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2009年3月

2009年3月27日 (金)

演奏会に行ったきました「リリア・アンサンブル シューベルト:弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」、チャイコフスキー:弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」(2008-60)

2008年11月12日(水)午後7時開演 リリア音楽ホール(JR川口駅徒歩2~3分 川口駅から通路が繋がっている。パイプオルガンがある、床・内壁とも木でできた非常に響きの良い中ホール。

リリア・アンサンブル ヴァイオリン:加藤知子、川田知子、ヴィオラ:店村眞積、井上静香、チェロ:原田禎夫、熊澤雅樹

《プログラム》

シューベルト:弦楽四重奏曲第14番ニ短調「死と乙女」D810

チャイコフスキー:弦楽六重奏曲 ニ短調「フィレンツェの思い出」Op.70

《プログラムノート》 柿沼 唯(作曲家)

 弦楽器による室内楽のアンサンブルには、最小の二重奏から大きな編成で八重奏まで様々な組み合わせがあり、それぞれに特徴があるが、もっとも完成度の高い形態とされるのは、ヴァイオリン2本とヴィオラ、チェロによる「弦楽四重奏」である。

 4人の奏者がアンサンブルの妙を尽くして精緻な音楽を形作るこのジャンルを最初に確立したのは、ウイーン古典派の作曲家ハイドンだった。そしてその作品に決定的な影響を受けたモーツアルト、またハイドンに師事しながらも独自のスタイルを切り開いたベートーヴェンによって、その奥義は究められてゆく。

 そしてベートーヴェンを私淑し、短い天才の生涯を生きたシューベルト以降、ロマン派から現代にいたるまで多くの傑作が生み出されてきた。今回演奏される〈死と乙女〉も、そんな古今の名作中の名作である。

 そのスタンダードな弦楽四重奏にヴィオラかチェロのどちらか1本を加えた編成が「弦楽五重奏」で、このジャンルにもモーツアルトをはじめ多くの名作がある。そしてさらにヴィオラとチェロ1本ずつ加えたのが「弦楽六重奏」だが、この編成で作品を書いた作曲家は実はあまり多くはない。

 重厚な響きを好んだ若きブラームスが手がけた2曲の弦楽六重奏曲が、このジャンルの代表作として知られている。そして新ウイーン学派の作曲家シェーベルクが交響詩の発想をこの弦楽六重奏の編成に応用した〈清められた夜〉も名高い。

 今回演奏される〈フィレンツェの思い出〉は、数少ないこのジャンルの一曲である。

《印象 感想など》

シューベルト:弦楽四重奏曲第14番 ニ短調 D810「死と乙女」

第1楽章 アレグロ  第2楽章 アンダンテ・コン・モート  第3楽章 スケルツォ、アレグロ・モルト  第4楽章 プレスト

第1楽章 緊密なアンサンブル。  第2楽章 歌曲「死と乙女」による有名なテーマ。弱音で奏される。  第3楽章 第一ヴァイオリンの加藤知子の演奏が凄い。  第4楽章 緊迫したコーダが大いに盛り上がる。

《曲目解説》 柿沼 唯(作曲家

シューベルト:弦楽四重奏曲第14番 ニ短調 D810「死と乙女」

 シューベルト(1797~1828)が書いた作品は実に1000曲にも及ぶが、そのうち彼の生前に日の目をみたものは多くはない。シューベルトは、何より「創作すること」に喜びを見出す芸術家であり、自分の作品がいつ演奏されるかに頓着しなかった。生活ぶりは自由奔放なボヘミアンで、彼は自分のピアノさえ持っていなかった。「ピアノで弾いたりしたら思索が中断する」というのが口癖だったという。そしてモーツアルトにも比べられる脅威の速筆で、次から次へと作曲していったのである。

 600曲にのぼる歌曲に代表されるように、ロマン主義芸術の創作にあふれる才能を発揮したシューベルトだが、そうした彼の音楽は、どちらかといえば地味な弦楽四重奏の分野においても、類いないロマンの美をもたらした。

 古今の弦楽四重奏曲中の傑作として名高い〈死と乙女〉四重奏曲は、シューベルトには珍しく約3年もの月日をかけて、1826年に完成されたシューベルト最晩年の作品であり、曲全体が悲壮感や怒りの感情といった暗い色調におおわれた、まさにロマン主義音楽の一つの精華と呼ぶにふさわしい作品である。この作品ではすべての楽章が短調で書かれ、そこにはシューベルトの絶望的な心境と、夢のような美しさの裏側で常に死と向き合い、生はそのはかさゆえに美に憧れるというロマン主義の美意識が、すべての瞬間を取りまいている。

 中でも白眉は、第2楽章におかれた変奏曲だろう。タイトルの由来ともなったこの変奏曲は、自作の歌曲〈死と乙女〉の伴奏部分を主題とし、それにそれに6つの変奏とコーダが続く、まことにシューベルトらしいらしい魅力にあふれた音楽であり、有名なピアノ五重奏曲〈ます〉の第4楽章とともに、シューベルトの変奏曲の双璧といわれている。泉のごとく渾々と湧き出る楽想、そして生のはかなさを慈しむかのような玄妙な転調は、まさに天才のみがなしえた音楽の秘跡といっても過言ではない。

 なおこの作品の初演は、ベートーヴェン作品の数々の初演を行ったシュパンツィヒ弦楽四重奏団が行う予定であったが、彼らがベートーヴェンの新作の初演で多忙のため実現せず、結局シューベルトが生前にこの作品を公開の場で聴くことはなかった。初演は1833年にベルリンで行われている。

第1楽章アレグロは、リズム動機を中心とした暗い色調の主題による力強い音楽で、シューベルトの室内楽ではもっとも規模が大きい一曲となっている。

第2楽章アンダンテ・コン・モートは、歌曲〈死と乙女〉の伴奏部分の、まるで死の足音が近づいてくるようなリズムによる主題が最弱音で奏されて始まり、この単調ともいえる主題が続く6つの変奏によって、極上のリリシズムとドラマをはらんだ楽想へと変貌してゆく。

第3楽章スケルツォ、アレグロ・モルトは、シューベルト流のレントラー(ドイツの3拍子の民謡舞踏)のスタイルによる。

第4楽章プレストは、6/8拍子によるタランテラ風の急速なフィナーレで、切迫感漲る楽想を燃焼させていく。

《印象 感想など》

P.チャイコフスキー:弦楽六重奏曲 ニ短調 OP.70「フィレンツェの思い出」

第1楽章 激しい曲の入り。第1ヴァイオリンが艶やかに歌う。情熱的な楽章。  第2楽章 第1ヴァイオリンがよく歌う。チェロも沿って歌い、響く。  第3楽章 ヴィオラと第2ヴァイオリンがメロディを奏でる。そして第1ヴァイオリンもアンサンブルに入る。  第4楽章 特徴的なテーマを、刻んで熱っぽく演奏。そしてコーダへ。盛り上がる。快演。凄いアンサンブル。

《曲目解説》 柿沼 唯(作曲家)

 交響曲やバレー音楽など、オーケストラ作品を得意としたチャイコフスキー(1840~1893)は、室内楽曲を全部で5曲しか残さなかった。その最後の作品であるこの弦楽六重奏曲は、1890年、50歳のチャイコフスキーが歌劇「スペードの女王」の作曲の筆をを進めるべくイタリアのフィレンツェに滞在した時に着想されたため、「フィレンツェの思い出」の副題がそえられることとなった。

 フィレンツェは、チャコフスキーがそれまでにも幾度も訪れた思い出の地であった。1878年に不幸な結婚で傷ついた心を癒すためにスイスとイタリアを旅して以来、風光明媚なイタリアはいつもチャイコフスキーの心を癒し、またその風物は作曲家を魅了してきた。1879年暮れにローマを訪れた時には、イタリアの民謡を素材にオーケストラ曲〈イタリア奇想曲〉が作曲されている。

 そんなイタリアで着想されたこの六重奏曲だが、その内容に何かイタリアを思わせるものがあるかといえば、実はそうした要素を探すのは難しい。音楽はむしろロシア的な情緒を色濃くたたえ、ロシア民謡を思わせる旋律が随所に織り込まれた、いわゆるチャイコフキーらしい一曲となっている。特徴的なのは円熟期の作品にふさわしくその書法が綿密に練り上げられていることだろう。特に対位法的書法の緻密さなどは、チャイコフスキーの他の室内楽曲にはみられないものとなっている。

 チャイコフスキーは当初、この曲をパトロンのフォン・メック夫人に捧げるつもりだったという。弦楽六重奏という比較的珍しい編成を選んだのは、当時健康を害してコンサートに出られなくなった夫人が、自宅でもオーケストラのような響きを聴くことができるようにとの配慮からとも推察される。しかし結局のところ、曲は改訂を経て1892年にサンクトペテルブルク室内楽協会で初演され、同協会のメンバーに献呈されることなった。フォン・メック夫人との関係は、1890年に終わりを迎えている。

 第1楽章アレグロ・コン・スピートは、きびきびとした表情の第1主題と、センチメンタルな第2主題によるソナタ形式。展開部での魅力的な転調など、書法の冴えが随所に見られる。

 第2楽章アダージョ・カンタービレ・エ・コン・モートは、自由なソナタ形式による緩徐楽章。バレエ音楽に登場するような、得意の甘美なメロディが歌い上げられる。

 第3楽章アレグレット・モデラートは、ロシア民謡風のスケルツォ。

 第4楽章アレグロ・ヴィヴァーチェは、素朴なロシア舞曲風の主題に始まり、フガートによる対位法の効果で盛り上がりが築かれる。

《プロフィール》

ヴァイオリン:加藤知子

 4歳よりヴァイオリンを始め、三瓶詠子、故久保田良作、江藤俊哉の各氏に師事。第47回日本音楽コンクール・ヴァイオリン部門第1位、レウカディア賞受賞。翌年の海外派遣コンクールで特別賞受賞。1980年桐朋学園大楽卒業。同8月、タングルウッド音楽祭(アメリカ)参加、メイヤー賞受賞。ローレンス・レッサーに師事。アスペン音楽祭、マールボーロ音楽祭に出演。ルドルフ・ゼルキンらの指導を受ける。

 1981年9月から文化庁派遣研修員として2年間、ジュリアード音楽院に留学。

ヴァイオリン:川田知子

 4歳よりヴァイオリンを始め、小林武史、澤和樹、田中千香士、原田幸一郎、堀正文の各氏に師事。東京藝術大学を主席で卒業。在学中の1989年に奨学金を得て、アスペン音楽祭に参加。同年、第36回パガニーニ国際コンクール5位入賞。190年アラスカ・アンカレッジ音楽祭に招かれる。また、イタリアシエナのキジアーナ音楽院室内楽サマー・コースに参加。ディプロマ名誉賞受賞。1991年第5回シュッポア国際コンクールにて優勝。・・・・・

 2003年度第33回エクソンモービル音楽賞受賞洋楽部門奨励賞を受賞。

ヴィオラ:店村眞積(たなむら まつみ)

 京都生まれ。6歳よりヴァイオリンを始め、東儀祐二、鷲見三郎、江藤俊哉の各氏に師事。この間、全日本学生音楽コンクール、ヴァイオリン部門中学校の部西日本第1位受賞。桐朋学園大学音楽部入学、1973年日本音楽コンクール第3位入賞。翌年民音音楽コンクール室内楽部門第2位、斎藤秀雄賞(桐五重奏団のヴィオラ奏者として)受賞。

 1976年イタリアに渡り、イタリア弦楽四重奏団のヴィオラ奏者であったピエロ・ファルッリに師事。その後、指揮者リッカールド・ムーティー氏に認められ、フィレツェ市立歌劇場の主席ヴィオラ奏者となる。1977年ジュネーヴ国際音楽コンクールヴィオラ部門第2位・・・・・1984年5月帰国、6月より読売日本交響楽団ソロヴィオリストとして入団。・・・・・

2001年5月読売日響を退団し、NHK交響楽団のソロ・ヴィオリストとして、またサイトー・キネン・フェスティバルのメンバーとしても活躍している。

ヴィオラ:井上静香

 新潟県出身、桐朋学園大学卒業。同大学院研究科修了。1993年新潟県音楽コンクール大賞受賞。第72回読売新人演奏会出演。米アスペンに2000年いしかわミュージックアカデミーよりMA賞を授与され奨学金そ得て参加。在学中から「JTが育てるアンサンブルシリーズ」、プロジェクトQ、大垣音楽祭、サイトウキネンフェスティバル松本、小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクト、東京のオペラの森、芦ノ湖音楽祭(リサイタル)、木曽音楽祭、水戸室内管弦楽団定期演奏会などに多数出演。

 ロバート・マン氏、原田禎夫氏等と室内楽を共演。ウイーンフィルの主席メンバーと室内楽を共演し信頼を得る他、マスタークラスでウイーンフィルの名コンサートマスター、ワルター・バリリ氏に絶賛された。

 これまでに小林すぎ野、鷲尾悠子、原田幸一郎、加藤知子、店村眞積、山崎伸子、ゴールドベルク山根美代子の各氏に師事。紀尾井シンフォニエッタ東京のメンバー。

チェロ:原田禎夫

 NHK交響楽団のチェロ奏者であった父から手ほどきを受け、その後11歳のときより斎藤秀雄氏に師事。桐朋学園大学卒業。1964年、第33回日本音楽コンクール・チェロ部門優勝後、日本全国でソリストとして活躍を始めた。毎日芸術賞を室内楽部門で受賞。東京交響楽団の最年少主席奏者として活躍した。

 渡米後アスペン室内オーケストラとナッシュビル交響楽団の主席奏者を務めた。その後、全額給付奨学生としてジュリアード音楽院に入学し、室内楽をクラウス・アダム、ロバート・マン、ラファエル・ヒリヤードに師事した。

 1969年に、東京クワルテットを創立し、約30年にわたって世界最高峰の室内アンサンブルを創りあげた。1996年6月、ソロ、室内楽の場を広げるべく、東京クワルテットを退団した。

 日本では、1997年から毎年、宮崎国際室内楽音楽祭に招聘され、アイザック・スターン、エマニュエル・アックス、徳永二男などと室内楽コンサートを行っている。

チェロ:熊澤雅樹

 桐朋学園大学アンサンブルディプロマ卒業。チェロを毛利伯郎氏、室内楽を店村眞積、山崎伸子、山口裕之、毛利伯郎各氏に師事。1997年よりサイトウキンネン「若い人のための室内楽勉強会」に参加。1998年第2回東京室内楽コンクール第1位。2000年より小澤征爾氏のオペラプロジェクト「音楽塾オーケストラ」に参加。これまでに倉敷音楽祭、宮崎国際音楽祭など各地の音楽祭など多数の演奏会に出演。

 2001年9月から「ロームミュージックファンデーション」より奨学金を得て、ドイツのトロッシンゲン音大に留学。チェロと室内楽を原田禎夫教授に師事。また、2004年フライブルク歌劇場管弦楽団にて研修生として契約し、半年間オペラやシンフォニーコンサートなどに出演。2003年よりサイトウ・キネンフェスティバル、2006年より「東京のオペラの森」参加。

《レコード CDのことなど》

シューベルト:弦楽四重奏曲「死と乙女」

 レコードやCDなどは自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、シューベルトの「死と乙女」は、探したらスメタナ四重奏団のLPレコード(コロンビアのヒストリカル・レコーディング・シリーズの1枚)しかありません。たぶん私が京都にいた20代の頃に購入したものと思われます。

 1945年(発売?)の文字しかジャケットには書かれていません。ライナー・ノートによるとスメタナ四重奏団は、1942年プラハで結成、1945年から公開活動を開始と書かれています。結成後、間もない頃の演奏、録音かもしれません。演奏はなかなかで、時々聴いてきました。ステレオ録音は、たぶん1960年前後だと思われますので、もちろんモノーラル録音です。

チャイコフスキー:弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」

 少し地味な曲なので、手持ちのレコード、CDはありません。本や雑誌に当たりましたが、見つけることができませんでした。どなたかレコード、CDに心当たりのある方は、返信でご連絡下さい。

        

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2009年3月23日 (月)

演奏会に行ってきました「カルミニョーラのヴァイオリン ヴィヴァルディ、アルビノーニ、タルティーニ、」(2008-59)

11月25日(水)19:00開演 ジュリアーノ・カルミニョーラのヴァイオリン、ヴェニス・バロック・オーケストラ 東京 トッパンホール(JR飯田橋駅徒歩7~8分) イタリアン・プログラム

《プログラム》

ヴィヴァルディ:弦楽と通奏低音のための協奏曲 ニ長調 RV121

         弦楽と通奏低音のためのシンフォニア ロ短調 RV168

アルビノーニ:弦楽と通奏低音のための4声の協奏曲 ト長調 Op.7-4

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 ト長調 RV303

         ・・・・・・・休 憩・・・・・・・

タルティーニ:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 D45

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 RV217

         ヴァイオリン協奏曲 ト短調 RV325

アンコール ヴィヴァルディ:「四季」より「冬」第3楽章

        ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 RV222より第1楽章

《印象 感想など》   

 私の席 D列3番。室内オーケストラに手頃の大きさの、音響の良い、中ホール。

ヴィヴァルディ:弦楽と通奏低音のための協奏曲 ニ長調 RV121

アレグロ モルト-アダージョ-(アレグロ)

 ヴァイオリン奏者一人は女性。室内オーケストラは、古楽器アンサンブル。ビブラート無しの演奏。チェロ奏者以外は、立って演奏。カルミニョーラは、まだ登場せず。3楽章の曲だが、リュートの音、響きがとても印象的で素敵。

ヴィヴァルディ:弦楽器と通奏低音のためのシンフォニア ロ短調 RV168

 アレグロ-アンダンテ-アレグロ

 抜群の古楽器のアンサンブル。

アルビノーニ:弦楽と通奏低音のための4声の協奏曲 ト長調 Op.7-4

 アレグロ-アンダンテ-アレグロ

 1楽章 すごく爽やかな曲。  2楽章 チェンバロが繋ぎ、弦楽器が続く。  3楽章 清々しい曲、演奏。

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 ト長調 RV303

 アレグロ モルト-ラルゴ-アレグロ

 カルミニョーラが登場。1楽章 凄く冴えたヴァイオリンの音、響き。速いテンポの曲。  2楽章~3楽章 ソロも伴奏もメッチャ上手い。凄い演奏。

        ・・・・・・・休 憩・・・・・・・

タルティーニ:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 D45

 アレグロ アッサイ-グラーヴェ-プレスト

 ソロ・ヴァイオリンは、ビブラートは無いけれど、とても艶のある音色を出す。

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 RV217

 アレグロ-ラルゴ-アレグロ

 生き生きとした、弾むような曲、演奏。

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 ト短調 RV325

 最初、入念な調音を行う。2楽章は、少し沈んだ曲。3楽章は、いきなりソロ・ヴァイオリンで始まる。速いテンポの、生き生きとした曲。

アンコール ヴィヴァルディ:「四季」より3楽章の「冬」

                :ヴァイオリン協奏曲 RV222 より1楽章

 全体的に聞きしに勝る、活気のある演奏。イタリアバロックを堪能する。

《プログラムノート》 赤塚健太郎

イタリアン・プログラム

 後ろにそびえ立つ巨大なオーケストラに対し、独奏者が技巧の限りを尽くして勇敢に立ち向かう。協奏曲(コンチェルトconceruto)と聞くと、こうしたイメージが浮かぶかもしれない。しかし協奏曲の歴史を辿ってみると、とり多彩な世界が我々を待ち受けている。

 そもそもコンチェルトという語の語源とされるcontertare(ラテン語、イタリア語)は、競う、争う、論争するといった意味と、協調するといった意味を共に負う言葉である。よってコンチェルトという語も様々な意味を持ちうるのだ。実際にこの語が音楽の世界で用いられた最初の例(16世紀前半)では、声楽アンサンブルが意味されていた。その後もこの言葉は、声楽を含む多様な音楽に対して当てはめられている。

 17世紀も後半になると、コンチェルト=協奏曲という言葉は器楽の一分野を意味するようになる。しかしその意味するところは、やはり様々であった。例えばヴィヴァルディ(1678~1741年)の《弦楽と通奏低音のための協奏曲ニ長調 RV121》《弦楽と通奏低音のためのためのシンフォニア ロ短調RV168》では、協奏曲の主役たるべき独奏楽器が存在しない。2声のヴァイオリンとヴィオラ、さらに通奏低音からなる4声の弦楽合奏曲として作曲されているのである。こうした協奏曲を、ヴィヴァルディは時にシンフォニアと呼んでいる。このような独奏楽器を持たない弦楽のための協奏曲は、バロック時代に広く見られるだけでなく、交響曲の源流の1つとも見なされており、その歴史的重要性は高い。

 ヴィヴァルディと同様に、協奏曲の歴史を辿る上で避けて通れない人物がアルビノーニ(1671~1750/51年)である。ヴェネツィアの裕福な商家に生まれたアルビノーニは、オペラやカンタータ、そして器楽曲の作曲家として活発に活動した。協奏曲の領域におけるアルビノーニの貢献の1つとして、3楽章構成の確立が指摘されよう。

 彼の協奏曲には、急速楽章-緩徐楽章-急速楽章という楽章配列を持つ作品が非常に多い。そしてこの楽章構成こそが、バロック時代の協奏曲の典型となり、さらに後世の協奏曲においても踏襲されていくのである。

 アルビノーニは、オーボエ協奏曲を出版した最初のイタリア人としても知られる。その作品は『5声の協奏曲集 作品7』(1715年出版、全12曲)に含まれているが、この曲集の構成は実に興味深い。独奏楽器を持たない弦楽のための4声の協奏曲、独奏オーボエが加わった5声の協奏曲、さらに2つの独奏オーボエを持つ6声の協奏曲3種類が収められており、まさに協奏曲というジャンルの多様性を体現しているのである。《弦楽と通奏低音のための4声の協奏曲ト長調 Op7-4》は、このうちの最初の型に当てはまる作品で、やはり3楽章構成で書かれている。

 3楽章構成の独奏協奏曲という枠組みを、アルビノーニやトレッリ(1658~1709年)から受け継ぎ、その典型を確立したのがヴィヴァルディである。彼は生前に9曲の協奏曲集を出版し、ヨーロッパ中に名声を轟かせた。一方、彼の協奏曲には出版されていない曲も多い。本日演奏される3曲のヴァイオリン協奏曲も手書きの楽譜によって伝わっているものである。

《ヴァイオリン協奏曲 ト長調RV303》は、第3楽章に現れる民族舞踊的な総奏の主題と、奔放な独奏が魅了的な作品。《ヴァイオリン協奏曲ニ長調 RV217》の第1主題では、動機の模倣から始まる主題が特徴的である。第3楽章ではシンコペーションの形による同音反復が主題を支配するが、この音型は独奏部にも顔をのぞかせる。《ヴァイオリン協奏曲ト短調 RV325》の第2楽章では、伴奏のたゆまぬ歩みにのって独奏ヴァイオリンの物憂い歌が聴かれる。第3楽章では、冒頭に動機の模倣を含む主題が現れる。

 イタリアにおけるヴァイオリン協奏曲の伝統を、ヴィヴァルディから受け継いだ人物の1人としてタルティーニ(1692~1770年)の名を挙げることができる。18世紀を代表するヴァイオリンの名手であったタルティーニは100曲を超えるヴァイオリン協奏曲を残している。彼の作品でも急速楽章-緩徐楽章-急速楽章という構成は保たれているが、急速楽章においても主題の歌謡性が顕著となっている。《ヴァイオリン協奏曲ニ短調D45》でもその傾向は見られる。両端楽章では技巧の追求よりもむしろ叙情性が追求され、よく歌う主題によって全体が統一されている。全曲を通じて弦楽合奏は伴奏に徹しており、独奏の優位が顕著である。

《カルミニョーラが弾くヴァイオリン》

 今回の来日公演では、ガットを張ったストラディヴァリを披露するという。

 現代のストラディヴァリは、楽器が製作された当時とは異なり、本体とネックの角度が変えられ、ブリッジ(駒)の高さなどが調整されている。さらに重要な4本の弦となると、スチールの弦(ガットに金属を巻いたものを含む)が張られている。これに対し、作曲家が作曲した時代のスタイルを残したピリオド楽器(古楽器)は、その本体にすべての裸のガットを張る。“キング・オヴ・ザ・ヴァイオリン”と称されるストラディヴァリに、ガット弦を張り、本来の姿を再現する演奏会は、ピリオド楽器全盛の現代でも、なかなか耳にすることはできない。それがついに、天性のヴァイオリニスト、カルミニョーラにより、その夢を実現させてくれることになろうとは・・・・。まさに垂涎の快挙とといえよう。

 ストラディヴァリ(モダン仕様)を持っていると言うヴァイオリニストは、世界中で実に多いことに気づく。しかし、製作家、ストラディヴァリ(1644?~1737)自身が最初から最後まで手がけた楽器は、実はそれほど多く存在しないはずだ。おそらく2割前後と思われる。彼はたいへん長生きだったが、生涯に作った数は限られる。彼の弟子や工房内での楽器をすべてストラディヴァリと名乗るのであれば、そこでやっと数のつじつまもあってくる。

 さて、今回カルミニョーラが使用するのは、1732年製の“バイヨン”と名づけられた楽器で、ボローニャのカーリスボ財団(略称)が貸与したものである。すでに「モーツアルトのヴァイオリン協奏曲全集」「ヴィヴァルディの2つのヴァイオリン協奏曲集」のCD録音で演奏している。

 最後に、弓であるが、ヴェニス・バロック・オーケストラと共演するイタリアン・バロック・プログラムにおいては、エミーリオ・ズラヴィエーロ作によるバロック・ボウ(コピー)を使用するという。 

《演奏者 プロフィール》

ヴァイオリン:ジュリアーノ・カルミニョーラ

 1971年の「ヴィットーリォ ヴェーネット市長賞」受賞、1973年のジェノヴァでの「パガニーニ・コンクールの入賞によってプロ演奏家のスタートを切った。すぐにC.アッパード、P.マーク、G.シノーポリの指揮で第一級ソリストとしての地位を固め、ロイヤル・アルバート・ホール、ウイーン・ムジークフェライン、ベルリン・フィルハーモニカーなどで演奏した。

 今シーズンの主な活動は、C.ホグウッド指揮フランクフルト放送交響楽団とシューマンとヴィヴァルディの協奏曲を共演する。・・・・・・・

 カルミニョーラはイタリア東北部のレヴィーゾに生まれ、父の手ほどきでヴァイオリンの勉強を始めた。ヴェネツィア市のベネディット・マルチェッロ音楽院でルイージ・フェルロに師事。卒業後、ナタン・ミルシテイン、フランコ・ギッリ、ヘンリック・シェリングのマスタークラスを受講した。・・・・・・

 現在、ルチェルン音楽大学とイタリア・シエーナ市のキジャーナ音楽アカデミーのヴァイオリン科教授を務めている。ボローニャ貯蓄銀行財団から永久貸与された1732年製ストラディヴァーリを使用。

ヴェニス・バロック・オーケストラ

 1997年に結成された。現在ヨーロッパ屈指の弦楽アンサンブルとして欧米を中心にコンサートとオペラ演奏で高い評価を受けている。リーダーはバロック音楽の研究者でありチェンバロ奏者としても活躍するアンドレーア・マルコン。・・・・・・

 ヴェニス・バロック・オーケストラはイタリア・トレヴァーゾ市のカッサマルカ財団の後援を受けて活動している。

《レコード CDのことなど》

ヴィヴァルディ:協奏曲集《四季》

 イ・ムジチ合奏団(コンサート・マスター フェリックス・アーヨ)によるヴィバルディの「四季」のレコードは、この曲のブームに火を付け、バロック音楽そのものの人気を高めた名盤であることは皆様ご存知の通りです。

 今やイタリア(だけでなく?)の室内アンサンブルが来日すると、「四季」は必ずプログラムに載る。聴衆も期待するし、そうしないと客は承知しない?というほどの人気曲です。もっともややうんざりという?気味もなきにしもあらず。

 これに火を付けたイ・ムジチ盤ですが、私の持っているレコードには、録音年月日が記載されていません。当時は、レコードに録音年月日を記載する慣習もあまりなかったのかもしれません。そこで、今回は「クラッシック 不滅の名盤800」(1997年4月1日 音楽之友社発行)(平林直哉記)より、その辺の事情を少し紹介します。

 「このアーヨ/イムジチ盤が初めて日本で発売されたのは1961年であったが、その時は同じ組み合わせによる1955年のモノーラル録音と同じものと勘違いした人もいた。・・・・・このアーヨ盤の前後にはミュンヒンガー、ファザーノ、レーデルなどが発売されており、・・・・

 続いて1970年ミケルッチがコンサートマスターに就任した新録音が発売された。・・・・・・いずれにせよ、この二つの《四季》は非常によく売れ、クラシックの月間売り上げベスト・テンなどには仲良く顔を合わせる時期が続いた。こうして、アーヨ、ミケルッチの二つの演奏は、しばらくの間《四季》の定番として揺るがぬ地位を築いた。・・・・・・

 その二代イ・ムジチ盤独占と状態に変化を与えたのが、古楽器とデジタル録音であった。1983年のレコード芸術別冊『名曲名盤500』ではアーヨ盤が1位、2位がマリナー、3位がピノックと古楽器団体はピノックのみだが、1988年の同『名曲名盤500』では1位アーノンクール、2位クイケン、3位ホグウッドとベスト・スリーが古楽器団体によって独占されている。・・・・・

 1982年以降は、イ・ムジチの代表盤は演奏・録音とも評価の高いカルミレッリへと代わっていった。・・・・・・

 《四季》の演奏ではムター、クレーメル、サレルロ=ソネンバーグ、ケネディ(この人は、映像も大変ユニークだ)など、スターソリストを起用したものや、古楽器団体のものが体勢を占めている。・・・・・・」

 

  

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2009年3月21日 (土)

演奏会に行ってきました「鈴木秀美のガットサロン ベートーヴェンのチェロソナタ4番 5番 ほか」(2008-58)

鈴木秀美のガットサロン Vol.4 平井千絵とともに 2008.10.29(水)19時開演王子ホール 東京メトロ日比谷線・銀座線銀座駅徒歩2,3分 銀座のデパート「松屋」裏の室内楽に最適の黄銅色を基調とした、床・壁とも木の響きの良いホール 

《プログラム》

ベートーヴェン:「魔笛」の主題による7つの変奏曲 変ホ長調 WoO46

ベートーヴェン:チェロ・ソナタ 第4番 ハ長調 Op.102-1

ツェルニー:ロンド・コンセルタンテ ハ長調 Op.136-3

       ・・・・・・・休 憩・・・・・・・

ショパン/フランコーム:「悪魔のロベール」の主題によるグランド・デュオコンセルタンテ 変ホ長調 KKⅡb/1

ベートーヴェン:チェロ・ソナタ 第5番 ニ長調 Op.102-2

《コンサートノーツ》 鈴木秀美

 皆様、ガット・サロン第4回にようこそいらっしゃいました。

 今日のプログラムはベートーヴェンの後にショパンとツェルニー。この名前からピアノ以外の楽器はまず連想されないでしょう。ショパンのソナタとポロネーズはよく知られていますが、今日お送りするグランド・デュオはめったに演奏されません。ましてやツェルニーを人前で弾くなんて、とお感じの方さえもいらっしゃるでしょう。

 ピアノを学んだ人は、彼の名前を聞くのも嫌気がさしているでしょうけれども、あの1000曲近い数のエチュードはどれも同じではなく、彼はベートーヴェンの全ての作品を暗譜していてパトロンの望みに応じていつでも演奏でき、しかも毎日8時間は教えていたなど、考えてみれば彼の才能は尋常ならざるものだったのです。

 ベートーヴェンの作品についてベートーヴェン自身が言ったことをまとめた彼の著書は今でも役に立つ文献ですし、彼はひたすら、ベートーヴェンの偉大さを音に表す助けとなるべくあの膨大な練習曲を書いていたいたのではないかと思えてきます。

 チェリストに至っては、私のように偶然この曲の存在を知ることげもなければ、ピアノ(副科!)意外にツェルニーと接点はありません。しかし、今日のこの曲をお聴きになれば、おや、こんな宝物が隠れていたと!と喜んでくださることと信じています。

 ツェルニーがどうしてこのような曲を書くに至ったのかは知らないのですが、ベートーヴェンと繋がりの深かった彼のことですから、彼の周囲にいた優れたチェロ奏者たちと交わりがあったとしても不思議ではありません。様々なエチュードを思い出させるフレーズも、オリジナルのピアノで聴きますとまるで違った世界が開け、様々な音型が微笑みかけてくるようです。

 チェロパートは、楽しむどころか捻り鉢巻きで必死に練習しなければならない難しさですがきっとベートーヴェンのトリプル・コンチェルトにアイデイアを得たと思われるポロネーズには、自分の能力などを棚にあげて思わずにっこりしたくなる素敵な場面がそこいあります。皆様にもにっこりしていただければいいのですが・・・・。

 さて、ショパングランド・デュオは、その頃パリで大ヒットしていたジャコモ・マイヤーベーアー作曲のオペラ《悪魔のロベール》の主題によっています。このオペラはよく似た音楽がかなり何度も続いてくどい感じがしないでもありませんが、当時と今では今では好み(と忍耐)が違ったということかもしれません。ピアノ独奏曲かと思うほどの序奏に続いて、控えめな2音の後与えられるチェロの旋律は、1幕第6曲、ソプラノのアリア“Va,dit-elle,va(行って、さぁ行って)”から採られています。

 ところでこのデュオは珍しいことに、ショパンとその友人のチェリスト、オーギュスト・フランコーム(1808~1884)との合作なのです。自筆譜も、ピアノ・パートとチェロ・パートでは明らかに筆跡が異なっています。フランコーム(フランショームとも呼ばれる)は極めて優れた奏者で、チェロ・パートには高度な技術と、高音域においても存分に歌うことが要求されています。自身の他の作品からも分かりますが、フランコーム独特の、そしてちっとも弾き易くないスラーがあり、それがある種の口調を創り出しています。自筆の数カ所には指遣いが書かれていて、大先輩の演奏ぶりを見る思いがします。もっとも、体格も手の大きさも違う人の指遣いがすっかりそのまま使えるとは限りませんが。

 ショパンとフランコームの友人関係の深さは、ショパンがピアノ以外で唯一興味を示したのがチェロであることことからも充分に窺えます。1848年2月、パリにおけるショパンの最後のコンサートでは、アラールのヴァイオリン、フランコームのチェロと共にモーツアルトのトリオが、また彼のチェロで第1楽章を除くソナタが演奏されたのでした。

 お送りするベートーヴェンOp.102の2曲は「後期」と呼ばれますが、作曲は1815年と、比較的若い時期です。1814年から1816年までの間にベートーヴェンは2曲しかピアノ・ソナタを作曲していませんが、その一つであるOp.101、28番と呼ばれるイ長調のソナタには、これらのチェロ・ソナタとの類似が見られます。

 この時期ベートーヴェンは初期ロマン主義へと移行しつつあり、第4番のソナタは特に、自身で「自由なソナタ」と書いているように、特殊な形式によっています。全体は2つ、または5つに分けて考えられ、最初の主題が後に回想されるなどして、全体的には「幻想曲」の様相を呈しています。アダージョ部分に現れる短いフレーズや主題の再帰は、単に回想というだけではなく、愛情や憧憬など、文字に表せない幾多の感情が宿っています。

 第4番がしなやかで自由・内向的なのに対し、第5番は極めて外向的と言えますが、この二つはどこか奥底で非常に深く繋がっているのです。壮大な建造物のような第1楽章に続くのは、彼がチェロのために初めて書いた緩徐楽章ですが、それは谷底のように深いものです。苦悩に満ちて足取りは重く、死の影が近寄ってくるようであり、またそのような苦悩から解放された時の平安とそれへの憧れさえもが感じられますが、そこから「生」へと足取りを転じて現れる圧倒的なフーガは爆発的で、まさしく歓喜に至るものです。

 この2曲は、当時人気を博していたヨーゼフ・リンケというチェリストを想定して書いたと思われますが、パトロンであったエルガーディ伯爵夫人に献呈されました。1818年の新聞に載ったこの作品についての批評は惨憺たるもので、「かつて耳にしたことがある作品の中で最も異常で奇妙・・・・・旋律は耳に不快で随所に硬い和音」等々、ベートーヴェンを受け入れることが当時の人に難しかったことが示されています。

 2世紀を経て、これらの作品はチェリストのスタンダード・ナンバーの地位を得てしまいました。さてしかし、これをすっかり普通に受容できる私たちは、当時の聴衆より優れているのでしょうか、それとも鈍感なのでしょうか・・・・?

 これよりもっともっと奇妙なものは、世の中に氾濫しているように思いますが、さてそのうちの幾つかは、2世紀後の人々に生きる力と歓びを与えられるものなのでしょうか。まことに優れた才能とは、国を超えて世紀超えて多くの音楽家に明日のパンを与えてくれるものです。

 いやいや、まず私たちは今夕皆さんに何らかの歓びをお届けできるのか、そちらを第一に考えなくてはなりません!

《印象 感想など》

ベートーヴェン:「魔笛」の主題による7つの変奏曲 変ホ長調 WoO46

 演奏順を、パンフレット記載内容と変更。まだ耳が慣れていないためと、鈴木が説明。フォルテピアノの鄙びた音が、とても良い。

ベートーヴェン:チェロ・ソナタ 第4番 ハ長調 Op.102-1

 しなやかな音楽の曲。鈴木のチェロ、とても心地よく響く。ソナタの繰り返しがないとのこと。

ツェルニー:ロンド・コンセルタンテ ハ長調 Op.136-3

 トレモロで、弾むような刻むような奏法が出てくる。

        ・・・・・・・休 憩・・・・・・・

ショパン/フランコーム:「悪魔のロベール」の主題によるグランド・デュオ・コンセルタンテ ホ長調 KKⅡb/1

 ピアノがショパンらしい音楽を奏でる。歌に満ちた曲で、チェロがピアノに寄り添うように弾かれる。

ベートーヴェン:チェロ・ソナタ 第5番 ニ長調 Op.102-1

 ピアノを作曲年代に合わせると、今日の演奏会では3台のピアノが必要となると鈴木が説明。通常、演奏会では、実際には(本日は)、1台のエラールのフォルテピアノで演奏する。

 スケールの大きな音楽、曲。

アンコール ポッパー:秋の草花

《プロフィール》

チェロ:鈴木秀美

 チェロを故井上頼豊、安田謙一郎ほかに、指揮を尾高忠明、秋山和慶に師事。デン・ハーグ王立音楽院に留学、A・ビルスマに師事。1986年第1回パリ・バロック・チェロ国際コンクール第1位、1995年に日本人としては初めての、オリジナル楽器による「バッハ:無伴奏チェロ組曲全曲」を録音し、平成7年度文化庁芸術作品賞を受賞。2005年3月にリリースした同曲の新録音は「レコード芸術」誌特選盤に選ばれた。

 2001年よりオーケストラ・リベラ・クラシカを主宰。現在、東京藝術大学古楽科非常勤講師。・・・・・第37回(2005年度)サントリー音楽賞受賞。平井千絵と発表した「メンデルスゾーン:チェロ作品集」で平成18年度文化庁芸術祭優秀賞を受賞。

使用楽器:チェロ:G.B.グアダニーニ[1759年、パルマ、イタリア]によるバルト・フィッサー製[1998年、ズトフェン、オランダ]、弓:E.パジョ[1830年頃]

フォルテピアノ:平井千絵

 フォルテピアノを故小島芳子に、ピアノを加納慶子、松岡貞子、小川京子、林秀光に師事。桐朋学園大楽ピアノ科を卒業後、デン・ハーグ王立音楽院にてスタンリー・ホッホランドにフォルテピアノを学ぶ、2002年に修士課程を主席で卒業。

 さらにアムステルダム音楽院にてメノ・ファン・デルフトのもとチェンバロを学ぶ。2001年ブルージュ国際古楽コンクール第3位。2002年フォルテピアノと管楽器によるHalcyon Ensembleを結成し、2003年古楽アンサンブルのための国際コンクール/ベルギーで優勝。2004年古楽アンサンブルのための国際コンクール/オランダ 第3位。ハーグ在住。

使用楽器:フォルテピアノ:1845年製エラール/エモリピアノ所有

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2009年3月19日 (木)

演奏会に行ってきました「藝大フィルハーモニー モーツアルト:ヴァイオリン協奏曲4番、ショスターヴィチ:交響曲8番」(2008-57)

2008年10月17日(金)19:00開演 東京藝術大学奏楽堂(大学構内)(JR上野駅公園口徒歩10分程度・東京メトロ日比谷線上野駅徒歩12,3分程度) 私の席 1階14列23番(自由席ほぼ中央)

《プログラム》

W.A.モーツアルト:ヴァイオリン協奏曲第4番 ニ長調 KV218 ヴァイオリン独奏:山田麻美

D.ショスタコーヴィチ:交響曲第8番 ハ短調 作品85 

オーケストラ:藝大フィルハーモニア(東京藝術大学管弦楽研究部)

指揮:高関 健 コンサートマスター(客演):玉井菜採(なつみ)

《印象 感想など》

W.A.モーツアルト:ヴァイオリン協奏曲 第4番 ニ長調 KV218

第1楽章 アレグロ  第2楽章 アンダンテ カンタービレ  第3楽章 ロンド、アンダンテ グラグラティオーソ

 コントラバス2人。チェロの隣。ソロヴァイオリン、少し小柄で紫の衣装。

1楽章 弦の伴奏 快適な出だし。ヴァイオリン・ソロ 少し細身の音ながら、生き生きとした素敵なモーツアルトを奏でる。カデンツアは、あまり聴き慣れないもの。

2楽章 艶やかなソロ・ヴァイオリンの音色。心地よく歌う。

3楽章 すごく快適で、活発なソロ・ヴァイオリン。将来性を感じられる演奏。今後が楽しみなヴァイオリニスト。

D.ショスタコーヴィチ:交響曲第8番 ハ短調 作品65

第1楽章 アダージョ  第2楽章 アレグレット  第3楽章 アレグロ ノン トロッポ  第4楽章 ラルゴ  第5楽章 アレグレット

 コントラバスが6人に増える。第1楽章 弦の低音の出だし。緊迫した音楽を奏でる。ショスタコーヴィチらしい響きがする。小太鼓、鉄琴がマーチ風の印象的な音を出す。ティンパニー、シンバルが鳴り響き、金管が加わり、少し重々しい音楽が響く。  

第2楽章 全奏で元気よい出だし。ピッコロが印象的に響く。その後、マーチ風の音楽になる。タンバリン、トライアングル、シンバルなどが活気のあるリズミックな音楽が続く。

第3楽章 ヴィオラ、リズミックで刻むような奏法。第1ヴァイオリンが加わる。やはり刻むような奏法。金管や弦が加わり、コントラバスはピチカート。全合奏が続き、またヴィオラが刻み、トロンボーンが入る。テンパニーの連打が鳴り、全合奏で悲鳴のような演奏が続く。

第3楽章から5楽章まで、切れ目が分からない。金管が引きずるような演奏をし、響きが少し重い。そこに第2ヴァイオリンが明るい音楽を奏する。コントラバスが、暗い音楽で底を支え、ピッコロが高い音で入る。弦やチェロが続き、チェロの低音が響き、弦の合奏。(もう第5楽章か?)少しずつテンポが上がり、全合奏で少しずつ盛り上がっていく。シンバルの一撃が鳴り、ファゴットが面白いメロディーを吹く。ヴァイオリンがソロを奏で、チェロ・ソソロへ続く。木琴が鳴り、弦のトレモロ、コントラバスのピチカートで静かに全曲が終わる。

 終了時刻、20時55分。演奏時間約55分の大作。管と打楽器が健闘。ブラヴォーがかかる。高関健の指揮は凄かった。

《プロフィール》

  パンフレットには、「無断転載・複写・引用などを禁じます。」と記され、東京藝術大学演奏藝術センターに問い合わせたところ許可がおりませんでした。そのため以下のプロフィール(藝大の学生ソリスト、藝大フィルハーモニアを除く)、指揮者、演奏曲目解説は、出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipededia)』より引用します。

指揮者:高関 健(たかぜき けん)1955年~ クラッシック音楽の日本人指揮者。東京都出身。

 幼少期にピアノとヴァイオリンを学ぶ。桐朋高等学校を卒業して桐朋学園大学在学中に1977年、カラヤン指揮者コンクール・ジャパンで優勝。1978年に桐朋学園大楽を卒業した後ベルリン・フィル・オーケストラ・アカデミーに留学し、カラヤンのアシスタントを強める。 

 1981年1月に日本フィルハーモニ交響楽団の定期演奏会を指揮し、日本デビュー。以来、日本国内のオーケストラを客演で指揮するほか、ウイーン交響楽団、オスロ・フィルハーモニ管弦楽団、ベルリン・ドイツ交響楽団など、ヨーロッパの主要なオーケストラと共演。1983年ニコライ・マルコ記念指揮者コンクール第2位、1984年ハンス・スワロフスキー国際指揮者コンクール優勝、1986年~1990年広島交響楽団音楽監督・常任指揮者、1999年にはプラハ交響楽団、2000年にはケルン放送交響楽団にも客演している。

 群馬交響楽団の音楽監督(1993年1月~2008年3月)を務め、1994年~2000年新日本フィルハーモニ交響楽団正指揮者、1996年渡邉暁雄音楽基金音楽賞を受賞、1997年~2003年大阪センチュリー交響楽団常任指揮者、2003年群馬県功労者表彰を受賞、2003年4月~は札幌交響楽団の正指揮者。

 1996年4月には桐朋学園大学音楽学部助教授に就任。

 2007年に放送されたNHK大河ドラマ「風林火山」のテーマ音楽のサントラ録音の際には、NHK交響楽団を指揮した。

ヴァイオリン:山田麻美

 3歳からヴァイオリンを始める。1997年、ソリストオーディションに合格しN響メンバーを中心とする室内楽団と共演。第58回全日本楽聖音楽コンクール全国大会高校の部第1位。第76回日本音楽コンクール第3位。日本フィル、東京フィルセントラル愛知、神戸室内合奏団と共演。

 現在ジェラール・ブーレ氏に師事。東京藝術大学音楽学部2年在学中。

藝大フィルハーモニア(東京藝術大学管弦学部研究部)

 藝大フィルハーモニア(管弦楽研究部)は東京藝術大学に所属するプロフェッショナルオーケストラであり、オーケストラ演奏を専門とする研究部員によって組織されている。

 主な活動としては、毎年春と秋に開かれる定期演奏会、声楽科との合唱付きオーケストラ作品の演奏、オペラ研究部との共演、年度始めの新卒業生(各科最優秀者)紹介演奏がある。その他、年末には恒例のメサイヤ演奏会、第九公演などを行っている。教育面では、器楽科、声楽学生との協奏曲の共演および作曲科学生の作品演奏(モーニングコンサート)、指揮科学生による演奏会・試験・演習など、学生の演奏経験の拡充に資している。さらに各地の音楽文化向上のための出張演奏も行っている。

 このオーケストラの前身である旧東京音楽学校管弦楽団は、わが国初めての本格的オーケストラであり、現在ではポピュラーに演奏されるベートーヴェン交響曲第5番「運命」、第9番「合唱付き」、チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」などを本邦初演し、日本の音楽界の活躍を果たしてきた。

《曲目解説》 以下、出典:フリー百科事典『ウイキペディア(Wikipedia)』より

モーツアルト:ヴァイオリン協奏曲4番 ニ長調

 ヴァイオリン協奏曲第4番ニ長調は『シュトラウスブルガー』K.218は、ヴォルフガング.アマデウス・モーツアルトが作曲した4番目のヴァイオリン協奏曲。タイトルは『シュトラスブルグ協奏曲』や『軍隊』などと呼ばれることがある。

概要

 5曲あるモーツアルトのヴァイオリン協奏曲は1775年にザルツブルクで作曲されており、現在は偽作と断定されている残りの第6番と第7番はその後に書かれている。

 この第4番は10月24日に作曲されていて、他の5曲と同様に作曲の動機などは不明であるが、おそらくこの第4番はザルツブルクの宮廷ヴァイオリニストであったアントニオ・ブルネッティのために作られたと言われているが定かではない。また、この曲は以前にボッケリーニの同じ調性のヴァイオリン協奏曲をモデルにして作ったと言われているが、20世紀に入ってからは偽作であることが判明している。

 タイトルの『軍隊』は、第1楽章の主題の性格からとられていると言われているが、それ以上の根拠はないという。

楽器編成

 ヴァイオリン独奏、オーボエ2、ホルン2、弦五部

構成

 3楽章からなり、演奏時間は約22分である。

第1楽章 アレグロ

 ノットゥルナのような主題で開始されるが、展開部はおろか、再現部でもその形は現れてこない。しばしばヨーゼフ・トアヒム作の技巧的カデンツアが用いられる。

第2楽章 アンダンテ・カンタービレ

 属調のロマンツエ。

第3楽章 ロンドー、アレグレット・グラツィオーソ-アレグロ・マ・ノン・トロッポ

 ロンド主題であり、アンダンテ2拍子の導入部とアレグロの8分の6拍子の主部で構成される。後者はロンド・ソナタ形式のソナタ主題に対応するものという見方もある。

ショスタコーヴィチ:交響曲第8番 ハ短調 作品65

 交響曲第7番につづいて、交響曲で戦争を描くべく作曲されたが、第7番と比べるとあまりにも暗いため、当初の評判は非常に悪かった。そして、1948年にはジダーノフ批判によって1960年まで演奏が禁止された。しかし最近ではショースタコーヴィッチの最も注目すべき作品のひとつとされており、録音の数も増えてきている。

・演奏時間:約60分

・作曲時期:1943年夏

・献呈:エフゲニー・ムラヴンスキー

初演:1943年11月4日、エフゲニー・ムラヴンスキー指揮、レニングラード・フィルハーモニック交響楽団

構成

5つの楽章から構成される。

第1楽章 アダージョ・アレグロ・ノン・トロッポ・アレグロ・アダージョ

 最も長い楽章。約30分。自作の交響曲の第5番の第1楽章と同様、アーチ型のソナタ形式に基づくと考えられる。低弦の力強い序奏に続いて、引きずるようなシンコペーションを伴奏とした沈痛な表情を湛えた第1主題が提示される。

 これに続いて、4分の5拍子のきわめて内省的な第2主題、チェロを主題としたメランコリックな第3主題が現れる。第3主題が静かに消え入りそうになっていたところに、木管が第1主題の転回形によって割り込み、アレグロ・ノン・トロッポの展開部が始まる。

 これに続いて弦楽器の悲痛な第3主題の展開が始まり、ティンパニやスネア、トランペットの3連音加わって凶暴性が増す。木管の激しいトリルを背景に第2主題が金管によって強烈に吹奏され、これが爆発すると3連音の動機からアレグロへと速度を増す。

 暴力性と皮肉さを兼ね備えながら盛り上がっていき、変拍子の行進曲風のクライマックスを経て、ドラムの長いロールがクレッシェンド・ディミヌエンドを繰り返しながら、冒頭の序奏主題が再現する。

 再現部では、弦楽器のトレモロの上でイングリッシュ・ホルンが第3主題・第2主題の順に長いソロで再現し、印象を深める。これに弦楽器が続き、静かに序奏の動機が現れると、トランペットがこれを強奏し、シンコペーションとともに第1主題が弦に戻ってきて、これを幾分慰めをもった響きで奏しながら、静かに楽章を終える。

第2楽章 アレグレット

 スケルツォ。力強くも、おどけた雰囲気も感じさせる。戦闘なのか、お祭り騒ぎなのか。単調な主題(ドイツの流行歌『ロザムンデ』のパロディと作曲者自身の作『ジャズ組曲第2番』の引用)の反復と変形を経て、あっさりと結ばれる。

第3楽章 アレグロ・ノン・トロッポ

 戦いを描いたもの。弦の機械的なリズムが繰り返される中、様々な楽器がファンファーレ風の旋律を奏でる。次第に凶暴なものになり、頂点で全楽器が爆発して、小太鼓の響きともに、この曲の中で最大のクライマックスを築き、そのまま次の楽章に続く。

第4楽章 ラルゴ

 パッサカリア。前楽章のクライマックスを受け継いで、凶暴な音楽が繰りかえされるも突如として静かなものになり、ゆっくりと葬送風の音楽が繰り返される。主題は第一楽章の反復主題に基づいたものである。内省的で暗い、悲痛な雰囲気の中、次の楽章に続く。

第5楽章 アレグレット-アダージョ-アレグレット

 終楽章。一転して田園舞曲風の、楽天的な主題がファゴットに現れる。しかし、途中から第一楽章のクライマックスが回想される。暗い雰囲気が続くが、だんだん音楽は穏やかになり、明るい主題が戻る。勝ち戦を表すかのように盛り上がるも、徐々に速度を落とし、戦争はまだ続くかのように全曲は静かに結ばれる。

 ハ短調という調性は、悲劇を連想される調として古くから頻繁に使用されてきた(ベートーヴェンの交響曲第5番など)。この交響曲もハ短調で書かれており、その調性のイメージに合った内容の音楽になっている。

 ショスターコヴィチの全作品のなかで最も悲劇的であるといわれることもある。初演に際し、ソ連軍は大規模な反攻に転じている折、もっと明るい作品はできないのかと非難され、続く第9交響曲のジーダーノフ批判の遠因ともなった。

《編成》

ピッコロ2,フルート2,オーボエ2,イングリッシュホルン2,ピコロクラリネット1,クラリネット2,バスクラリネット1,コントラファゴット1,ホルン4,トランペット3,トローンボーン3,チューバ1,打楽器(ティンパニ、シンバル、トライアングル、大太鼓、小太鼓、シロフォン、タムタム、サスペンデッドシンバル)、弦五部(第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)

作曲の経緯

 スターリングラード攻防戦の犠牲者への墓碑として作曲された。このため第八番は、第七番の「レニングラード交響曲」に対して「スターリングラード交響曲」と呼ばれることもある。

《レコード CDのことなど》

 ショスタコーヴィチの交響曲全集

 レコードやCDなどは。自分の気に入ってものを聴いていればいいわけですが、ショスターコヴィチの交響曲集は、評論家の吉田秀和や宇野功芳などが評価し、ショスターコヴィチの交響曲も初演して作曲者の信頼が厚かったというルドルフ・バルシャイ指揮:ケルン放送交響楽団のボックス盤を時々聴いてきました。

 ショスターコヴィチの交響曲は、私は分からないことが多く、第5番がダントツの人気ですが、バルシャイ盤は全曲が揃っていて、外国盤ですがボックスでとにかく値段が安く手頃です。

 

 

 

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2009年3月15日 (日)

演奏会に行ってきました「ベルリン・フィルハーモニー弦楽五重奏団と二胡演奏 ピアソラ、バーバー、ドヴォルザーク、チャイコフスキー ほか」(2008-56)

2008年10月9日(木)19:00開演 東京芸術劇場大ホール(JR池袋駅徒歩5~6分)朝日新聞のプレゼント企画に当選したもの 私の席S席2階O列40番。2階後方の席だが、音はよく通り、聴こえる。

許可(二胡)&ベルリン・フィルハーモニー弦楽五重奏団

《プログラム》

劉 天華:空山(1928)【二胡ソロ】

ピアソラ:ブエノスアイレスの春【五重奏団】

ビーバー:弦楽のためのアダージョ【五重奏団】

揚 勇:河曲~二胡とチェロのための~【二胡+チェロ】

陳 怡(チェン・イ):胡琴組曲(1977)【二胡+五重奏団】】

        ・・・・・・・休 憩・・・・・・

華 鈞(阿炳):二胡映月【二胡ソロ】

ピアソラ:ブエノスアイレスの冬【五重奏団】

ドヴォルザーク:弦楽五重奏曲第3番より~第2楽章スケルツォ【五重奏団】

チャイコフスキー:アンダンテ・カンタービレ【二胡+五重奏団】

熊本地方の民謡:五木の子守歌【二胡+五重奏団】

《印象 感想など》

 二胡は初めて聴く。大きなホールなのに、音はよく通る。

劉  天華:空山鳥語(1928)【二胡ソロ】

 二胡は、哀愁を帯びた音色。

ピアソラ:ブエノスアイレスの春【五重奏団】】

 出だしは少し激しい音楽。中盤以降、メロディックな音楽が奏でられる。

バーバー:弦楽のためのアダージョ

 有名な曲。しっとりとした落ち着いた音楽、演奏。

揚 勇:河曲~二胡とチェロのための~【二胡+チェロ】

第1楽章 河神~人々の尊敬、人々の希望  第2楽章 打哨哨~河曲県の地方方言[調情]  第3楽章 走西口~離別の悲しみ

陳 怡(チェン・イ):胡琴組曲(1997)【二胡+五重奏団】

第1楽章 唄(二胡)  第2楽章 吟(中胡)  第3楽章 舞(京胡)

1楽章 中国風の調べ。  3楽章 リムスキー・コルサコフの「熊ん蜂の飛行」の音楽。

        ・・・・・・・休 憩・・・・・・・

華 彦鈞(阿炳):二泉映月【二胡ソロ】

 悲しげな曲。

ピアソラ:ブエノスアイレスの冬【五重奏団】

 リズミックで活発な曲。

ドヴォルザーク弦楽五重奏曲第3番 変ホ長調 Op.97より~第2楽章 スケルツォ【五重奏団】

 弦で刻むような奏法。チェロがよく歌う。

チャイコフスキー:アンダンテ・カンタービレ【二胡+五重奏団】

 二胡がメロディーを弾く。高音が通り、なかなか味わいのある曲、演奏。

熊本地方の民謡:五木の子守歌【二胡+五重奏団】

 面白い編曲。二胡がメロディーを弾く。うら悲しさがよく出た編曲、演奏。

アンコール リムスキー・コルサコフ:「熊ん蜂が飛ぶ」

 凄いテクニック、スピードで弾ききる。

        グリーグ:「ホルベアの時代」より1楽章

《曲目解説》

劉天華:空山鳥語(1928年6月) 許可(シュイ・クゥ)記(以下、二胡の入る曲●は許可記)

 劉天華(1895~1932)は各種の難度の高い二胡の技巧を大胆に用い、「空山に人は見えず、ただ鳥の語る声を聞くのみ」という、鳥たちが競って鳴き、生態が活気に溢れている大自然の様相を描き出している。楽曲のイメージは鮮明で、旋律は生き生きし、境地は斬新で、様々な種類のポルタメントなど装飾的な動きにより、芸術的な完成度の高さを備えており、作曲の技術及び演奏の技巧性において、それまでの二胡の音楽には類を見ない大胆な試みが行われている。また、メロディーの動きには、洋楽の長三和音を意識した点が窺えるが、民族的な装飾音と共に用いられて、違和感は全く感じられないとも言える。

ピアソラ:ブエノスアイレスの春/ブエノスアイレスの冬 (柴田克彦記 以下、洋楽・クラッシク曲は■柴田克彦記)

 “アルゼンチン・タンゴの革命児”アストル・ピアソラ(1921~92)の音楽は、クレーメルやヨーヨーマといった名演奏家たちが取り上げるようになった1990年代半ば頃からブレイクし、いまやレパートリーとして定着した感があります。

 中でも「ブエノスアイレスの四季」は、クラシックの演奏家が愛奏している作品。今回演奏される「冬」「春」は、1969~70年のピアソラ五重奏団のリサイタル・シリーズで初演された、「四季」最後の2曲です。「冬」は、ピアソラ独特の哀愁が漂う美しい音楽。「春」は、有名な「リベラルタンゴ」にも通じる躍動的なナンバーです。

■バーバー:弦楽のためのアダージョ

 20世紀アメリカにあって、叙情性の強い作品を残したサミュエル・バーバー(1910~81)の代名詞的なナンバーです。

 ローマ留学中の1936年に書いた弦楽四重奏曲ロ短調の第2楽章を、翌年弦楽合奏用に編曲したもの。1938年大指揮者トスカニーニが初演し、一気に広まっていきました。シンプルで清らかな主題が、緊張感を保ちながら収縮するこの感動的な音楽は、追悼イベントなどの定番曲にもなっています。

揚 勇:河 曲~二胡とチェロのための~

 中国の山西省に河曲県があり、この地は黄河三角州の源流に位置している。そこの人々は歌が好きで、思うこと見ること何でもすべて歌にしてしまう。この習慣は先祖代々、もう千年以上も昔から伝えられてきたもので、この曲はそこの人々んお生活や習慣を表現しようとしている。

 第1楽章 河神~人々の尊敬  第2楽章 打哨哨~河曲県の地方方言「調情」  第3楽章 走西口~離別の悲しみ(第2、第3楽章は連続して演奏される。)

 この曲は許可の委嘱により作曲され、2002年1月、ボストンのJordann Hallで初演された。

●陳 怡(チェン・イ):胡琴組曲(1997)

 二胡、中胡、京胡の独奏と弦楽四重奏の『胡琴組曲』も陳の作風がよくあらわれた中国風の強い作品である。楽器本来の艶やかな響きとやわらかい動きを充分に生かして独奏パートが構成され、伝統音楽との親近性を保ちつつ、現代音楽の書法を交えてユニークなテクスチュァを織りなしていく。

 1997年、ハーバード大学の委嘱により、胡琴と弦楽四重奏のための作品として書かれたが、翌年、東京のサントリーホールでの日本フィルハーモニック交響楽団演奏会のために胡琴とストリング・オーケストラ用に編曲され、許可の胡琴によって世界初演された。

 3楽章からなり、第1楽章「唄(二胡)」では独奏楽器の特徴を生かして、なめらかなメロディーが歌われ、」これを弦楽合奏が中国の打楽器群のように伴奏する。

 第2楽章「吟(中胡)」では、宗代随一の詩人、蘇軾(ソ・ショク1036~1101)の一節「明るい月よ、どれほど多く、芸術は私たちとあったか」が表現される。中胡は二胡よりも五度低い音域の楽器。

 第3楽章「舞(京胡)」は二胡よりも高音域の、京劇で用いられる主要な楽器である京胡がすばやい動きを見せるが、これは京劇で歌われるような強調された歌唱スタイルを模しており、中国の書において、紙の上に墨が舞っているようなイメージだという。

●華彦鈞(阿炳):二泉映月

 元来この曲には題名が無く、「二泉映月」という曲名は、後世に付けられた。作曲者華彦鈞は衣食が足らなくとも胡弓の演奏だけは欠かさずに一日を過ごすという生活を送っていた。この曲を演奏すると、いつも必ず曲名を聞かれるので、返答に困った華彦鈞は「思いつくままに演奏しているだけで、曲名はありません。いつも演奏しているうちにこのような曲になりました。あえて曲名を付けるとすれば『依心曲』とか『自來腔』とか、皆さんの名づけて下さい」と答えたという。本当は「二泉映月」という風光明媚なイメージの曲名とはかけ離れた内容をもつ曲で、盲人であった作曲者の辛い人生を深く描いている曲なのである。

 それにもう一つつけ加えておかなければならない。中国で出版された「阿炳曲集」の楽譜には「本人の演奏する録音から楽譜を書き起こした。演奏時間は6`36``」と書いてある。

 中国だけでなく世界中でこの曲は演奏されているが、ほとんどの場合、原曲のままでなく、カットされ、しかもセレナーデ風に演奏されている。本人の演奏する録音と楽譜もあり、しかも無伴奏の曲でのあり、原曲を尊重すべきと考え、今回は原曲のまま演奏される。

ドヴォルザーク:弦楽五重奏曲第3番 変ホ長調 Op.97より第2楽章スケルツォ

 チェコの大家アントニン・ドヴォルザーク(1841~1904)は、1892年ニューヨークのナショナル音楽院の院長としてアメリカに渡り、当地の黒人霊歌やインディアン音楽の影響と、故郷への郷愁を併せ持つ名曲を続けて作曲しました。そのひとつである同曲は、交響曲「新世界より」「弦楽四重奏曲「アメリカ」と同じ1893年の作。

 本来は、ヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロ1という編成で書かれています。第2楽章は、アレグロ・ヴィヴアーチェ。弦楽四重奏曲「アメリカ」(同曲と同じく、アイオワ州のチェコ移民の村での夏季休暇中に作曲)を髣髴させる民族色の濃い音楽です。ヴィオラに始まる哀愁に満ちた中間部も印象的。

チャイコフスキー:アンダンテ・カンタービレ

 タイトルは「ゆっくりと歌うように」を意味する速度・発想用語ですが、それが固有名詞と化しているほどおなじみのナンバー。

 本来は、ロシアの巨匠 ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840~93)が、活動初期の1871年に作曲した弦楽四重奏曲第1番の第2楽章です。

  登場する2つの旋律の内、最初のものはウクライナのカメンカ村の妹の家でペチカを作る職人が歌っていた民謡とのこと。この切なくてしみじみとした楽章は、同席する文豪トルストイが涙を流したことで、チャイコフスキーをいたく感激させた、との逸話でも知られています。

■熊本地方の民謡:五木の子守唄

 熊本県球磨郡五木村に伝わる民謡。言うまでもなく、日本を代表する子守唄のひとつです。子守をする少女の哀しい境遇を歌った歌詞でも有名。そうした切なさが、二胡と弦楽五重奏でいかに表現されるのか、サウンドの妙と併せて注目したいところです。

《プロフィール》

許可(シュイ・クゥ)Xu Ke:二胡奏者

 中国・南京生まれ。1982年国立中央音楽院卒業、翌年、国立中央民族楽団の主席二胡奏者(コンサートマスター)に就任するなど早くから第一線で活躍、日本を含むアジア地域、ヨーロッパ各国、アメリカなど世界各地へ頻繁に招かれ、カーネギーホールなど世界の著名なホールでのリサイタルやオーケストラとの共演を成功させるなど、二胡奏者の第一人者、ジャンルを超えた世界的アーティストとしての地位を確立している。・・・・・・

 近年、北京中央音楽院や上海音楽院で客員教授を務めるなど、指導者としても多忙を極めている。今年(2008年)で来日20周年を迎える。

ベルリン・フィルハーモニー弦楽五重奏団

 ロストロポーヴィチなど伝説的巨匠達との共演を重ねる、気鋭のチェロ奏者タチヤーナ・ヴァシリエヴァの呼びかけにより、ベルリン・フィルの主席奏者らが集まり結成した弦楽五重奏団。

 2007年2月ベルギーで初の演奏会を行い、その後ザルツブルク・イースター音楽祭、エミリア・ロマーニャ音楽祭など、ヨーロッパの著名な音楽祭に次々と招かれ快進撃を続けている。・・・・・・

ヴァイオリン:トーマス・ティム 

 200年ベルリン・フィル入団、第2ヴァイオリン主席奏者を勤めている。ベルリン・フィル団員の信頼を集める期待の若手ヴァイオリン奏者。ベルリン・フィル団員からなるティム弦楽四重奏団のリーダー。

ヴァイオリン:ロマーノ・トマシーニ

 パリ音楽院管弦楽団、ナンシー交響楽団などのコンサートマスターを勤めたのち、1989年ベルリン・フィル入団。ベルリン・フィル内の多くの室内楽アンサンブルでも活躍している。

ヴィオラ:ヴォルフガング・ターリツ

 1983年ベルリン・フィル入団。アマルコルド弦楽四重奏団、ティム弦楽四重奏団、ベルリン・フィル弦楽八重奏団、ウイーン・フィルとベルリン・フィルの仲間たち、等々多くの室内楽でも活躍。

チェロ:タチャーナ・ヴァシリエヴァ(女性)

 2001年第7回ロストロポーヴィチ国際チェロ・コンクール優勝。アバド、テミルカーノフ、エッシェンバッハ、ロストロポーヴィチ、オラモ、ベンデレツキ、マズアらの指揮者と、クレーメル、バシュメット、パドラ=スコダらと室内楽で共演する若き大家。・・・・・・

 仏LVMH(モエヘネシ・ルイヴィトン)社から貸与されたストラディヴァリウス“Vaaslin”(1725年製)を使用している。

コントラバス:ナビル・シェハタ

 2003年難関のミュンヘン国際コンクールの優勝した俊英。2004年ソロ主席コントラバス奏者としてベルリン・フィルに入団。

    

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2009年3月12日 (木)

演奏会に行ってきました「オーケストラ・リベラ・クラシカ公演 オール ヴィヴァルディプロ:協奏曲集作品3〈調和の霊感〉第8番RV522、チェロ協奏曲RV401、協奏曲集作品3〈調和の霊感〉第4番RV550、ほか」(2008-55)

オーケストラ・リベラ・クラシカ第22回公演 2008年10月7日(火)19:00開演 浜離宮朝日ホール(都営地下鉄大江戸線「築地市場」駅降りてすぐ)

《プログラム》

アントニオ・ヴィヴァルディ

協奏曲集作品3〈調和の霊感〉第8番イ短調 RV522

チェロ協奏曲ハ短調 RV401

ヴァイオリンとチェロの協奏曲イ長調 RV546

2つのチェロのための協奏曲ト短調 RV531

           ・・・・・・・・休 憩・・・・・・

協奏曲集作品3〈調和の霊感〉第4番ホ短調 RV550

チェロ協奏曲イ短調 RV418

ヴァイオリンと2つのチェロの協奏曲ハ長調 RV561

弦楽合奏のための協奏曲ト短調 RV157

《Viva Vivaldi》 鈴木秀美

 もう今さらヴィヴァルディについて説明など必要はない。著名なイ・ムジチのお陰もあって、《四季》は世界中遍く知れ渡っているし、古楽ファン、バロック・ファンならたちどころに様々なソナタや協奏曲、合奏協奏曲、声楽曲などが思い浮かぶだろう。

 赤毛の司祭、鷲鼻の横顔、ヴァイオリンの名手であったこと、ピエタの孤児院で子供達が彼の作品を演奏したことなどもよく語られているし、今やインターネットで一通りの知識は難なく得られる・・・・・と思うのだが、さて、私たちは彼の音楽について本当のところどれぐらい知っているのだろう。

 作品も、《四季》を除けば、口をついて出てくるほど知られたものはそう多くないのではないか。その《四季》も、コンサートで聴くよりはホテルやレストランのBGMとして何となく「聞こえてくる」だけの方が多い。

 ヴィヴァルディは600もの作品を書いたのだが-この数字はまったくウワサの受け売り、確認はしていない-、時に人はしたり顔で「いやいや、彼は600曲書いたんじゃない、1曲に600のヴァリエーションを作ったのさ」などという。ひょっとすると、彼の音楽は今や、凡庸で大同小異と思われているのではないだろうか・・・・・・・そんな不安が少しばかり首をもたげてくる。

 いやいや、少なくとも今日ここに集まって下さった方々は、そんな大雑把な聴き方をする人たちではあるまい。

 オランダ人のくせにイタリア人もびっくりんの奇想天外オトコ、師匠アンナ・ビルスマは常々、「悪い音楽はない、あるのは悪い演奏だけだよ」と言っていた。現代の作曲家にとっては少々嬉しすぎる発言だろうが、まことに、ヴイヴァルディの作品が数多くの変奏曲のようにしか聞こえないとすれば、それは想像力を欠いた義務的演奏の為せる業と言うべきかもしれない。音楽全般に当然言えることではあるが、こと彼の音楽が活きるのに必要なのは、奏者・聴衆の双方のファンタジー、空想力・連想力とでもいうものだ。

 ところで彼の作品に表されているのが感情の動きというより、そのようなある状態、と感じるのは私だけだろうか。村人の祭りの喜びや  酒を飲んだばか騒ぎ、震える寒さや午後の眠気、けだるさや、怯えや孤独感などは《四季》に見られる顕著な描写だが、具体的にそう書いていない他の作品でも、同様のことはしばしば表されている。しかしそれは言ってみれば、そのような風景や情緒が絵に描かれているようなものだ。微風になびく樹々のざわめき、激しい嵐、空気の淀んだ暑い午後、刻一刻と色合いを変えてゆく夕暮れ等々、自然描写のように感じるものはさらに強くそう感じる。

 一つの楽章は一枚の絵、そしてそれぞれの中には生活や自然の一場面がある。私たちは美術館に行ったときのように、一枚の前で佇み、覗き込む-好きな絵の前でずっと立っていることが許されないところは、近頃の美術館事情に似ている-。

 まったく個人的で貧困な私の想像と感覚であるが、それらの絵は壁一杯のような大きなものではなく、素敵な額縁に嵌ったやや小ぶりのものだ。そこで人はどの程度覗き込み、何を観るか。画材や構図、絵の技術を観る人もいれば、対象物を観る人もいるだろう。しかし中にはさらに想像逞しく、人々や犬や馬が動き、走り回り、木々が揺れるのを想像し、香さえ感じ取って観る人もいるかもしれない。浅薄なBGMやウンターネットではなく、コンサート会場で今生まれてくる音、動く音の世界は、そのような連想・空想の世界へ人を誘うことの出来るものだ。せっかくヴィヴァルディをまとめて弾くなら、そして聴くなら、そんな想像の沸き起こる楽しい時間でなければ勿体ない。

 ヴィヴァルディの豊かなのは想像力だけではなく、彼の器楽曲(協奏曲)には実に様々な組み合わせがある。今夕のコンサートでは、よくよく知られた《調和の霊感》(L`Estro Armonico)という曲集の中から2つのヴァイオリンと弦楽合奏のための協奏曲をお送りするが、それ以外の曲は、4つのヴァイオリン(バッハが編曲した有名な曲ではない方)、1つのチェロ、2つのチェロ、ヴァイオリンとチェロと、そしてさらには、今回唯一ヨーロッパからエマニュエル・パルサが参加してくれるのにうってつけの、1つのヴァイオリンと2つのチェロのためのというのも見つかった。

 そして最後には誰もソリストのいない、全員主役の合奏協奏曲が爽やかに走りすぎる。もちろんこれ以外にも考え得る限りの全ての組み合わせや独奏楽器の協奏曲があるだろう。そんなこともヴィヴァルディ愉しみの一つである。

 これら「一般的」でない協奏曲はなかなか聴くことができないし、弾く機会もない。そこで、普段からハイドンを中心に、なかなか聴けないプログラムをお送りしてきたOLCの第22回公演としては、バロック音楽をお送りする今夕もまた、超有名曲だけではなく、知られざる佳曲も取りまぜてお楽しみいただきたいのである。

 今回管楽器の仲間と一緒に演奏できないのは大変残念だが、ひとまずはガット弦の弦楽器でヴィヴァルディを存分にお楽しみいただき、この強烈なイタリア音楽の影響のうちにハイドンも在るということを、近々再び皆様にお聴かせできるよう心から願っている。

 末筆ながら、今までご支援・ご声援を賜った方々には心から感謝申し上げ、引き続きのご援助を皆々様にはお願い申し上げたい。

《印象 感想など》

協奏曲集作品3〈調和の霊感〉第78番イ短調 RV522

 鈴木、チェロの席で弾く。コンサートマスター・若松夏美。実に生き生きとした爽快な演奏。

チェロ協奏曲ハ短調 RV401

 チェロ独奏:エマヌエル・バルサ。鈴木は伴奏の方に廻る。とても素敵な曲。独奏チェロも良く、快調な演奏。コンサートマスターは若松夏美。

ヴァイオリンとチェロの協奏曲イ長調 RV546

 独奏ヴァイオリン:若松夏美、独奏チェロ:鈴木秀美。活発な音楽、演奏。

2つのチェロのための協奏曲ト短調 RV531

 急-緩-急の3楽章。独奏チェロ:鈴木秀美とエマヌエル・バルサ。特に3楽章はとても生き生きとした曲、演奏。

        ・・・・・・・休 憩・・・・・・

協奏曲集作品3〈調和の霊感〉第4番ホ短調 RV550

 少しスケールの大きい緩-急-緩の3楽章。生き生きとしたヴィヴァルディ。

チェロ協奏曲イ短調 RV418

 独奏チェロ:鈴木秀美、コンサートマスター:若松夏美。鈴木のチェロ、とっても上手い。

ヴァイオリンと2つのチェロの協奏曲ハ長調 RV561

 独奏ヴァイオリン:若松夏美、独奏チェロ:鈴木秀美、エマニュエル・パルサ。出だしが「四季」っぽい音楽。緩-急-緩の3楽章で、ヴァイオリンが活躍する曲。

弦楽合奏のための協奏曲ト短調 RV157

 とても生き生きとした14人の合奏。鈴木はチェロの席で演奏。全体で生き生きとしたヴィヴァルディの演奏を堪能する。

オーケストラ・リベラ・クラシカ

 オリジナル楽器で古典派音楽を専門に演奏するオーケストラ。世界的チェロ奏者、鈴木秀美が主宰・音楽監督をつとめ、2002年5月に旗揚げ公演を開催。

 ソリスト・レベルのアーティスト三十数名が内外から終結、表現力の高さと、楽曲への斬新なアプローチが話題になっている。決して広く知られてはいないハイドンの初。中期の交響曲に新たな光りを当てて、また《パリ交響曲集》やモーツアルトの名交響曲・セレナーデ等を今までに演奏。

 鈴木自身のチェロをはじめ、若松夏美のヴァイオリン、スタンリー・ホッホランドのフォルテピアノ他多数の奏者を独奏(唱)に招いて、協奏曲や歌曲を演奏した。浜離宮朝日ホールでの定期公演は全てライヴ収録され、“アルテ・デラルコ(=弓の芸術)”レーベルからリリース、2008年5月にはオーケストラとして22枚目となるCDを発表し、演奏会とあわせて好評を得ている。

《OLCの第22回公演/出演者プロフィール》(抜粋)

指揮・チェロ:鈴木秀美

 デン・ハーグ王立音楽院に留学、アンナ・ビルスマ氏に師事。ポーランドのオリジナル楽器グループ“アルテ・ディ・フォナトーリ”の主席客演指揮者、弦楽四重奏団「ミト・デラルコ」など内外でソロ、室内楽、指揮と演奏活動を展開。独・ハルモニア・ムンディ及びアルテ・デラルコより話題CDを発表するなど録音活動にも精力的。第37回サントリー賞受賞。

ヴァイオリン:若松夏美(コンサートマスター)

 デン・ハーグ王立音楽院に留学、シギスヴァルト・クイケン氏にに師事。ヨーロッパを代表する複数の古楽オーケストラのメンバーとして数々のコンサートや録音に参加。CD『モーツアルト/ピアノとヴァイオリンのためのソナタ(Fp:小島芳子)』を発表。

チェロ:エマニュエル・パリサ

 リヨン国立音楽院のチェロ科を主席で卒業。レザール・フロリサン、ラ・プティットバンド、リチュルカーレ・コンソートなどのメンバー。

コントラバス:今野 京

 ベルギー王立アントワープ音楽院を最高位で終了。NHK交響楽団に入団。古楽器演奏でも精力的に活動し、ザ・バロック・バンド、バッハ・コレギウム・ジャパンなどに参加している。

チェンバロ:大塚直哉

 東京藝大大学院を経てアムステルダム音楽院チェンバロ科、オルガン科を終了。現在東京藝大、国立音大ほか非常勤講師、彩の国さいたま芸術劇場、宮崎県立芸術劇場のオルガンアドヴァイザー。

リュート:佐藤亜紀子

 東京藝術大学楽理科卒。ドイツ国立ケルン音楽大学でK.ユング・ヘーネル氏に師事、リスト・ディプロマ取得。スイスのバーゼル・スコラ・カントルームでホプキン・ソン・スミス氏に師事。現在、東京藝術大学古楽科教育研究助手。

  

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2009年3月11日 (水)

演奏会に行ってきました「アコーディオン:御喜美江 ダカン、イベール、サティ、ピアソラ、ほか」(2008-54)

2008年10月7日15:00開演 Hakuju Hall 東京メトロ千代田線代々木公園駅徒歩8~9分 リクライニング・コンサート・シリーズ 出演:御喜美江(アコーディオン) アコーディオンの日「超絶技巧で聴くフランスの調べ」 私の席C列12番(前の席でよく見え、よく聴こえる)

《プログラム 印象・感想・御喜の話しなど》

 作曲家の記述は、「新編 音楽小辞典」(音楽之友社 2004年2月29日第1刷)より引用。演奏時間は約1時間。I列からQ列はリクライニングシートが利用できる。

ダカン:ロンド形式のミュゼット、ロンド形式のタンブラン、かっこう

 ルイ・クロード・ダカン(1694~1772) フランスのオルガニスト、クラヴサン奏者、作曲家。パリのノートルダム大聖堂のオルガニスト。

 御喜美江が説明しながら演奏。アコーディオンは、昔は手風琴と言った。人間に近い楽器とのこと。蛇腹があり、肺みたいなもので、空気が揺れると音が出る。風が強いと強音がでる。

 とにかくもの凄いテクニックで、アコーディオンに関する常識を変える演奏家、音楽家だと思った。曲はバロックの頃の曲で、元はチェンバロのための曲とのこと。

イベール:「物語」より

 年老いた乞食、白い小さなろば

 ジャック・イベール(1890~1962)フランスの作曲家。1919年にローマ大賞を受賞。交響的絵画《寄港地》や弦楽四重奏曲ハ長調や多くの映画音楽を手がけている。1956年学士院会員。

 年老いた乞食は、少しもったいぶった感じの曲。白い小さなろばは、活気のあるリズミックな曲。

サテティ:「自動記述法」

 船について、ランタンについて兜について

 エリック・サティ(1866~1925) フランスの作曲家。パリ音楽院に入学したが伝統の権威性をきらったため欠席しがちで、古代ギリシャの文芸や中世のグレゴリオ聖歌のほか神智主義についての文献を独学し、かたわら、芸術喫茶シャ・ノワール(黒猫)でピアノ弾きをつとめて同時代の芸術論争にもふれた。諧謔的な標題をもつピアノ作品が多いが、洞察は豊かで《オジーヴ》(ゴシック建築の梁(はり)つき天井のこと)は、機能和声を大胆に解体する手法でドビュッシーやラヴェルを先取りしているし・・・・・・

 サティは、100年近く前の音楽。ランタンについては、(「ランタン」とは「ガス灯」のこと。1箇所、ピストルが鳴る箇所がある曲。サティの音楽は、斬新でとにかく面白い。

ルグラン:シェルブールの雨傘

 映画音楽で、素敵な綺麗な女の人が出てくる映画。ご存知のメロディで、しっとりとした素敵な曲。

アスティエ:ミス・カーティング

ピアソラ:チャオ・パリ、S.V.P,バチンの少年、リベル・タンゴ

 ビアソラ(1912~) アルゼンチンのバンドネオン奏者、作曲家。バンドネオンはタンゴの楽器。アコディオンとは親戚。迫力ある曲で演奏。低い音量で、繊細な音楽が自由自在に奏でられる。「リベル・タンゴ」は、「白い自動車」を奏でた曲とのこと。

 最後にアンコールがありましたが、誰の何という曲かは、メモするのを忘れました。

《プロフィール》 

アコーディオン:御喜美江(みき みえ)

 東京生まれ。4歳からアコーディオンに親しみ、16歳でドイツ・トロシンゲン市立音楽院へ留学。ハノーバー国立音大ピアノ科でベルンハルト・エーベルトに師事。1973・74年にドイツ・クリンゲンタール国際アコディオンコンクールで連続優勝し、同年フランス・アヌシー国際アコーディオンコンクールでも第1位。ドイツを中心に活発な演奏活動を開始した。

 日本では1977年に岩城宏之指揮札幌交響楽団でデビュー。1987年にサントリーホール、1988年カザルスホールのオープニングシリーズに出演。自らの企画によるリサイタル「御喜美江アコーディオン・ワークス」を毎年開催し、その意欲的なプログラムが常に注目を集めている。彼女のために書かれた新作は50曲を超え、クラッシック・アコーディオンの世界的第一任者として幅広い支持を得ている。

 1990年、ドイツ・ウエストファーレン州政府芸術奨励賞を受賞。ドイツ・フォルクヴァンク音楽大学教授として、また2004年より新彊音楽大学(中国新彊ウイグル自治区)名誉教授として、後進の指導にも力を注いでいる。・・・・・・

 

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2009年3月10日 (火)

演奏会に行ってきました「東京バッハ・モーツアルト・オーケストラ オールモーツアルトプロ セレナーデニ長調、ハフナーセレナード、協奏交響曲、交響曲41番「ジュピター」(2008-53)

東京バッハ・モーツアルト・オーケストラ演奏会 指揮:有田正広 バロック・ヴァイオリン:寺神戸 亮 バロックヴィオラ:フランソワ・フェルナンデス オーケストラ:東京バッハ・モーツアルトオーケストラ(ピリオド楽器使用)

2008年10月4日18:00開演 東京芸術劇場大ホール(JR池袋駅徒歩3~4分) 私の席A席 2階LBF列4番(A席にしてはよく聴こえ、よく見える良い席)

《プログラム》

オール モーツアルトプロ

セレナーデ ニ長調 KV.250(248b)

「ハフナーセレナーデ」から第1楽章アレグロ[10min]

協奏交響曲 変ホ長調 KV.364(320d)[30min]

          ・・・・・・・休 憩・・・・・・・

交響曲第41番 ハ長調 KV.551「ジュピター」[40min]

アンコール デヴェルティメント K?

《プログラムノート》 「モーツアルト書簡全集」Ⅲ 海老沢 敏・高橋英郎:編訳・白水社

ヴァイオリニストとしてのモーツアルト

 映画「アマデウス」をご覧になった方の中には、モーツアルトがけたたましく笑いながら逆さまになってピアノを弾くシーンがあったのを覚えておられる方も多いことと思う。大変印象的なあのシーンは、アマデウスが、当時の作曲家としては当然のこととはいえ、ピアノの名手であったことを描いており一般的によく知られているモーツアルト像とも一致する。

 もちろんヴォルフガング・アマデウス・モーツアルトは偉大な作曲家であり、ピアノの名手-ほとんど曲芸師のようにピアノが弾けたと言われている-だったことは、よく知られているが、モーツアルトがヴァイオリンの名手だったことは、ピアノほどには意識されていないようだ。

 ヴォルフガング・アマデウスは1756年1月27日に、アウクスブルク出身の作曲家でヴァイオリニストのレーオポルトとザルツブルク大司教領の役人の娘だったマリーア・アンナの間に第7子として生まれた。1743年にザルツブルク宮廷楽団のヴァイオリン奏者として奉職したレーオポルトは、着任後すぐにヴァイオリンのレッスンを行うようになり、1747年にマリーア・アンナと結婚してからは次々に子どもが生まれた。しかし6人(男児3人を含む)の子どものうち5人までを失い、1751年に生まれたヴォルフガングの姉マリーア・アンナ(通称ナンネル)1人だけのところに男児が誕生したことへの両親の喜びはいかばかりだったことだろう。

 レーオポルトの喜びようは、その前後に残されている出版業者への手紙にも表されている。この出版業者は、レーオポルトが1755年から着手し、ヴォルフガングが生まれた1756年の7月26日以降に出版された(レーオポルト・モーツアルトの「ヴァイオリン法“Versuch einer Grundichen Violinschuje」”は、当時のヴァイオリン奏法の技術的な問題に止まらず、音楽のあり方にまで言及した重要な文献として、現代でも読まれ、日本語にも訳され出版されている)の版元、アウクスブルクJ.J.ロッターである。

 その後のレーオポルトは、娘ナンネルにピアノを教え、また幼少から驚くべき才能を現したヴォルフガングに作曲とピアノ、そしてヴァイオリンを教えるべく、宮廷楽団等の仕事以外の、作曲やヴァイオリンのレッスンは止めてしまい、2人の子どもに集中したとも伝えられている。

 ヴォルフガングのヴァイオリン演奏に関する初期の記録は、ザルツブルクのレーオポルトの同僚で、トランペットとヴァイオリン奏者だったヨハン・アンドレアス・シャハトナーが伝えている。まだレーオポルトがヴォルフガングにヴァイオリンを教えていなっかったころ、宮廷楽団のヴァイオリン奏者でレーオポルトの作曲の弟子でもあったヘーベルとが自作のトリオを携えてモーツアルト家に着た時だった。レーオポルトやシャハトナーがその曲を演奏しているとヴォルフガングが一緒に弾きたいと言いだし、第2ヴァイオリンを見事に演奏したというのだ。

 1762年以降モーツアルト父子はミュンヘン、ウイーンをはじめパリ、ロンドンなどの各地を演奏旅行をして大評判をとるが、1769年ザルツブルクに戻ったおり、ヴォルフガングは11月に13歳で当時のザルツブルク大司教シュラッテンバッハによって宮廷楽団の無給のコンサートマスターに任命されている。

 1770年、71年とイタリアに旅行するが1772年8月に、ザルツブルクの新しい大司教になったコロレードから有給のコンサートマスターに任命され、年俸150ぐるデンを受け取るようになった。その後もイタリアをはじめヨーロッパ各地を演奏活動で訪れながら、ザルツブルクの宮廷楽団でも活動を続けている。

 ヴォルフガングは、彼の代表的なヴァイオリン作品の1ジャンルである5曲のヴァイオリン協奏曲をザルツブルクで、第1番を1773年4月14日17歳の時に、第2番を1775年6月14日、第3番を同年9月12日、第4番が同年10月、第5番も同年12月20日、19歳の時に作曲しており、その全てがこの時期にまとまっている。これらの作品はアントニオ・ブルネッティがザルツブルクの楽団のコンサートマスターに就任する以前に作曲されていることから、ヴォルフガング自身が演奏するために作曲されたと考えられる。

 さらにヴァイオリンとオーケストラの作品もこの時期に集中しており、2台のヴァイオリンのためのコンチェルトーネKV190が1774年5月、アダージョKV261とロンドKV269が1776年に、本日演奏される協奏交響曲KV364が1779年にそれぞれザルツブルクでそしてロンドKV373のみが1781年にウイーンで作曲されている。ちなみにKV261、KV269,KV373の3曲はブルネッティのために作曲されたことが分かっている。

 また、同時期(1773年から1776年)に作曲された7曲のセレナーデのうち5曲は、本日その第1楽章が演奏される「ハフナーセレナーデ」も含めて、ヴァイオリン協奏曲としての楽章を1から3楽章持っている。

 最後にレーオポルトが1777年10月18日に息子のヴォルフガングに書き送った手紙の中にあるヴォルフガングのヴァイオリンの演奏についての記述をご紹介しようと思う。

 「おまえ自身、自分がヴァイオリンをどんなにうまく弾くか知らないのだ。ただおまえが自分を信用し、きっちりと心を込めて、しかも活気をもって弾こうと思うなら、そう、まるでおまえがヨーロッパ随一のヴァイオリン奏者のつもりで弾こうと思うなら、おまえはけっしてぞんざいに弾いてはいけない。・・・・

多くの人はおまえがヴァイオリンを弾くなんて一度も考えたこともなく、しかもおまえは子どもの時からクラヴィーア奏者として知られているのだが・・・・・」

《印象 感想など》

セレナーデ ニ長調 KV.250(248b)「ハフナーセレナーデ」より

第1楽章:アレグロ・マエストーソ-アレグロ・モルト

 指揮者の有田正広、ノータクト。ピリオド楽器のひなびた響きがとても良い。管楽器の例えばホルンなど、モダーン楽器に比べ、見るからにピストンが無く(少なく?)、ピリオド楽器然としている。音程をとるのは、いかにも難しそう。 

《プログラムノート》 小川恒行

 「ハフナーセレナーデ」はモーツアルトが1776年7月にザルツブルクで作曲し、7月21日の夜に演奏された。父レーオポルトの友人であり裕福な商人で市長を務めたジークムント・ハフナーの娘マリーアエリザベト(通称リッスル)の婚礼前夜のお祝いのために委嘱され、演奏されたものである。

 全体は8楽章からなる大掛かりなもので、20歳のモーツアルトがそれまでに手がけた管弦楽作品の中で最も規模の大きなものとなった。演奏は慣例によって、楽士が入退場する時に演奏される行進曲(ニ長調 KV 249)とともに演奏されている。

 8つの楽章の内訳は、1楽章:アレグロ・マエストーソ-アレグロ・モルト/2楽章:アンダンテ(ヴァイオリン協奏曲楽章ト長調)/3楽章:メヌエット(ヴァイオリン協奏曲楽章ト長調)/4楽章:ロンド(ヴァイオリン協奏曲楽章ト長調)/5楽章:メヌエット・ガランテ/6楽章:アンダンテ/7楽章:メヌエット/8楽章:アダージョ-アレグロ・アッサイである。

 2楽章から4楽章までの3つの楽章は前述したように、小ぶりなヴァイオリン協奏曲と見ることが出来る。また残る管弦楽の5つの楽章は、後にパート譜が写譜され、レーオポルトがティンパニーのパートを書き加え、ヴォルフガングのによる数箇所の手直しを経て「交響曲」としても成立している。

 当時の公開演奏会では、交響曲の各楽章が解体され、第1楽章が冒頭に、以下の楽章が他のプログラムの曲と曲の間に、最終楽章が演奏会の終わりに演奏された記録がよく見られるが、本日もこの第1楽章が演奏会の冒頭に演奏される。

 20歳のモーツアルトがしれまでになく大規模な管弦楽曲として作曲したこのセレナーデの第1楽章を演奏会の冒頭に演奏するのは、曲の序奏部分のファンファーレを思わせる作風も含めてふさわしいことといえよう。

 本日の演奏では、指揮の有田が加筆したティンパニー・パートを加えて演奏する。

《印象》 ティンパニーの使い方が、面白い。

《楽器編成》

 2Ob、2Fg、2Hn、2Tp、Strinngs、(Timp,)

協奏交響曲 変ホ長調 KV.364(320d)

《印象 感想など》

1.アレグロ・マエストーソ  2.アンダンテ  3.プレスト

 1楽章 指揮台無し。ヴァイオリンとヴィオラのソロ、とても上手い。伴奏のアンサンブル、とても上手にソロに付いていく。。ホルン、ピストン無く、見るからにピリオド楽器風。良い音を出す。有田の指揮は、3回目だが、堂に入ったもの。(もちろんフルートを吹かせれば、ピカイチだが)  2楽章 メロディックな甘い調べのテーマ。何とも美しい。  3楽章 速いテンポの曲に変わる。ホルン、何とも良い音を出す。ヴァイオリン、ヴィオラのソロ、滅茶苦茶上手く、素敵な音楽を奏する。最高のモーツアルトを堪能する。

《楽器編成》

 Vn.solo, Va,solo; 2Ob, 2Hn, Strinngs

《プログラムノート》 小川恒行

モーツアルト:協奏交響曲 変ホ長調 KV.364(320d)

1.アレグロ マエストーソ  2.アンダンテ  3.プレスト

 モーツアルトは1777年から1779年にかけてマンハイム・パリ旅行を行っている。マンハイムではフルートのヴェンドリンク、オーボエのラムらと知り合い、パリに行ってからは彼らを交えた形での演奏を念頭に、当時そこで流行っていた協奏交響曲の作曲に手を染めている。「フルート、オーボエ、ホルンとファゴットのための協奏交響曲変ホ長調KV  Anh.9」である。(「協奏交響曲」という題は付されていないが「フルートとハープの協奏曲KV299」をこのジャンルと見ることもできる)。

 さらにモーツアルトは、1778年11月にはマンハイムで、「ヴァイオリンとピアノのための協奏交響曲 ニ長調KV Anh56」[未完]に取り掛かり、ザルツブルクに戻ってからは、夏に「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調 KV364」を完成させ、秋には「ヴァイオリン、ヴィオラとチェロのための協奏交響曲イ長調 KV Anh.104」[未完]の作曲も始めた。結局、完成したのはこの変ホKV364のみとなったが、この時期のモーツアルトのこのジャンルに寄せる関心の高さをうかがい知ることができる。

本日演奏するこの変ホ長調の協奏交響曲も自筆譜は残っておらず、作曲された日付や初演の場所、演奏者などの記録もなく、1779年の夏に作曲されたと推定されるに止まっている。

 指揮の有田は、当時ザルツブルクの大司教コロレードとの関係の悪化や、広くヨーロッパを眺めた経験から、音楽家としての自由な活動への憧れもあって、ザルツブルクへの訣別も考えていたモーツアルトが、当時、第2コンサートマスターを務めていたブルネッティにヴァイオリン・ソロの担当をを譲り、ヴィオラの名手でもあったモーツアルトがヴィオラ・ソロを自らの意思を表現したのでは推論している。

ヴィオラ・ソロのパートはニ長調で記譜されているので、ヴィオラ奏者は楽器を半音高く調弦する必要があるが、これはヴィオラをより華やかな響きにして、ヴァイオリンと対等にするためであったとあったと考えられる。

 また、この曲の第2楽章はハ短調で、当時の協奏曲にはあまりみられないような内省的で悲しみに満ちた音楽だが、これを前年の夏にパリで亡くなった母親への思いと結びつけて考える説もある。

《楽器編成》

Vn.solo, Va.solo; 2Ob,2Hn, Strinngs

交響曲 第41番 ハ長調 KV.551「ジュピター」

1.アレグロ ヴィヴァーチェ  2.アンダンテ カンタービレ  3.メヌエット、アレグレット  4.モルト アレグロ

《印象 感想など》

1楽章 指揮台が入る。管も弦も人数が増える。キチッとした「ジュピター」の演奏。古楽器のみの演奏の力が、よく感じ取れる。  2楽章 弦が、なめらかな出だし。  3楽章 メヌエット。溌剌とした演奏が、とても良い。  4楽章 快調な演奏。モーツアルトの音楽の楽しさ、素晴らしさが伝わってくる。コーダへ追い込み、盛り上がる。最後はスッキリと終わる。

《楽器編成》

Fl, 2Ob, 2Fg, 2Hn, 2Tp, Timp, Strinngs,

《プログラムノート》 小川恒行

交響曲 第41番 ハ長調 KV.551「ジュピター」

 モーツアルトの「3大交響曲と呼ばれている第39番・第40番・第41番「ジュピター」の3曲は1788年の6月26日から8月10日にかけて完成している。第40番の日付が7月25日になっていることから、第41番についてはわずか16日という非常に速いスピードで作曲されたことになる。

 残された自筆のスコアは書き直しが2~3箇所にすぎず、このことは作品自体はモーツアルトの頭の中ではすでに出来上がっていたことを推定させる。さらにこれら3曲は、それぞれの楽器編成も異なり、曲の性格もかなりの相違をみせている。

 第1楽章には、同じ年の6月に上演されたアンフォッシのコミック・オペラの挿入曲としてモーツアルトが書いたアリア「手に口づけをすれば」KV541からの引用がある。

 第2楽章は大変美しくありながら、いつも不安が伴った音楽であり、ハイドンは自身の第98番の交響曲にこの楽章からの引用をしている。第3楽章のトリオでは、終止形が冒頭に現れるという特徴的な作りと共に、終楽章で引用されるグレゴリオ聖歌が登場する。終楽章にはグレゴリオ聖歌からの引用があり、これは1772年に作曲された交響曲KV16や、1774年に作曲されたミサ・プレヴィスKV192のクレド(我は信ず)の歌詞にも引用されたことが指摘されている。この終楽章では、登場する6つの主題のうち5つまでが、コーダの部分のフガートで重なり合い  、ありとあらゆる対位法上の技法を使いながら絡み合って、様々な色合いを見せつつ、ある種の混乱を作っている。それらが終結部に突入すると一斉に調和して見通しが良くなり、解放された後は一気に終結部に向かって付き進み、交響曲が終わる。

 「ジュピター」の名称はモーツアルト自身によるものではなく、ハイドンのロンドンでの協力者として知られるヴァイオリニストで興行主のヨハン・ペーター・ザロモンと伝えられており、1819年10月20日にエジンバラで行われた演奏会のプログラムに初めてこの名前が登場している。これは、この曲が当時の人々にとって特別の作品だったということの現れではないだろうか。

 作曲中にモーツアルトが、自身の最後の交響曲になると感じていたとは思えないが、「ジュピター」は、奇しくも彼の交響曲の最後を飾るにふさわしい作品となった。

《演奏者 プロフィール》

指揮:有田正広

 1972年、桐朋学園大学を   主席で卒業。同年、第40回NHK/毎日音楽コンクール(現・日本音楽コンクール)で第1位を獲得。翌年、ベルギーのブリュッセル王立音楽院に留学。(1974年からはコレギウム・アウレムのメンバーとして、ヨーロッパ、日本などで活動。1975年、王立音楽院をプルミエ・プリで卒業。同年、ブルージュ国際音楽コンクールのフラウト・トラヴェルソ部門で第1位となる。1977年、オランダのデン・ハーグ王立音楽院に入学、半年で最高栄誉賞つきソリスト・ディプロマを得て卒業。帰国後もフランス・ブリュッヘン指揮「18世紀オーケストラ」のヨーロッパ・ツアーや、、クイケン兄弟のとの共演、トレヴァー・ピノック指揮「イングリッシュ・コンサート」の日本公演にソリストとして招かれるなど、内外の名手たちと盛んに共演。

 1985年発表されたレコード『ドイツ・バロックのフルート音楽』でレコード・アカデミー賞の2部門と文化庁芸術作品賞を受賞。1989年には「東京バッハ・モーツアルト・オーケストラ」を結成。指揮者として結成記念公演を行い、絶賛された。・・・・・・

 1990年サントリー音楽賞受賞。・・・・・指揮活動では京都市響、京都フィルハーモニー、北九州響ホールアンサンブルなどのプロオーケストラに客演するほか、桐朋学園大学オーケストラの指導にあたっている。・・・・・現在、昭和音楽大学教授、桐朋学園大楽講師。

バロック・ヴァイオリン:寺神戸(てらかど)亮

 1961年ボリヴィア生まれ。ヨーロッパを代表する古楽器アンサンブルやオーケストラのコンサートマスターとしての充実した仕事など、アンサンブル奏者、リーダーとして資質を発揮し、またソリストとして数多くのオーケストラと協奏曲を共演している。

 1999年から弦楽四重奏団〈モト・デラルコ〉(水戸芸術館所属)を結成し室内楽に力を入れ、2006年からは最近復元されたヴィオロンチェロ・アスパッラを用いた演奏活動も精力的に行っている。・・・・・・デン・ハーグ王立音楽院教授、桐朋学園音楽大学特任教授。ベルギー、ブリュッセル在住。

バロック・ヴィオラ:フランソワ・フェルナンデス

 1960年フランスのルーアン生まれ。12歳の時からシギスヴァルト・クイケンに師事してバロック・ヴァイオリンを始め、17歳で彼が率いる「ラ・プティット・バンド」のメンバーとして演奏する。

 その後、オランダのハーグ王立音楽院のシギスヴァルト・クイケンのクラスに入学、1980年にソリスト・ディプロマを得る。1986年には「ラ・ピティット・バンド」のコンサートマスターに招かれる。「ラ・シャベル・ロワイヤル」(フィリップ・ヘレヴェッヘ)、「18世紀オーケストラ」(フランス・ブリュッヘン)などのバロック・オーケストラからソリストやコンサートマスターとして招かれる。・・・・・トゥールーズ国立音楽院、リエージュ国立音楽院、ブリュッセル王立音楽院、トロッシンゲン国立音楽院にて教鞭をとり、現在パリ高等音楽院バロック・ヴァイオリン科教授。

リーダー:戸田 薫(要はコンサートマスター)

 東京藝術大学卒業。ヴァイオリンを若林正伸、林 茂子、景山誠治各氏に、オリジナル楽器によるバロック音楽演奏について若松夏美女史に師事。このときより東京バッハ・モーツアルト・オーケストラに参加。

 199年山梨古楽コンクールにて最高位受賞。同年オランダのデン・ハーグ王立音楽院に留学。シギスヴァルト・クイケン、エリザベト・ウォルフィッシュのもとで研鑽を積む。渡欧まもなくヨーロッパにおいても本格的な活動を開始、ラ・プティットバンドをはじめとした主要オーケストラや、室内楽ではアンドレアス・ショル、アニュエス・メロンなど多くのミュージシャンと共演、2001年には、パウル・エレラと共にアンサンブルグループ、インヴェンシオ・プリマを結成、トリオソナタを中心とした室内楽の演奏活動にも力を注いでいる。

 桐朋学園大学古楽科非常勤講師。

東京バッハ・モーツアルト・オーケストラ

ヴァイオリン 11人、ヴィオラ 4人、チェロ 4人、コントラバス 3人、フルート 1人(前田りり子)、オーボエ 2人、ファゴット 2人、ホルン 2人、トランペット 2人、ティンパニー 1人

《レコード CDのことなど》

 レコード、CDは自分の気に入ったものを聴いていればいいわけです。今回はオリジナル楽器の演奏をあげたいところです。

モーツアルト:ハフナーー・セレナーデ、協奏交響曲 変ホ長調 K.364(320d)

 この2曲は、オリジナル楽器による演奏は手元にありません。

モーツアルト:交響曲第41番

指揮:クリストファー・ホグウッド、ヤープ・シュレーダー エンシェント室内管弦楽団のLPレコード、指揮:ミンコフスキー ルーブル宮音楽隊のCD

の2枚をあげておきましょう。

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2009年3月 6日 (金)

演奏会に行ってきました「ハーゲン弦楽四重奏団 モーツアルト:弦楽四重奏曲第16番(ハイドンセット第第3番)、ラヴェル:弦楽四重奏曲ヘ長調、ドヴォルザーク弦楽四重奏曲第14番」(2008-52)

2008年9月30日(火)午後7時開演 浜離宮朝日ホール(東京都営地下鉄築地市場駅下車徒歩2~3分)

《プログラム》

モーツアルト:弦楽四重奏曲第16番 変ホ長調 K.428 〈ハイドンセット第第3番〉

ラヴェル:弦楽四重奏曲 ヘ長調 

          ・・・・・・・休 憩・・・・・・・

ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第14番 変イ長調 Op.105

《印象 感想など》

 私の席 20列16番 ヴィオラのみ金髪の女性。

モーツアルト:弦楽四重奏曲第16番 変ホ長調 K.428

1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ  2楽章 アンダンテ・コン・モート  3楽章 メヌエット、 アレグロ  4楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ

 聴きなれた曲。このホールは、音色、響きとも室内楽には申し分ないホール。充実したアンサンブル。最高のモーツアルトの弦楽四重奏を聴ける。

ラヴェル:弦楽四重奏曲ヘ長調

1楽章 アレグロ・モデラート  2楽章 「十分生き生きと 、非常にリズミカルに」  3楽章 「非常に緩やかに」  4楽章 「生き生きと、激しく」

 最近よく、ステージにかかる曲。フランスの香のする曲。皆、楽器がよく鳴り、よく響く。第1ヴァイオリが、やはり凄い腕前。緊迫した曲、演奏。

ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第14番 変イ長調 Op.105

1楽章 アダージョ・マ・ノントロッポ-アレグロ・アパッショナーート  第2楽章 モルト・ヴィヴァーチェ  第3楽章 レント・エ・モルト・カンタービレ  第4楽章 アレグロ・ノン・タント

1楽章 チェロから入る。チェコの土の香りのする曲。テーマ、メロディをよく歌う。緻密なアンサンブル。  2楽章 快調な演奏。  3楽章 しっとりと落ち着いた楽章、演奏。テーマをよく歌う。  4楽章 地味だけれど良い曲。コーダ、テンポを上げて、盛り上がる。

《曲目解説》 柿沼 唯

W.A.モーツアルト:弦楽四重奏曲第16番 変ホ長調 K.428〈ハイドンセット第第3番

第1楽章アレグロ・ノン・トロッポ  第2楽章アンダンテ・コン・モート  第3楽章メヌエット、アレグロ  第4楽章アレグロ・ヴィヴァーチェ 

 モーツアルト(1756~1791)はその35年の短い生涯に、全部で23曲の弦楽四重奏曲を残した。彼が初めて弦楽四重奏曲を書いたのは14歳のときのことで、それから約3年間に書かれた弦楽四重奏曲は13曲。しかしその後モーツアルト、10年の長きにわたって弦楽四重奏曲の作曲から遠ざかってしまう。それが再開されたのは1782年、同年出版されたハイドンの〈ロシア四重奏曲〉に深い感銘を受けてのことだった。こうしてモーツアルトは1782年末から約2年間に6曲の弦楽四重奏曲を(第14番~第19番)を作曲する。偉大な先輩作曲家ハイドンに献呈され、〈ハイドン・セット〉の名で呼ばれるこれらは、ハイドンからベートーヴェンへと連なる弦楽四重奏曲の歴史に燦然と輝く傑作群となった。

 この〈16番〉は、変化に富んだ構成を持つ。前半の二つの楽章は半音階技法が曲のすみずみにまで浸透したロマン派を先取りするような音楽。そして第3楽章は民族的な荒々しさを感じさせ、終楽章はハイドン風の躍動感で締めくくる。

M.ラヴェル:弦楽四重奏曲 ヘ長調

 フランス印象派の作曲家としてドビュッシーと並び称されるラヴェル(1875~1937)がこの弦楽四重奏曲も、ドビュッシー同様このジャンルでの彼の唯一の作品である。1902~03年ラヴェル27歳の時に作曲され、パリの国民音楽協会における初演で「明日の巨匠の一人の誕生」と称賛されたこの作品によって、若いラヴェルは作曲家としての地位を確立した。弦楽四重奏という伝統の形式の中で自らの力量を示そうとした意欲作であり、そこには後年のラヴェルの音楽的特質が様々な形で表れて。曲は、パリ音楽院での恩師フォーレに捧げられている。

曲は4楽章構成。ドビュッシーと同じくフランス流の循環形式の手法がとられている。一般にこの作品は、ラヴェルの典雅で気品に満ちた作品系列に属するものといわれているが、そればかりでなく、アルカイックな魅力や怪奇趣味の片鱗など、ラヴェルのもうひとつの顔も随所に発見できる、多彩な魅力あふれる作品である。

A.ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第14番 変イ長調 Op.105

 ドヴォルザーク(1841~1904)が残した弦楽四重奏曲は、有名な〈第12番「アメリカ」〉を含めて全部で14曲あるが、〈アメリカ〉以外の作品が演奏されることは少ない。そんな中でこの〈第14番〉は、文字通りドヴォルザークの最後の弦楽四重奏曲として、ハイドン以来のこのジャンルの伝統とドヴォルザーク独自の音楽語法が絶妙のバランスを生む、きわめて円熟した作品となっており、隠れた名曲といえる。

 作品が着手されたのは、〈アメリカ〉と同様にアメリカ滞在中の1895年春。しかしチェコへの帰国をはさんで作曲は中断され、同年暮れにプラハで完成した。そしてこの間に“古典回帰”と思わせる〈第13番〉が作曲されている。この〈第14番〉にも、古典的な書法への傾倒が見られるのは一つの特徴である。しかしその音楽ににじみ出ているのは、再びチェコの地を踏んだドヴォルザークの祖国への愛情であろう。そして、きめ細やかで自在な音楽運びも大きな魅力となっている。

《ハーゲン弦楽四重奏団》

 ザルツブルク出身のハーゲン弦楽四重奏団は、ヴィオラ奏者オスカー・ハーゲンを父に持つ4人の兄弟(ルーカス、アンゲリカ、ヴェロニカ、クレメンス)たちによって結成された。結成当時よりオーストリア・スタイルを貫き、常に高い芸術性とアンサンブルの精神を保ち、弦楽四重奏の演奏に自分たちの明確な個性を添え、高い評価を得ている。途中第2ヴァイオリンのアンゲリカからライナー・シュミットにメンバーが変更になるが、クヮルテットの一貫した精神はそのまま保たれている。

 彼らは、ザルツブルクのモーツアルテウム、バーゼルやハノーヴァーの音楽大学、およびシンシナティ大学でそれぞれ学び、ハッットバイエルレ、ハイリッヒ・シフ、ウォルター・レヴィンらが師として、あるいは同じ音楽仲間の立場から多大な影響を与えた。

 またニコラウス・アーノンクールとの出会いやギドン・クレーメルとの交流は、彼らの音楽的ビジョンにさらなる広がりを持たせた。彼らはロッケンハウス国際室内楽フェステバルをはじめとするクレーメルが主宰する多くのプロジェクトに参加している。

 ロッケンハウスでは、1981年に審査員賞と観客賞を受賞、、そして翌年にはポーツマアス弦楽四重奏コンクールで優勝。ウイグモア・ホールでロンドン・デビューを果たしている。1983年にはエヴィアン、ボルドー、そしてカナダのパンフで行われたコンクールを制覇したことから名声を高め、以降世界で最も注目される弦楽四重奏団となっている。・・・・・

ルーカス・ハーゲン(第1ヴァイオリン) 使用楽器:アントニオ・ストラデヴァリウス、クレモナ1724年製(オーストリア国立銀行より貸与)

ライナー・シュミット(第2ヴァイオリン) ジョバンニ・パティスタグァダニーニ1779年製

ヴェロニカ・ハーゲン(ヴィオラ)  ジョバンニ・パオロ・マッジーニ、プレシャ1610年製(オーストリア国立銀行より貸与)

クレメンス・ハーゲン(チェロ) アントニオ・ストラデヴァリウス1698年製

《レコード CDのことなど》

弦楽四重奏曲:ハイドンセット(第14番~19番)

 レコード、CDは自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、モーツアルトの弦楽四重奏曲第14番~19番(ハイドンセット)は、アルバン・ベルク弦楽四重奏団の旧盤(1977年、78年録音)のLPレコードと、ウイーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団のCDをよく聴いてきました。

なお、ラヴェルドヴォルザークの第14番の弦楽四重奏曲のレコード、CDは手元にはありません。

  

 

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2009年3月 3日 (火)

演奏会に行ってきました「紀尾井シンフォニエッタ東京 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲「皇帝」、シベリウス:トゥオネラの白鳥、モーツアルト:交響曲40番」(2008-51)

紀尾井シンフォニエッタ東京 第66回定期演奏会 9月27日(土)午後2時開演紀尾井ホール(JR・東京メトロ南北線四谷駅 上智大学前ソフィア通り 徒歩7,8分)

《プログラム》

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番変ホ長調op.73「皇帝」

     ・・・・・・休 憩・・・・・・

シベリウス:トゥオネラの白鳥

モーツアルト:交響曲40番 ト短調KV550

指揮:ユハ・カンガス  ピアノ:ペーター・レーゼル  紀尾井シンフォニエッタ東京 コンサートマスター:ダニエル・ゴグルベルガー

《プログラムノート》 宮下 博

 紀尾井シンフォニエッタ東京(KST)の新しい定期演奏会シリーズ(2008/2009シーズン)が、いよいよスタートする。

 ソロでも活躍する名手を集めた、定評ある団体だけに、今秋からの新シーズンでも、聞き物が目白押しだ。そのトップバッターとなる、今回の第66回の定期演奏会だが、目玉は何と言っても、いきなり前半に置かれた、ドイツの名ピアニスト、ペーター・レーゼルが独奏を務めるベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」だ。まずはレーゼルに、オマージュを捧げたい。

 このベテラン・ピアニストの、滋味掬すべき円熟した芸風に触れると、東西の壁が崩れる前の旧東ドイツに息づいていた豊穣な音楽文化を思わずにはいられない。こう言うとノスタルジーとして一笑に付されてしまうかもしれない。だが、社会体制や時代背景を勘案しても、西側の商業主義と一線を画し、営々と築かれた芸術の価値は、簡単に減じるものではないだろう。

 今やCDなど過去の記録が、それらの真価をを知るわずかな手段となりつつある中、昨年4月にドレスデン出身のペーター・レーゼルが、30年ぶりに日本で開いたリサイタルは、深い感銘をもたらすと共に、時流に流されない芸風の重みを痛感させた。

 旧東ドイツの古都で1945年に生まれたレーゼルは、モスクワ音楽院などで学び、東側をベースに演奏活動を続けてきた。表面的な華やかさを追わず、じっくり作品に取り組む奏風は、〈壁〉で隔たれた東側の音楽文化の中で熟成され、重厚かつ、いぶし銀のような渋い輝きを放つ名匠になっていった。

 紀尾井ホールの制作陣が近年、このベテランと良好な関係を保ってきたのは、実に彗眼と言うほか無い。

 昨年4月のリサイタルで披露したのは、ハイドン、ベートーヴェン、シューベルトと、ドイツ・オーストリア系の3人の著名作曲家による最後のピアノ・ソナタばかり。こんな重たいプログラムを組めるのは、作品に位負けしない自信があるからに他ならない。実際、その演奏は、古典的な格調と様式感を踏まえつつ、みずみずしい感興も伴う見事なものだった。

 全般に骨太ながら、作品の諧謔味を巧みに漂わせるハイドンの第52番で始まった後、いかにもドイツ風の堅牢な構成感に支えられたベートーヴェンの第32番が続く。第2楽章のアリエッタの高揚と精神的な深みは、比類ない域に達していた。そしてシューベルトの第21番では、沈潜するロマンティシズムを滔々と描き出した。音楽専門誌が特集する、その年のベスト・コンサート投票では、多くの識者の投票を獲得した。

 従って、今回のKST定期演奏会で取りあげられるベートーヴェン「皇帝」への期待は、いやが上にも高まるわけである。両者は既に2005年、ドレスデンでこの曲を含むベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏会を成功させている。この紀尾井ホールで、同じ作曲家のピアノ・ソナタ全曲演奏会も始めるタイミングでの「皇帝」は、一段と気合いのこもった熱演になることだろう。

 ピアニストにばかり、スポットライトを当てすぎたかもしれない。指揮台に立つフィンランド出身の実力派、ユハ・カンガスも看過できない存在だ。いま世界中で活躍する指揮者たちを続々と輩出したシベリウス・アカデミーの出身で、ラハティ響など母国のオーケストラで有力ポストを歴任。何より、広いレパートリーを誇るオストロボスニア室内管を1972年に創設して、現在も率いている。両者そろっての来日経験もある。小編成アンサンブルの扱いには長じているだけに、2006年秋に実現したKSTとの初共演は、高い評価を得た。

 2年ぶり2回目の顔合わせに選ばれた曲目は、「皇帝」を含め、超有名な作品ばかり。演奏会の後半には、北欧出身らしく、シベリウスのコンパクトな傑作を置くのが心憎い。

 新シーズンの最初にふさわしい顔ぶれと曲目がそろったコンサート、心躍り、かつ深く記憶に残る一夜となりそうだ。

《印象 感想など》

今回のコンサートマスターは、紀尾井シンフォニエッタ東京では初めての奏者。たぶん指揮者が連れてきた奏者かもしれない。比較的若い奏者。

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 op.73「皇帝」

1.アレグロ  2.アダージョ ウン ポコ モルト  3.ロンド:アレグロ マ ノン トロッポ

1楽章 ピアノは華やかな、きらびやかな音色。伴奏は、相変わらず素晴らしい演奏で、ついていく。  2楽章 しっとりとした、落ち着いた演奏。  3楽章 ピアノ、大胆に入る。伴奏とも、快調に流れる。カチッとしたベートーヴェン。正に古典派の、王者の音楽という感じ。堂々とした「皇帝」。

         ・・・・・・・・休 憩・・・・・・・

シベリウス:トゥオネラの白鳥(イングリッシュホルン:池田昭子)

 渋めの、北欧らしい素敵な曲。

モーツアルト:交響曲第40番 ト短調 KV550

1.モルト アレグロ   2.アンダンテ  3.メヌエット:アレグレット  4.アレグロ アッサイ

 1楽章 有名な出だし。素敵な演奏。  2楽章 自発性にあふれた、最高のト短調の演奏。  3楽章 活発な、弾むようなメヌエット。勢いのあるアレグロ アッサイ。清涼感あるト短調シンフォニー。派手さはないが、実に静謐な演奏。音楽を創る指揮者、演奏にとても好感を持てた演奏。オケの規模もト短調交響曲に最適。ブラヴォー。

《曲目解説》 宮下 博

 ベートーヴェン最後のピアノ協奏曲は、1808年年から1809年年にかけて作曲され、18011年11月にライプチヒで初演された。ベートーヴェンの創作意欲が極めて旺盛な時代だっただけに、この曲でも画期的な新機軸がいくつも試みられている。19世紀ロマン派に向かって、ピアノ協奏曲というジャンルに、新たな地平を切り開く作品となった。標題の「皇帝」は作曲者自身が付けたものではなく、出版社によって考えられたが、華やかな勇壮な曲想を良く表している。

 それまでのピアノ協奏曲と大きく異なるのは、まず、独奏ピアノと管弦楽が対等に扱われ、渾然一体となって曲を構成していること。例えば第1楽章には、ソリストが単独で長々と華やかな技巧をカデンツァの部分がない。その代わりに楽章冒頭で、オーケストラが総奏(トゥッティ)で厚みのある和音を鳴らすと、それに応えてピアノが分散和音でカデンツァ風の華麗な動きを聴かせる凝った趣向が展開される。その後で、雄こんな第1主題がオーケストラに現れる。協奏曲の常識を破った、大胆な始まりだ。

 第2楽章は自由な変奏曲形式。ベートーヴェンは変奏曲の名手で、晩年まで様々な試みを繰り返している。この楽章の旋律は、ベートーヴェン特有の浄化された精神を思わせ、高貴な美しさが印象的だ。楽章の最後で、独奏ピアノが次の楽章のテーマを部分的に示して、そのまま切れ目なくフィナーレへなだれ込むのも、目新しい手法だ。

 ロンド形式の第3楽章は、躍動的な旋律にあふれる。ティンパニーなども活躍してピアノと絡んで行き、力強い終結部を形作る。

シベリウス:トゥオネラの白鳥

 ジャン・シベリウス(1865~1957)はフィンランドが生んだ国民的な作曲家で、主に交響曲や交響詩の分野で傑作を残した。この曲はフィンランドの伝承叙事詩「カレワラ」に基づく大規模な管弦楽作品「レミンカイネン」組曲(4つの伝説曲)の2曲目で、単独で演奏されることも多い。

 もともと全体は英雄レミンカイネンを巡るオペラとして構想されたが、途中で交響詩に方針を転換。オペラの前奏曲に想定された「トゥオネラの白鳥」は一足先に、そして全4曲は1895年に完成され、翌年4月にヘルシンキで初演された。

 8分ほどと小さめだが、森と湖の国=フィンランドらしい神秘的な雰囲気に覆われる逸品だ。曲の主役はイングリッシュホルン。死の河=トゥオネラ川の水面を、さざ波と行く白鳥を想起させる哀愁に満ちた旋律を奏でる。弦楽器の精妙な響きは、濃霧がたちこめる幽玄な流れを暗示するかのようだ。

 北欧出身の指揮者は、やはり北欧の作曲家に強い親近感を抱き、その作品演奏を得意とする例が多い。カンガスもKSTとの初共演では、同じシベリウスの「悲しきワルツ」などを取りあげている。自家薬籠中のレパートリーと言えよう。

モーツアルト:交響曲第40番

 もう余計な説明は不要であろう、モーツアルト屈指の人気作品。映画「アマデウス」で有名になった第25番の「小ト短調」に対し、「大ト短調」とも称される。

 作曲されたのは1788年夏。当時、ウイーンに住んでいた32歳のモーツアルトは、次第に暮らし向きが悪化していた。そんな中、わずか10週間ほどで、最後となる第39番~41番と、性格が異なる三つの見事な交響曲を書き上げた。しかし、その目的などは分かっていない。40番は7月25日に完成している。

 モーツアルトにとって、ト短調は象徴的な調性といわれる。小林秀雄が「悲しみは疾走する」例として弦楽五重奏曲第4番K516も、ト短調だ。その切迫した哀しみと強い劇的緊張感は、交響曲第40番にも共通している。濃密な情感表現は、19世紀ロマン派の先取りしているとする見方もある。それらに加え、円熟した筆致がもたらす緻密な構成が聞き物で、転調や和声展開の妙にも耳を傾けたい。

 楽器構成で特徴的なのは、トランペットとティンパニーを欠いていること。初稿では外されたクラリネットが、第2稿では加えられた。これによる音色の変化は大きく、音楽の陰影がより深まっている。

 この曲の演奏では近年、大きな変化が起きている。過去に主流を成したロマンティックで主情てきなアプローチは次第に影を潜め、厚化粧を洗い落として作品本来の姿をすっこり提示する、多くなった。これには、作曲当時の古楽器演奏が一般にも浸透した影響が大きい。速めのテンポを採用した上で、弦楽器のヴィブラートを抑えたり、管に古い仕様の楽器を用いるなど、モーツアルトの交響曲でも演奏潮流の変化が著しい。

 モダン楽器による演奏でも、KSTのような小編成アンサンブルでは、前述のような現代的な様式感を実現しやすい。カンガスは今回、クラリネットが入った第2稿を採用するという。

アンコール ブラームス:3つの間奏曲 op.117 より第3番

《プロフィール》

指揮:ユハ・カンガス

 フィンランドのシベリウス音楽院でオンニ・スフォネン氏にヴァイオリンを学び、5年間ヘルシンキ・フィルハーモニック交響楽団でヴィオラ奏者を務める。その後オスロ・ボスニア中央音楽院の講師に就任。1972年にはオスロ・ボスニア室内管弦楽団を設立し、現在もその指揮を続けている。

 またタリン室内管弦楽団芸術監督(1995~1996)、ラハティ交響楽団客演指揮者(1995~1998)を歴任し、2001年以来フィンランドのトゥルク・フィルハーモニック・オーケストラの主席客演指揮者も務めている。・・・・・・・

 1992年国家音楽賞、1998年ラトヴィア音楽大賞およびフィンランド賞受賞、1999年にはエストニア・ヘイノ・エレル賞が授与された。・・・・・・

ピアノ:ペーター・レーゼル

 1945年ドレスデン生まれ。モスクワ音楽院でドミートリ・パシキーロフ、レフ・オノーリン各氏に師事。ドイツ人として初めてチャイコフスキー国際コンクール、モントリオール国際ピアノコンクール入賞を果たすとともに、以降国際的な活動を開始する。・・・・・・・

 2007年4月には日本で30年ぶりとなるリサイタルが紀尾井ホールで行われ、その高い芸術性が再び知られることとなり、驚嘆と称賛を集めて話題となった。今年(2008年)から4年間に渡ってベートーヴェンのピアノ・ソナタ連続演奏会が開始する。

《レコード CDのことなど》

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」

 レコード、CDなどは、自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、「皇帝」協奏曲では、私は若い頃は、ピアノ:ウィルヘルム・ケンプ、指揮:パウル・ファン・ケンペン、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のモノーラルレコード、ピアノ:ミンドール・カッツ、指揮:ジョン・バルビローリ、ハルレ管弦楽団のレコード、ピアノ:ルドルフ・ゼルキン、指揮:小澤征爾、ボストン交響楽団のレコード(小澤の写真はいかにも若い)、CDではピアノ:バックハウス、指揮:シュミット・イッセルシュテット、ウイーンフィル、ピアノ:グルダ、指揮:ホルスト・シュタイン、ウイーンフィルなどをよく聴いてきました。

シベリウス:交響詩、組曲など

 私は、指揮:ジョン・バルビローリ、ハレ管弦楽団のレコード(交響曲第2番との2枚組)を愛聴してきました。

モーツアルト:交響曲第40番など

 モーツアルトの交響曲は、若い頃はワルターやベーム盤が圧倒的に評判が良かった。しかしその後、古楽器演奏がブームとなりました。そのはしりはホグウッド、シュレーダー指揮:エンシェント室内管弦楽団の全集でしょうか。そして多くの古楽器指揮者が数々のCDを録音し、話題になりました。最近(2006年)では、ミンコフスキー指揮:ルーヴル宮音楽隊の40番、41番のCDが出て、その斬新な解釈、演奏が話題になりました。

 私はそれでも、慰めの音楽としては、モダン楽器の演奏、旧来の解釈にも大いに心惹かれます。例えば、名手を揃えた小澤征爾指揮水戸室内管弦楽団のCDは、魅力的だと思い、時々聴いています。

 

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