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2009年2月

2009年2月28日 (土)

演奏会に行ってきました「柴田南雄の遺したこと~後期の室内楽と合唱曲」(2008-50)

2008年9月26日(金)19:00開演 JR上野駅公園口横断歩道渡って2,3分(東京メトロ日比谷線上野駅徒歩5、6分)東京文化会館小ホール 東京文化会館友の会プレゼント企画に当選したもの。

柴田南雄:後期の室内楽と合唱曲-没後12年メモリアルコンサート

《プログラム》

4つのインヴェンションと4つのドゥーブル(1990/1991)

声とコントラバスのための五つの歌曲 詩:柴田雄次(1986)

歌仙一巻「狂句こがらしの」-バイオリン ピアノ二重奏のための(1979)

        (休 憩)

合唱曲「無限曠野」 台本構成:柴田純子(1995)

《印象 感想など》

 私の席 I列23番(自由席) 聴衆かなり入る。ピアノ:スタインウエイ

柴田南雄:「4つのインヴェンションと4つのドゥーブル」(no.195 1990) ピアノ:中嶋 香

 ピアノがぽつぽつと弾かれる。そしてピアノがダイナミックに弾かれる。途中でピアニストが「ああ、どっこいしょ」と「ああ、げんたか、げんたか。のっと」と歌う。そして解らない歌が入る。たまには耳の洗濯も必要。大変面白い曲。

《曲目解説》 柴田南雄

 ピアニスト中嶋香さんの委嘱作品として、1990年12月17日に、サントリー小ホールでの『中嶋香第7回リサイタル』において、まず「4つのインヴェンション」が初演された。作曲の直後から、4曲の「インヴェンション」それぞれに「ドゥーブル」を含む初演は1991年5月14日、同所での『第8回リサイタル』にて行われた。

 34曲の音組織はそれぞれ異なる。第1曲は12音による総音程音列を自由に扱っている。第2曲はメシアンの移調の限定された旋法、MTL4とMTL6によっている。「ドゥーブル」はその和音の音色の展開である。

 以上、第1・第2両曲はほぼ1950~60年代の作風である。第3曲はロマン派ふうのヘ短調のテーマによる3声部の曲だが、テーマとその変化形は、小生の1941年頃の失われた作品(やはり「インヴェンション」と題するピアノ曲)のほぼ正確な復元、そのドゥーブルはバロック初期の舞曲の作風に近付けた。第4曲の旋律は茨城県鹿島郡矢田部の「蛤掻き歌(カッタ巻き歌)」(1942年採集、日本民謡大観関東篇所載)で、その民謡音階(いわゆる5音音階)をさまざまに積み重ねた。ドゥーブルでは、ピアニストは元来の民謡を歌う。(バルトークの「ミクロコスモス」の中にも、ハンガリー民謡を歌う曲が数曲あるのに、ピアニストがそれを歌わないのは残念なことだ。)〈CD用解説(1992)より〉

柴田南雄:「声とコントラバスのための五つの歌曲」(no.89 1986)

最初、コントラバスが震えるように出る。低音をボンボンと利かして、そして高音も奏する。バリトンが歌う。詩は漢詩を読み下したもの。(詩は省略)

《曲目解説》 柴田南雄

 1986年11月、竹前文美子さんの主宰の「スペース桐里」で、わたくしの古希(七十歳)を記念する音楽会が開かれたが、その機会に作曲し、丹羽勝海さんに初演していただいた。そうした私的な機会には、思い切り私的な曲も許されるかと思い、父柴田雄次(1882~1980、化学者)の最晩年の漢詩を妻・柴田純子が読み下しの歌詞を作り、伴奏は長男の柴田乙雄のコントラバスに託した。

 つまり丹羽さん以外は三世代の家族から父・義父・祖父へのオマージュ、といった形になった。第一曲は父の九十歳の作、第二、第三、第四曲は九十二歳の作、第五曲は九十四歳の作で、いずれも自分の部屋での日常の見聞であり、思いである。父は九十八歳の誕生日の朝に死んだ。(1994年10月記)

柴田南雄:「歌仙一巻-狂句こがらしの」(no.59 1979)-バイオリン ピアノ二重奏のための(1979)

 ヴァイオリン:山田百子  ピアノ:高橋 悠治

 ヴァイオリンとピアノの演奏。ヴァイオリンを最初、叩くように弾く。バチで叩くような音。弾く。ピチカートのように。超高音が出る。弦を擦る(こする)。ピアノ、叩くように弾く。強音でぽつぽつと高音を叩く。

《曲目解説》 柴田南雄

 1684年、芭蕉はいわゆる「野ざらし紀行」の旅に上り、その途次、同じ年の晩秋、名古屋において同地の風流の志たちと歌仙を巻いた。荷兮(かけい)、野水(やすい)、重五(じゅうご)、杜国(とこく)、が芭蕉をかこみ、五歌仙が成ったが「狂句こがらしの」はその最初の巻である。

 この曲はその芭蕉連句の感覚を音楽的に表現しようとしたもので、36句のうち、前半の18句はヴァイオリンが奇数の長句を、ピアノが偶数の短句を解釈し、第18句目は両者の合奏、後半は受け持ちが交替して第36句目を再び合奏して終わる。

 1句あたりの音楽はごく短く、両者のからみを含めて演奏法は大巾に自由である。なお曲中2ヶ所の引用がある。3句目「有明の」は拙作「夜に詠める歌」(立原道造)の歌詞の同じ言葉の旋律線であり、27句目の「郭公(ほととぎす)はメシアンの「7つの俳諧」第6楽章の中のHototoguisuのモチーフを借用した。〈初演(1979)プログラムより〉

柴田南雄:合唱曲「無限曠野」台本構成:柴田純子(1995) 指揮:田中信昭  合唱:東京混声合唱団

 東混も田中信昭の指揮も初めて聴く。アカペラの曲。本当に透明なコーラス。もの凄い演奏で、以前、コーラスをやっていた者として魂消る(たまげる)。演奏後、柴田の奥様とおぼしき方が、客席で指揮者の田中が紹介し、礼をする。

合唱曲「無限曠野」について  柴田純子

Ⅰ「天駆ける鹿」 エヴェンキ族の神話

 ヘラジカに盗まれた太陽を取りかえしに行って、星になったエヴェンキの若者の物語。エヴェンキはシベリアのツングース系狩猟民族で、もともと、トナカイやヘラジカを捕らえて生活していた。斎藤君子著『シベリア民話への旅』による。

Ⅱ「コサックの子守歌」 レールモントフ詩、麻田恭一訳

 19世紀ロシアの詩人レールモントフは二度もカフカズに追放され、この地を背景に多くの詩を書いた。コサックは辺境に逃亡した農民が作った騎兵集団で、ロシア政府はしばしばその戦力を利用した。「剣をといでいるこわいチェンチェン人」とロシアの対立は、今もなお続いている。

Ⅲ「雲に寄す」 ベストゥジェフ詩、麻田恭一訳

 1825年デカピリストの乱で、有力メンバーの一人だったア・ベストゥジェフは120人の同志とともにシベリアに送られた。いつの時代にも多くの人々が彼と同じように、自由に空を漂う雲を羨んだであろう。

 この第3曲までは、毎年1曲じつ作曲され初演された。後半3曲は1995年の作曲である。

Ⅳ「裸木」 山本幡男詩

 山本幡男は収容所でアムール句会を主宰し、昭和29年にハバロフスクで病死した。書いたものが持ち帰れなかった、仲間たちは彼の詩句や遺書を記憶して家族に伝えた。この詩は、死期間近の山本が病室の窓から見える裸木をうたったものだかが、柴田はたびたび「これは重い詩だ、曲を作るのに力がいる」と言っていた。

Ⅴ「小垣内(おかきつ)の」 田邊福磨 万葉集巻第九より

 故郷に帰る途中、足柄の坂で死んだ防人を悼む晩歌。万葉の昔から、国のために命を捨てた男たちがおり、残された女たちがいた。この曲のみ女声三部で書かれている。

Ⅵ「大白道(だいびゃくどう)」 草野心平詩

 「大白道」は終戦前年の雑誌「亜細亜」に発表された。詩人は「無限の天の大白道に」戦死した将兵たちの行進を幻視する。終曲のテキストを定めるとき、柴田はいくつかの候補の中から迷わずに「大白道」を選んだ。

 その時には、病院で仰臥したまま曲を仕上げることになるとは夢にも思わなかっただろう。戦争を知らない世代が、この曲から「戦いの空しさへの怒り」を受け継いでくれるように願ってやまない。

 (豊中混声合唱団第37回定期演奏会(1997.12)プログラムより)

アンコール柴田南雄の曲と思われる合唱曲で終了。

《柴田南雄の本》

 柴田南雄のCDはあると思うが、私は持っていない。しかし本では、「グスタフ・マーラー-現代音楽への道-(岩波新書 1984年10月22日刊)には、マーラーの曲(特に交響曲)をレコード、CDで聴く時に、大変世話になっている。

 また「音楽にしひがし」 青土社(1994年9月刊)、も柴田南雄の見識が随所に窺われる刺激的な本です。 

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2009年2月27日 (金)

演奏会に行ってきました「カルテットの日-N響精鋭4人による饗宴-バルトーク、シューベルト「死と乙女」(2008-49)

2008年9月26日(金)白寿ホール 15時開演(東京メトロ千代田線代々木公園駅徒歩10分程度) リクライニング・コンサート・シリーズ 第51回 カルテットの日-N響精鋭4人による饗宴vol.2 私の席 C列12番。(前のほぼ中央の席。よく見え、聴こえる)

《プログラム》

ベラ・バルトーク:弦楽四重奏曲 第3番 

フランツ・シューベルト:弦楽四重奏曲 第14番「死と乙女」

《印象 感想など》

バルトーク:弦楽四重奏曲 第3番

Ⅰ.モデラート  Ⅱ.アレグロ  Ⅲ.リカピチュラチオーン デラ プリマ パルテ、モデラート  Ⅳ.コーダ

 演奏時間、約15分。1楽章 不協和音による出だし、緊迫した音楽。ピチカートを多用。 2楽章~4楽章 切れ目なく演奏。

シューベルト:弦楽四重奏曲 第14番 ニ短調 D810「死と乙女」

Ⅰ.アレグロ  Ⅱ.アンダンテ コン モト  Ⅲ.スケルツォ、アレグロ モルト

 演奏時間、約40分。1楽章 よく歌い、流れる音楽。凄い腕っこきのカルテット。  2楽章 抜群のアンサンブルを奏でる。  3楽章 しっとりとした、落ち着いた楽章。  4楽章 テンポの速い、リズム感のある楽章。快調にアンサンブルよく、追い込み、盛り上がって終わる。快演。

アンコール ハイドン:弦楽四重奏曲「セレナード」より

 メロディーを弾くのは、第1ヴァイオリンのみ。他の楽器は、ピチカート。

 2曲で約1時間のコンサート。休憩なし。

 I列~Q列は、リクライニングシート。「あなたは寝ますか、それとも聴きますか」、というのがコンサートのキャッチフレーズ。

《曲目解説》 パンフレットに曲目解説は無し。吉井亜彦(つぐひこ)(春秋社刊「名盤鑑定百科 室内楽曲篇」より)

バルトーク:弦楽四重奏曲 第3番

 第3番は1927年に完成された。前作から約10年後の新作である。バルトークも46歳の年、初期の作ふうから脱却し、新たな表現主義的手法、あるいは即物主義的な手法を模索している時期の作品だ。・・・・

 全体は極めて凝縮された4つの部分からなる構成。このうち、第3部は第1部の要約的反復という性格を持つ。いろいろと作曲者の意図が推測できる内容といえよう。故意に強められた不協和音、激しいリズムなどに満ち、演奏技術の面でもなにかと難しい作品である。

シューベルト:弦楽四重奏曲 第14番 ニ短調 D810「死と乙女」

 ・・・この弦楽四重奏曲第14番は第1楽章冒頭にユニゾンで出る過激な性格の主題ですべてが決定されてしまう。この冒頭を耳にしてしまうと、すべての人は尋常ならざる緊張感を覚えずにはいられないだろう。

 もちろん曲が進んでいくうちに、シューベルトならではの転調の妙があったり、うた心であふれる美しいメロディにも不足はないのだけれども、基本的なところで冒頭の緊張感から自由になることは難しい。それは終始一貫して耳についてまわる。・・・・・

《N響メンバーによるヴィルトゥオーゾ・カルテット》

 日本を代表するヴィオラ奏者の一人、店村眞積の呼びかけで結成されたスーパーカルテット。バルトークの弦楽四重奏曲の全6曲の全曲制覇を目指して、日々、アンサンブルに磨きをかけて意欲的な活動をスタート。

 メンバーは齋藤真知亜(第1ヴァイオリン)、大宮臨太郎(第2ヴァイオリン)、店村眞積(ヴィオラ)、藤森亮一(チェロ)といったNHK交響楽団の精鋭4名から成り、高度なテクニックで深遠なハーモニーを紡ぐ。

 音楽へ限りない愛情が伝わってくる演奏ぶりは、弦楽四重奏の魅力を存分に味合わせてくれる。

 2007年5月には、東京国際フォーラムでの「ラ・フォル・ジュル・ネ/熱狂の日」音楽祭で、また紀尾井ホールでの「ヴィオラスペース」においてバルトーク:弦楽四重奏曲第6番を熱演し、聴衆を沸かせた。また、Hkuju Hall(リクライニング・コンサート)では、バルトークの弦楽四重奏曲を年1曲のペースで6年にわたる全曲演奏への取り組みをスタートさせ、初回から大きな反響を得ている。

《プロフィール》

斎藤真知亜(第1ヴァイオリン)

 東京藝術大学を主席で卒業。1986年NHK交響楽団に入団。1999年からは自主企画リサイタル「Viologue(Violinn+dialogue)を毎年開催し、様々な楽器との共演で好評を得ている。「Matthias Musicum Ensemble」「Matthias Musicum Quartett」を結成し、合奏団、弦楽四重奏の活動を全国展開している。

 一方、ジュニア・フィルでは指揮者として、また馬頭琴・口琴演奏を織り込んだコンサートも行い、ヴァイオリンにとどまらず垣根のない音楽活動は、多方面より注目を集めている。現在NHK交響楽団第1ヴァイオリン・フォアシュピーラー。

大宮臨太郎(第2ヴァイオリン)

 桐朋学園大学在学中にNHK交響楽団のオーディションに合格。2000年、第69回日本音楽コンクール第3位、ミレニアム・ニュークラシックオーディションでヴァイオリン部門第1位、審査員特別賞を受賞。2001年、仙台国際音楽コンクール第5位、聴衆者賞を受賞。2002年、若い音楽家のためのメニューイン国際ヴァイオリンコンクール(シニア部門)第2位入賞。ソロ、室内楽などに幅広く活躍している。現在NHK交響楽団第1ヴァイオリン・フォアシュピーラー。

店村眞積(ヴィオラ)

 桐朋学園大学音楽学部に入学。1947年、民音コンクール室内楽部門第2位、斎藤秀雄賞受賞。1976年イタリアに渡り、リッカルド・ムーティ氏に認められ、フィレンツェ歌劇場オーケストラの主席ヴィオラ奏者となる。1977年、ジュネーヴ国際音楽コンクールヴィオラ部門第2位、以後、フィエーゾレ音楽祭、ジュネーヴ音楽祭への参加、桐五重奏団の活動、オーケストラとの共演など幅広く活躍。1984年に帰国、読売日本交響楽団にソロ・ヴァイオリニストとして入団、長年活躍の後、2001年6月よりNHK交響楽団ソロ・ヴィオラ首席奏者ヴィオラ奏者。

藤森亮一(チェロ)

 東京音楽大学に入学。1983年、第52回日本音楽コンクール・チェロ部門第1位。1986年、第21回東京国際音楽コンクール弦楽四重奏部門において斎藤秀雄賞を受賞。1987年、NHK交響楽団に入団。1990年、ミュンヘンに留学。モルゴーア・クァルテット、ボア・ヴェール・トリオ、チェロ・クァルテット、ラ・クァルティーナのメンバーとしても活躍する。・・・・・ 現在NHK交響楽団の主席チェロ奏者。

《レコード CDのことなど》

バルトーク:弦楽四重奏曲

 レコード、CDなどは、自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、私はバルトークの弦楽四重奏曲は、アルバン・ベルク弦楽四重奏団のCD(1~6番の2枚組み)をよく聴いてきました。このCDは、評論家にも評判が良いようです。

シューベルト:「死と乙女」

 スメタナ四重奏団のLPレコードを時々聴いてきました。ライナーノーツによると、このクァルテットは1945年から公開活動を始めたようですが、私の持ってるレコードは1945年11月と書いてあり(録音年月か、発売年月か不明)ます。もちろんモノーラルレコードです。たぶん結成当時の演奏だと思われます。

 名曲なので、色んなクァルテットが録音していますが。 

 

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2009年2月26日 (木)

演奏会に行ってきました「ウイークデイ・ティータイム・コンサート シベリウス:組曲《カレリア》・ヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン:ギドン・クレーメル)、グリーグ:組曲《ホルベアの時代より》、組曲《ペール・ギュント》より(2008-48)

東京オペラシティ ウイークデイ・ティータイム・コンサート 指揮とお話:井上道義 ヴァイオリン:ギドン・クレーメル クルメラータ・バルティカ★ オーケストラ・アンサンブル金沢☆ 2008年9月25日(木)14:00開演 東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル(京王新線初台駅徒歩10分程度 駅から通路で繋がっている)

《プログラム》

シベリウス:組曲《カレリア》op.11★

シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 op.47★☆ ヴァイオリン:ギドン・クレーメル

       ・・・・・・・休 憩・・・・・・・

グリーグ:組曲《ホルベアの時代より》op.40★

グリーグ:組曲《ペール・ギュント》より★☆

    

 私の席 S席1階23列10番 平日の昼なのに、聴衆はよく入り満席の盛況。

《プログラムノート》 山尾淳史

 クラシック音楽はドイツ、オーストリア、イタリア、フランス、ロシア・・・・・といった具合に、中央ヨーロッパを中心として多くの名作曲家と名曲を生み出してきました。しかし北欧諸国もまた宝庫であり、多くの作曲家を輩出。19世紀にはドイツ・ロマン派の流れを汲みつつ各国の民族文化をミックスさせた音楽が次々に生まれ、特にCDの時代になってからは多くの曲が世界中に紹介されてきました。

 ノルウエーのグリーグ、フィンランドのシベリウスはそのトップスター的な存在であり、彼らの音楽を起点として、深い“北欧音楽の森”へと足を踏み入れる人もたくさんいます。

 また2人の作品は、私たちの多くがイメージする北欧の風景や空気感などを裏切らない音楽だと言えるでしょう。それは大気の透明感であったり、フィヨルドや森林地帯の風景、そして幻想的な白夜、最近では独特のかわいらしさを持つ雑貨やデザインなど、さまざまな要素がグリーグとシベリウスの音楽から感じ取れるのです。

 今回は、そうした雰囲気に似ている金沢という街のオーケストラ、そして北欧(特にフィンランド)に近いバルト三国の音楽家たちからなるオーケストラが共演。コンサートホールに、爽快な風を吹きこんでくれることでしょう。

《印象 感想など》

シベリウス:組曲《カレリア》op.11

1.間奏曲  2.バラード  3.行進曲風に

 オーケストラは、アンサンブル金沢。指揮台なしで、指揮者ノータクト。コントラバス2人。シベリウスらしい、私の大好きな曲。出だしのホルンの演奏、とても素敵。弦の分厚い響きが気持ちよく鳴る。中盤以降の弾むようなワルツ風の有名なテーマ、本当に良い演奏。鐘(トライアングル?)、シンバル、ピッコロなど、北欧的なテーマ、メロディー、最高の演奏。アンサンブル金沢はとても素晴らしい演奏。

シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 op.47

 Vn:ギドン・クレーメル  伴奏:クレメラータ・バルティカ  アンサンブル金沢

1.アレグロ・モデラート  2.アダージョ・ディ・モルト  3.アレグロ・ノン・タント

 コントラバスが4人に増える。指揮台が出てくる。伴奏メンバーが増える。指揮棒を持つ。1楽章 クレーメルは初めて聴く。どうしても生で聴きたいヴァイオリニストの一人だった。ソロヴァイオリンは、細めの音だけど艶のある響き。 2楽章 ソロ・ヴァイオリン、伴奏とも充実した音を奏でる。  3楽章 大変な熱演。クレーメルのヴァイオリン、やはり凄い演奏。伴奏も最高。

グリーグ:組曲《ホルベアの時代より》op.40 クルメラータ・バルティカ

1.前奏曲  2.サラバンド  3.ガヴォットとミュゼット  4.アリア  5.リゴードン

 よく聴く曲。弦楽合奏で、指揮者なし。アンサンブルが素晴らしく、豊かな音が流れる。とても若々しい演奏。

グリーグ:組曲《ペール・ギュント》より  クレメラータ・バルティカ  アンサンブル金沢

1.イングリ(イングリット)の嘆き  2.山の魔王の宮殿にて  3.オーゼの死  4.朝  5.アラビアの踊り  6.アニトラの踊り  7.ソルヴェイの歌

 指揮者 井上登場。低い指揮台あり。ノータクト。メンバー増えて、大オーケストラとなる。しっとりとした曲で、曲によって、しみじみとした演奏。井上の説明によると、井上はクレーメルと同い年とのこと。

《曲目解説》 山尾敦史

シベリウス:組曲《カレリア》op.11

 カレリアというのは現在のロシアとフィンランドにまたがる地方の名前であり、森と湖による豊かな自然が広がりながらも、領地問題が常につきまとう地域でした。しかしフィンランドにとっては単なる一地方にとどまらず、民族的な文化や伝承物語の宝庫であるカレリアは民族のルーツを探る重要な場所だったのです。フィンランドの独立と民族の誇りを胸に作曲活動をしていたジャン・シベリウス(1865~1957)にとっても“心の故郷”と思える土地であり、ここを新婚旅行先に選んだことからも深い関心がうかがえるでしょう。

 新妻アイノとカレリア地方を訪れて多くの民謡や伝承話に出会った翌年(1893年)、彼はヘルシンキ大学の学生から、歴史劇上演に際して演奏される音楽の依頼を受けます。シベリウスは各場面のために音楽を提供しましたが、その中から厳選した3曲を《カレリア組曲》として出版。欧米各地のオーケストラが取りあげるほどの人気作品になりました。

 曲は、パレードのような「間奏曲」、北国の哀愁を感じさせる「バラード」(前記の劇中では吟遊詩人が歌うシーンの曲)、そして明るい未来を思わせる「行進曲風に」から成ります。特に第3曲「行進曲風に」は、シベリウス作品のコンサートやフィンランドから来日したオーケストラのコンサートでアンコール演奏されることも多く、交響詩《フィンランディア》と共にシベリウスとフィンランドを曲だと言えるでしょう。

シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 op.47

 多くの作曲家がいろいろな楽器のために協奏作品を書いていますが、シベリウスはピアノや管楽器などには目もくれず、ヴァイオリンのためだけにいくつかの曲を残しました。と言いますのも、彼は少年時代からプロのヴァイオリニストになるべく練習を重ねてきたほど、この楽器に精通していたからです。

 1903年に作曲したヴァイオリン協奏曲は、それゆえ楽器の特性を生かした曲であり、ヴァイオリニストにとっては一筋縄ではいかないながらも演奏しがいのある作品だと言えるでしょう。全3楽章で約30分ほどですが、ヴァイオリニストはほとんど休む間もなく弾いていることからも、シベリウスの思い入れが伝わってきます。

 現在(そして本日のコンサートでも)私たちが聴くヴァイオリン協奏曲は、初演された楽譜を大幅に改訂した「改訂版」(1905年初演)なのですが、オリジナル版はソロ・ヴァイオリンのパートにバッハの作品を思わせるパッセージが多く、改訂版はより交響作品風の構成になっていますので(シベリウスが敬愛したブラームスのピアノ協奏曲が、しばしば「ピアノ付きの交響曲」と指摘される事実を思い出します)、この作品に関わった約2年間にシベリウスの作風が変化していったと言えるかもしれません。交響曲を引き合いに出しますと、第2番と第3番の間に位置する作品です。

 曲は3つの楽章から成っていますが、特に第1・第2楽章は、まるで北国の白夜を思わせる幻想的な雰囲気に満ちあふれており、シベリウス作品特有の壮大な雰囲気も感じていただけるでしょう。

第1楽章 冒頭でソロ・ヴァイオリンが奏でる主題が中心となり、オーケストラの重厚な音色が全体の雰囲気を支配しています。中ほどにはソロ・ヴァイオリンのみのカデツァが置かれています。

第2楽章 冒頭、2本のクラリネットによる主題および、そのあとでソロ・ヴァイオリンが奏でる主題が中心となります。

第3楽章 騎馬隊の行進を思わせるリズムが軸となり(よく聴くと、ティンパニと弦楽のリズム・パターンが掛け合いをしています)、ソロ・ヴァイオリンが縦横無尽に駆けめぐります。

グリーグ:組曲《ホルベアの時代より》0p.40

 シベリウスより約20年早く、ノルウェーのベルゲンで生まれたエドヴァルド・グリーグ(1843~1907)もまた自国の民謡や農村の舞曲などを音楽に取り入れ、ノルウェー独自の音楽を築き上げた作曲家だと言えるでしょう。組曲《ホルベアの時代より》は、アマチュア・オーケストラにも親しまれる弦楽合奏曲として有名ですが、もともとはピアノ曲として作曲されています。

 1884年、「デンマーク文学の父」「北国のモリエール」と呼ばれるノルウェー人劇作家、ルートヴァ・ホルベア(ドイツ語表記ではホルベルクですので、この曲もしばしば《ホルベルク組曲》と呼ばれます)が、生誕200年を迎えました。デンマークのコペンハーゲンでその地位を確立したホルベアはグリーグと同郷であり、その縁もあって記念祭に初演されるピアノ曲とカンターテを依頼されたのです。

 グリーグはホルベアが生きた時代と同じ、17世紀後半から18世紀中盤にかけてのバロック音楽をモチーフに組曲を完成。1884年12月、ホルベア像の除幕式に続いてグリーグ自身がピアノを演奏し、初演されています。グリーグはその直後に、この組曲を弦楽合奏のために編曲。翌年に3月にグリーグ自身の指揮によって初演されました。

 曲は「前奏曲」「サラバンド」「ガヴォットとミュゼット」「アリア」「リゴードン」という5曲から成っていますが、グリーグはホルベアの1歳年下で同時代を生きたJ.S.バッハやフランス・バロックの代表的な作曲家であるラモー、数多くのソナタを残したドメニコ・スカルラッティらの作品を参考にしながら、この組曲を生み出しました。

グリーグ:組曲《ペール・ギュント》より

 グリーグは30代にしてノルウェーの文化人を代表する存在となり、音楽で民族の自立をサポートしたという使命感を持っていました。

 1874年の初頭、そんなグリーグに新しいノルウェーの演劇を提唱している劇作家ヘンリク・イプセンから『ペール・ギュント』という新作劇の上演に際して演奏される劇音楽を依頼されます。

 初演されたその音楽は好評を得るのですが、彼はそのクオリティに満足することなく何度かの改訂を実行。その上でコンサート用に2つの組曲(第1組曲および第2組曲。それぞれ4曲ずつ)を編さんし、現在は世界中で演奏されるこようになりました。ちなみに劇のために書かれた音楽は約30曲あり、その中にはノルウェー特有の民族ヴァイオリンであるハリングフェレ(ハルダンゲル・フィドル)も登場して、舞台を盛り上げています。

 劇は、貧乏でありながらも自由気ままに生きる主人公ペールを中心に、母のオーゼ、純真にペールを思い続けるソルヴェイ(ソルヴェーグ)などが織りなす物語ですが、今回は2つの組曲から7曲を選び、さらにはストーリーの進行にあわせた曲順で演奏するという、独自の構成でお楽しみいただきます。

1)イングリ(イングリット)の嘆き ペールによって結婚式から略奪された花嫁のイングリが、自分の不幸を嘆くシーンで演奏されます。

2)山の魔王の宮殿にて 凶悪な魔王が住む洞窟でトロル(妖精)たちが、不気味なコーラスを歌います。

3)オーゼの死 息子ペールを心配しながら、母オーゼが息を引き取る場面の哀しい音楽です。

4)朝 ペールがひと山あてようと向かったのは、なんとアフリカのモロッコ。有名なこの曲は、サハラ砂漠にのぼる朝日の情景なのです。

5)アラビアの踊り アラビアの遊牧民ベドウィン族の予言者としておさまったペールが、乙女たちの群舞を楽しむ場面です。

6)アニトラの踊り その中でひときは美しい娘、アニトラによる魅惑的な踊りです。

7)ソルヴェイの歌 どこにいるかもわからないペールを思い、ノルウェイの家でソルヴェイが歌います。

《アンコール》 ギヤ・カンチェリ(グルジアの作曲家):「U&V」1994 

 伴奏付きヴァイオリン独奏曲

指揮とお話:井上道義

 1971年グィド・カンテルリ指揮者コンクール優勝。1983~88年新日本フィル音楽監督、1990~98年京都市響音楽監督・常任指揮者、200年~新日本フィル主席客演指揮者。シカゴ響、ロイヤル・フィル、ミュンヘン・フィル、スカラ・フィル、レニングラード響、マルセイユ歌劇場等にも客演。・・・・・・

 2007年1月よりオーケストラ・アンサンブル金沢音楽監督ならびに石川県立音楽堂アーテスティック・アドバイザーに就任。

ヴァイオリン:ギドン・クレーメル

 ラトヴィアのギガ生まれ。16歳でラトヴィア共和国コンクール第1位を獲得。2年後、モスクワ音楽院のダヴィッド・オイストラフの下で学び始める。1967年エリザベート国際コンクール入賞、1969年パガニーニ国際コンクール、1970年チャイコフスキー国際コンクールで第1位に輝いた。世界中のほとんどすべての一流オーケストラや指折りの指揮者たちと共演。多様なレパートリーは、古典派やロマン派のすべてのスタンダード作品から、20世紀の大家の作品に及んでいる。

クレメラータ・バルティカ

 ギドン・クレーメルにより1996年に結成された。エストニア、ラトヴィア、リトアニアのバルト三国出身の最も才能ある、平均年齢22歳という若い演奏家たちによって構成された。

 クレーメルの願いは、バルト諸国の若者たちと直に触れあうことにより、彼の芸術上の経験を次の世代に伝えたいということにある。ヴィヴァルディやモーツアルトからビアソラ、ニーノ・ロータに至る名曲と並んで、現在の作曲家たちの作品を世界中で数多く演奏している。

オーケストラ・アンサンブル金沢

 1988年、世界的指揮者、岩城宏之が創設音楽監督(永久名誉音楽監督)を務め、多くの外国人を含む40名からなる日本最初のプロの室内オーケストラとして石川県、金沢市が設立。

 2001年金沢駅前に開館した石川県立音楽堂を本拠地とし、世界的アーティストとの共演による定期公演など年間110公演を行っている。海外公演は13回に及ぶ。設立時より多くの委嘱作品を初演、CD化し、ジュニアの指導、学生との共演、邦楽との共同制作などオーケストラ育成、普及活動にも積極的に取り組んでいる。・・・・・

 2007年1月より井上道義を新音楽監督に迎え、新たな活動を展開している。2008年、創立20周年を迎えた。

《レコード CDのことなど》

シベリウス:組曲《カレリア》など管弦楽、交響詩の作品

 レコード、CDは自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、シベリウスの管弦楽作品は、私は若い頃からジョン・バルビローリ指揮ハルレ管弦楽団のLPレコード(第2番の交響曲と2枚組み)をよく聴いてきました。

シベリウス:ヴァイオリン協奏曲

 ヴァイオリン協奏曲は、ヤッシャ・ハイフェッツのヴァイオリン、ワルター・ヘンドル指揮シカゴ交響楽団のLPレコードを愛聴してきました。

      

               

          

  

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2009年2月23日 (月)

演奏会に行ってきました「三戸素子&シュテハン・モエラー ヴァイオリンリサイタル ベートーヴェン、シューベルト、フランク」(2008-47)

2008年9月22日(月)19時開演 東京文化会館小ホール(JR上野駅公園口直ぐの交差点渡って2~3分、東京メトロ日比谷線上野駅徒歩5~6分)

私の席 G列26番(自由席)ほぼ中央の席 東京文化会館友の会プレゼント企画に当選したもの。

 当ブログ「モントウー演奏会日記」は、おかげさまで延べアクセス回数が、13,000を超えました。今後も報告をしていくつもりです。今後ともご愛読を、どうぞよろしくお願いいたします。

 なお、感想やコメントを、メールでお寄せいただければ有り難いです。何かと励みになります。どうぞよろしくお願いいたします。

さて今回は、ヴァイオリンとピアノのデュオです。

《プログラム》

L.V.ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第4番 イ短調 作品23

F.シューベルト:幻想曲 ハ長調 D934 Op.post.159

C.フランク:ヴァイオリンソナタ イ長調

アンコール:クライスラー「ルイ13世のシャンソン」

《感想 印象》

ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ 第4番 イ短調 作品23

Ⅰ.プレスト  Ⅱ.アンダンテ スケルツオーゾ ピウ アレグレット  Ⅲ.アレグロ モルト

 1楽章 ピアノの音、柔らかい。ヴァイオリンも柔らかい、素敵な音色。少し、激しい曲。ピアノとヴァイオリンの掛け合いが面白い曲。ベートーヴェンらしさが出ている曲、演奏。  2楽章 愛らしい感じの楽章。  3楽章 息の合った演奏。中盤以降、ダイナミックに盛り上がる。

シューベルト:幻想曲 ハ長調 D934 op.post.159

 ピアノの即興曲が思い浮かぶ感じの曲。出だしはヴァイオリンのしっとりとした音楽で始まる。途中から、テンポの良い、そして歌のある、シューベルトらしい感じの曲想になる。ヴァイオリンが、愉しそうに喜びに満ちた感じで弾く。シューベルトらしさの感じられる曲、演奏。途中、ヴァイオリンのしっとりとしたピチカートが、効果的に使われている。全体として、シューベルトらしい、歌に満ちた、結構規模の大きな曲。コーダが盛り上がり、熱演。

メシアン:幻想曲

 ピアノのフォルテで始まる。一風変わったメロディ、楽曲。ピアノもヴァイオリンも難曲。

フランク:ヴァイオリンソナタ イ長調 

Ⅰ.アレグレット モデラート  Ⅱ.アレグロ  Ⅲ.レツィタディーボ ファンタジア ベン モセラート  Ⅳ.アレグレット ポコ ポッソ

 1楽章、夢のような有名な出だし。  2楽章 テンポを上げ、中低音を利かせた楽章。短調ぽい、少し暗い響きの楽章。ヴァイオリンが、艶のある、音色・響きを出す。そして、沈んだ調子の、落ち着いた音楽になる。中盤からよく歌う、熱のこもった演奏を展開。  4楽章 一転、明るい曲想へ。しっかり組んだデュオで熱のこもった演奏を聴かせる。コーダ、大いに盛り上がり、快演。ブラヴォー。

アンコール クライスラー:ルイ13世のシャンソン

 フランス風のスタイルの曲。前半がアンダンテ、後半はパパーヌとのこと。(三戸の解説) ヴァイオリンは、可愛い、可憐な音楽、音色で演奏。

《曲目解説」》 三戸(みと)素子

ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ 第4番 イ短調 作品23

 ベートーヴェン(1770~1827)31歳の時のこの作品は、彼の最初のヴァイオリンソナタ3連作から5年の歳月を経て書かれたものである。この曲と一緒に仕上げられたのは誰もが心和まされ、幸せになれるソナタ「春」。この曲はその影に隠れ、あまり演奏されることももない。だが私はこの曲を「ベートーヴェンの悪魔的な一面が、来るべき時の為に爪を研いでいる作品」だと思っている。

 ベートーヴェンが作曲した、全10曲のうち、唯一の短調曲であるこのソナタは、イ短調という「丸い」響きでありなが暗く激しく、つかの間姿を現す穏やかな音楽をたちまち飲み込んでしまう程の奥行きがある。この後約2年間の間に6曲のヴァイオリンソナタを凝縮して書き、第9番「クロイツェル」でしばし打ち止めとなる。その到達点「クロイツェル」はイ長調、この作品はその姿をもう捉えている。

 第1楽章は最も平和な拍子である8分の6拍子というフィールドに挑戦するかのように劇的な音楽が疾走する。嵐から逃れて味わう間奏曲のような第2楽章は緩徐楽章にスケルツォ音楽を忍び込ませる凝りようだ。

 18世紀絵画の中の貴婦人達のそぞろ歩き。遠くで狩りに興じる殿方達とは別世界の優雅なお辞儀に包まれた滑稽と作為に満ちたはかりごと。ベートーヴェンは2つのメロディを同時に、あるいはずらせてピアノとヴァイオリンに演奏させてあたかも一つのメロディであるかのように見せかけている。入れ替わりなりすまし、焦らし戯れる恋の駆け引きのように。最高の組み合わせの二つのメロディを考え出した仕掛け人ベートーヴェンは、その出来映えにのどを鳴らして満足したことだろう。

 第3楽章ではまた嵐が戻ってくるが、私達の自然な生理とは逆につけられた強弱でエネルギーを抑圧し、ため込んでいく。途中現れるには天上のコラールであり「英雄」を彷彿とさせる一場面・・・・、これはまだ人生の盛りのただ中で葛藤するベートーヴェンの姿そのものだろうか。ものすごいエネルギーが最高潮に達したところで、心の中の煩悩は幻のように塵となったかき消える。

シューベルト:幻想曲 ハ長調 D934 op.post.159

 1000曲以上もの曲を残し、31歳の人生を駆け抜けていったシューベルト(1797~1828)が、この幻想曲を書き終えてからは、もう1年しか生命が残っていない。類い希な天才にそれは起こるように、シューベルトもその短い人生の中で、何度も変貌を遂げた。だから若い頃に歌曲の応用で作曲したヴァイオリン曲と、この晩年の幻想曲にはかなりの隔たりがある。

 長年、私は晩年期のシューベルトによるヴァイオリン・パートの超絶技巧は、パガニーニの登場と市民文化の台頭によるもにだと思っていた。だが、今年になって晩年の弦楽四重奏曲とこの曲に取り組んで、考えが変わってきた。ウイーンを愛し、音楽を愛し、ものすごい美への追究がもたらした、夢中で曲を作り続けた男の果ての必然なのだ。私にとってこの曲は、歌曲的な息の長さを基礎にしながら壁という壁、柱という柱に細やかな技巧でびっしりと細工 を施した、アルハンブラ宮殿なのである。

 この大規模な幻想曲は、切れ目なく演奏される3つの部分(4つという説もある)から成り、まず第1部が天国の歌声を思わせる前奏から、時計の針は動き出し孤独な人間の旅路ははじまる。

 第2部は天上のオアシスのようなテーマと3つの変奏曲。天上界から降りてくると、序奏部分が回帰し第3部のフィナーレの始まりとなる。高らかな確信の歌は、旅の終わりを告げる。帰国の道を急ぐ私達は異次元の世界、天上のオアシシのテーマを足早に通りすぎ、わが家を目前とするコーダに到達する。待っているのは今までの旅路を打ち消し、ただの男の夢だったと思わせるエンディング。正当なハ長調で幕を閉じる。これはハ長調に始まり、イ長調、変イ長調等を経て再び戻ってくる合わせ鏡のように構成された、さすらい人シューベルトの調性の旅でもある。

メシアン:幻想曲

この曲は1933年に作曲された。今年がメシアン(1908~1992)生誕100年にあたるので25歳の時ということになる。シェイクスピア研究者の父と詩人の母を持つ彼は、早くから音楽の才能を示し、22歳でパリの音楽院を卒業。オルガン奏者としの就職を果たし、いよいよ音楽家として独立した矢先の頃の作品と推察される。

 この幻想曲は、彼の最初の妻となるヴァイオリニスト、クレールの為にかかれたそうだ。この曲の存在はつい最近までまったく知らされていなかった。昨年、2007年に突然、フランスのデュラン社から楽譜が出版され、少しずつ演奏されつつある。

 8分という適度な演奏時間、お手本のような前奏、主題、展開、主題回帰、終結部という明確な構造。調性に縛られない自由なハーモニーにも拘わらず、まぎれもない当時のフランス音楽の響き等々、この曲には万人に好まれる様々な要素がある。私はこの楽譜に接して音楽に入り込むにつれ、むせるような官能の世界に驚嘆した。潜在するロマンティシズム、大戦前の大いに人間臭さが残っている社会の余韻等々、この曲は素晴らしく魅力にあふれた生き物だと思う。

 その後メシアンは20世紀の様々な実験音楽が横溢する中で、第2次大戦動員中の捕虜収容所内で書かれた「世の終わりの為の四重奏曲」、「音楽と強度のモード(1950)」、鳥の声に着目した一連の作品(1950~60)、一時放棄していた宗教的、神学的系列の作品への回帰(1963年以降)と、彼の作曲世界を貫く。没した後15年経っても、またこうして彼は私達の前に現れ、豊かなひとときをもたらしてくれる。

フランク:ヴァイオリンソナタ イ長調

 あまりにも有名なこの曲に、今さら何を言うことがあるだろう。ベルギー出身でパリに生きたこの作曲家(1822~1890)。華やかなオペラやサロン音楽が求められた時代に、理解されることなくドイツ・ロマン派を取り入れ、ストイックな作曲人生を送ったオルガン奏者の彼が作った唯一のヴァイオリン・ソナタ。同時に彼の代表作、そして、まぎれもないヴァイオリン音楽の最高峰の一つとなった。ベルギーの大ヴァイオリニスト、イザイへの結婚の贈り物として書かれたこの曲は、4つの楽章からなり、バロック期のソナタ緩・急・緩・急という楽章構成をとっている。冒頭の動機が全曲にわたって姿、形を変え網羅されたすべてのモティーフが緊密に関連付けられながら、各楽章で様々な可能性を開花させ独自の個性を展開する。

 謎めいて情熱的、語りかけるような第1楽章、激情に満ちた第2楽章、レチタティーボ・ファンタジアの副題のついた第3楽章は人間の声そのものだ。第4楽章で今までくり返し私達の体内に送り込まれたもやもやを吹き飛ばすハッピーエンドがついにやって来る。婚礼を祝う鐘の音・・・・・、何度味わっても褪せることのないその快感はヴァイオリンとピアノのたった2台でつくり出される魔法と思う。

 私は20代の時にはじめてこの曲を勉強した。超有名曲に例外なくつきまとう宿命、散々人々の手の垢にまみれた音楽に対する、若さゆえの潔癖感を克服するために、自分なりの奏法、歌い方にこだわった。以来たびたび演奏するにつれ、この曲のもつ力に素直に身をまかせようという現在にいたっている。

《演奏者プロフィール》

ヴァイオリン:三戸素子

 桐朋学園大学卒業後、1981年渡欧。スイス・ヴィンタートゥール音楽院を経てザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学卒業。篠崎功子、中山朋子、A.P.シュトゥッキ、H.ツエートマイヤー、塩川悠子の各氏に師事、N.ミルシュタイン、F.サモヒル、G.シュルツ、M.プレスラー、アマデウス弦楽四重奏団他のマスタークラスに参加。在学中より「ザルツブルク弦楽四重奏団」メンバー、またさまざまな室内オーケストラのコンサートマスターをつとめ、1987年に結成した「サンクトフローリアン三重奏団」でNYカーネギーホールほか国際的に活動。1992年より本拠地を日本に移し、室内楽シリーズ「クライネス・コンツェルトハウス」を主宰。「第60回及び第61回全日本学生音楽コンクール」審査員。「2007及び2008軽井沢ミュージックサマースクール」講師を務める。オーケストラ「ジャパン・シンフォニア」コンサートマスター。・・・・・・

ピアノ:シュテファン・モエラー

 1955年ハンブルグ生まれ。ハンブルグ、ブレーメン、ザルツブルグ・モーツアルテウム音楽大学で、ハイルブート、ザイベルト、ライグラフの各氏に師事。またザルツブグにてヴィムベルガー、コンツのもとで指揮を学ぶ。

 1983年~89年ザルツブルグ音楽祭でカラヤンのアシスタントを勤める。1985年国際ベートーヴェン・コンクール第3位、1996年国際ベートーヴェン協会USAよりよりベートーヴェン32のピアノソナタの演奏に対し「グレイト・アーティスト賞」、上海音楽大学より特別賞を受賞。

 彼のレパートリーの中核を成すベートーヴェン作品は32曲のピアノソナタの他、ピアノ協奏曲全5曲、ヴァイオリンソナタ、チェロソナタに渡っている。。またリスト編曲も含むワーグナーピアノ曲の全集のCDも評価が高い。ヨーロッパ各国のみならず北米、日本、中国、台湾にも招待され、ウイーン学友協会でのベートーヴェンピアノソナタ32曲全曲チクルスは絶賛された。

 1990年よりウイーン音楽大学で後進の指導にもあたっており、マスター・コースや演奏解釈のワーク・ショップも国際的に行っている。・・・・ウイーン国際ピアニスト協会会長、オーストリア音楽協会理事。

《レコード CDのことなど》

ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ

 レコード、CDなどは、自分の気に入ったものを聴いていればよいわけですが、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタは、世評の高いヴァイオリン:クレーメル、ピアノ:アルゲリッチの盤をよく聴いてきました。もちろん有名曲では他にいろいろありますが(たとえばパールマン(Vん)、アシュケナージ(P)などのLPレコードなど)、全曲では達人達のスリリングな演奏のCDがやはり良いと思います。

フランク:ヴァイオリンソナタ

 有名過ぎて夥しい数のレコード、CDがあるわけですが、私はヴァイオリンジョコンダ・デ・ヴィトー、ピアノ:ティト・アピレアのLPレコード盤を愛聴してきました。

 デ・ヴィトーは音楽之友社刊「クラシック 続・不滅の巨匠たち」(1994年12月発行)によると、(高橋 昭 記)「イタリア人特有の美音やカンタービレの魅力よりも、作曲家の人間性を暖かく感じさせた」ということです。そして「本格的な国際的演奏活動は15年たらず、あっさり引退してしまった」ヴァイオリニストだったそうです。

 「1947年にロンドンでデビュー、しかしデ・ヴィートは1961年、自分の可能性が頂点に達したと判断して、引退してしまうのである。・・・・・多くのヴァイオリニストが老醜をさらすのに対して、彼女の引き際の良さは目立っている。・・・・イタリアのヴァイオリニストで印象づけられるのはまず美しい音であり、鮮やかなカンタービレである。デ・ヴィトーの演奏では、そのような感覚に訴える魅力よりも、豊かな自発性と熟成した解釈から生まれる内面的な精神、暖かい感情が聴き手を捉える。」

 「デ・ヴィトーの音の美しさ、響きの豊かさは、同時に優れた楽器の威力を示している。彼女は1953年以前、1762年のガリアーノを奏いていたが、その後1690年のストラディバリ“トスカ”を使った。それは、イタリア政府が聖チェチェーリア音楽院のために購入した名器で同校の終身教授であった彼女に貸与された。この楽器は、引き続きピナ・カルミレッリに貸与されている。」

 CDは、ブラームス、メンデルスゾーンの協奏曲や「デ・ヴィトーの音楽(1948~57)(たぶん、すべての録音が収録されている?)」などがあるようです。

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2009年2月17日 (火)

演奏会に行ってきました「プラハ室内歌劇場『魔笛』」(2008-46)

2008年9月21日(日)15:00開演 東京文化会館大ホール (JR上野駅公園口横断歩道渡り2、3分 東京メトロ日比谷線上野駅徒歩5、6分)

ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルト 歌劇「魔笛」全2幕

原作:クリストフ・マーティン・ヴィーラント  台本:ヨハン・エマヌエル・シカネーダー  初演:1791年9月30日 ウイーン郊外ヴィーデン劇場 作曲者自身の指揮による(シカネーダ座)

《登場人物》

タミーノ(テノール) 王子。パミーナに憧れ、ザラストロから救い出すために試練の旅に出る。

パパゲーノ(バリトン) 鳥刺し。お調子者の愛すべき俗人。恋人を探すためにタミーノとともに試練の旅に出る。

夜の女王(ソプラノ) 夜の世界を支配する女王。最初は娘をさらわれた哀れな母親として登場するが、第2幕では悪の象徴と化す。

パミーナ(ソプラノ) 夜の女王の娘。一目でタミーノと恋に落ち、彼と結ばれるために試練にたえる。

パパゲーナ(ソプラノ) パパゲーノの女房になる若い娘。パパゲーノの心を試すために最初は老婆の姿で現れる。

ザラストロ(バス) 古代エジプトのイシス、オシリスの両神に仕える高僧。最初はパミーナを誘拐した悪者として登場するが、後に徳の高い叡智の人であることがわかる。

モノスタトス(テノール) ザラストロに仕えるよこしまなムーア人。後半で夜の女王に寝返る。

《キャスト》

ザラストロ:イヴァイロ・グベロフ  夜の女王:エレナ・ガズディーコヴァー  タミーノ:オトカル・クレイン  パミーナ:イヴェタ・イルジーコヴァー  パパゲーノ: イルイー・クビーク  パパゲーナ:リブシュ・ミリャースカー  モノスタトス:イルジーブルークラー ほか

《印象 感想など》

序曲  第1幕

 私の席 B席3階R1列7番 ほとんど満席。

 音楽はとても良いテンポで、快適に流れる。オーケストラは多すぎず、最適の規模で、アンサンブル、バランスがとても良い音、響きで鳴る。

 夜の女王、アリアでコロラチューラ・ソプラノの素晴らしい歌声を聴かせてくれる。

《魔笛をみる人へのノート》 小山 晃

 《時と所》

 架空の時代のエジプト。となっているが、日本のおとぎ話にもよくある昔々あるところに・・・・。

「序曲」

 モーツアルトのオペラの序曲中で、もっともポピュラーな1曲。曲の冒頭でひびく力強い和音が、正義の力を表現しているように感じられる。

 序曲の中で3度奏でられるこの和音は、第2幕でも響く。この和音は“自由・平等・博愛”を示すとされているが、その解釈は別としてもアレグロの主部などまことに輝かしい。

《第1幕》

あらすじ

 王子タミーノが、大蛇のような竜のようなえたいのしれない怪物に追われて逃げてくる。王子は恐怖のあまり失神したが、夜の女王の3人の侍女が現れ、怪物を倒す。タミーノを見て一目惚れした侍女たちが名残惜しそうに立ち去ると、鳥刺しパパゲーノが現れた。

 気がついたタミーノは、この男が怪物を退治したと思いこむ。パパゲーノもいい気になって自慢するが、再び現れた侍女たちに嘘言のかどで口に錠をかけられる。

 タミーノは夜の女王の娘パミーナ救出を侍女たちに誓い、魔法の笛をうけ、パパゲーノも行動を共にするようようにと銀の鈴をうける。

見どころ聴きどころ

「オレは鳥刺し」

 パパゲーノが登場しつつ歌う自己紹介の歌。陽気で軽やか、自然児で生き生きとして健康なキャラクターが、この1曲で即座にしれる。

「何と美しい絵姿」

 タミーノのアリア。パミーナの肖像画を見せられたタミーノが一目で恋し憧れる。絵を見ただけで好きになるとはえらく単純だが、俗人とちがってそれが王子さまなのだろう。シンプルな旋律だが情熱を秘めながらとても初々しい。

「恐れるな若者よ」

 夜の女王のレシタティーボとアリア。難曲の一つで、コロラチューラのハイテクをクリアしながら娘を奪われた母の悲憤を歌いだす。劇的なレシタティーボ、アリアで母の痛みのコントラストもすばらしい。夜の女王の最初のきかせどころであり、ハイテクが見事にキマると快感。!!

「フム、フム、フム」

 タミーノ、パパゲーノ、3人の侍女による5重唱。嘘をついたパパゲーノの口に錠がかけられ・・・・。アンサンブルの傑作の一つ。パパゲーノとタミーノの掛け合いに3人の侍女が加わる。そしてここで魔笛と鈴が与えられる。モーツアルトの親しみとユーモアが充ちたナンバーである。

あらすじ

 さて、ザラストロの館では、捕らわれの身のパミーナが召し使いモノスタトスに言いよられ、驚愕と悲しみで気絶。そこへ忍び入ったパパゲーノはモノスタトスをやりすごし、パミーナに王子タミーノが助けると告げる。

 一方タミーノは3人の少年に案内され神聖な森へ到着した。と、弁者が現れ、ザラストロは正しき者と語る。パミーナがこの館にかくまわれているのは、邪心ある母から護るためと話す。

 タミーノが入るとパミーナ、パパゲーノが現れ、追手のモノスタトスとその手下たちを魔法の鈴で酔わせ難を避ける。

 人々の喚呼の声に迎えられザロストロが現れた。ザラストロはパミーナを許し、タミーノを捕らえてきたモノスタトスは下心をザラストロに知られ、逆に罰を受ける。

 タミーノとパミーナは、愛を成就させるには試練を受けなければならず、科せられた厳しい3試練に立ち向かう。人々のザラストロを讃える声がひびいてくる。

見どころ聴きどころ

「ここへ来い」

 緊迫感を増してゆく3重唱。邪しまな想いで迫るモノスタトス、追いつめられるパミーナ、パパゲーノ登場で一転コミカルに。鉢合わせした男2人は互いの奇妙な姿にそれぞれが化け物かと思ってしまう。これも大傑作で腕達者な歌手が演じると、緊迫しながらも滅法可笑しい。

「恋をしるひとには」

 パミーナ、パパゲーノの2重唱。パパゲーノからタミーノの愛を知らされたパミーナは、その未知の若者に憧れる。非常に美しい愛の賛歌であり、ここにもモーツアルトの真髄があると云える。

「見知らぬ旅人よ」

 弁者とタミーノの問答。タミーノがザラストロ邸に近づくと、弁者が現れ問答となる。弁者はザラストロの偉大さを説き、しかしタミーノは容易に納得しない。2人の問答は、永遠なるものへの教え、とでも云えようか。

「オレにまかせろ」

 邸を忍び出たパミーナとパパゲーノ、モノスタトスらが追ってくる。一計を案じたパパゲーノが鈴を振ると・・・・。まことい珍妙無類なシーンだが、モーツアルトは絶妙な音楽をはめた。

「フィナーレ」

 理屈でいうと、タミーノやパミーナが急にザラストロに傾く心理が、とってつけたようで矛盾だらけだが、何だか変だゾ、と観客が考える前にモーツアルトの傑出した音楽に押しきられてしまう。

 フィナーレではザラストロの哲学、モノスタトスの罰、顔を初めて見合わせるタミーノ、パミーナなどの件があるのだが、ザラストロノ讃の合唱でパミーナ救出は大詰めとなる。

第2幕

あらすじ

 ザラストロが祭司たちと現れた。ザラストロは彼らにタミーノへの助力を依頼する。ほどなくタミーノは試練を受ける資格を認められ、第1の試練に向かい、3人の侍女の誘感も退けた。

 パパゲーノはというと自分には試練などとんでもないと考えている。怖いことをさせられるなら、独りで過ごしたほうがいい。でも、愛らしいパパゲーナを彼女にできると聞くと、やっぱりその気になってしまう。

 話しは変わって、夜の女王がパミーナのもとへこっそり現れ、ザラストロへの復讐を、と娘に短剣を渡し暗殺を命じた。恐ろしいことだがパミーナは母にさからえない。途方にくれるパミーナだったが、ザラストロはすべてお見通しだった。

 いよいよ試練に入ったタミーノ、沈黙の試練である。が、口から先に生まれたようなパパゲーノは黙ってなんかいられない。

 そんな彼の前に1人の老婆が現れた。あんたの恋人よと、と云われて驚くパパゲーノだったが、千年も生きたような老婆はすぐに姿を消す。3少年が現れ、ザラストロから取り上げられていた笛と剣を2人に返す。タミーノ吹く笛の音にひかれパミーナが現れたが、一言も物を云わないタミーノに、彼女は嫌われたかと悲観する。そこへ現れた3少年から、無言の行は試練のため、彼はあなたを愛している、と聞き、パミーナは自分も試練を、と決心する。そして2人は次々と試練をまっとうしてゆく。

 酒を手にしたパパゲーノはすっかりごきげんである。やっぱり恋人がほしいとも思う。と、さっきの婆さんだ。しぶしぶ愛を誓うと、とたんに婆さんは美女に変身、だがまた姿を消した。パパゲーノは絶望し首をつろうと考えた。ちょうど枝ぶりのいい樹もある。その寸前、また3少年が現れ、鈴を振ってごらんと云う。験しに振ればなんとパパゲーナが現れた。有頂天のパパゲーノは2人で沢山こどもを作ろうと抱き合う。

 一方では、復讐をしようと忍び入った夜の女王一行が、突然の雷鳴に打たれ、永遠の闇の底へ落ちた。

 輝かしい太陽の世界になり、ザラストロはタミーノへ、パミーナを従えて現れ、試練をしっかり遂げた2人を祝福する。全員がイシスとオシリスを讃えて唱和する。

《印象 感想など》

 舞台や演出は、オーソドックスと思った。モーツアルトの音楽、曲作りに感動。モーツアルトはやはり凄い。オペラって凄い。「魔笛」を堪能。

見どころ聴きどころ

「マーチ」

 ザラストロに従う祭司たちの入場。そしてザラストロの説教、祭司、弁者などとの問答があり、3回の和音も響く。

「神よ聞き給え」

 合唱を伴った壮大なアリア。タミーノ、パミーナの試練の成果をザラストロが神に祈る。荘厳で華麗なナンバーせあり、唱和する男性合唱に強くふちどられる。

「アララ、こんなところで」

 タミーノ、パパゲーノ、侍女たちの5重唱。無言の行を続ける男2人を陥落させよう、と侍女たちが現れる。女たちの誘惑にノリそうになるパパゲーノ、必死にそれを止めるタミーノ。どうにか無視しとうすことができる。

「誰でも楽しく恋が」

 モノスタトスのアリア。彼が官能の疼きを歌う。ささやくように忍び声で歌うところに体のほてりが表されている。うっくつした情慾を示すモーツアルトの卓抜な手法があり、音楽で物の見事に心理を演じさせている。

「わが怒りの火は」

 夜の女王のアリア。ザラストロへの激しい憎悪と復讐を歌う。高度の声の技を聞かせつつ執念の沸りを歌い、壮絶な劇的効果がある。コロラツーラの難曲中の難曲である。

「この清き世界は」

 ザラストロのアリア。広い人間愛を示し、大変荘厳だが人間的な温かさをにじませる。広大な愛を感じさせる1曲。

「この国へ2人ともようこそ」

 大変ナイーブな音楽で書かれ、ここで魔笛と鈴がタミーノ、パパゲーナに返される。

「幸せは永遠に帰らず」

 パミーナのアリア。無言の行に入ったタミーノとは知らず、彼にふられたと誤解し、失恋の嘆きと死の決意を歌う。切実な、そして美しい旋律の間に絶望感が書き込まれている。

「何と幸せ」

 祭司たちの合唱。タミーノの試練の成功を祈る、スケールある男声合唱である。

「恋人か女房が」

 パパゲーノのアリア。おかしくてちょっぴり悲しい自然児の人生観である。金も財産もいらない。可愛い恋人か女房がいれば、それがおいらには一番。パパゲーノの心情が心憎いほど表されている。

「パ、パ、パ」の2重唱

 パパゲーノは女の子に消えられ、もう首を吊るしかない、と絶望に襲われる。枝ぶりのいい樹も目の前にある。ラッキーな?ことに綱もぶらさがっている。

 3つ数えても誰も止めてくれない。もう駄目だ、と思ったとたんパパゲーナが現れた。2人はしかりと抱き合う。人生捨てたもんじゃない。子どもを沢山つくろう。最高に愉快な二重唱であり、見聞するほうも人生が愉しくなる。人生謳歌の名ナンバーであり、《魔笛》の白眉のシーンである。

「闇は消え、陽は昇り」

 オペラの大詰め。夜の女王たちは永遠の闇の底に落ち、陽がさんさんと輝く。強く幸せな者たちはみな太陽の世界に迎えられ、イシスとオシリスの神を讃えるフィナーレの合唱が、壮大にひびきわたってゆく。

《プラハ室内歌劇場》

 プラハ国立歌劇場やプラハ国立劇場、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団などのの中心メンバーで構成されrている。

 古い習慣に捕われない進歩的なオペラ・カンパニーを目指し、プラハ音楽院およびプラハ音楽芸術アカデミーの若い芸術家達によって1965年に立ち上げられた。チェコに息づく音楽遺産を重んじ継承しようと熱心な取り組みが注目を集め、その若々しい気迫溢れる演奏は聴衆の心を掴み、プラハの音楽界で重要な地位を確立するのにそう時間はかからなかった。

 設立当時は創立者の一人でもある芸術監督ペトル・ヤナーシュのもと、チェコの芸術の根底に流れるモーツアルトの伝統を再認識し、モーツアルトオペラの上演に力を注いだ。その真摯な活動は、若い音楽家達を中心にチェコのクラシック界を大いに活気づけた。

 1968年、旧ソ連の軍事介入(「プラハの春」)により活動は大幅に制限されたものの、その後の社会主義体制崩壊により、前衛的な作品も取りあげながら再び精力的な活動を展開した。

 現在は、鬼才演出家マルティン・オタヴァに率いられ、その完成度の高さは数あるオペラ団体の中でもトップクラスに位置付けられ、大きな注目を浴びている。・・・・・(以下、略)

《プラハ室内歌劇場総裁・主席演出家・プラハ国立劇場主席演出家:マルティン・オタヴァ》

 チェコが誇る気鋭の舞台演出家。

 祖父はプラハ国立劇場の名バリトン、母は同劇場のバレリーナという芸術一家に生まれる。

 プラハ音楽院で声楽を、プラハ音楽芸術アカデミーでオペラ演出を学ぶ。在学中より歌手および俳優として主にオペレッタ、ミュージカルなどに出演。演出にも早くから関心を、プラハの小劇場で研鑽を積んだ後、1991年にプラハ国立歌劇場の演出家としてデビューし、《愛の妙薬》《ファウスト》《イル・トロヴァトーレ》《こうもり》などを次々に手がけた。

 プラハの他、アルノ、リベレツで《ドン・ジョバンニ》《アイーダ》他、さらに国外でも演出家として招かれ、バイロイトで《ドン・ジョバンニ》、モンテカルロで《セビリアの理髪師》、ミュンヘンで野外オペラ《アイーダ》、カンヌで《ワルキューレ》、また日本でもプラハ国立劇場《アイーダ》《トスカ》などが好評を博した。

 野外劇場オペラ制作も得意とし、1995年から2001年までプラハ野外オペラ・フェスティバルの総合演出家として、毎年夏の舞台を制作、《椿姫》《リゴレット》《魔笛》などを手がけた。奇をてらわず、台本の本来のおもしろさを追求する機知に富んだ演出は、世界中で脚光を浴びており、そのオファーはとどまることを知らない。

《プラハ室内歌劇場音楽監督、スロヴァキア国立歌劇場主席指揮者:マルティン・マージク》

 東スロヴァキアのプレジョヴ生まれ。ブラチスラヴァ音楽院にてクラリネット、ピアノ、作曲、指揮を学ぶ。その後、ブラチスラヴァ音楽芸術アカデミーにてL..スロヴァーク、B.レジュハに、作曲ををJ.ハトリークの各氏に師事。同時期にウイーン国立音楽大学にてK.エースターライヒャーに、K.シュヴェルトシクの各氏に師事。その他、A.チェッカート、S.チェリビダッケの各氏に師事。

 アカデミー在学中よりコシチェ国立フィルハーモニーへ客演を重ねる。スロヴァキア国立歌劇場アシスタント・コンダクター、コシチェ国立劇場指揮者を経て、1996年よりスロヴァキア国立歌劇場の指揮者を務める。・・・・・・

 2005年に行われた《こうもり》のアメリカ・ツアーではアメリカの各紙で高い評価を得る。2006年はドイツ、オーストリア、スイス、フランスにて《メリー・ウイドウ》のツアー(全30公演)、プラハ室内歌劇場の初来日ツアーで大絶賛される。2007年にはアメリカ、ドイツ他、日本へはメラニーホリディのツアーに同行し東響、九響などを指揮。

 次世代を担う逸材として注目を集めている。

《レコード CDのこと

歌劇「魔笛」

 レコード、CDは自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、わたしは以前からオトマール・スイトナー指揮ドレスデン国立管弦楽団ライピティヒ放送合唱団 ザラストロ:テーオ・アダム、タミーノ:ペーター・シュライヤー、夜の女王:シルヴィア・ゲスティー、パミーナ:ヘレン・ドナート ほか のLPレコードをよく聴いてきました。

 私はアナログレコードの柔らかい音が好きで、今でもアナログをまず聴きます。しかし今はCDの時代ですから、CDではオットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団および合唱団 タミーノ:ニコライ・ゲッダ、パミーナ:グンドラ・ヤノヴッツ、パパゲーノ:ワルター・ベリー、夜の女王:ルチア・ポップ、ザラストロ:ゴットローブ・フリックス ほか と カール・ベーム指揮ウイーンフィルハーモニー管弦楽団、ウイーン国立歌劇場合唱団 パミーナ:ヒルデ・ギューデン、夜の女王:ヴィルマ・リップ、タミーノ:レオポルド・モノー、パパゲーノ:ヴァルター・ベリー、パパゲーナ:エミー・ローゼ ほか 

のCDを楽しんできました。

  

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2009年2月14日 (土)

演劇に行ってきました「笑劇モリエール『セレブ気どり』」(2008-5)

2008年9月18日(木)19時開演 シアター1010(東京メトロ日比谷線北千住駅前徒歩5~6分) 朝日新聞プレゼント企画に当選したもの。)

私の席:1階7列13番(実際は2列目のど真ん中・よく見えて台詞が聞こえる最高の席)

笑劇 モリエール『セレブ気どり』「滑稽な才女たち」より

《スタッフ》

作:モリエール  脚本演出:是枝正彦  音楽:寺門一憲  振り付け:井上仁司  舞台監督:清水浩志 ほか

《キャスト》

セレブな父親・ゴルジュビス:真那湖敬(コスモプロジェクト所属)  使用人・ヤッキーナ:丸山裕子(テアトル・エコー所属)  ほか多数

《バンド》

キーボード・ピアノ:朝倉由里  パーカッション:竹本一匹  ベース:清水昭好

《ストーリー》

 男達はおかんむり。せっかくの合コンなのに、タカピーな娘達におたんちん呼ばわりされ、プライドもへったくれも無くなりプンプン。

 当の娘達は、夢見る夢子ちゃんよろしく、きゃぴきゃぴ。

 セレブを気どってあーだこーだとうかれポンチでほざいている。

 このままでは済まされない。「ギャフン!」と言わせてやるぅ!!と独身貴族達。

 開けてびっくり玉手箱の抱腹絶倒な復讐が始まる。

 後は観てのお楽しみぃ~。

《印象 感想など》

 出演者全員が、赤い丸い玉を鼻に付けている。バンドのメンバー、会場係、始まる前にバレー(運動の)もどき(パントマイム)をしているメンバーも鼻に赤い玉を付けている。

 装置も揃い、本当に素晴らしい劇場、舞台。

 歌あり、劇ありで、ミュージカル風の展開。合コンで4人の娘の集団見合いという舞台設定。バンドのメンバーは腕達者揃いで、皆上手い。途中でトランペットも入り、4人の男のコーラス。バックで、4人の娘のコーラスが入り、歌はみなとても上手い。

 3人の男が登場。そして、中国の料理人が登場し、料理は、日新のカップ・ラーメン。

 セレブな親父が登場し、「愛は子宮を救う」の歌を歌う。愉快な劇・・・・・

《脚本・演出》 是枝正彦

 私がモリエールと言う作家に強く惹かれるようになったのは、今から30数年前に、岩波ホールで上映していた「モリエール」と言う、モリエールの一生を描いた映画を観てからです。

 そこに描かれていたモリエールは、シェークスピアやラシーヌなどと肩を並べる中世の偉大な芸術家・演劇人と言うより、やけに生々しい、私と等身大の、損得を考えずにただ好き事にうちこむ芝居バカと言った風だったのです。

 自分の信じた面白い芝居をつくる為、時の権力や保守的な世間と、したたかにしなやかに渡り合いながら、芝居仲間達と恋ありケンカありの騒乱状態でヤッサモッサして、もはやリオのカーニバル状態で、人生を駆け抜けて行ったのです。

 そのエキサイティングな生涯に、元来お調子者の私は「俺もこれで行こっと!」と、決めてしまったのです。

 以来、人生の騒乱状態だけはモリエール並み、否、それ以上かもしれない波瀾万丈の暮らしをここまで送ってきました。

 あとは、「作品の出来がと・・・・・・」、ドンキホーテが風車に戦いを挑むような日々を送っている私なのです。

《プロフィール》

 桐朋学園大学演劇専攻科卒業。劇団民藝に入団。宇野重吉氏・滝沢修氏・渡辺浩子氏に師事。劇団の多数の作品に参加。

 在団中に、TV・ラジオの番組で構成作家を務める。1990年に劇団民藝を退団。国際演出家協会の推薦によりNew York Actor’s Studioのobserverとして参加する。

 代表作に「ブルースな日々」シリーズ、「歓喜の歌」「あなたを待ちながら」、「人のフリン見て・・・」「「丹波屋物語」など多数。

 

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2009年2月12日 (木)

演奏会に行ってきました「J.S.バッハ:ミサ曲 ロ短調」(2008-45)

J.S.バッハ:ミサ曲 ロ短調 2008年9月15日(月・祝)2:00pm開演 川口リリア音楽ホール(JR川口駅 陸橋でホールから繋がっている 徒歩3~4分 4階) 内壁・床とも木造の響きのとても良い音楽ホール

指揮:山田康弘 バッハ協会合唱団・バッハ協会管弦楽団 オルガン:福水志帆

《曲目について》 山田康弘

 バッハは、徹底した職業音楽家であり、注文や必要がなければ決して作曲しなかったにも拘わらず、最晩年に至って、全曲通して演奏されるあてもない、カトリック(普遍的という意味ももつ)形式の長大なミサ曲を纏めたということは、フーガの技法、オルガンのための17のコラール集、ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ集等、様々な分野の作品において最後まで校訂が続けられたのと同様に、宗教作品での集大成を創り上げようとしたからに他ならない。

 その作曲課程では、ごく若い頃の作品を含むいろいろいろなカンタータから抽出した楽曲を、より高度に結晶化させ、配列するといった手法がとられ、それは手間を惜しんだからでは決してなく、人生の過ぎ去った部分も尊び、集大成化しようという意志によるものである。(原曲がいかに深い意味を付加されながら改変されたかを見るのも興味深い)

 このミサ曲のうち、キリエとグローリアは、一つの纏まりをなし、当時のルター派教会でもミサブレヴィス(小ミサ曲)として演奏されたようである。

 冒頭、ロ短調のフーガは、平均律クラヴィーア曲集第1巻の最終フーガと調性、テンポの点で全く同一である。平均律のテーマでは、12音全てが用いられ、音秩序の全的な具現がはかられたが、ここでも、何かそれと相通ずるものがあるのではないかと思われる。

 キリエ、グローリアを通じて、三位一体の神の象徴たる3という数字の暗示、父なる神と子なる神との一体をあらわすために、それぞれの歌詞を同時に歌わせる手法(Sop,Ten,二重唱)等、象徴的表現が多く見られる。中でも、ホルン、2本のファゴットを伴ったバス・アリアは、聖なるものとなったイエス・キリストを象徴したものであり、アタッカで続けられる爆発的な合唱による神賛美とともに鮮やかなコントラストを成し、それは、後述のクレドにおける表現を先取したものと云えよう。

 後半、クレドの部分は、全曲の中核を成す。その中心部、即ち受肉、受難、復活というキリスト教信仰の根幹を成す部分に、その直前、ソプラノ、アルトの二重唱を一部改変してまでも、新たな合唱曲が1曲書き加えられ、合唱曲が3曲並列されるという異例の構成がとられたのである。そこでは神が人へと、また死せるキリストが復活の姿へと変容する様が、音型的、和声的に全く意表を突く独創的方法により、殆ど神秘主義的なまでに象徴される。これと似たようなことは、クレドの最終部分でも行われ、洗礼による古き人の死、再生と永遠の生とが鮮やかなコントラストをもって表現される。この劇的に表現された両部分は、和解、融和の象徴とも呼び得るバスのアリア(オーボエダモーレのユニゾンが多用される)を橋渡しとして繋ぎ合わされ、アーメンの歌詞による終結部では 、永遠の命を得た者の狂喜に近いまでの歓喜を見るようである。

 続くサンクトゥスは、単独の楽章として最古に成立したものの一つであるが、全曲中最も崇高な楽曲のであり、三位一体の象徴たる3連符に満ち溢れている。

 以後、音楽的には緩やかな下り坂を辿りながら終結へと進んでゆく。アルトのアリアでは、バッハが大作の終わりによく行うように、音型による十字架が切られ、最後にはグローリアでも登場した「われら主に感謝したてまつる」の音型に「われらに平安をあたえたまえ」の歌詞をあてたものがおかれている。

《演奏者》

指揮:山田康弘 合唱:バッハ協会合唱団 管弦楽:バッハ協会管弦楽楽団 オルガン:福水志帆

《歌詞対訳 印象 感想など》

キリエ 1.合唱   主よ 憐れみたまえ

 (コーラス、快調な出だし。ソリストもコーラスを歌う。)

2.二重唱(ソプラノ/アルト)  キリストよ 憐れみたまえ

 (ソロも良い声の持ち主たち)

3.合唱    主よ 憐れみたまえ

グローリア

4.合唱

 いと高きところには神に栄光あらんことを

5.合唱     

  地には善意の人々に平和あれ

6.アリア(ソプラノ Ⅱ)   

 われら主を誉め、主をたたえ、主を拝し、主をあがめたてまつる

 (コンマス、上手い。オルガン、音楽をよく支える)

7.合唱   

 主の大いなる栄光のゆえに、われら主に感謝したてまつる

8.二重唱(ソプラノ/テノール)

 主なる神、天の王、全能の父なる神よ、主なる御独り子、最高者なるイエス・キリストよ、

 主なる神、神の子羊、父の御子よ

 (フルート上手い。チェロとコントラバスのピチカートが心地よい)

9.合唱

 世の罪を除き給う者よ、我らを憐れみたまえ、

 世の罪を除き給う者よ、我らの願いを聞き入れたまえ

10.アリア(アルト)

 父の右に座し給う者よ、我らを憐れみたまえ

 (オーボエが心地よく響く。落ち着いた歌唱)

11.アリア(バス)

 汝のみ聖なり、汝のみ主なり、

 汝のみいと高き者、イエス・キリストよ

 (ホルン、良い音で響く。ソロ、バスらしい声)

12.合唱

 聖霊とともに、父なる神に栄光あれ。アーメン。

 (テンポを上げて、活発な音楽、コーラス。テナー、ソプラノが活気あるコーラス。やはり音楽が素晴らしい、凄い。)

       ・・・・・・・休 憩・・・・・・・

クレド 信仰告白(クレド・ニケア信経)

 合唱

 われは信ず、唯一なる神を

合唱

 われは信ず、唯一なる神を、全能の父、天と地と、見ゆるもの見えざるもの造り主を

二重唱(ソプラノ二人)

 われは信ず、唯一の主、イエス・キリストを、

 神の御独り子、万世の先に父より生まれし者を、神よりの神、光りよりの光り、

 まことの神よりのまことの神、造られずして生まれ、

 すべての造り主なる父と一体なる者を、われは信ず、われら人類のため、われらの救 いのため、天より下りし者を

 (二重唱、よくハモる)

合唱

 聖霊によりて、処女マリアより御身体を受け、人となりたまいし者を

 (落ち着いた曲)

合唱

 われらのためにポンティオ・ピラトのもとに十字架につけられ、苦しみを受け、

 葬られし者を

 (しっとりとした曲)

合唱

 聖書にありしごとく、三日目によみがえり、天に昇りて父の右に座し、

 栄光とともに再び来たりて生ける人と死せる人とを裁きたまう者をわれは信ず。

 その御国は終わることなし。

 (一転、活気のよい曲)

アリア(バス)

 われは信ず、主なる聖霊、生命の与え主なる者を。それは父と子よりいで、

 父と子とともに拝され、あがめられ、予言者によりて語りたまいし者。

 また、唯一の聖にして公なる使徒の教会なり。

 (オーボエ、チェロ、コントラバスがよく響く。ソロはバスだが、バリトンぽい声、歌い方)

合唱

 罪の赦しのためなる唯一の洗礼を認め、

合唱

 死者のよみがえりと来生の生命とを待ち望む。アーメン。

 (出だし、オルガンの強奏。)

サンクトゥス

 合唱

 聖なるかな、万軍の主なる神、主の栄光、天と地に満てり

 (フォルテで、ティンパニーが鳴る)

合唱(オザンナ)

 いと高きところのオザンナ

 (テンポ、上がる)

アリア(テノール)

 主の御名によりて来る者は幸いなり

 (フルート、チェロが印象的な音楽を奏でる。テノールの高音が素敵な歌を歌う)

合唱(オザンナ)

 いと高きところにオザンナ

アリア(アルト)

 神の子羊、世の罪を除き給う者よ、われらを憐れみたまえ

 (ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスオルガンが印象的な音楽を奏でる。アルトの歌唱も上手い)

合唱

 われらに平安を与えたまえ

 (壮大な終曲。大いに盛り上がる。とても感動的な演奏でした。ブラヴォー)

《演奏者 プロフィール》

指揮:山田康弘

 ミュンヘン国立音楽大学大学院にて国家演奏家資格を取得後、演奏活動を開始。ヨーロッパ、日本国内においてJ.S.バッハのオルガン、チェンバロ、室内楽作品全曲演奏会を開催する他、多くの宗教作品を指揮して好評を得る。

ソプラノ:武田裕子

 洗足学園大学専攻科及び声楽マスタークラス終了。1988年日本モーツアルト音楽コンクール声楽部門第3位。ドイツ歌曲、宗教曲のソリストとして活躍。中山悌一、築地文夫、W.モーアの各氏に師事。洗足学園大学講師、二期会会員、日本フーゴ・ヴォルフ協会同人。

メゾソプラノ:田野亜希子

 日本大学芸術学部音楽学科卒業。在学中より川上勝功に師事。二期会オペラ研修所第46期を終了し、現在二期会準会員。・・・・・・

アルト:中島豊子

 宮城学院女子大学音楽科卒業。東京音楽大学研究科修了。

 第64回日本音楽コンクール第二位入賞。文化庁在外研修員として、ドイツ(フライブルク)に留学。現在、チューリヒ歌劇場に所属。二期会会員、日本演奏連盟会員。

テノール:川瀬太基

 バロックから現代曲まで幅広くソロを務めるが、とりわけバッハ:受難曲の福音史家にて高い評価を得ている。1991年に続き、1995年マーラー「大地の歌」では「音楽の友」をはじめ各誌で絶賛された。柴田睦陵氏に師事。ラ・ベル・ジャボット所属。

バリトン:浅井隆仁

 東京音楽大学声楽(オペラ)専攻卒業、同大学院修了。二期会オペラ研修所終了、カールスルーエ音楽大学(リートクラス)へ留学。・・・・・・

 二期会会員、日本演奏家連盟会員、二期会マイスタージンガー・メンバー、東京音楽大学合唱研究員。

バス:森野光生

 明治学院大学卒業。在学中より宗教合唱音楽に親しみ、卒業後声楽のレッスンを始める。・・・・・・・

 東京クリスマスアカデミー所属。声楽を芳野靖夫氏に師事。

バッハ協会合唱団

 ソプラノ:18人、アルト:13人、テノール:3人、バス:6人。

バッハ協会管弦楽団

 第1ヴァイオリン:3人、第2ヴァイオリン:2人、ヴィオラ:2人、チェロ:1人、チェンバロ:1人、フルート:2人(一人はN響の神田寛明)、オーボエ:3人、ファゴット:2人、トランペット:3人、ホルン:1人、ティンパニー:1人、オルガン:1人。

《レコード CDのことなど》

 レコード、CDは、自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、私が若い頃は、コーラス入りのカンタータやミサ曲(ロ短調や受難曲など)は、カール・リヒター指揮ミュンヘンバッハ合唱団、同管弦楽団のレコードが高い、いわば絶対的とも言える評価を得ていました。それは今でも変わらいようです。私も、アルヒーフのレコードを愛聴してきました。ただ最近は、古楽器による演奏が、隆盛を誇ってきていますけど。

 学生時代に入っていた混声合唱団で、ロ短調ミサを後輩たちが、故濱田徳昭(のりてる)先生の指揮で、暗譜で演奏しました。なにしろ、曲がすごいですね。感動した思い出があります。

 しかしその後、古楽器がブームになり、ガーディナーやレオンハルト、ヘレヴェッヒ、アーノンクール、ブリュッヘン等、たくさんの指揮者が古楽器で演奏、録音をしています。

 しかし、私は生で、鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパンの演奏に接してきました。ご存知のように彼は、バッハのカンタータの全曲演奏・録音に取り組んでいて、世界でも注目されているとのことです。

 また「ロ短調ミサ」のCDは、2007年度の音楽之友社「レコード芸術誌」のレコード大賞(声楽曲部門)で銀賞を得て、(大賞はブーレーズ指揮の「マーラー交響曲全集完結編(交響曲部門)が獲得して)話題になりました。

 バッハ・コレギウム・ジャパンは、人数を絞った精鋭たちの演奏で、私はとても気に入っています。

 

  

  

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2009年2月11日 (水)

演奏会に行ってきました「紀尾井ニュー・アーティスト・シリーズ 岡崎慶輔(ヴァイオリン) モーツアルト、ブラームス、ベートーヴェン」(2008-44)

紀尾井ニュー・アーティスト・シリーズ 響け未来へ 新日鐵プレゼンツ 紀尾井ニュー・アーティスト・シリーズ ヴァイオリン:岡崎慶輔 ピアノ:伊藤 恵 2008年9月3日(水)午後7時開演 紀尾井ホール(JR四谷駅 東京メトロ四谷駅 徒歩7~8分) 紀尾井友の会プレゼンツ企画に当選したもの

《印象 感想など》

私の席 16列15番 プログラムが良いせいか、満席。全員招待の演奏会。

《プログラム》

モーツアルト:ヴァイオリン・ソナタ ト長調 K301(293a)

ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ニ長調 Op.108

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第9番 イ長調 Op.47「クロイツェル」

《プログラムノート》 奥田佳道

今夜の素敵なプログラムをめぐって

 第一線での演奏活動を行うかたわら、今なおベルリンで研さんを積む俊英ヴァイオリニスト岡崎慶輔と、ウイーン古典派やドイツ・ロマン派の鍵盤芸術と相思相愛のピアニスト伊藤 恵の共演とは、ほほ緩む。

 ともに、世界最難関のコンクールとして知られるミュンヘン国際音楽コンクールの覇者。二人は、筆者がミュージック・アドヴァイザーを仰せつかっている北九州国際音楽祭で初めて出逢った。2006年10月のことである。

 磨き抜かれた技を独り歩きさせることなく、楽曲の精髄・本質をに寄り添うべく、ひたむきに弾く岡崎。言葉の真の意味での情熱と名人芸を併せ持つ本格派の登場だった。そんな岡崎のステージ・プレゼンスに魅了され、求心的なピアニズムを披露した伊藤。北九州・響きホールの客席は大いに喜び、企画者冥利に尽きるデュオとなった。中欧ドイツ語圏の息吹を知る二人は、その後、折を見て共演するようになる。CDレコーディングも行った。

 王道を行くソナタの夕べを今宵、皆様と。

《印象 感想》

モーツアルト:ヴァイオリン・ソナタ ト長調 K301(293a)

Ⅰ.アレグロ コン スピリチュオ  Ⅱ.アレグロ

 1楽章 ヴァイオリン、とても艶のある美しい音色で鳴る。曲も演奏も若々しい。付かず離れず、素敵なデュオ。 2楽章 愛らしい可憐な楽章。ピアノがとても上手い、詩的な演奏を聴かせる。

《曲目解説》 奥田佳道

モーツアルト:ヴァイオリン・ソナタ ト長調 K301(293a)

 1778年1月、モーツアルト(1756~1791)の音楽観を高みに導いた〈マンハイム=パリ旅行〉の折りに紡がれた。パリで出版された6曲のソナタ・セットのひとつでロココ調の優美な楽章が2つ。このソナタはフルーティストにとっても大切なレパートリーになっている。

 歓びにあふれた歌謡主題と2つの楽器の対話は奇跡。第2楽章の中ほどを彩るト短調のシチリアーノ舞曲も胸をうつ。全2楽章。 

ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調 Op.108

 Ⅰ.アレグロ  Ⅱ.アダージョ  Ⅲ.ウン ポコ コン センチメント  Ⅳ.プレスト アジタート

《印象 感想》

 1楽章 ブラームスらしさが横溢した楽章。  2楽章 落ち着いた、少し渋い響き。  3楽章 ヴァイオリンとピアノのやりとりが聴きもの  4楽章 テンポの速い、熱のこもった演奏 

《曲目解説》 奥田佳道

 ピアニスト、指揮者として多忙だったブラームス(1833~1897)が夏休みに風光明媚な避暑地数カ所で創作のアイディアを練り、友人や演奏家仲間と交歓したことはよく知られている。

 1880年代後半のお気に入りは、アルプスの景観も素晴らしいスイストーン湖畔のホーフシュテッテンで、この地でチェロ・ソナタ第2番、ヴァイオリン・ソナタ第2番、同第3番などが書かれた。

 歴史的なピアニスト兼指揮者のハンス・フォン・ビューロー(チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の初演ピアニストでありワーグナー指揮者として著名)に捧げられたヴァイオリン・ソナタ第3番は、ドラマに富んだ4つの楽章から成る。

 音楽の流れに無類の緊張感と烈しさを添えるシンコペーションのリズムとその変形が聴きどころのひとつで、ヴァイオリンとピアノが醸す交響的な味わいは、ある意味で二重奏という概念を超えている。

 一方、この作曲家ならではの諦観も大いなる魅力だ。ピアノの緻密にして大胆な筆致も素晴らしい。第1楽章で低音を反復させるオスティナーは46小節に及ぶ。

 曲はスイスのベルンで私的に初演された後、1888年の暮れにブダペストで、作曲家としても知られるイェーネ・フバイ(1858~1937)のヴァイオリン、ブラームス自身のピアノにより公開初演された。

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第9番 イ長調 Op.47「クロイツェル」

Ⅰ.アダージョ ソステヌート-プレスト  Ⅱ.アンダンテ コン ヴァリアツィオーニ  Ⅲ.フィナーレ.プレスト

《印象 感想》

 1楽章 ヴァイオリン独奏から緊迫した二重奏へ。  2楽章 優しい歌。ヴァイオリン、ピアノとも軽やかな演奏。ヴァイオリンの美音が際立つ。見事な掛け合い。  3楽章 速いテンポで、凄いやりとり。コーダ、大いに盛り上がる。快演。ヴァイオリニストの将来性を感じる。ピアニストの大物さが如実に出る。凄い演奏でした。

《曲目解説》 奥田佳道

 今秋リリースの最新ディスクにも収められた「クロイツェル」とは、心憎い選曲だ。協奏風二重ソナタを聴く喜び、ここに極まる-このジャンルに燦然と輝く〈クロイツェル・ソナタ〉が今宵のプログラムを劇的に締めくくる。

 1803年の初夏に楽都ウイーンで書かれた。この年は、時代を切り拓くベートーヴェンの筆致がさらなる高みに達する年である。交響曲第3番「英雄」の作曲が本格化する年、と記すだけで十分だろう。

 愛称は、パリで鳴らしウイーンでも名声を博したヴァイオリニスト兼作曲家のロドルフ・クロイツェル(クロイツァー/1766~1831)から採られた。ヴァイオリンを習う人にとっては教則本でもおなじみのクロイツェルである。彼に献呈されたが、初演はブリッジタワーという別のヴァイオリニストによって行われたというから歴史は面白い。

 2つの楽器の有機的な交歓、変幻する旋律美、そして破格の推進性がキーワードとなる。両端楽章の覇気に満ちた運びもさることながら、主題と4つの変奏及び終結部(コーダ)から成る第2楽章の木目細やかな創りに魅了される。変奏はベートーヴェンのお家芸であり終生のテーマだった。

 プレストの第3楽章は当初、ヴァイオリン・ソナタ第6番イ長調作品30-1のフィナーレとして1802年に書かれた。しかし、同ソナタには規模が大きすぎると判断されたのだろう。それで同じイ長調の「クロイツェル」のフィナーレとなる。雄渾(ゆうこん)なドラマを予告する第楽章の序奏も彫りが深い。

《アンコール》

シューマン:3つのロマンス Op.94

       :ベートーヴェンの主題によるロンディーノ

 素敵な曲で、演奏も素晴らしかった。

《演奏者 プロフィール》

ヴァイオリン:岡崎慶輔

 2005年に難関のミュンヘン国際コンクール第1位を受賞。日本人としては21年ぶりの快挙を果たす。ヴィエニアフスキー国際コンクール(シニア部門)(ルプルン)及びR.リピツァー賞コンクール第1位他、数々の国際コンクールで優れた成績を収める。

 1979年福岡市生まれ、母親の手ほどきで4歳からヴァイオリンを始め、13歳でユージン・メニュインに才能を認められる。14歳で北九州国際音楽祭、15歳でフィンランドのクフモ室内楽音楽祭に出演。東京藝大附属高校を経て、ドイツに留学。文化庁芸術家在外研修員。浦川宣也、ザハル・ブロン、イゴール・オジムに師事。ベルリン音楽大学ソリスト・ディプロマ課程を主席で卒業し、エドアルド・チャーミー賞を受賞。更にベルリン・フィルのオーケストラ・アカデミーでサイモン・ラトル、安永徹、ガイ・ブラウンシュタインの下、幅広く研鑽を重ねる。

 19歳でユストス・フランツ指揮フィルハーモニア・フンガリカとのドイツ・デビューを果たす。・・・・・・

 透明感溢れる美しい響き、繊細で多彩な表現力は、高い評価を得ている。・・・・・

ピアノ:伊藤 恵

 幼少より有賀和子氏に師事。桐朋学園高校を卒業後、ザルツブルク・モーツアルテウム音楽大学、ハノーファー国立音楽大学卒業。名教師ハンス・ライグラフ氏に師事。1979年エピナール国際コンクール第1位、1980年J.S.バッハ国際音楽コンクール第2位、クルト・ライマーコンクール第1位、1981年ロン=ティボー国際音楽コンクール第3位、及び特別賞と数々のコンクールに入賞。1983年第32回ミュンヘン国際音楽コンクールピアノ部門で日本人として初の優勝。・・・・・・

 1993年日本ショパン協会賞、1994年横浜市文化奨励賞受賞。2003年より東京藝術大学准教授。

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2009年2月 9日 (月)

演奏会に行ってきました「レクチャーコンサート『激動の時代と音楽』シリーズ「2」 ナビゲーター&ピアノ:小川典子 ラフマニノフ、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチ、ムソルグスキー」(2008-43)

2008年9月5日(金)19:00開演 東京文化会館小ホール(JR上野駅公園口直ぐの交差点渡って2~3分 東京メトロ日比谷線上野駅徒歩5~6分)

東京文化会館レクチャーコンサート 「激動の時代と音楽」シリーズ 2ndロシア編 ナビゲーター&ピアノ:小川典子

《プログラム》

ラフマニノフ:「音の絵」より Op.39-1.5

プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第7番 変ロ長調 Op.83

         ・・・・・・・休 憩・・・・・・・

ショスターコヴィチ:ピアノ協奏曲第1番 Op..第2番 Op.102より抜粋

ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」

アンコール チャイコフスキー:「四季

《印象 感想 ナビゲーター「小川典子」のお話など

(注)小川の話は、とても面白かった。私の見にくいメモから、書き起こしました。聞き違い、書き間違いもあると思います。ご容赦を。

 今日はロシアのピアニズム、ヴィルチュオーソ(ヴィルチュオーサ)の紹介。ズーッとビフテキの連続になります。

ラフマニノフ:「音の絵」Op.39-1,5(エチュード)

 ラフマニノフは、大柄で、非常に大きな、ガッシリした手を持っていた。手が大きいだけでなく、練習熱心で、神経質であった。この曲は、ロシアのダークな世界を描いた2曲。大変な難曲で、すごいテクニックを要する。ダイナミックなピアニズムの曲。2曲目(Op.39-5)は、少しロマン性を湛えたた曲。

 小川のピアノは、とにかくダイナミックでスケール感が大きい。男勝りのピアニズム。

《曲目解説》 寺西基之 

 ラフマニノフ(1873~1943)はロシア帝政末期の揺れる時代に前半生を過ごし、作曲家・ピアニストとして高い名声を得た。彼の作風はチャイコフスキーに連なる良き時代のロシアへの憧れを感じさせるロマン的なスタイルを土台としているが、その中にも錯綜した響きが入り交じる点に不安定な時代の反映をみることができよう。

 ロシア革命を避けて母国を去ったことや、後半生はアメリカを中心に西側で活動したにもかかわらずロシア・ロマン的な作風を貫いたことに、19世紀ロシアに根ざす彼の精神性が窺える。

 練習曲集「音の絵」も彼の作風を如実に示す曲集の一つ。ピアノの名手だった彼ならではの技巧的な難しさに、音による絵画的表現(但し具体的な標題は付されていない)が結び付けられている。1911年に書かれたOp.33と1916年から翌年(革命の年)にかけて書かれたOp.39の2巻あり、本日は後者から不安な音の流れで運ばれる激情的なハ短調Op39-1と、慟哭するような悲劇的主題を持つ変ホ短調Op39-5が演奏される。どちらの曲からも、革命直前のロシアに対する作曲者の絶望が聴きとれるかのようだ。ロシア、ソビエトの音楽の閉塞感から生まれた音楽と言えるかも知れません。

プロコフィエフ:ピアノソナタ第7番 変ロ長調 Op.83

 (小川)日本に来た3人、ラフマニノフ、プロコフィエフ、ショスタコヴィチ。ロシアの厳しい社会事情に直面した。山田耕筰は、ベートーヴェン、ショパン、モーツアルトは大嫌いと言った。ドビュッシーは少しましだとと言った。小川典子は、リヒテルの7番のソナタの演奏は凄いと思った。初演もリヒテルで、リヒテルは初演のアンコールで7番のソナタを全曲弾いた。プロコフィエフは、7番のソナタについて、なるべく騒々しく弾くようにと言っている。メロデイーは、ピアノを弾くというより、叩くという感じ。2楽章は、少し叙情的な面も。3楽章は、ダイナミックな音楽。

《曲目解説》 寺西基之

 プロコフィエフ(1801~1953)は、ロマン派に連なるラフマニノフとは対照的に、ペテルブルク音楽院在学中からモダニズム的な作風で物議を醸し出した。2人ともロシア革命の際に自由な活動を求めて母国をあとにした点は同じだが、異国において古きロシアへの郷愁を抱き続けつつソヴィエト体制下での母国に戻らなかったラフマニノフと違って、プロコフィエフは結局西側での活動に行き詰まりを感じ、新体制下での母国のほうが、自分の本領を発揮できるのではないかと考えて、1930年代半ばに祖国復帰を果たす。

 しかしまさにその頃、ソ連共産党は芸術上の社会主義リアリズム路線をを打ち出した。これは芸術に対する社会統制で、人民のために分かりやすい明快なスタイルの作品の創作を、芸術家に要求するものだった。路線に沿わない芸術は、反体制と見なされる厳しい状況の下、自らの個性と当局との方針との狭間で、自らの道を探っていくいくことを余儀なくされたプロコフィエフは、明快な形式のうちにも、彼本来の先鋭的なモダニズムを巧みに生かした作品を生み出していく。

 特に大戦前夜の1938年頃から大戦後の1946年頃までの間に、プロコフィエフは傑作を次々に生み出した。中でも注目すべきが、1939年に着手された3つのピアノ・ソナタ(第6番~8番)で、戦時の状況下で書かれたゆえに“戦争ソナタ”ともいわれている。

 本日演奏されるのは、その中の第7番。1942年に完成された曲で、3曲の中でもプロコフィエフのモダンな面が、特に前面に出た作品だ。不協和音を多用した先鋭な響き、打楽器的なダイナミズムなど、大戦最中の苛烈で不安な時勢を反映したような厳しい緊張に貫かれた強靱な音楽だが、一方で彼はスターリン体制下の恐ろしい世相もそこに重ねていたのかもしれない。

 不安な緊張と激しい起伏で運ばれる第1楽章、叙情的に始まるがやがて現実を思い出すかのように気分が張り詰めていく第2楽章、8分の7拍子のリズムが生み出す不安定さとダイナミックな動きで運ばれる緊迫した第3楽章からなっている。

ショスタコヴィチ:ピアノ協奏曲第1番Op.35、第2番Op.102より抜粋

 (小川)ショスタコヴィチは凄いピアニストだった。あまり知られていないが、ショパン・コンクールで2位だった。武満徹のピアノ曲の初演もしている。今回、小川典子は伴奏部分も入れて弾く。武満は自然の中で育ったと言えるが、ショスタコヴィチは全く逆と言える。例えばソ連では、ショパンの葬送行進曲は、全くダイナミックな音楽に変わって演奏された。

《曲目解説》 寺西基之

 先述の社会主義リアリズムに最も翻弄された作曲家が、生涯の間に何度か作品を厳しく弾劾されたショスタコヴィチ(1906~1975)だった。彼はその都度当局の意向に沿うような作品で名誉回復を図ったが、実はそうした一見迎合的な作品においても、彼が裏に反体制的意味を暗号的のようにしのばせていたことが最近明らかになっている。

 国家の弾圧に対する芸術家の強かな姿勢がそこに窺えよう。元々彼は最初の批判を受ける前からパロディックな書法を得意としていた。ピアノ協奏曲第1番(1933)、批判前の作品ながら、ベートーヴェンの「熱情」ソナタのパロディで始まるなど、意味ありげな内容のものとなっている。こうした書法が、のちの批判後の作品に生かされることになるのだ。

 協奏曲第2番(1957)は息子のために書いただけに軽妙な曲だが、ここにもハノンのパロディがあったりで、その真意は様々に解釈され得るだろう。

ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」

 (小川)ピアノの中に描いた絵、と採ってもらってもよい。これまで弾いた(聴いてもらた)曲に比べると、長閑(のどか)に聴こえる曲。第6曲は「二人のユダヤ人」。私がジュリアード音楽院にいた頃、先生はカリカリのユダヤ人だった。ユダヤ人は、はじめから裕福であったはずがない。「カタコンブ」。「バーバーヤガ」。半身がおばあさんで、半身が鶏(にわとり)。小川の話は面白かった。この曲は、以前小山実稚恵で聴いたことがある。印象は全然異なる。小山は、美しいピアノタッチ。だが小川典子は、繊細さと力強いダイナミミックなピアノ奏法の両方を持ち合わせたピアニスト。男勝りのスケールの大きな響きも出る。

《曲目解説》 寺西基之

 ムソルグスキー(1839~1881)は、19世紀後半にロシア国民音楽を追究した作曲家グループ「5人組」の中でも、とりわけ大胆な作風を示した。農民など虐げられた民衆に共感し、民衆に根ざすロシア精神を表現することをめざした彼は、ロシア語の抑揚や民謡の語法から導き出された旋律とリズムを多用し、原色的な色彩と逞しい力感に満ちた音楽を追究した。

 そうした特質は、18734年作の『展覧会の絵』にもはっきり示されている。この作品は、1873年に死去した友人の美術家ガルトマンの回顧展に出品された絵画やスケッチに基づいて書かれた10曲と、その前後に挟まれるプロムナード主題(展覧会場を歩く様を表す)からなる。ガルトマンはロシア民衆に共感し、民族主義的な芸術を追究した点でムソルグスキーの同志だった。それだけに一層、この組曲は民族的主張を打ち出した作品となったといえよう。

 例えば第1曲「グノームス」で表現される小人のぎこちない動きや叫びは、虐げられたロシア民衆の姿に重なり、ポーランドの牛車を描いた第4曲「ビドロ」でも、ムソルグスキーは農民の苦役の表現に焦点を当てている。一方で第9曲「鶏の足の上に立つ小屋」は、ロシア民話の世界(魔女バーバ・ヤガー)を迫真的に表し、終曲ではロシア聖歌の引用や鐘の響きの模写によって輝かしくロシアを賛美するなど、まさにロシアの栄光と暗黒の両面をリアルな筆遣いで描いた組曲となっている。西欧的な書法と全く異なった力強い骨太の民族的なピアニズムも、ムソルグスキーならではのものといえよう。

《プロフィール》

ナビゲーター&ピアノ:小川典子

 繊細なタッチからダイナミックな大音量まで、楽器の能力を最大限まで引き出す日本を代表するピアニスト。

 東京音楽大学付属高校を経て、ジュリアード音楽院に学ぶ。1983年日本国際音楽コンクール2位入賞。1989年リーズ国際コンクール3位入賞。これを機にロンドンと東京を拠点として活動を始める。NHK交響楽団、読売日本交響楽団、東京都交響楽団、東京交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団、大阪センチュリー交響楽団など、日本の主要オーケストラはもとより、フィルハーモニー管弦楽団、エーテボリ交響楽団、サンディエゴ交響楽団、ラハディ交響楽団など、世界の主要オーケストラ、指揮者との共演も数多い。・・・・・・・

 1999年文化庁芸術選奨文部大臣新人賞。2006年川崎市文化賞受賞。

  

    

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2009年2月 4日 (水)

演奏会に行ってきました「芥川也寸志没後20年メモリアルふれあいコンサート 映画音楽、合唱、交響三章など」(2009-1)

2009年2月1日(日)14時30分開演 松伏(まつぶし)町立松伏第二小学校アリーナ(体育館)

《プログラム》 

芥川也寸志 作曲

映画音楽「八甲田山」(サウンドトラック版)より(1977)

舞踊組曲「蜘蛛の糸」(芥川龍之介原作)(1968)~朗読と音楽~ 語り:熊倉一雄

       ・・・・・・休 憩・・・・・

NHK「音楽の広場」:ご当地ソングシリーズより(南安雄編曲)

「春の気配」「雛の春」「ここは瀬戸内」(ソロ)「音楽の好きな街」

合唱:Chor June/独唱:弓田真理子(指揮:幸田 潤)

みんなで歌おう「オーケストラの生演奏を伴奏に歌おう!」

「ことりのうた」石田匡志編曲

♪1分間指揮者コーナー「ホンモノのオーケストラを実際に指揮してみよう!」

交響三章(1948)

NHK大河ドラマ「赤穂浪士」テーマ音楽(1964年)

指揮:本名徹次  管弦楽:オーケストラ・ニッポンニカ  

《印象 感想など》

 松伏町は我が越谷の隣町。水道事業は、越谷・松伏企業団という名前で運営されるなど、関係の深い町です。松伏は、最近では、あのプロゴルファー石川遼君の出身地として一躍有名になりました。

 また「エローラ・ホール」という音響の良い音楽ホールがあるということは聞いていました。また芥川也寸志には、「エローラ交響曲」があるということは知っていました。しかし芥川也寸志と「エローラホール」を関係付けて考えたことはありませんでした。

 今回、演奏会場が手続き上の手違いで、予定した「エローラホール」の予約が重複し、松伏第二小学校の体育館で行われることになり、朝日新聞の埼玉版に載り、私は初めて松伏で芥川也寸志の没後20年コンサートが行われることを知りました。

 それで松伏までバスに乗り、聴きに行きました。ブログ「モントウー演奏会日記」は、順番でいえば、まだ昨年の8月あたりをうろうろしている段階ですが、急遽(2009-1)という番号をふりつけ、芥川也寸志の「メモリアルふれあいコンサート」を報告することにしました。ご了承ください。以下、当日のパンフレット(チラシ)からの引用、演奏会の報告(感想・印象など)です。

松伏町制40周年記念事業 芥川也寸志没後20年メモリアルふれあいコンサートによせて  松伏町長 会田 重雄

 日本の代表的作曲家である芥川也寸志先生が亡くなられてから早や20年の歳月が流れました。先生は松伏町における「音楽によるまちづくり」の拠点である「田園ホール・エローラ」をプロジュースしてくださったゆかりの深い方です。その先生の功績を後世に伝えたいという意思と感謝の気持ちを込めて先生の代表作である「エローラ交響曲」から名前をいただき「田園ホール・エローラ」も名づけられています。

 先生の没後20年にあたる今年は松伏町にとっては町制40周年となる節目の年です。本日の「ふれあいコンサート」も町制40周年記念事業プレ・イベントという大事業として位置づけられています。本日ご来場いただいた皆様をはじめ音楽を愛する皆様にとりましても松伏町の歴史や風土を再認識し、先人の努力に感謝する機会となることを、そして新たな時代を創造する出発点となることを願っています。・・・・・・

 司会者の話では、当時の石川町長が、エローラホール建設に当たり、芥川也寸志を仕事納めの12月28日に訪ね、ホール建設に当たり助言をお願いしたところ、快く引き受けていただいたとのことです。

 エローラホールのオープンは平成1年(1989年)7月1日のことだそうですから、たぶん1988年以前の話なのだと思います。

《コンサートの印象 感想》

 コンサートは、「ことりのうた」(誰でもメロデイーを知っている「ことりはとっても うたがすき・・・・・」という童謡のピアノ演奏で始まりました。(司会者が登場など)これも芥川の作曲した曲だったんだと思いました。)

 当初は、ざっと300人ぐらいの聴衆でした。椅子は体育館なので、パイプ椅子でした。演奏者も指揮者も聴衆も同じ目線の高さでした。そのため、かえって親近感の持てる演奏会になりました。

映画音楽「八甲田山」(サウンドトラック版)より(1977)

 「八甲田山」は、確か新田次郎の実際にあった話を小説にしてヒットし、映画も当時大ヒットしたようです。史実は、当時の陸軍が八甲田山で雪中行軍訓練を強行し、210名中99人の犠牲者を出したことを踏まえた話で、芥川也寸志は作曲に当たり、何度も八甲田山に行ったそうです。

 曲は、日本的なメロデイーが流れ、オケはとても上手く、体育館とは思えない良い音が響きました。中盤は、ホルンがテーマを吹き、合奏が続き、後半は悲しみを帯びた音楽が流れ、しっとりしたメロディーで締め括くられました。

舞踊組曲「蜘蛛の糸」(芥川龍之介原作)(1968)~朗読と音楽~

語り:熊倉一雄

 「蜘蛛の糸」は、最初子供向けの雑誌に発表されたそうです。話は、お釈迦様と蓮の花のお話。最初、フルートと合奏で不気味な音楽が流れます。蜘蛛が道ばたを這っていく。カンダタ(たぶん男?)が足で踏み潰そうとしたが殺さず、助ける。蜘蛛は糸をかける。お釈迦様は、蜘蛛を地面に降ろす。カンダタは、血の池から銀色の糸が垂れてくるのを見る。カンダタは蜘蛛の糸を掴み、上へ上へと手繰りで昇る。血の海は下に隠れている。

 蜘蛛の糸の下の方から数限りない罪人達が昇ってくる。カンダタは、この蜘蛛の糸は俺のものだ。降りろ降りろと叫ぶ。と、蜘蛛の糸はプッツリと切れる。お釈迦様は、一部始終を見ていた。(というお話のようでした。私の見にくいメモから書きました。話が少し違うかも知れませんけど、ご容赦を)

 フルートや合奏で、幻想的な音楽の中、熊倉一雄さん(あの井上ひさしのテレビアニメ(もしかしたら人形劇だったかな?)「ひょっこりひょうたん島」などで声優を担当した方)が、素敵な朗読をされました。

          ・・・・・・・休 憩・・・・・・・

NHK「音楽の広場」:ご当地ソングシリーズより(南安雄編曲)

「春の気配」「雛の春」「ここは瀬戸内」(ソプラノソロ)「音楽の好きな街」

合唱:Chor June/独唱:弓田真理子(二期会所属) 指揮:甲田 潤

 訓練された女性合唱団でとても上手で、よくハモる。

みんなで歌おう「オーケストラの生演奏を伴奏に歌おう!」

「ことりのうた」石田匡志編曲

 聴衆も立って、Chor Juneの皆さんと一緒に歌いました。

1分間指揮者コーナー「ホンモノノオーケストラを実際に指揮してみよう!」

 抽選で4名の方が、映画音楽「八甲田山」の最初の部分を指揮。小学生の女の子、中学生のお姉さん、男女の大人二人の方が代表で指揮されました。結構音が出ました。

 最後に、司会者が誰かを特別に推薦してくださいと指揮者の本名徹次さんにお願いしたら会田町長を指名。町長は演歌をお願いしますと言ったら、本名さんは演歌と思って指揮してくださいと言い、町長が指揮を経験。感想はと聞かれた会田町長。「音楽の指揮は、町政より難しい」とのことでした。

交響三章(1948)

 芥川也寸志の23歳の時の作品。1楽章 少し滑稽味のある出だし。バスーンがテーマを吹き、合奏が続く。日本調のメロディー、リズムが面白い曲。 2楽章 ファゴットが出だしのテーマを吹く。ゆったりした感じのメロディックな曲。ホルン、クラリネット、弦が緩やかに日本的な調べを奏でる。  3楽章 ダイナミックな楽章。途中からテンポを速めて、快調な流れの曲。リズミックに盛り上がる。

NHK大河ドラマ「赤穂浪士」テーマ音楽(1964)

 大河ドラマのはしりで、当時一世を風靡したドラマで、長谷川一夫の「おのおの方・・・・」という台詞が思い出される。へー、これも芥川の作品なんだという思い。音楽は、団塊の世代以上の方は、誰でも知っている懐かしい曲。

 演奏会場は、正規の音楽ホールではなかったが、そのおかげでニュースになり、私も聴くことができた。「怪我の功名」という言葉があるが、辞書によると「災難、失敗だったと思ったことが、意外に良い結果を生むこと」とある。演奏会が終わる頃にはざっと500人近い聴衆になっていた。ホームページで「田園エローラホール」を見ると、収容人数は525人となっている。

 最後に、特別ゲストとして故・芥川也寸志夫人が紹介され、挨拶されました。ま、結果オーライという言葉もある。結構いい雰囲気の演奏会でした。

《プロフィール》

芥川也寸志

1925年龍之介の三男として生まれる。1943年東京高等師範附属中学校を経て、東京音楽学校予科を経て、東京音楽学校予科作曲部に入学。和声を下総餡皖一、対位法を細川碧、作曲法を橋本國彦、ピアノを永井進に学ぶ。終戦後、東京音楽学校の講師として来任した伊福部昭の管弦楽法の講義を聞いて感動。以来、伊福部氏の影響を受ける。1949年東京音楽学校研究科終了。

 1950年《交響管弦楽のための音楽》に対し、NHK25周年記念管弦楽曲懸賞特賞が贈られる。1953年團伊玖磨、黛敏郎、と共に「3人の会」を結成、翌1954年1月第1回演奏会を開く。《弦楽のための3楽章-トリプティーク》が1955年ワルシャワ青年平和友好祭コンクール入賞。1956年アマチュア・オーケストラ「新交響楽団」を創設。1967年《ヒロシマのオルフェ》がザルツブルグ・オペラ・コンクール第1位を獲得。他に、多数の映画音楽に対し、毎日映画賞、ブルーリボン音楽賞、日本アカデミー賞が贈られた。1976年《日本の交響作品展》の企画と演奏に対し、新交響楽団と共に鳥井音楽賞(現サントリー音楽賞)を受賞。

 1977年から1984年までNHK「音楽の広場」の司会を黒柳徹子と共につとめ、親しみやすい語り口で視聴者を魅了した。1981年TVのための音楽と舞踊による映像絵巻「月」がイタリア賞とエミー賞を受賞。1985年紫綬褒章受章、1989年勲二等瑞宝章受賞。1989年亡くなるまで(63歳)、日本作曲家協議会会長、日本音楽音楽著作権協会(JASRAC)理事長等を歴任、新交響楽団の音楽監督・常任指揮者としても活躍。子どものための作品も多く、1995年日本童謡賞を受賞。『音楽の基礎』『私の音楽談義』『音楽の遊園地』等著書多数。

音楽監督・指揮:本名徹次

 郡山市生まれ。山田一雄、井上道義の両氏に師事。1985年東京国際音楽コンクール最高位、1990年トスカニーニ国際指揮者コンクール第2位、1992年ブダペスト国際指揮者コンクール第1位、1994年村松賞、第5回新日鐵音楽賞・フレッシュアーティスト賞。文化庁芸術選奨・文部大臣新人賞。平成9年度大阪舞台芸術奨励賞と輝かしい賞暦を誇る。

 1994年以降、プラハ放送交響楽団、ハンガリー国立交響楽団、フィルハーモニー管弦楽団、ザルツブルグ・モーツアルテウム管弦楽団を指揮。1999年にはネザーランド・フィルおよびブルーノ・フィルでいずれも高い評価を得た。2001年よりベトナム国立交響楽団のミュージック・アドヴァイザーに着任し、楽団のアップグレーディング・プロジェクトで中心的な役割を果たしている。・・・・・・

 現在、ベトナム国立交響楽団ミュージック・アドヴァイザー・指揮者、オーケストラ・ニッポンニカ音楽監督。

朗読:熊倉一雄

 テアトル・エコー所属。「日本人のへそ」「表裏源内蛙合戦」「11ぴきのネコ」「道元の冒険」等、一連の井上ひさし作品の演出・出演をはじめ、「ノーセックス・プリーズ」「一発逆転」等、多くの翻訳劇の演出・出演も手がける等、テアトル・エコーの代表的演出家、俳優として活躍、現在に至る。

 また、「ヒチコック劇場」のヒチコック、「ものしり博士」のケペル先生、「ひょっこりひょうたん島」の海賊トラヒゲ、「ゲバゲバ90分」等に出演。

 テレビアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」オープニング曲、初代歌い手としても知られている。

ゲスト・コンサートマスター:深山尚久

 1956年生まれ。東京藝術大学から同大学院修了。1984年文化庁海外芸術派遣研究員としてドイツに留学。大学院在学中より東京フィルのコンサートマスターに就任。以来、新星日響、札響、神奈川フィル、東響のコンサートマスターを歴任。

 音楽界の信頼は厚く、現在ソロ、室内楽、指揮、放送、教育、録音など多角的な活動を展開している。・・・・・

 現在、玉川大学芸術学部准教授。日本弦楽指導者協会正会員。

合唱:Chor June

すみだ少年少女合唱団の卒団生が中心となって1996年に結成した女性合唱団。同団出身者の他、学生から社会人まで若いメンバーで構成されている。毎年、活動拠点である東京都墨田区の「墨田区合唱祭」に出演するほか、老人ホームなど福祉施設でのボランティア演奏、区内イベントでの招待演奏、出身団である「すみだ少年少女合唱団」との共演や指導補助など、地域での活動にも力を入れている。・・・・・・

 東京ヴォーカル・アンサンブル・コンテストでは、一般部門で二度の金賞、銀賞を受賞。ルネサンス・バロック部門では銀賞を受賞した。東京都合唱コンクール一般部門では、2005年から三年連続で銀賞を受賞している。

立花吾嬬の森女性合唱団

 昨年11月に活動を始めたばかりの女性合唱団。Chor Juneのメンバーが小さい頃から、共に歌い育ってきた「すみだ少年少女合唱団」の、現在の団員のお母さんたちが集まって結成されました。また本日はその子どもたちも一緒に歌います。活動の場所である東京都墨田区、北十間川の端に吾嬬権現社がある辺りを「吾嬬の森」といった古事に倣い、団の名前と致しました。

合唱指揮・指導:甲田 潤

 東京音楽大学作曲科卒業。同大学研究科修了。作曲を伊福部昭、有馬礼子、池野成、川井学、松村禎三の各氏に、指揮法を三石精一氏に師事。

 主な作品に「管弦楽のための叙情断章」「ピアノと弦楽四重奏のための三章」「『紫苑』~尺八と琵琶のために~」「シタール、タブラ、タンブーラ、打楽器、箏と十七弦のためのSAMAE〈時〉」などがある・・・・・・・

 日本作曲家協議会会員。東京音楽大学民族音楽研究所専任研究員、同大学附属高等学校兼担講師。

管弦楽:芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポンニカ

 2002年9月設立。日本を代表する作曲家であり、かつその域にとどまらず多様な音楽的、社会的活動を実践して現代の日本音楽界に多大な功績を遺した故・芥川也寸志(1925~1989)志を継ぐべく誕生したオーケストラ。日本人の交響作品を積極的に演奏していくこと、内外の埋もれた作品に光りを当てて紹介していくこと、さまざまな国(特にアジア)・分野において幅広く交流していくことなどを活動の柱としている。

【オーケストラの名称と風車シンボルについて】

 オーケストラ・ニッポニカは、作曲家芥川也寸志が提唱していた「日本人の作曲した作品を甦らせる」ことを活動のひとつの柱とし、名称もそこからとりました。

 生前の芥川也寸志はよく、「感動と言うのは精神の風車を廻すことである。たとえば私たち音楽を愛する者は楽器の技術は拙くとも練習に練習を重ねて、僕らの拙い精神の風車を廻す練習をし、ある作品を舞台で演奏すると、その廻る風車の風に吹かれて客席のみなさんの精神の風車も徐々に廻り始める。さび付いた風車も、普段から手入れの行き届いた風車も勢い良く廻り始める。これが感動と言うものだと思う。だから自分の風車をまず廻そう・・・・・」と話していました。

 そこで“風車”のイラストに小さくラテン語で「Mola venti spiritus」(“精神の風車”の意)を入れたシンボル・マークを、ご子息であるデザイナー芥川貴之さんにデザインしていただきました。

《CD 書籍のことなど》

 私は、芥川也寸志のCDや本はありません。ただ、交響三章、エローラ交響曲、映画音楽などはCDやDVDがあり、それに芥川の本が出ているようです。

 インターネットで、「芥川也寸志」を検索すると見ることができます。興味のある方は、覗いて見て下さい。

 

 

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2009年2月 1日 (日)

演劇に行ってきました「二十一世紀歌舞伎組『新・水滸伝」』(演劇2008-4)

2008年8月25日(月)14時開演 ル テアトル銀座(東京メトロ銀座線京橋駅徒歩2~3分、有楽町線銀座一丁目駅徒歩2~3分)  朝日新聞プレゼント企画に当選したもの。

「甦る、情熱!」 演出・美術原案 市川猿之助

 二十一世紀歌舞伎組は、将来に伝えるべき歌舞伎の姿を模索するため、1988年9月に市川猿之助一門若手公演として、渋谷パルコ劇場にて「伊吹山のヤマトタケル」が上演されました。・・・・・何かこの公演にネーミングが欲しいとのこと、「二十一世紀歌舞伎組」と命名いたしました。・・・・・この劇団名の由来については、ご存知の方と新演出古典を両輪の輪として上演し、今日に至っています。

 この間彼らは、今まで与えられたことのない大役を悩みながら演じて来たことと思いますが、まだまだ道程は長く努力を続けて欲しいと思っています。・・・・・

 おかげさまで、私の長期療養の間も、一丸となり多くのお客様に支えて頂きながら彼らは成長して来ました。

 そしてこの度、二十一世紀歌舞伎組のために新しい作品を作ろうと、『新・水滸伝』が生まれました。

 『新・水滸伝』は、元中国京劇院院長・呂瑞明(ろずいめい)先生からも、猿之助にぴったりの作品だと薦められ、私も大変興味を持っておりました。ただ、なかなか難解な作品であり、上演は難しいと思っていたところ、二十一世紀歌舞伎組の公演が持ち上がり、候補作品は色々ありましたが、私の思いを通させて頂き、横内さんに『新・水滸伝』として脚本をお願いしました。・・・・・

 最後になりましたが、自ら出演を買って出て下さった金田龍之介さん、この「二十一世紀歌舞伎組」を共に支え、温かく見守って下さっているスタッフの皆様、松竹株式会社をはじめ演劇関係者の皆様、そして「二十一世紀歌舞伎組」の誕生より支え続けて下さっている株式会社パルコの皆様に心より感謝し、厚く御礼申し上げます。

《主なキャスト》

林冲(りんちゅう):市川右近  青華(せいか)(扈三娘 こさんじょう):市川笑也  王英(おうえい):市川猿弥(えんや)  姫虎(ひめとら):顧大嫂(こだおそう):市川笑三郎  お夜叉(おやしゃ)(孫二娘 そんじじょう):市川春猿(しゅんえん)  彭箕(ほうき):市川弘太郎  晁蓋(ちょうがい):金田龍之介(友情出演)  宋江(そうこう):市川猿三郎   高休(こうきゅう):市川欣弥  祝彪(しゅくひょう):市川猿四郎 ほか 

 (注)キャストの役名で、どうしても漢字が出ないものがあり(手書き文字でも出ない)、うそ字が幾つかあります。ご了承下さい。

《主なスタッフ・プランナー》

音楽:加藤和彦  美術監修:朝倉 摂  衣装監修:毛利臣男(しげお)  装置:金井勇一郎  照明:成瀬一裕  音響:本間 明  特殊美術:田中義彦  舞台監督:岡 嘉洋(よしひろ) ほか  

《あらすじ》

 夕暮れ、湖に浮かぶ梁山泊の砦を眺めながら、姫虎とお夜叉が今夜の戦に思いを巡らせている。梁山泊の頭・晁蓋の命により友好関係を保っていた独龍岡(どくりゅうこう)の町が、新たに長老の跡取りとなった祝彪により奇襲を仕掛けて来ようとしているのだ。情報をを事前に知った姫虎や王英らは戦いの準備に余念がない。指揮を執るのは一党の副官的存在・宋江。今一人、かつては朝廷で軍の教官まで務めながら身を落とし、梁山泊に身を寄せる林冲も戦力として期待されていたが、いつもの如く酔いつぶれている始末。

 独龍岡では祝彪と朝廷の高官・高休、張進らが密談していた。今夜の戦は町からの奇襲ではなく、朝廷軍の一個師団も交えた梁山泊討伐だったのだ。

 背面に回られ窮地に陥る梁山泊だが、獅子奮迅の戦いぶりで退路を拓き、何とか砦まで全員で戻ることが出来る。朝廷が乗り出して来たことで、梁山泊の今後に不安を募らせる宋江たち。晁蓋は鷹揚に構えているが、悪党の吹き溜まりでしかない今の梁山泊から変わらねば破滅と、姫虎は林冲に梁山泊を守るための戦術指導を願い出る。が「悪党のくせに絆だの仲間だのと白々しい」と一笑に付されてしまう。

 一方、先の戦で男顔負けに戦う祝彪の許嫁・青華に、王英は一目惚れしてしまう。お夜叉は敵につけ込む一手になるかと、王英の恋の手助けを約束。だが、思いを遂げるどころか逆に青華に捕縛され、祝彪は好機とばかりに、二人の身柄と林冲の交際を申し出る。

 人質交換の約束は守られず、林冲と王英、お夜叉は揃って牢に繋がれてしまう。しかも高休は、林冲に皇帝への叛乱の冤罪をなすりつけた張本人で、目障りなその存在を梁山泊もろとも踏み潰そうとしていた。

 敵の卑劣なやり口と、仲間を奪われたことへの怒りから、バラバラだった梁山泊は心をひとつになり三人の救出に向かう。同じ頃、人質解放の約束を違えた祝彪を許せない青華は、牢から密かに王英らを逃がそうとする。

 時を同じく独龍岡に攻め込む梁山泊の面々。悪党の喧嘩狼藉ではなく、梁山泊という場所と、信じ合える仲間のため戦う彼らを止められる敵はおらず、瞬く間に敵陣を落とし、高休を追い詰める。高休を討てと林冲に言う梁山泊の面々。高休は「ワシを見逃してくれたら、皇帝に『梁山泊討伐は無用』と進言する」と命乞いし、今は仲間と思い定めた梁山泊のため、林冲は高休を解放するのだった。

 戦いを終えた梁山泊では、宋江や姫虎が、林冲を大将とする新たな組織作りを考えていた。王英ら救出の際に傷を負った青華も、新たな仲間に、と。

 だが体の傷は癒えても、心に負った深い傷が林冲と青華に梁山泊側の申し出を拒ませる。それでも信を尽くす王英と、梁山泊の仲間たちの熱い想いが青華と林冲、それぞれに新たな道を歩み出す力を取り戻させるのだった。

 その歩みの先には「替天行道」(たいてんぎょうどう)の旗が高く翻っていた。

『水滸伝』とは?

 『三国志演義』、『西遊記』、『金瓶梅』と並ぶ中国四大奇書(稀に見る優れた書物の意味)のひとつ。中国の明の時代(1368~1644)に、施耐庵(したいあん)や羅貫中(らかんちゅう)ら作家により、それまで講談として語られてきた、北宋の徽宗(きそう)期(12世紀初期。徽宗は当時の皇帝)に起こった反乱を題材とする物語を集め、制作したとされている。

 徽宗は大変な道楽者で、自身の遊興のために庶民に重税を課し、部下の役人たちも私利私欲を肥やすことに執心するばかり。そんな腐敗した朝廷に反旗を翻す108人の「義の人々、元は山賊など悪党ながら、正道を求める英雄好漢の活躍を描いた活劇小説が『水滸伝』だ。

 舞台の中心となる「梁山泊」は、現在の山東省にある湖沼地帯にあったとされる。嵐などで黄河が氾濫すると出来る巨大な水溜まりで、中央にある小島を根城にした“守りやすく攻めにくい”自然の要塞。しかも琵琶湖より大きい南北150㎞、東西50㎞という広大さを誇る。

《印象 感想》

 私は本物の歌舞伎を、ナマで観たことはありません。新聞のプレゼント企画にせっせとハガキを出すと、時に当たり、観ることができます。(ハガキを書くことは、漢字の練習を兼ねると考えながら、用字用語辞典を見ながら書くのもまた楽しい)。

 今回の演劇は、明日を担う若手歌舞伎俳優の出演ということで、たくさんの観客が入り、予約した方のサイン会も盛況のようでした。

 劇は、舞台にさらに舞台を作ったような、いわば二階建てのような舞台で、二階部分には左右に梯子が設けられて、上り下りするというステージで演じられました。中国のお芝居ということで、パンフレットを見ながら観劇。出演者も多く(たぶん20人はいたと思う)、壮大なスペクタクルという様相。お芝居を堪能出来ました。

 

 

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