演奏会に行ったきました「リリア・アンサンブル シューベルト:弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」、チャイコフスキー:弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」(2008-60)
2008年11月12日(水)午後7時開演 リリア音楽ホール(JR川口駅徒歩2~3分 川口駅から通路が繋がっている。パイプオルガンがある、床・内壁とも木でできた非常に響きの良い中ホール。
リリア・アンサンブル ヴァイオリン:加藤知子、川田知子、ヴィオラ:店村眞積、井上静香、チェロ:原田禎夫、熊澤雅樹
《プログラム》
シューベルト:弦楽四重奏曲第14番ニ短調「死と乙女」D810
チャイコフスキー:弦楽六重奏曲 ニ短調「フィレンツェの思い出」Op.70
《プログラムノート》 柿沼 唯(作曲家)
弦楽器による室内楽のアンサンブルには、最小の二重奏から大きな編成で八重奏まで様々な組み合わせがあり、それぞれに特徴があるが、もっとも完成度の高い形態とされるのは、ヴァイオリン2本とヴィオラ、チェロによる「弦楽四重奏」である。
4人の奏者がアンサンブルの妙を尽くして精緻な音楽を形作るこのジャンルを最初に確立したのは、ウイーン古典派の作曲家ハイドンだった。そしてその作品に決定的な影響を受けたモーツアルト、またハイドンに師事しながらも独自のスタイルを切り開いたベートーヴェンによって、その奥義は究められてゆく。
そしてベートーヴェンを私淑し、短い天才の生涯を生きたシューベルト以降、ロマン派から現代にいたるまで多くの傑作が生み出されてきた。今回演奏される〈死と乙女〉も、そんな古今の名作中の名作である。
そのスタンダードな弦楽四重奏にヴィオラかチェロのどちらか1本を加えた編成が「弦楽五重奏」で、このジャンルにもモーツアルトをはじめ多くの名作がある。そしてさらにヴィオラとチェロ1本ずつ加えたのが「弦楽六重奏」だが、この編成で作品を書いた作曲家は実はあまり多くはない。
重厚な響きを好んだ若きブラームスが手がけた2曲の弦楽六重奏曲が、このジャンルの代表作として知られている。そして新ウイーン学派の作曲家シェーベルクが交響詩の発想をこの弦楽六重奏の編成に応用した〈清められた夜〉も名高い。
今回演奏される〈フィレンツェの思い出〉は、数少ないこのジャンルの一曲である。
《印象 感想など》
シューベルト:弦楽四重奏曲第14番 ニ短調 D810「死と乙女」
第1楽章 アレグロ 第2楽章 アンダンテ・コン・モート 第3楽章 スケルツォ、アレグロ・モルト 第4楽章 プレスト
第1楽章 緊密なアンサンブル。 第2楽章 歌曲「死と乙女」による有名なテーマ。弱音で奏される。 第3楽章 第一ヴァイオリンの加藤知子の演奏が凄い。 第4楽章 緊迫したコーダが大いに盛り上がる。
《曲目解説》 柿沼 唯(作曲家)
シューベルト:弦楽四重奏曲第14番 ニ短調 D810「死と乙女」
シューベルト(1797~1828)が書いた作品は実に1000曲にも及ぶが、そのうち彼の生前に日の目をみたものは多くはない。シューベルトは、何より「創作すること」に喜びを見出す芸術家であり、自分の作品がいつ演奏されるかに頓着しなかった。生活ぶりは自由奔放なボヘミアンで、彼は自分のピアノさえ持っていなかった。「ピアノで弾いたりしたら思索が中断する」というのが口癖だったという。そしてモーツアルトにも比べられる脅威の速筆で、次から次へと作曲していったのである。
600曲にのぼる歌曲に代表されるように、ロマン主義芸術の創作にあふれる才能を発揮したシューベルトだが、そうした彼の音楽は、どちらかといえば地味な弦楽四重奏の分野においても、類いないロマンの美をもたらした。
古今の弦楽四重奏曲中の傑作として名高い〈死と乙女〉四重奏曲は、シューベルトには珍しく約3年もの月日をかけて、1826年に完成されたシューベルト最晩年の作品であり、曲全体が悲壮感や怒りの感情といった暗い色調におおわれた、まさにロマン主義音楽の一つの精華と呼ぶにふさわしい作品である。この作品ではすべての楽章が短調で書かれ、そこにはシューベルトの絶望的な心境と、夢のような美しさの裏側で常に死と向き合い、生はそのはかさゆえに美に憧れるというロマン主義の美意識が、すべての瞬間を取りまいている。
中でも白眉は、第2楽章におかれた変奏曲だろう。タイトルの由来ともなったこの変奏曲は、自作の歌曲〈死と乙女〉の伴奏部分を主題とし、それにそれに6つの変奏とコーダが続く、まことにシューベルトらしいらしい魅力にあふれた音楽であり、有名なピアノ五重奏曲〈ます〉の第4楽章とともに、シューベルトの変奏曲の双璧といわれている。泉のごとく渾々と湧き出る楽想、そして生のはかなさを慈しむかのような玄妙な転調は、まさに天才のみがなしえた音楽の秘跡といっても過言ではない。
なおこの作品の初演は、ベートーヴェン作品の数々の初演を行ったシュパンツィヒ弦楽四重奏団が行う予定であったが、彼らがベートーヴェンの新作の初演で多忙のため実現せず、結局シューベルトが生前にこの作品を公開の場で聴くことはなかった。初演は1833年にベルリンで行われている。
第1楽章アレグロは、リズム動機を中心とした暗い色調の主題による力強い音楽で、シューベルトの室内楽ではもっとも規模が大きい一曲となっている。
第2楽章アンダンテ・コン・モートは、歌曲〈死と乙女〉の伴奏部分の、まるで死の足音が近づいてくるようなリズムによる主題が最弱音で奏されて始まり、この単調ともいえる主題が続く6つの変奏によって、極上のリリシズムとドラマをはらんだ楽想へと変貌してゆく。
第3楽章スケルツォ、アレグロ・モルトは、シューベルト流のレントラー(ドイツの3拍子の民謡舞踏)のスタイルによる。
第4楽章プレストは、6/8拍子によるタランテラ風の急速なフィナーレで、切迫感漲る楽想を燃焼させていく。
《印象 感想など》
P.チャイコフスキー:弦楽六重奏曲 ニ短調 OP.70「フィレンツェの思い出」
第1楽章 激しい曲の入り。第1ヴァイオリンが艶やかに歌う。情熱的な楽章。 第2楽章 第1ヴァイオリンがよく歌う。チェロも沿って歌い、響く。 第3楽章 ヴィオラと第2ヴァイオリンがメロディを奏でる。そして第1ヴァイオリンもアンサンブルに入る。 第4楽章 特徴的なテーマを、刻んで熱っぽく演奏。そしてコーダへ。盛り上がる。快演。凄いアンサンブル。
《曲目解説》 柿沼 唯(作曲家)
交響曲やバレー音楽など、オーケストラ作品を得意としたチャイコフスキー(1840~1893)は、室内楽曲を全部で5曲しか残さなかった。その最後の作品であるこの弦楽六重奏曲は、1890年、50歳のチャイコフスキーが歌劇「スペードの女王」の作曲の筆をを進めるべくイタリアのフィレンツェに滞在した時に着想されたため、「フィレンツェの思い出」の副題がそえられることとなった。
フィレンツェは、チャコフスキーがそれまでにも幾度も訪れた思い出の地であった。1878年に不幸な結婚で傷ついた心を癒すためにスイスとイタリアを旅して以来、風光明媚なイタリアはいつもチャイコフスキーの心を癒し、またその風物は作曲家を魅了してきた。1879年暮れにローマを訪れた時には、イタリアの民謡を素材にオーケストラ曲〈イタリア奇想曲〉が作曲されている。
そんなイタリアで着想されたこの六重奏曲だが、その内容に何かイタリアを思わせるものがあるかといえば、実はそうした要素を探すのは難しい。音楽はむしろロシア的な情緒を色濃くたたえ、ロシア民謡を思わせる旋律が随所に織り込まれた、いわゆるチャイコフキーらしい一曲となっている。特徴的なのは円熟期の作品にふさわしくその書法が綿密に練り上げられていることだろう。特に対位法的書法の緻密さなどは、チャイコフスキーの他の室内楽曲にはみられないものとなっている。
チャイコフスキーは当初、この曲をパトロンのフォン・メック夫人に捧げるつもりだったという。弦楽六重奏という比較的珍しい編成を選んだのは、当時健康を害してコンサートに出られなくなった夫人が、自宅でもオーケストラのような響きを聴くことができるようにとの配慮からとも推察される。しかし結局のところ、曲は改訂を経て1892年にサンクトペテルブルク室内楽協会で初演され、同協会のメンバーに献呈されることなった。フォン・メック夫人との関係は、1890年に終わりを迎えている。
第1楽章アレグロ・コン・スピートは、きびきびとした表情の第1主題と、センチメンタルな第2主題によるソナタ形式。展開部での魅力的な転調など、書法の冴えが随所に見られる。
第2楽章アダージョ・カンタービレ・エ・コン・モートは、自由なソナタ形式による緩徐楽章。バレエ音楽に登場するような、得意の甘美なメロディが歌い上げられる。
第3楽章アレグレット・モデラートは、ロシア民謡風のスケルツォ。
第4楽章アレグロ・ヴィヴァーチェは、素朴なロシア舞曲風の主題に始まり、フガートによる対位法の効果で盛り上がりが築かれる。
《プロフィール》
ヴァイオリン:加藤知子
4歳よりヴァイオリンを始め、三瓶詠子、故久保田良作、江藤俊哉の各氏に師事。第47回日本音楽コンクール・ヴァイオリン部門第1位、レウカディア賞受賞。翌年の海外派遣コンクールで特別賞受賞。1980年桐朋学園大楽卒業。同8月、タングルウッド音楽祭(アメリカ)参加、メイヤー賞受賞。ローレンス・レッサーに師事。アスペン音楽祭、マールボーロ音楽祭に出演。ルドルフ・ゼルキンらの指導を受ける。
1981年9月から文化庁派遣研修員として2年間、ジュリアード音楽院に留学。
ヴァイオリン:川田知子
4歳よりヴァイオリンを始め、小林武史、澤和樹、田中千香士、原田幸一郎、堀正文の各氏に師事。東京藝術大学を主席で卒業。在学中の1989年に奨学金を得て、アスペン音楽祭に参加。同年、第36回パガニーニ国際コンクール5位入賞。190年アラスカ・アンカレッジ音楽祭に招かれる。また、イタリアシエナのキジアーナ音楽院室内楽サマー・コースに参加。ディプロマ名誉賞受賞。1991年第5回シュッポア国際コンクールにて優勝。・・・・・
2003年度第33回エクソンモービル音楽賞受賞洋楽部門奨励賞を受賞。
ヴィオラ:店村眞積(たなむら まつみ)
京都生まれ。6歳よりヴァイオリンを始め、東儀祐二、鷲見三郎、江藤俊哉の各氏に師事。この間、全日本学生音楽コンクール、ヴァイオリン部門中学校の部西日本第1位受賞。桐朋学園大学音楽部入学、1973年日本音楽コンクール第3位入賞。翌年民音音楽コンクール室内楽部門第2位、斎藤秀雄賞(桐五重奏団のヴィオラ奏者として)受賞。
1976年イタリアに渡り、イタリア弦楽四重奏団のヴィオラ奏者であったピエロ・ファルッリに師事。その後、指揮者リッカールド・ムーティー氏に認められ、フィレツェ市立歌劇場の主席ヴィオラ奏者となる。1977年ジュネーヴ国際音楽コンクールヴィオラ部門第2位・・・・・1984年5月帰国、6月より読売日本交響楽団ソロヴィオリストとして入団。・・・・・
2001年5月読売日響を退団し、NHK交響楽団のソロ・ヴィオリストとして、またサイトー・キネン・フェスティバルのメンバーとしても活躍している。
ヴィオラ:井上静香
新潟県出身、桐朋学園大学卒業。同大学院研究科修了。1993年新潟県音楽コンクール大賞受賞。第72回読売新人演奏会出演。米アスペンに2000年いしかわミュージックアカデミーよりMA賞を授与され奨学金そ得て参加。在学中から「JTが育てるアンサンブルシリーズ」、プロジェクトQ、大垣音楽祭、サイトウキネンフェスティバル松本、小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクト、東京のオペラの森、芦ノ湖音楽祭(リサイタル)、木曽音楽祭、水戸室内管弦楽団定期演奏会などに多数出演。
ロバート・マン氏、原田禎夫氏等と室内楽を共演。ウイーンフィルの主席メンバーと室内楽を共演し信頼を得る他、マスタークラスでウイーンフィルの名コンサートマスター、ワルター・バリリ氏に絶賛された。
これまでに小林すぎ野、鷲尾悠子、原田幸一郎、加藤知子、店村眞積、山崎伸子、ゴールドベルク山根美代子の各氏に師事。紀尾井シンフォニエッタ東京のメンバー。
チェロ:原田禎夫
NHK交響楽団のチェロ奏者であった父から手ほどきを受け、その後11歳のときより斎藤秀雄氏に師事。桐朋学園大学卒業。1964年、第33回日本音楽コンクール・チェロ部門優勝後、日本全国でソリストとして活躍を始めた。毎日芸術賞を室内楽部門で受賞。東京交響楽団の最年少主席奏者として活躍した。
渡米後アスペン室内オーケストラとナッシュビル交響楽団の主席奏者を務めた。その後、全額給付奨学生としてジュリアード音楽院に入学し、室内楽をクラウス・アダム、ロバート・マン、ラファエル・ヒリヤードに師事した。
1969年に、東京クワルテットを創立し、約30年にわたって世界最高峰の室内アンサンブルを創りあげた。1996年6月、ソロ、室内楽の場を広げるべく、東京クワルテットを退団した。
日本では、1997年から毎年、宮崎国際室内楽音楽祭に招聘され、アイザック・スターン、エマニュエル・アックス、徳永二男などと室内楽コンサートを行っている。
チェロ:熊澤雅樹
桐朋学園大学アンサンブルディプロマ卒業。チェロを毛利伯郎氏、室内楽を店村眞積、山崎伸子、山口裕之、毛利伯郎各氏に師事。1997年よりサイトウキンネン「若い人のための室内楽勉強会」に参加。1998年第2回東京室内楽コンクール第1位。2000年より小澤征爾氏のオペラプロジェクト「音楽塾オーケストラ」に参加。これまでに倉敷音楽祭、宮崎国際音楽祭など各地の音楽祭など多数の演奏会に出演。
2001年9月から「ロームミュージックファンデーション」より奨学金を得て、ドイツのトロッシンゲン音大に留学。チェロと室内楽を原田禎夫教授に師事。また、2004年フライブルク歌劇場管弦楽団にて研修生として契約し、半年間オペラやシンフォニーコンサートなどに出演。2003年よりサイトウ・キネンフェスティバル、2006年より「東京のオペラの森」参加。
《レコード CDのことなど》
シューベルト:弦楽四重奏曲「死と乙女」
レコードやCDなどは自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、シューベルトの「死と乙女」は、探したらスメタナ四重奏団のLPレコード(コロンビアのヒストリカル・レコーディング・シリーズの1枚)しかありません。たぶん私が京都にいた20代の頃に購入したものと思われます。
1945年(発売?)の文字しかジャケットには書かれていません。ライナー・ノートによるとスメタナ四重奏団は、1942年プラハで結成、1945年から公開活動を開始と書かれています。結成後、間もない頃の演奏、録音かもしれません。演奏はなかなかで、時々聴いてきました。ステレオ録音は、たぶん1960年前後だと思われますので、もちろんモノーラル録音です。
チャイコフスキー:弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」
少し地味な曲なので、手持ちのレコード、CDはありません。本や雑誌に当たりましたが、見つけることができませんでした。どなたかレコード、CDに心当たりのある方は、返信でご連絡下さい。


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