演奏会に行ってきました「紀尾井シンフォニエッタ東京 ヴァイオリン弾き振り:安永 徹 モーツアルト:ピアノ協奏曲22番 ハルトマン:ヴァイオリンと弦楽のための葬送協奏曲 モーツアルト:交響曲38番『プラハ』(2008-69)
2008年12月13日(土)2:00開演 紀尾井ホール(JR・東京メトロ南北線・丸の内線四谷駅 上智大学前「ソフィア通り」を徒歩7~8分) 紀尾井シンフォニエッタ東京第67回定期演奏会
《プログラム》
ヴァイオリン弾き振り:安永 徹 ピアノ:市野あゆみ コンサートマスター:澤 和樹
モーツアルト:ピアノ協奏曲22番 変ホ長調K.482
ハルトマン:ヴァイオリンと弦楽のための葬送協奏奏曲
モーツアルト:交響曲第38番「プラハ」
ヴァイオリン弾き振り:安永 徹(ベルリン・フィル 第一コンサートマスター) ピアノ:市野あゆみ 紀尾井シンフォニエッタ東京 コンサートマスター:澤 和樹
《印象 感想など》
モーツアルト:ピアノ協奏曲第22番 変ホ長調 K.482
Ⅰ.アレグロ(カデンツァ 市野あゆみ/ダニエル・バレンボイム) Ⅱ.アンダンテ Ⅲ.アレグロ(カデンツァ 市野あゆみ/エトヴィン・フィッシャー)
コントラバス 左奥。安永 コンサートマスターの席で演奏。
第1楽章 ピアノ、軽やかな演奏。 第2楽章 しっとりと落ち着いた楽章。クラリネット、フルート、ファゴットが心地よく絡む。 第3楽章 気持ちよいテンポに乗り、音楽が流れ、木管が素敵に絡む。
ハルトマン:ヴァイオリンと弦楽のための葬送協奏曲
Ⅰ.イントロダクション、ラルゴ Ⅱ.アダージョ Ⅲ.アレグロ ディ モルト Ⅳ.コラール(ゆっくりした行進曲)
ソロヴァイオリン・指揮:安永 徹、コンサートマスター・澤 和樹。伴奏:弦楽合奏。
不安を帯びた音楽が流れる。2楽章は、弦の刻みが印象的。4楽章のコーダは、不協和音ぽく、終わる。
モーツアルト:交響曲第38番ニ長調 K.504「プラハ」
Ⅰ.アダージョ-アレグロ Ⅱ.アンダンテ Ⅲ.プレスト
安永、コンサートマスターの席で弾く。澤は第2ヴァイオリンの席で弾く。第1楽章 管楽器、ティンパニー(小さめの)が入る。キビキビとしたモーツアルト。 第2楽章 ファゴットがしかりとテンポを刻む。 第3楽章 速いテンポで入る。トランペットやティンパニーが快調な演奏。スッキリとした快演。安永はすごい力量を発揮。紀尾井シンフォニエッタ東京は、相変わらずすばらしいアンサンブルを披露。ブラヴォー。
アンコール ピーター・モールオール:パゼリー(6曲の組曲)から5曲目(弦楽合奏)
《プログラムノート》 松本 學
世界で最も知られている日本人音楽家、といったら候補として何人かの顔が浮かぶだろう。しかし世界で最もアンサンブルの重責を担っているのは誰か・・・・と言い換えたなら、それは本日登場する安永徹氏を真っ先に挙げなければならない。世界最高のプレッシャーとも言えるベルリン・フィル(BPh)のコンサートマスターを務め、はや25年。BPhのアンサンブルは、安永氏がコンマスを務めたときに特に緻密だという評も少なくないが、あれだけの名手を揃え、各人の主張も並大抵でないこのスーパー・オーケストラを統率してきた能力と努力は計り知れない。
ところが在団30周年の今年、氏がBPhを退団するというニュースが伝わってきた。これには多くの方が驚かれるだろ。今後は日本に活動の拠点を戻すとのこと。ファンや同胞としては、あのコンマスの頂点ともいうべき座から日本人の姿が去ってしまうのは残念な気がしなくもないが、ベルリンで得た経験や知識を日本にフィードバックするというのは、まさに氏にしか出来ない特別なことである。
今回の紀尾井シンフォニエッタ東京(KST)との共演は、氏が体験してきた世界の最前線の音楽を我々に伝えてくれるその一環ともいえる。もちろんKSTも名手揃いゆえ、氏との相互的なケミストリーとして、さらに磨き上げた音楽を聴かせてくれる筈だ(そもそもKSTにはベルリン留学中にBPhで氏と一緒に演奏していた方もいるほどだし)。
方やピアノの市野さんは、パルゼビ門下でシルデらにも師事し、フランスとドイツのピアノ演奏の最もよい部分を吸収された音楽家である。安永氏との共演をはじめ、本日のような協奏曲のソロや、何枚ものアルバムでその実力派折り紙付き。彼女の端正でリリカルな音楽を生で聴けるのは実に贅沢な時間といえる。
この2人を迎えた本日のプログラムは、モーツアルトとハルトマン。3曲とも、安永&市野コンビは既にアンサンブル金沢とのライヴ録音をリリースされているので、お聴きの方も少なくないだろう。何度も演奏を重ね、自家薬籠中といった作品ばかりであるが、KSTを得てさらなる深化した表情を聴かせてくれるに違いない。
モーツアルト:ピアノ協奏曲 第22番 変ホ長調 K.482
1785年、モーツアルト(1765~91)は、3つのピアノ協奏曲を生んだ。その内、彼にとって初の短調ピアノ協奏曲となった第20番と、映画『短くも美しく燃え』でも知られる第21番は、この年の早い時期(2,3月)に書かれている。対して、その年の終わりに完成されたのが、この第22番である。作曲の経緯ははっきりとはしていないが、自作品目録にある完成美日と、当時の資料などから、12月の後半である可能性が高いようだ。
第22番の特徴は、まずモーツアルトのピアノ協奏曲の中で最長であること。そぢて何よりも、楽器編成に画期的な発展-それまでのオーボエに代わり、この曲で初めてクラリネットが採用されている点である。冒頭からその効果は絶大で、響きの充実ぶりが目覚ましく、独奏ピアノの活躍以外にも、オーケストラのサウンドが当作品の大きな聴きどころの一つとなっている。
また、両端楽章にはモーツアルト自身のカデンツァが遺されていないため、奏者のここをどう弾くかも要注目。本日の市野さんは自作とバレンボイム、フィッシャーのもを併せて披露してくれる。
第1楽章:アレグロ 変ホ長調、4/4拍子。ソナタ形式。冒頭から聴かれる第1主題は、トランペットとホルン、ティンパニーが活かされた簡潔なファンファーレ的前段と、木管のふくよかな響きが心地よい後段とが組み合わされたもの。フルートが3連符で下降、そして木管が同じく3連符で上向すると、ヴァイオリンに優美な旋律が現れる。これが第2主題である。これらが提示された後、たおやかにピアノが登場する。
第2楽章:アンダンテ ハ短調、3/8拍子。主題と5つの変奏から成る変奏曲形式。主題は、弱音器を付けた弦楽器による深い憂いを帯びた歌。続いて、ピアノの第1変奏、木管での第2変奏(但し、この部分には主題が登場しないので、独立した変奏ではなく推移部とも考えられる)、ピアノと弦での第3変奏、フルートとファゴットが歌い交わす長閑な第4変奏、総奏での第5変奏、コーダから成る。1785年12月23日にブルク劇場で行われた演奏会では、この楽章がアンコールされた。
第3楽章:アレグロ 変ホ長調、6/8拍子。A-B-A-C-A-B'-A-コーダから成るロンド形式。軽やかなロンド主題の間にエピソードが挟まれてゆく。Cの部分は変イ長調、3/4拍子のアンダンティーノ・カンタービレ。クラリネットとファゴットの穏やかで牧歌的な歌の世界が広がり、ピアノがそれに続く。最後にアインガング挟まれ、再びロンド主題が戻る。B部の再現の後、カデンツァが奏され、3たび主題が戻って華やかにまとめられる。
K.A.ハルトマン:ヴァイオリンと弦楽のための葬送協奏曲
カール・アマデウス・ハルトマン(1905~63)は、ミュンッヒェン出身の作曲家。ヨーゼフ・ハースに作曲を師事し、戦時中にはヴェーベルンにも作曲を学んでいる。戦中を除き、戦前・戦後にはバイエルン州立歌劇場を中心に活躍した。作品は多岐にわたり、オペラ《シンブリチウス・ジンブリチムス》や8つの交響曲、室内楽曲、ピアノ曲などがよく知られている。
ハルトマンは、反ナチスの意志を強く表明した作曲家で、ナチスが政権を握った1933年には早くも交響詩《ミゼーレ》という作品を書いて反意を示した。そのため、作品は上演禁止の憂き目にあい、彼自身も国内亡命を余儀なくされてしまう。しかしそれでも1936年には《交響的断片》と題した作品を作曲(この作品は後に交響曲第1番《レクイエムへの試み》として結実した。)また、《コラール・カンタータ《平和-48年》(1937年)といった声楽作品、そこから派生したカンタータ《嘆き》(1937年)、交響曲第2番《アダージョ》(1941~46年)さらに第2次大戦終結の年にはピアノ・ソナタ第2番《1945年の4月27日のソナタ》といった作品を書き続けている。
この《葬送協奏曲》もそのひとつであり、第2次大戦が勃発した1939年の7月から秋にかけて作曲。完成当時は《葬送音楽》と呼ばれており、1969年に改訂された際に《葬送協奏曲》のタイトルが付された。曲は4つの楽章から成り、全て途切れなくアタッカで続けられる。
第1楽章;イントロダクション(ラルゴ) 3/2拍子。15小節の短い楽章である。ソット・ヴォーチェで独奏ヴァイオリンがテーマを提示し、オーケストラはほんの短く応える。メロディは、チェコに伝わるフス派のコラール。《汝らは神の戦士》から。当楽章と終楽章の2つのコラールは「絶望的な状況に抵抗する人々の希望の象徴」と作曲者は語っている。
第2楽章:アダージョ 4/4拍子。コラール旋律が展開され、深い哀切が歌われていく。sfppやpppなどの微細なデュナーミクや、半音階や付点リズムも特徴的。独奏ヴァイオリンにきわめて高い音域も用いられる。
第3楽章:アレグロ・ディ・モルト 4/4拍子。「死の舞踏」を想わせる熱狂的で技巧的なスケルツォ。対位法やリズムが生かされている。結局直前に、独奏ヴァイオリンによる重音を用いたカデンツァが奏される。「きわめて幅広く」。ブリテンやショスタコーヴィチも自作に用いた革命歌(同志は斃れぬ)などが展開される。前楽章と同様、曲は終結に向かって静かに消えてゆくが、最後にffの不協和音で強烈に怒りをぶつける。
モーツアルト:交響曲第38番 ニ長調 K.504《プラハ》
モーツアルトの交響曲の多くは1770~1774年の間に書かれており、75年以降は旧作の改編(第28~30番)を経て、1778年に第31番《パリ》、1782年に第35番《ハフナー》、翌82年に第36番《リンツ》とペース・ダウンしていった。次の交響曲第38番《プラハ》が発表されたのは3年後の1786年である(第37番は、第1楽章の序奏以外はミヒャエル・ハイドンの作)。
この理由には、ピアノ協奏曲の需要が高まり、それにつれて交響曲の発注がなくなったことが挙げられる。しかし、そこはモーツアルト。数は減少しつつも、その内容を急激に深化させている点はさすがだ。《プラハ》交響曲も、際立った対位法的書法や管楽器の重視、後年の《ドン・ジョバンニ》にも通じるドラマティックな表現内容など、内容の充実振りは驚くべきレヴェルに達している。《ピラハ》交響曲の完成は、自作作品目録に作曲者自身が記入したところに依れば1786年12月。ピアノ協奏曲第22番完成の翌年に当たる。《プラハ》という愛称は、ウイーンで評判をとった《フィガロの結婚》を上演するために、1787年1月にプラハに招かれた際に持参し、初演したためとされる。
しかしながら現在の研究では、作品自体はこの初演のためではなく、1786年冬のウイーンでの演奏会のために作曲されたものと考えられている。殊に、用紙研究で名高いアラン・タイソンは、終楽章の五線紙が《フィガロの結婚》後半2幕のものと同じものであることを明らかにし、1786年の早い時期に書かれたものであると推察。さらには《プラハ》の終楽章が、内容上共通点の多い交響曲第31番《パリ》終楽章の代替曲であったことの可能性すら示唆している。
第1楽章:アダージョ~アレグロ ニ長調、4/4拍子。36小節にもわたるアダージョの序奏は、まず堂々と開始されるが、後半は短調に転じドラマティックな風貌を見せる。主部は第1ヴァイオリンのシンコペーションでスタートし、すぐに軽やかに動き出す。これに低弦や、跳躍音程を含んだフルートとオーボエのモティーフが次々に絡んでいく。楽章の後半では、たたみかけられるモティーフの応酬が、華やかで心浮き立つ。
第2楽章:アンダンテ ト長調、6/8拍子。シチリアーナに基づく優美な主旋律が歌われる。3小節目に聴かれるように、半音階が効果的に用いられているのが特徴。
第3楽章:プレスト ニ長調 2/4拍子。活き活きとした冒頭の第1主題は、《フィガロの結婚》のスザンナとケルビーノに二重唱〈早く開けて〉との関連が指摘されるもの。跳躍音程とシンコペーションを組み合わせて作られている。皆が静まって第1ヴァイオリンのみになりると、少しおどけたような旋律による第2主題が登場。軽やかに駆け抜けてゆく中に、対位法技法が織り込められた手練の楽章である。
《プロフィール》
ヴァイオリン:安永 徹
1951年福岡に生まれる。1964年より江藤俊哉氏に師事。桐朋学園高等学校音楽科を経て、同大学音楽学部に入学。在学中の1971年に第40回日本音楽コンクール第一位受賞。1974年に同大学を卒業。1975年ヨーロッパに渡り、ベルリン芸術大学に入学、ミシェル・シュバルベ氏に師事。1977年ベルリン・フィルハーモニ管弦楽団に第1ヴァイオリン奏者として入団。1983年に同楽団の第一コンサートマスターに就任。1983年~99年までベルリン・フィル弦楽ゾリステンのリーダーとして、1996年~2001年までベルリン・フィル・カンマーゾリステンの第一ヴァイオリン奏者として、又ソリスト、室内楽奏者としてヨーロッパ、日本その他各地で多くの演奏を行っている。
ピアニストの市野あゆとの共演によるリヒャルルト・シュトラウスやフランク、ベートーヴェンのソナタ他、レコーディングも数多く、2004年には「ベスト・ライヴ・コンサート」(ナミ・レコード)がリリースされるほか、オーケストラ・アンサンブル金沢とのライヴ録音(ワーナー・ミュージック)も定期的に行われ、3枚がリリースされている。
現在、日本音楽財団より貸与された1702年製のストラデヴァリウス“LordNewlannds”を使用している。
ピアノ:市野あゆみ
東京藝術大学附属高校で田村宏氏に、同大学で安川加寿子氏に師事。在学中に安宅賞を受賞。東京藝術大学を卒業後、マルセイユのコンセルヴァトワールにてピエール・バルビゼ氏に師事。1978年にスペイン、バルセロナのマリア・カナル国際コンク-ルに入賞。1978年よりベルリン芸術大学に於いてクラウス・シルデ、クラウス・ヘルヴィッヒの両氏に師事。1986年同大学に於けるソリスト・コンサート試験に最優秀で卒業。・・・・・1991年より1996年までベルリン芸術大学講師を務める。1996年~2001年までベルリン・フィル・カンマーゾリステンのピアニストとして、又ソリスト又室内楽奏者として、ベルリンを拠点にヨーロッパや日本その他の各地で多くの演奏を行っている。安永徹との共演によるレコーディングも数多く、オーケストラ・アンサンブル金沢とはライヴ録音(ワーナー・ミュージック)も定期的に行い3枚がリリースされている。
《レコードやCDのことなど》
モーツアルト:ピアノ協奏曲
レコードやCDは、自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、私はピアノ:アンネローゼ・シュミット、、指揮:クルト・マズア ドレスデン・フィルハーモニックのCDボックスをよく聴いてきました。当時の東ドイツのピアニストで廉価盤のCDボックスですが、なかなかよい演奏です。ボックスなのでピアノ協奏曲が全曲入っていて、重宝です。
モーツアルト:交響曲第38番「プラハ」
モーツアルトの交響曲は夥しい数のレコードやCDが出ていますが、「プラハ」はベンジャミン・ブリテン指揮イギリス室内管弦楽団のCDをよく聴いています。ブリテンの演奏は、人柄がにじみ出ているというか、心優しい素晴らしい演奏だと思います。


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