者の地から切り離された

29.アリア(テノール)/あなたは彼の魂を陰府に渡すことなく

30.合唱/門よ、その顔を上げよ

  レチタティーヴォ(テノール)/主はかつて誰か他の天使に言ったことがあろうか?

31.合唱/神の御使い達は皆、こぞって彼を礼拝せよ

32.アリア(ソプラノ)/(コーラスから1人前へ)あなたは高い所に登り(元のコーラスの位置へもどる)

33.合唱/主は御言葉を告げ

34.二重唱(ソプラノ/アルト)/と合唱/なんと美しいことか

35.アリア(テノール)/その声は全地に響き渡り

36.アリアとレチタティーヴォ(バス) アリア:なぜ国々はともに怒りたち

  レチタティーヴォ:以上の王達は立ち向かい

37.合唱/枷(かせ)を打ち砕き

   レチタティーヴォ(テノール)/天に住むお方は

38.アリア(テノール)/お前は鉄の杖で彼らを打ち砕き

39.合唱/ハレルヤ   “もちろんソロの人達も歌う。コーラスは人数は少ないが、スッキリとした感動的なハレルヤ。(ここまで17時20分)”

第3部  17時20分

40.アリア(ソプラノ)/私は知っている、私を贖(あがな)う方が生きておられ

41.合唱/死がひとりの人によって来たのだから

42.器楽伴奏付レチタティーヴォ(バス)/見よ、私はあなた方に奥義を告げよう 

   “伴奏は古楽器らしい上品な音色”

43.アリア(バス)/トランペットが鳴り響くと  “トランペットが典雅な響きで鳴り響く”

  レチタティーヴォ(アルト)/その時、こう書かれている言葉が成就する

44.二重唱(アルト、テノール)/おお、死よ、お前の棘(とげ)はどこにあるのか?

45.合唱/しかし神に感謝しょう

46.アリア(アルト)/もし神が私達の味方であるなら

47.合唱/屠(ほうむ)られ、その血によって御前へと(ソロも入って。アーメンコーラス) 

 “人数は少ないが、スッキリとした素晴らしいコーラス。伴奏も絶妙なアンサンブル。圧倒的な終曲。今まで聴いたメサイアでは最も感動した演奏。バッハ・コレギアム・ジャパンの底力をまざまざと聴いた演奏会。”

《プロフィール》

合唱・管弦楽:バッハ・コレギウム・ジャパン

 鈴木雅明が世界の第一線で活躍するオリジナル楽器のスペシャリストを擁して1990年に結成したオーケストラと合唱団。

 J.S.バッハの宗教作品を中心にバロック音楽の理想的な上演を趣旨とし、国内外に活躍の場を広げている。海外公演も多くこれまでヨーロッパ、イスラエル、オーストラリア、アメリカ、韓国で公演を行い、2007年ドイツ、イギリス公演では「大聖堂における歴史的時間」「魔法のような瞬間」と絶賛された。2008年11月にはパリ、ベルリンなどでのデビューを含むヨーロッパ公演(7カ国11都市)で大成功を収めた。

 CD録音も多く、、「J.S.バッハ:教会カンタータ全曲録音シリーズ」(BIS)をはじめ、国際的な評価を不動のものとしている。バッハ「ミサ曲ロ短調」は2007年度レコード・アカデミー賞(声楽部門)および年間大賞銀書、第4回音楽之友社賞など国内外で受賞暦多数。

指揮:鈴木雅晴

 東京藝術大学作曲科、同大学院オルガン科卒業後、スエーリンク音楽院でチェンバロとオルガンを学ぶ。1990年〈バッハ・コレギウム・ジャパン〉(BCJ)を結成し、国内外で幅広く活動を続ける。BCJやオルガン、チェンバロのソロリサイタル、ライプツィッヒ国際バッハ・コンクール等の審査員、ヨーロッパでのマスタークラスに加え、近年はヨーロッパ各地の古楽オーケストラ及び国内外のモダン・オーケストラへの客演も増え、指揮者としての活躍の場をますます広げている。

 第24回音楽之友社賞、第42回毎日芸術賞、2001年ドイツ連邦共和国『ドイツ連邦共和国功労章功労十字賞授賞』、2003年辻壮一・三浦アンナ学術奨励金を受賞。東京藝術大学古楽科教授。

ソプラノ:レイチェル・ニコルズ

 ヨーク大学でフランス語と言語科学を専攻後、英国国立音楽大学に学び、最優秀賞を得て卒業。キャスリン・フェーリア記念コンクール第2位、ラトル指揮『パルジファル』でロイヤル・オペラ・ハウスにデビューし、その後もガーディナーやギレギーエフ指揮のもと度々同劇場に出演。バロックから近現代の作品まで様々な演目でヨーロッパ各地の劇場に招かれ、今年もシェーンベルクの『期待』、モーツアルトの『イドメネオ』、ウィグモアホールでのリサイタルなど多彩なレパートリーで活躍している。録音はBCJとの『ロ短調ミサ』のほかヘンデル『シッラ』、フンメル『ニ短調ミサ』などがある。

ソプラノ:藤崎美笛(みなえ)

 岩手大学教育学部卒業、東京藝術大学声楽科卒業、同大学院修士課程独唱専攻終了、同大学院古楽科に学ぶ。

 第10回友愛ドイツ歌曲コンクール第2位。J.S.バッハなど多くの宗教曲でソリストを務め、2005年『結婚カンタータ』でジョシュア・リフキンと共演。BCJ合唱メンバーとして多くの公演と録音に参加し、『マタイ受難曲』『ロ短調ミサ曲』やドイツ公演でもソリストを務めている。

アルト(カウンターテナー):クリストファー・ローリー

 アメリカ生まれ。ブラウン大学およびケンブリッジ大学セントジョーンズ・カレッジとトリニティ・カレッジの学位を持つ。ケンブリッジ大学在学中はトリニティ・カレッジ聖歌隊に所属。現在は英国王立音楽大学大学院に学ぶかたわら、幅広く演奏活動を行ったいる。

 レイトン指揮「ポリフォニー」に定期的に出演し、これまでにグルック「オルフェオとエウリディーチェ」、パーセル「ディドとアエネカス」、J.S.バッハ「マニフィカト」「ヨハネ受難曲」、ヘンデル「メサイア」「戴冠式アンセム」をはじめ多くの公演に参加。英国ルネサンスの宗教音楽を専門とするアンサンブルを創設。

テノール:櫻田 亮

 東京藝術大学声楽科、同大学院修士課程及び博士課程、イタリア国立ボローニャ音楽院に学ぶ。声楽を平野忠彦、G.バンディテッリに師事。BCJには1995年より参加、多くのソロを務めるほか、国外でもイタリアを中心にアカデミア・ビザンティーナ、ベニス・バロック・オーケストラなどのソリストとしても活躍。オペラの舞台も多く『ウリッセの帰還』エウリマコ、『ポッペアの戴冠』ルカーノ、『オルフェオ』羊飼い・聖霊など、バロックから古典のレパートリーで活躍している。国内では、新国立劇場『ドン・ジョバンニ』ドン・オッターヴィオで大変好評を得た。

 2002年ブルージュ国際古典コンクール第2位(声楽最高位)など受賞多数。二期会会員。

テノール:水越 啓

 東京藝術大学声楽科卒業、同大学院古楽科終了。現在、デン・ハーグ王立音楽院(オランダ)に在学。現在、日本では主にバッハ・コレギウム・ジャパンのソロ・アンサンブルメンバーとして、またヨーロッパではオランダを中心にベルギー、フランス、イギリス等ヨーロッパ各地で活動を展開している。バロック時代の演奏様式とアンサンブルを鈴木雅明に師事。声楽を高丈二、村上絢子、野々下由香里、G.テュルク、P.コーイ、R.ダムスに師事する。

バス:ドミニク・ヴェルナー

 シュトゥットガルトで教会音楽を、フリブールで音楽学とチェンバロを、さらにベルンでオルガンと声楽でソリヅト・デュプロマを取得する。2002年ライピツィヒ国際バッハ・コンクールで優勝。モンテヴェルディ「聖母マリアのための晩歌」からヴェルディ「レクイエム」まで宗教作品を得意とし、世界各地で歌う。これまでにコワン、ヘンゲルブロック、ヘレヴェッヒ、ホーネック、S.クイケン、リリング、鈴木雅明らの指揮者と共演。特にバッハ演奏について国際的に高い評価を得ている。オペラや現代音楽にも出演しているが、シューベルト、ブラームスや後期ロマン派の歌曲、さらにフランツ・ラクナーなど知られざる作曲家の作品にも積極的に取り組んでいる。

ロンドンのヘンデル  後藤菜穂子(音楽学)

 本日の『メサイヤ』は、ロンドンで初演されたときの版による上演です。『メサイヤ』が初演された18世紀当時のロンドンについて、ご紹介いたしましょう。

25歳のヘンデル、ロンドンでの挑戦

 1710年にジョージ・フレデリック・ヘンデル(1685~1759)がロンドンを初めて訪れた時、時のイギリスの君主はステュアート朝最後のアン女王であった(在位1702~14)。アン女王には世継ぎいなかったため、その死後、当時ドイツもハノーファー選帝候であったゲオルグ・ルートヴィヒが継承し、国王ジョージ1世(在位1714~27)として即位した。このジョージ1世こそ、ヘンデルがロンドン訪問の前後に短期間とはいえ仕えていたハノーファー宮廷の伯爵であり、これは結果的にヘンデルのイギリスでのキャリアにとって幸運な展開となった。

 17世紀のイギリスではピューリタン革命、名誉革命などを通じて徐々に王家の権力が弱まり、その一方で議会の力が台頭してきた。18世紀のハノーヴァー朝の時代にはいると、内政的にはスチュアート朝の復活を支持するジャコバイト勢力からの脅威は消え去っていないものの、社会は比較的安定し、経済的な繁栄の時代を迎えた。

 そうした背景のもと、18世紀のイギリスでは王室による音楽のパトロネージは減少し、オペラやコンサートなどを商業的な公演として行う基盤ができあがっていった。たとえばヘンデル時代のロンドンの劇場はいずれも民間の経営で、上流階級や裕福な中産階級によって支えられていた。そうした中で、ヘンデルは数十年にわたって自らのオペラのシーズンおよびオラトリオのシーズンを企画し、次々と新作を発表していったのである。起業精神に富んだヘンデルが、ドイツの一宮廷のお抱え音楽家としての地位に飽きたらず、自由なロンドンの地で自らの腕を試したいと思ったのも不思議ではない。

「ガリヴァー旅行記」人気を生んだ自由な気風

 18世紀の前半のイギリスには、こうした才能豊かな文人や芸術家が活動できる自由な気風があっっといえよう。文学で話題をさらった作品としては、ダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』(1719)、ジョナサン・スイフトの『ガリヴァー旅行記』(1726)などが挙げられる。(ちなみに『メサイヤ』のダブリン初演時、スイフトは当時の大聖堂の司祭であった)。またサミュエル・リチャードソンの『バミラ』(1740)などは近代小説の先駆的な存在とされている。

 また、こうした娯楽小説とともに、18世紀前半には新聞や雑誌などのジャーナリズムが台頭した。アディソンとスティールが発行した日刊紙『スペクテイクター』(1711~12年)は風刺に富んだスタイルが人気で、国王、議会や政党、さらには音楽の分野においてはイタリア・オペラなどが辛辣に描かれた(イタリア・オペラを風刺した英語のバラッド・オペラ、ジョン・ゲイの『乞食オペラ』もそうした流れを汲んでいる)。これらの新聞は街角のコーヒー・ハウスでも読むことができ、人々はそこに集まって毎日のニュースを議論したのであった。また新聞はオペラやコンサートの告知にも重要な役割を果たし、ヘンデルのオペラやオラトリオの公演の予告もこうした媒体に掲載された。

 絵画の分野でこの時代の世相を描き出したのはウイリアム・ホガースであった。没落貴族の息子と成金の上流市民の娘との不幸な政略結婚を描いた連作『当世風の結婚』(1743)など、痛烈な作品を次々と発表し、それらは版画として広く流布した。その一方でホガースはヘンデルとともに、慈善家トマス・コーラムが設立した孤児養育院の理事の一人であった。ヘンデルが孤児養育院のためにチャリティー・コンサートを行ったのと同じように、ホガ-スは自分の絵を孤児養育院に寄贈し、また仲間の画家たちにも絵の寄贈を呼びかけた。そうして集まった絵画を養育院は一般に公開し、これがイギリス初の絵画の展示の場となったのである。絵を見に訪れた客は同時に孤児たちも視察し、養育院に寄付を行うことが期待された。すなわちこれらの絵画は、養育院のチャリティー・コンサートでの『メサイヤ』と同じ役割を果たしたといえる。

国民的な人気作曲家に

 こうした活気に満ちた社会においてヘンデルは名声を擁立していった。当初は主にオペラ作曲家として活躍し、1711年の『リナルド』を皮切りに、30年にわたって『ジーリオ・チェザーレ』『アリオダンテ』『ロデリンダ』などの名作を含む40作以上のオペラを生み出した。やがて1730年代末にイタリア・オペラの人気が衰えはじめると、英語によるオラトリオの創作に力を注ぐようになる。

 他方で、ヘンデルはこうした商業的な作曲家としての活動のかたわら、王室とのつながりも維持し、折々の行事のために音楽を提供した。1713年には、スペイン継承戦争の終結を記念して作曲された『ユトレヒト・テ・デウム』がセントポール大聖堂で初演された(建築家クリストファー・レンによるこの壮麗な建物は5年前に完成したばかりであった)。1727年にウエストミンスター寺院で行われたジョージ2世(在位1727~60)の戴冠式のためには、『司祭サドク』を含む4曲のアンセムを作曲した。その他にも「アーヘンの和約」を記念した野外での祝典のために書かれた『王宮の花火の音楽』(1749)など、ヘンデルの音楽はイギリスの国家的なイヴェントを飾ったのである。

『メサイヤ』、ダブリン、そしてロンドンでの成功

 ヘンデルはイギリスに定住して以来、首都ロンドンを活動の中心地としていたが、やがて彼の代表作となる『メサイア』は例外的にもアイルランドのダブリンで初演された。1741年、ロンドンでのイタリア・オペラの上演に行き詰まりを感じていたヘンデルのもとに、ダブリンに新しく建てられたコンサート・ホールからのオラトリオのシーズンを開催してほしいという依頼が舞い込み、ヘンデルは新作の『メサイア』といくつかの旧作を携えてダブリンに向かった。12月末より翌4月にかけて2つの予約演奏会のシリーズで成功を収めた後、ヘンデルは満を持して4月13日のチャリティー・コンサートにおいて『メサイア』を披露する。それは高い人気を博し、早速6月3日に再演された。

 一方、『メサイア』のロンドン初演は翌年3月23日にコヴェント・ガーデン王立劇場で行われた。その際、ヘンデルは新しい歌手陣に合わせて独唱曲の割り振りを変更したほか、部分的に新たに作曲した(本公演はそのロンドン初演に基づく)。

 それまでもロンドンでは、ヘンデルのオラトリオは劇場における娯楽として演奏会形式で上演されており、たとえば『サウル』(1739年初演)や『サムソン』(1732年初演)などは好評を得ていた。しかしながら『メサイア』は、救世主キリストを主題にしている点においても、聖旬を直接用いている点においても、他のオラトリオに比べて宗教色が強く、そうした内容のオラトリオを劇場で上演することに異論を唱える人も少なからずいた。そのため、当初ロンドンの聴衆の反応は冷ややかで、その後もしばらくはあまり上演されなかった。ところが1750年にヘンデルが孤児養育院の礼拝堂でチャリティー・コンサートで『メサイア』を取り上げたのをきっかけに作品の人気は急速に高まっていく。その意味では、『メサイア』の内容が劇場よりも慈善目的の公演に合っていたともいえるかもしれない。以後、養育院での『メサイア』公演は年中行事となり、やがて彼の最高傑作との評価が定着するに至った。

 全体は3つの部分から成り、第1部では救世主、すなわちキリストの到来の予言と降誕、第2部ではキリストの受難、復活、昇天、福音の広がり、神の栄光、そして第3部ではキリストの贖(あがな)いによる永遠の生命という内容が独唱と合唱によって歌われる。台本はヘンデルの良き協力者であったチャールズ・ジェネンズが、旧約および新約聖書から選りすぐった聖句をすぐれた構成にまとめたもので、それをヘンデルはわずか3週間のうちにめりはりに富んだ情感あふれる音楽に仕立てた。ヘンデルの存命中は復活祭前の四旬節に上演されていた『メサイア』が、いつからクリスマスの定番となったのかは定かではないが、キリストの生誕を祝う喜ばしい合唱「私達のために一人の嬰児が生まれた」(第1部)、神の栄光を湛える「ハレルヤ・コーラス」(第2部終曲)、輝かしいアリア「トランペットが鳴り響くと」(第3部)など、この季節にふさわしい名曲であることはたしかであろう。

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2009年5月 7日 (木)

演奏会に行ってきました「レクチャーコンサート「激動の時代と音楽」シリーズ フランス編 フルート&ナビゲーター:工藤重典 クープラン、ルクレール、サン=サーンス、フォーレ、ドビュッシー、ラヴェル ほか」(2008-72)

 おかげさまでアクセスが15,000を超えました。今後も演奏会日記を書き続けてまいります。2008年は、大晦日のベートーヴェンの交響曲全曲演奏会まで書く予定です。今後もご愛読、よろしくお願いいたします。

東京文化会館レクチャーコンサート 「激動の時代と音楽」シリーズ フランス編 フルート&ナビゲーター:工藤重典 「クープラン、ルクレ-ル、サン=サーンス、フォーレ、ドビュッシー、ラヴェル ほか」 2008年11月14日(金)19:00開演 東京文化会館小ホール(JR上野駅公園口交差点を渡って徒歩3分・東京メトロ日比谷線上野駅徒歩5分)

《プログラム》

クープラン:王のためのコンセール第4集より

ルクレール:フルートのためのソナタ ホ短調 Op.2-1

サン=サーンス:ロマンス 変ニ長調 Op.37

ジュナン:ヴェニスの謝肉祭 Op.14

フォーレ:幻想曲 Op.79

      ・・・・・・休 憩・・・・・・

ドビュッシー:パンの笛

ラヴェル:ハバネラ風の小品

イベール:フルート協奏曲より第1楽章

ジョリヴェ:5つの呪文より第4曲

プーランク:フルート・ソナタ

《解説》 秋山君彦

 フランスの首都パリ。何でも、ある解説によると、実はパリこそが世界の中心で、地球の磁気の流れから、マントルの構造やらがその根拠となっているらしい。それゆえに、他とは全く違う特別なエネルギーが、この街から放たれているとのことである。こんな話がまことしやかに囁かれているというのも、いつの時代でも人々を魅了するパリならであろう。

 確かにパリという都には、未知のものを予感させる何かがある。それは革命から始まること200年余りの間に、政治・芸術文化の両面に於いて、ことごとく具現化されている。これは、、そのままフランスという国全体の激動の歴史を物語っていると言っても過言ではあるまい。音楽の分野では、まず、本日の出演者、工藤重典氏の母校であるパリ音楽院に目を向けてみたい。

 現在、世界中にある音楽大学・学校の規範となっているのがヨーロッパで最も古い歴史を持つ、このパリ音楽院であり、その開設は、何と1795年、フランス革命の真ただ中に行われた。当初は、教授の人事にナポレオンが関与していたという記録まで残っている。フルート科の初代教授はフランソワ・ドゥヴエンヌ(1759~1803)で、彼の作曲したフルート協奏曲は現在もしばしば演奏され、工藤氏の十八番のレパートリーでもある。

 パリ音楽院のフルート科は、演奏法、楽器の発達、フルート音楽のレパートリーへの貢献、どれをとっても常に世界をリードし続けてきた。それは“エコール・フランセーズ”という名の元に最高の流派として自他共に認められている。しかしグローバル化された現代ではこの言葉自体失われつつあり、工藤氏も声高に語ることはない。ただ、もちろんの事ではあるが、その精神は今でも脈々と息づいている。

 マルセイユ生まれで、バッハにフルート・ソナタを作曲させるきっかけを作った程の名手、ビュハルダン(1690?~1768)から、現代のジャン=ピエール・ランパル(1922~2000)に至る偉大なる伝統の継承は今、日本人である工藤重典氏に委ねられている。常に変貌を遂げるパリ。しかし街自体の風情は、本日演奏される20世紀のフランスの大作曲家達が、颯爽と闊歩していた頃と根本的には変わっていない。今夜はそんなパリで、もう33年も暮らしている工藤氏の案内で、フランス音楽の変遷を心行くまで辿ってみたい。

《工藤重典の話》

 クープラン バロック時代。バッハ、テレマン、ヘンデルの間の頃。バッハより17歳上。イタリアではチェンバロ、フランスではクラブサン、イギリスではハープシコードと言う。音が伸びないのでトゥリルをかけて演奏。

 ルクレールは、ルイ15世に仕える。

《曲目解説》 秋山君彦(以下同じ)

クープラン:王のためのコンセール第4番より

 作曲者のフランワ・クープラン(1668~1733)は、バッハ一族と並び称されるフランスの大音楽家一族の頂点を成す人物で、当時随一のクラブサン(チェンバロ)の名手でもあった。(このフランス・バロックに燦然と輝く作曲者へのオマージュとして、ラヴェルが「クープランの墓」という作品を残している。)曲名の王とは、彼が仕えていた、いわゆる“太陽王”とはルイ14世その人である。コンセール第4番は、最晩年の老王を癒すために作られ、実際にヴェルサイユ宮殿の間で王の御前で演奏したという記録をクープラン自身が残している。プレリュードと6つの舞曲から成る曲については、衰退するブルボン王朝の行く末とは裏腹に、あくまでも典雅な佇まいを醸し出している。

《感想 印象など》

 ①チェンバロと柔らかいフルートの音色。まさにバロック音楽の音色、響き。  ②金色のフルート。  ③テンポはアンダンテか?  ④テンポがもう少し速くなる。  ⑤弾むようなリズミックナ曲、演奏。フルートはしなやかな演奏。

ルクレール:フルートのためのソナタ ホ短調 Op.2-1

 ヴァイオリニストとしても誉れ高いルクレール(1607~1764)は、ルイ15世に仕えた時期もあり、クープラン同様、フランス古典音楽の至宝である。工藤氏の友人で、世界的室内管弦楽団の指揮者であるジャン=フランソワ・パイヤール氏は、自らのアンサンブルを創立当初、ジャン・マリー・ルクレール合奏団と名乗って、その作品の紹介と研究に努めていた。

 ルクレールは作曲家では希にみる、非業の最期を遂げており、それは正に激動の生涯と言えよう。このフルート・ソナタは8曲ある珠玉のソナタ集のうちの1曲で、演奏にあたってはこの上ない洗練されたスタイルとセンスが要求される難曲である。ちなみに工藤氏が審査員を務めるランパル国際フルート・コンクールの、本年度の課題曲にも登場した。

《印象 感想など》

 チェンバロで。①フルートとチェンバロの、洒落た演奏。  ②テンポ少し速まる。  ③ゆったりと入り、フルートがよく歌う。  ④トレモロで演奏。バッハの組曲第2番に似た節が出てくる。

サン=サーンス:ロマンス 変ニ長調 Op.37  

 「動物の謝肉祭」の作曲者として有名なサン=サーンス(1835~1921)は、いわゆる神童であり、またルネサンスの全能人のような、あらゆる分野に長けた天才の素質をもつ人物である。

 彼は1871年、フランクやフォーレと共に“国民音楽協会”を設立した。当時は純音楽、特に器楽の分野では、ドイツ・ロマン派が圧倒的で、イタリアではヴェルディらによってオペラが隆盛を極めていた。こうした中での結成は、フランス人特有のレジスタンス=抵抗の精神に他ならないであろう。また、この年はナポレオン3世の帝政から共和制に戻る“パリ・コミューン”の年でもある。そして奇しくも、本日の「ロマンス」も1871年に作曲された。原曲はフルートとオーケストラのためのもので、長命だったサン=サーンスが終生貫いたフランス・ロマン派のオーソドックスなスタイルで貫かれている。

《工藤重典の話》

 サン=サーンスの若い頃の作品。今となっては貴重な作品。当時のパリにはショパンとかロッシーニ、ケルビーニとか外国の作曲家が活躍していた。フランスではサン=サーンスぐらいだった。

《印象 感想など》

 ゆったりとした出だしの、素敵な曲。フルートの高音がよく鳴り響く。愛らしい作品。

ジュナン:ヴェニスの謝肉祭 Op.14

 ジュナン(1832~)は、パリ音楽院のフルート科を卒業後、当時はパリのオペラ座よりも人気のあったパリ・イタリア劇場のフルーティストとして華々しく活躍した。1872年に作曲された、この「ヴェニスの謝肉祭」は超絶技巧を駆使した難曲で、現在にいたるまで絶えず演奏され続けている。作品とカテゴリーとしては、19世紀ヴィルティオーゾの黄金時代、あるいは少し後のベル・エポック良き時代い属している。

《印象 感想など》

 ピアノ(弱音)でトレモロが頻発し、難しい曲。聴いたことがあるメロディが出てくる。それにしても大変な難曲。

フォーレ:幻想曲 Op.79

 フォーレ(1845~1924)は、前述のサン=サーンスの弟子である。後にはサン=サーンスがほとんどフォーレの後見人であるあるかのごとく、2人は良好な関係であった。

 フォーレは1870年の普仏戦争に巻き込まれたが、以降は作曲家としてのステータスを着実に築いていく。彼はパリ音楽院の卒業生ではなかったが、1896年には作曲家の教授に任命され1995年には院長に就任。1920年に辞めるまでの15年間、音楽院の改革に力を注いだ。

 「フルートのための幻想曲」は、彼が作曲科の教授時代の1898年に、フル-ト科の卒業試験のための課題曲として作曲された。大作曲家フォーレのエッセンスが余すところなくちりばめられたこの小品は、試験曲という枠を超え、こうして現代のコンサートのステージでも頻繁に演奏されている。そしてこの曲は、当時、同じパリ音楽院の同僚のフルート科の教授でサン=サーンスからも信頼されていた大フルーティスト、タファネルに献呈された。

《印象 感想など》

 フルートとピアノで演奏。①少しゆっくりと。  ②リズムの速い、刻むような演奏。そしてゆったりと歌う。またテンポを速めて終わる。

《工藤重典の話》

 これからフランス、近代に入ります。

ドビュッシー:パンの笛

 ニンフが葦(あし)に変わった情景を、フルートで吹いた。

《印象 感想など》

 フルート独奏曲。何とも素晴らしい演奏。

《曲目解説》 

 ドビュッシー(1862~1918)はスタートから動乱の火の粉をかぶってしまった。1871年のパリ・コミューンで、父親が一時捕らえられてしまったのである。こうしたことが、ドビュッシーの人生に何を及ぼしたのかは定かではないが、晩年には第一次世界大戦が勃発し、不穏な情勢に身を置いたまま生涯を閉じる。

 ドビュッシーとサンサーンスはいわゆる水と油で、少なくとも論説上では完全に敵対関係にあった。一方、ドビュッシーとラヴェルという印象派を代表する2人の関係といえば、こちらはドビュッシーに対してラヴェルの一方的な敬愛という感が強い。

 ドビュッシーは1894年に「牧神の午後の前奏曲」を発表する。これは管弦楽曲の分野では、ある意味では、「牧神」以前の曲、「牧神」以後の曲というように分けられるほど、革新的かつ重要な作品である。そしてこの曲の主役は間違いなくフルートである。

 「パンの笛」は1913年、「プシュケ」の劇中の付随音楽として書かれた。ドビュッシーとしては大作オペラ「聖スバッチャンの殉教」という大仕事が1911年に終わり、1914年の第一次世界大戦が始まるまでの束の間の平和な時期だった筈である。ギリシャ神話に基づくこの幻想的な2分半ほどの無伴奏曲は、ドビュッシーは特に出版する意志は無かったようだ。そして没後の1927年にやっと出版されてみれば、そこには「牧神の午後への前奏曲」同様、この1曲でフルート音楽の景色を塗り替えてしまうという運命が待ち受けていたのである。

ラヴェル:ハバネラ風の小品

 ピアノ伴奏で演奏。今はフルートの曲としても演奏する、印象派らしい作品。(工藤重典)ラヴェルは、最後は交通事故で亡くなる。この曲は、ラヴェルは歌(声)のために書いた。

《曲目解説》 

 ラヴェル(1875~1937)の愛国精神は、近代のフランスの作曲家たちの中でも特に際立っており、第一次世界大戦で、自ら志願して戦場に出向いたことはよく知られている。それによってラヴェルが失ったものも多かろうが、復帰後の「ボレロ」「ラ・ヴァルス」などを考えると、また新しい原動力へのきっかけとなったことは否めない。

 ラヴェルはフォーレの弟子である。フォーレは歌曲の大家であるが、ラヴェルは歌曲の世界をもう一歩踏み込もうとしていた。この「ハバネラ風の小品」が作曲された1907年はちょうど、ラヴェルが詩と音楽のあり方を模索していた頃である。この曲自体は、実はパリ音楽院の声楽のレッスンのための曲で、歌詞のない、母音で歌うヴォカリーズというスタイルによるものである。今ではフルートをはじめ、様々な楽器に編曲され、親しまれている。

イベール:フルート協奏曲より第2楽章

《工藤重典の話》

 パリ音楽院の試験のために書いた3楽章の曲。

《曲目解説》 

 生粋のパリジャンであるイベール(1890~1962)は、第一次世界大戦中は海軍士官となり、復帰後すぐにローマ大賞を取り、作曲家として順調なすべり出しをする。幅広いジャンルの曲を手掛けたが、その作品目録の中には、「日本建国2600年祝賀曲」などというものもある。

 1960年にパリで行われたイベールの70歳の記念コンサートでは、ランパルの愛弟子で、26歳の若さでアルプスで急逝した加藤恕彦が、作曲者本人の前で、彼のフルートを含む室内楽作品の殆どを演奏し、絶賛を博した。

 フルート協奏曲は1934年に工藤氏も師事したモイーズによってパリで初演された。その時の聴衆には、ストラヴィンスキー、マルティヌー、フランス六人組の面々など、錚々たる顔ぶれが並んでいたそうである。

ジョリベ:5つの呪文より第4曲

《工藤重典の話》

 ジョリベはフルートの曲が多い。平和な世の中に成るように、ギリシャ音楽やアフリカに興味を持っていた。(モントウー)フルートの少し変わった印象の曲。

《曲目解説》 

 ジョリベ(1905~1974)は1936年、新たな美を求めて「若きフランス」をメシアンらと共に4人で組織する。この年に発表された「5つの呪文」は、ドビュッシーの「パンの笛」とはまた違った意味で、従来のフルートのイメージをがらりと変えてしまった。ここでは、耳に心地よい叙情性は打ち砕かれ、代わりに、叫びや強い祈りの念など、人間の息が本来持っている様々なキャラクターが浮き彫りにされた。

 ジョリベには、ランパルによって初演された2曲のコンチェルトなど、他にもフルートの作品があるが、原始的な精神性に回帰しようとした彼にとっては、フルートは格好の表現手段であった。

プーランク:フルート・ソナタ

《工藤重典の話》

 20世紀前半を代表するソナタの一つ。他にプロコフィエフとかストラヴィンスキーとかの曲があるが、一番有名な曲かも知れない。ランパルが作曲を手伝った。

《印象 感想など》

 今日は、①工藤から、最初の部分はプーランクの初稿で演奏するという話。  ②しっとりと歌うメロディー。  ③快活な曲。

《曲目解説》  

 プーランク(1899~1963)は第一次世界大戦のパリで結成された「六人組」のメンバーとして知られている。彼は兵役に就いていたが、作曲は続けており、第二次世界大戦時もブランクなく活動することができた。

 フルート・ソナタは、1958年ストラスブール音楽祭で、ランパルのフルート、作曲者自身のピアノで初演された。この20世紀を代表するフルート・ソナタの成立には、様々なドラマがあったことが、ランパルの自伝で紹介されている。プーランクとランパルは、言わば共同作業のような手順を踏んで、曲を完成に導いていったのである。実際にランパルのアイデアは随所に取り入れられている。工藤氏は、自筆譜や断片的なスケッチなどもすべて取り寄せて研究しており、初演時の興奮を今に伝えている。

アンコール マルティーヌ:スケルトゥオ

 チェンバロとフルートで演奏。忙しい動きの、可愛らしい難曲。

        エネスコ:カンタービレ

 ピアノとフルートで演奏。ゆっくりとした曲。(工藤の話では)パリに関係した曲とのこと。

《印象 感想など》

 工藤は大変な技量の持ち主。今まで聴いたフルーティストの中では、最高かもしれない。

《プロフィール》

フルート&ナビゲーター:工藤重典

 札幌生まれ。パリ音楽院でジャン・ピエール・ランパルに師事。1978年パリ国際フルートコンクールで優勝。続けて1980年第1回ランパル国際フルートコンクールでも優勝。一躍国際的な注目を集めた。これまでに世界の190を超える都市を訪れ、欧米各地の30以上のオーケストラと度々共演している。・・・・・

 ソニー・クラシカルをはじめ、内外のレーベルから50種以上のCDが発売されており、「工藤重典/夢の響演」(ソニー・クラシカル)は、1988年度文化庁芸術作品賞を受賞。・・・・パリ・エコール・ノルマル教授。パリ在住。

チェンバロ、ピアノ:成田有花(ピアノ:スタインウエー)

 東京都立芸術高等学校音楽科、武蔵野音楽大学卒業。桐朋学園大学アンサンブル・ディプロマコース修了。ピアノを服部依子、遠藤裕子、H.ブラウス、室内楽を木村徹、藤井一興の各氏に師事。・・・・・2004年より桐朋学園短期大学演奏助手。       

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2009年5月 3日 (日)

「第九と皇帝」(2008-71)

200/12/19(金)東京国際フォーラムAホール JR有楽町駅下車徒歩3分・東京駅徒歩5分 指揮:熊谷 弘 シンフォニオーケストラ“グレイトアーティスツ”イン ジャパン ピアノ:上野優子

《印象 感想 プログラムなど》

 朝日新聞プレゼント企画に当選したもの。年末恒例の企画。一昨年に引き続き、今回で3回目。新聞応募で当選した方が多く?、自由席に入るために、会場の国際フォーラムの周囲にたくさんの方が並び、入場に一苦労。

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第五番 変ホ長調「皇帝」作品73

           ピアノ:上野優子

         交響曲第九番 ニ短調「合唱付」作品125

指揮:熊谷 弘  シンフォニーオーケストラ“グレイトアーティスツ"イン ジャパン

 ソプラノ:日下部 祐子  アルト:岩森 美里  テノール:持木 弘  バス:有川文夫  合唱:東京混声合唱団  第九を歌う会

 国際フォーラムAホールは、聴衆5,000人は入る大ホール。自由席では、音楽が遠くで鳴っている感じでもどかしい。コーラスはたぶん150人を超える大合唱団。オーケストラは、在京のプロオーケストラのメンバーで、コンサートマスターはN響第一コンサートマスターの山口裕之。年末に1回は第九を聴きたいという方には、いい企画かもしれない。

 始まる前や休憩時には、「吟遊詩人たちの狂宴」ということで、プレスプレス・金子健治・平嶋淳摩の管楽器演奏が行われた。

《第九と皇帝》

 一般社会との関わりを大切にしながらコンサートの在り方を追求してきた指揮者:熊谷 弘の理念に基づき、“第九と皇帝"は、1980年に開始。東響、新日本フィル、東京フィル等在京オーケストラの協力のもと、第九交響曲とピアノ協奏曲第五番「皇帝」の組み合わせで交響楽ファンとピアノ音楽を愛する人々が一同に集い、多くの人々に親しまれて参りました。

 `89年より熊谷弘によるシンフォニーオーケストラ“グレートアーティスト”イン ジャパンを結成、その洗練された重厚なサウンドとプロ合唱団東京混声合唱団を中心に大合唱で歌い上げる充実したハーモニーが一体となり、聴衆を魅了している。

《プロフィール》

指揮:熊谷 弘

 1932年に福岡県に生まれる。指揮者を志し武蔵野音楽大学にてプリングスハイム教授のもとで作曲を学ぶ。1957年日本フィルハーモニー交響楽団に打楽器奏者として入団。1960年代にはニューディレクション設立に当たり同人として参加、現代音楽と積極的に関わる。指揮を渡邉暁雄氏に師事。1970年日本フィルを退団。同年日本フィル特別演奏会において指揮者としてデビュー。`71年より在京オーケストラの協力を得て「クラシックス・シリーズ」を開始、日本における新しい音楽会の在り方を追求したものとして話題を投げかけた。以来指揮活動のみに止まらずホールの建設のアドバイザーや企画委員を務め、コンサートのプロジュースやミュージックディレクターとしても活躍する。`79年より「日本の音楽展」を主宰、日本の音楽作品の紹介と啓発に努め、その実績に対し、第六回中島健蔵記念音楽賞優秀賞を受賞。熊谷プロジュースによる「第九と皇帝」では“グレイトアーティスツ”を指揮し、毎年出演している。

シンフォニーオーケストラ“グレートアーティスト”イン ジャパン

 在京のオーケストラやフリ-で活躍中のトップ奏者達により特別に編成されたこのオーケストラは、指揮者熊谷弘による「クラシックス・シリーズ」に於いて、1974年にクラシックスフィルハーモニー交響楽団の名称で発足。以来コンサートの他、レコーディング等でも活躍。`89年より名称をシンフォニーオーケストラ“グレイトアーティスツ”イン ジャパンに改め、現在に至る。

東京混声合唱団

 1956年、東京藝術大学声楽科の卒業生により創設された日本唯一のプロ合唱団。コンサートを中心に、広範な分野の合唱作品の開拓と普及に取り組んでいる。文化庁芸術祭賞大賞、音楽之友社賞、毎日芸術賞、京都音楽賞、創立20周年企画「合唱音楽による領域」によるレコード・アカデミー賞受賞。

 1987年創立30周年記念してニューヨークほか7都市でのアメリカ公演を行った(文化庁派遣)。2006年、創立50周年を迎え、全国各地で定期演奏会、特別演奏会、及び6回のヨーロッパ公演を開催した。2007年、サントリー音楽賞、第25回中島健蔵音楽賞を受賞。海外を含む公演回数は年間300回を超える多忙な合唱団である。

ピアノ:上野優子

 東京都出身。桐朋女子高等学校音楽科を経て同大学に入学。同大学2年次にイタリア、イモラ国際アカデミーに留学。2003年ピアノ科ディプロマを取得、2008年修了。2006年よりパリ、エコールノルマル音楽院でも研鑽を積む。2008年コンサーティスト課程ディプロマ取得。1996年日本学生音楽コンクール東京大会第3位。1999年浜松国際ピアノアカデミーコンクール第4位。2002年コレッリコンクール(イタリア)全部門グランプリ・ピアノ部門第1位。パドゥーラ(イタリア)にてV.ドー二指揮モルドヴァ共和国国立管弦楽団とベートーヴェンピアノ協奏曲第3番を共演、2004年ブッチェルダ国際音楽コンクール(スペイン)第2位(1位なし)、2005年ショパン国際ピアノコンクール(ワルシャワ、ポーランド)出場。2007年ファッラ国際音楽コンクール(イタリア)第1位、ナポリターノ国際ピアノコンクール(イタリア)第3位・・・・

 これまでにピアノを鬼村弘子、鍵岡眞知子、深沢亮子、有賀和子、F.スカラ、L.マリガウス、B.ペトルシャンスキー、故G.ムニエ、M.リビツキーの各氏に師事。現在、パリ在住。

ソプラノ:日下部祐子

 京都市立芸術大学音楽学部卒業、同大学大学院修了。フランス音楽コンクール入賞、大阪日仏協会賞、フランス総領事賞受賞。第3回日本国際モーツアルト音楽コンクール入選。飯塚新人音楽コンクール第3位。友愛ドイツリートコンクール第1位。平成3年度文部大臣奨励賞受賞。オペラや「第九」のソリストとして活躍、・・・・日本シューベルト協会会員、関西歌劇団正団員。

メゾソプラノ:岩森美里

 国立音楽大学、同大学院修了。文化庁オペラ研修所第5期終了。文化庁派遣在外研修員としてウイーンへ留学。二期会オペラスタジオ修了公演でカルメンを演じ、特別賞を受賞。「蝶々夫人」他多数のオペラに出演。「第九」「ミサ・ソレムニス」「レクイエム」「スタバート・マーテル」等各オーケストラとの共演を重ねる。二期会、東京室内歌劇場会員。東京藝術大学大学院オペラ科非常勤講師、国立音楽大学准教授。

テノール:持木 弘

 東京藝術大学音楽学部卒業。第20回日伊音楽コンコルソ入選。第53回日本声楽コンクール声楽部門入選。埼玉県民オペラ「夕鶴」でオペラデビュー。藤原歌劇団「助けて、助けて、宇宙人がやってきた」でデビュー。以後、日本オペラ協会、新国立歌劇場他多数のオペラに出演。その他「第九」「テノールの餐会」などコンサートへの出演も多い。第18回ジロー・オペラ賞受賞。藤原歌劇団正団員。埼玉オペラ協会会員。

バリトン:有川文雄

 東京藝術大学、同大学院修了。1978年「ペレアスとメリザンド」ドクトル役でオペラデビュー。その後、シエナのキジアーナ音楽院に奨学生として留学。ジーリ国際コンクール第3位入賞。その後、ボリショイ歌劇場の研究生としても学ぶ。オペラでは、二期会公演を中心に日生劇場、新国立歌劇場他多数出演。「第九」「レクイエム」など数多くオーケストラと共演。二期会会員、東京室内歌劇場会員。

第九を歌う会

 東混と共に歌う“第九を歌う会”は1981年に発足。毎年「第九と皇帝」に参加し、定評を得る。合唱経験豊かな方から初めてコーラスを歌う方々まで心を一つにして歌い続けています。

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2009年5月 2日 (土)

演奏会に行ってきました「紀尾井ニュー・アーティスト・シリーズ クラリネット:橋本杏奈 ドビュッシー ブラームス サンサンサーンス ほか」(2008-70)

紀尾井ニュー・アーティスト・シリーズ 響け未来へ 第13回 クラリネット:橋本杏奈(あんな) 2008年12月17日(水)午後7時開演 紀尾井ホール(JR・東京メトロ 四谷駅徒歩上智大学前ソフィア通り7~8分) 紀尾井ニュー・アーティスト・シリーズ 響け未来へ第13回 クラリネット:橋本杏奈(あんな) 全員招待

 未来に響く新しい音の流れ

 将来性豊かな魅力ある新進演奏家たちを広く紹介してゆく「紀尾井ニュー・アーティスト・シリーズ」。日本の音楽界の新しい動き、新しい波をお伝えしてまいりまいります。紀尾井ホールから未来に響く瞬間をぜひご一緒に。

《プログラムノーツ》 佐伯茂樹

 すでに彼女の演奏を聴いたことのある人はご存知だと思いますが、本日演奏する橋本杏奈さんは、人並み外れたテクニックの持ち主である。もちろんそれがモーツアルトなど古典作品の演奏で強力な武器になることは、これまでのコンサートで証明済みであるが、性能の高い近代クラリネットのために書かれた作品を演奏したときは、さらにその本領が発揮される。

 今宵のコンサートのプログラムの作曲者たちの国籍はさまざまだが、いずれの作品も、半音階を自由に吹くことのできる機動力を備えた近代クラリネットのために書かれたものばかり(ブラームス以外はベームシステム。ブラームスの作品を初演したミュールフェルトは、フランスの影響を受けた半音階を自由に吹くとのができたオッテンシュタイナー製の楽器を使用していた)。それゆえ、楽器の制限にとらわれない自由な音楽表現を堪能できるはずだ。

 さらに本日は、国内外で人気の高い寺嶋陸也氏が橋本さんのために書いた曲も初演される。日本クラリネットコンクールで彼女の技量と音楽に惚れ込んで作曲したという新しい名曲の誕生にも期待したい。

《プロギラム》

ドビュッシー:第一狂詩曲

寺嶋陸也(りくや):星の旅 クラリネット独奏のための(委嘱作品、日本初演)

ブラームス:クラリネット・ソナタ 第1番 ヘ短調Op.120-1

       ・・・・・・休 憩・・・・・・

サンサーンス:クラリネット・ソナタ 変ホ長調Op.167

カーター:グラ(無伴奏クラリネット・ソロ)

ルトスワフスキー:舞踏前奏曲

メサジェ:コンクール課題

《印象 感想など》

 私の席 7列5番 よく見え、聞こえる良い席。友の会会員等、全員招待の演奏会。ピアノ・スタインウエイ

ドビュッシー:第一狂詩曲

 ドビュッシーらしいテーマやメロディーが出てくる曲。ユーモラスな面もある。

寺嶋陸也:星の旅 クラリネット独奏のための(委嘱作品、日本初演)

 無伴奏の曲。高音から入る。何となく尺八を連想させる曲。

ブラームス:クラリネット・ソナタ 第1番 ヘ短調Op.120-1

Ⅰ アレグロ アパッショナート  Ⅱ アンダンテ ウン ポコ アダージョ  Ⅲ アレグレット グラティオーソ  Ⅳ ヴィヴァーチェ

 第1楽章 秋を思わせる出だし。クラリネットのたに書かれた曲とよく分かる。くすんだ音色がとても良い。  第2楽章 ソフトな出だし。終わりまで、ソフトな感じが続く。  第3楽章 少し速めの、3拍子のテンポに変わる。  第4楽章 フォルテで出る。テンポのよい曲。最後は軽快に終わる。

       ・・・・・・休 憩・・・・・・・

サンサーンス:クラリネット・ソナタ 変ホ長調Op.167

Ⅰ アレグレット  Ⅱ アレグロ アニマート  Ⅲ レント  Ⅳ モルト アレグロ

 第1楽章 もの悲しい出だし。クラリネットにふさわしい音楽が流れる。  第2楽章 少し滑稽味のある音楽になる。  第3楽章 低音が利いた、ゆっくりとした、しみじみとした音楽が流れる。  第4楽章 一転して陽気な音楽に変わる。かなりの技巧を要する曲。終わりは、ゆっくりとした曲になる。

ルトスワフスキー:舞踏前奏曲

Ⅰ アレグロ・モルト  Ⅱ アンダンテ  Ⅲ アレグロ ギオーコーソ  Ⅳ アンダンテ  Ⅴ アレグロ モルト

第1楽章 短い、ユウモアのある曲。  第2楽章 ゆっくりとした曲。ピアノとの掛け合いが面白い曲。  第3楽章 テンポを速め、滑稽さが増す。  第4楽章 普通のテンポに戻り、楽しい音楽を奏でる。

メサジェ:コンクール独奏曲

 歌のあるロマン的な曲。相当な技巧を要する曲。一気に、終曲を吹き上げる。見事な演奏。

アンコール ジョーゼフ(ホロヴィッツ編曲):クラリネットのためのソナチネ3番

 ジェラルド・フィンミツ:「5つのキャロル」からバガテル3番

《曲目解説》 佐伯茂樹

ドビュッシー:第一狂詩曲

 フランスの印象派を代表するクロード・ドビュッシー(1862~1918)は、1909年にパリコンセールヴァトワールの評議員に就任し、翌年、クラリネットの試験のために2曲を作曲した。その内の1曲が、実技の卒業試験用のこの曲(もう一曲は初見試験用の小品)。

 1911年に、同校クラリネット科教授のP.ミマールに献呈され、同年彼によって初演された。ベームクラリネットが得意とする半音階を駆使し、《牧神の午後への変奏曲》を思わせるいかにもドビュッシーらしい作品。

寺嶋陸也:星の旅 クラリネット独奏のための(委嘱作品。日本初演)

 今回の橋本杏奈さんのリサイタルのために、寺嶋陸也(19564~)が2008年7月に新しく作曲した曲で、世界初演は9月にイギリスで行われました。

 タイトルの「星の旅」は、谷川俊太郎さんの5編からなる詩「星の組曲」の中のひとつからとったものです。私は2007年に「星の組曲」を連作歌曲とて作曲しましたが、この曲と音楽的に直接のつながりはありません。はるかな距離を旅して届く星の光と、ゆるやかに響いて旋律を紡ぐクラリネットの音色は、人の心に届いて、そこに何かを灯すところが、どこか似ているような気がします。(本稿解説 寺嶋陸也)

ブラームス:クラリネット・ソナタ第1番 ヘ長調Op.120-1

 ヨハネス・ヌラームス(1833~1897)が、晩年になって、友人のクラリネット奏者リヒャルト・ミュールフェルトのために書いた2曲のソナタのうちの1曲。同じリヒャルトのために書かれた三重奏曲、五重奏曲は、モーツアルトに倣ったのか、A管クラリネットのために書かれているが、ソナタはB管が指定されている。

 曲は全4楽章で、どの楽章も情熱的な歌心と枯淡の情感に溢れていて、晩年のブラームスの心境が伝わってくる。磯部周平氏の研究によれば、曲の冒頭にはブラームスが一貫して使用したクララのテーマが埋め込まれているとのことで、クララに対する愛情が曲の根底に込められていることに注目したい(クララとクラリネットの「クラ」を引っ掛けたという説もある)。

サンサーンス:クラリネット・ソナタ 変ホ長調Op.167

 多くの作品を残したカミーユ・サン=サーンス(1835~1921)は、晩年に、管楽器のためのソナタを6曲書く予定だったが、オーボエ、クラリネット、ファゴットの3つのソナタを作曲したところで、1921年に他界してしまった(4曲目はイングリッシュホルンのためのソナタを予定していたらしい)。その2曲目にあたるクラリネットソナタは、全4楽章からなる完成度の高い作品で、パリコンセルヴァトワール教授のA.ペリエに献呈された。冒頭に出てきた十字架を切る音型が、曲の最後に再び現れるなど、自らの死を覚悟していたかのような晩年の心境を窺うことができ、興味深い。

カーター:グラ(無伴奏クラリネット・ソロ)

 今年の12月で100歳の誕生日(メシアンと1日違い)を迎えるアメリカの作曲家エリオット・カーター(1908~)が、1923年にルトスワフスキ80歳の誕生日を記念して書いた無伴奏クラリネットのための作品。重音と現代音楽的な技巧を求められているが、クラリネットを知り尽くした音符の配置で無理がない。

 タイトルの「グラ(Gra)」は、ルトスワフスキの母国語であるポーランド語のゲームという意味のことばで、同じ素材を使って、様々なキャラクターに変化させていく遊び心を表現しているあたりは、ルトスワフスキの《舞踏前奏曲》を意識したオマ-ジュだと考えられる。

ルトスワフスキ:舞踏前奏曲

 戦後ポーランドを代表する作曲家の一人、ヴィトルド・ルトスワフスキ(1913~1994)が、1954年にクラリネットとピアノのための書いた作品。ルトスワフスキの後期の前衛的な作品に比べると非常に聴きやすく、東欧の民族色を感じさせる魅力を放っている。

 5つの曲で構成されており、快活でユーモラスな奇数楽章と、叙情的な歌の偶数楽章が対比的に並べられている。クラリネット独奏とピアノの対話が繰り返され、終曲でこれまでの素材が同調する遊びが聴きどころ。

 メサジェ:コンクール課題曲

 指揮者としてドビュッシーの《牧神への午後への前奏曲》やデュカスの《魔法使いの弟子》を初演したフランス近代の作曲家アンドレ・メサジェ(1853~1929)が、ドビュッシーの第一狂詩曲と同じく、パリコンセルヴァトワールの卒業試験用の曲として書いた作品。1889年と1901年の課題曲として使用された。試験曲だけあって、クラリネットのテクニックを試す側面が強いが、オペラの創作を得意とした作曲家だけあって、観賞用としても完成度が高く、現在でもクラリネット奏者の重要なレパートリーとなっている。

《プロフィール》

クラリネット:橋本杏奈(あんな)

 1989年生まれ、ロンドン在住。9歳より6年間王立音楽大学ジュニア部にてチャールズ・ハインに師事、その間数々の賞を授与される。日本に於いて2003年第3回ヤング・クラリネッティスト・コンクール(18歳以下)1位及び全ての副賞を獲得、翌年は第6回日本クラリネット・コンクールに最年少(中学3年)で入選。「国際クラリネットフェスト2005」では、ドハティー作曲「ブルックリン・ブリッジ」の日本初演(井上道義指揮)の独奏を務めFM東京で放送される。・・・・・・

 現在は王立音楽院に在籍、特待生としてマイケル・コリンズの下で研鑽を重ねている。使用楽器は、ピーター・イートン・インターナショナル。

ピアノ:ダニエル・スミス(友情出演)

 現在イギリスに於いて最も人気のあるデュオ奏者の一人であるダニエル・スミスは、王立音楽院在学中に数々の賞を獲得、ラフマニノフ、ベートーヴェン、ガーシュイン、ラヴェル、モーツアルト等の協奏曲を幅広くレパートリーとしている。

 現在はパーセル・スクールの専属伴奏ピアニスト、またBBC青少年音楽コンクール、王立音楽院、王立音楽大学、イスラエルや英国の夏期講習会などに伴奏ピアニストとして招かれ、絶大な信頼を得ている。・・・・・

   

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