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2009年1月

2009年1月27日 (火)

演奏会に行ってきました「鴨川太郎バリトンリサイタル 日本の歌曲」(2008-42)

鴨川太郎バリトンリサイタル 「古今東西、いろはにほへと」

 2008年8月24日(日)午後2時開演 東京文化会館(小ホール)JR上野駅公園口交差点渡って2~3分・東京メトロ日比谷線上野駅徒歩5分。東京文化会館友の会プレゼント企画に当選したもの。

挨拶にかえて

 今回の私のリサイタルは、新旧の日本の歌曲だけ、しかも17曲ほとんどが違う作曲家の作品で、お楽しみいただこうという趣向でございます。題して「古今東西、いろはにほへと」。

《曲目等》 鴨川太郎

 顧みすれば、平安の中頃、日本語の音節の全て、しかも重複することなく並べ、仏教的世界観をもつ七五調の「うた」ができたというのは、本当に奇跡的なことでした。「いろは四七文字」の中に種々の暗号を見だしたとして、ヘブライ語やキリスト教的世界観との関連を主張する説までありますが、誰がそれを作ったのは諸説あって未解決のまま。時代考証的に可笑しいとされながらも、空海説、柿本人麻呂説、また、真言密教の学問僧説、源為憲説・・・・と様々です。いずれにしても「いろは歌」は、日々たゆまぬ努力と研究を重ねていた僧侶や歌人たちに、ある時天から振ってきたんじゃないか、と私は思っています。一般に「いろは歌」は、仏典『涅槃経』の中の四句を意訳したものとされていますが、それは、お釈迦様が前世で命がけの修行をしていた時、見るに見かねた帝釈天が羅刹(=鬼)の姿に変身して教えてくれたものだったそうです。

さて、今日ここで皆様にお聴きいただく歌曲にも、日夜、命がけで創作に心を砕く日本の詩人と作曲家たちの、特別なひらめき(=軌跡)があります・・・・・

 全曲民謡調で作られた歌曲集《日本の笛》の中には、南国風から北国調まで、日本各地の気候風土が歌い込まれていますが、〈ちびつぐみ〉は北国調。寒い冬山で用意周到に猟師がツグミを捕まえようとしています。

 歌曲集《沙羅》の中の〈鴉(からす)〉は「狂言風」。冬の小さな田んぼ(=小田)に張った薄い氷(=薄ら氷(ひ))。その上を何やら啄(ついば)みながら、足の裏(蹠(あうら))も冷たそうに、氷を踏み割っている滑稽な鴉を、「大をそ鳥」(=とっても軽率な鳥)よ、と揶揄します。

 九月九日、月夜の晩に、村の若い衆が箱入り娘のお六ちゃんを呼び出そうとするも、そっぽを向かれて皆しおれてしまうという〈お六娘〉は、浄瑠璃など、三味線音楽の流れを汲んでいます。

 振られた男が泣きの涙で自棄(やけ)酒を。酒の肴は、蟹(がね)を臼でついて味噌と鷹の爪を和えた辛~い〈蟹味噌(がねみそ)〉。「泣(ね)えてくれるなら、一緒に死んでくれ~!」と。

 醤油や味醂で煮詰められた魚、つまり〈つくだ煮の小魚〉を水溜まりに放ったら生き返るかな?いやいや、冗談はやめて下さい!

 昔、山深い僻地では、貴重なタンパク源だった「たにし」。だけど、この話は僻地だけじゃすまなくなっていますね、昨今は・・・〈たにし辛み唄〉(今日は東北弁風で)。

 「都々逸(ドドイツ)」と「ルンバ」を合成してできた和製和製ラテン音楽がドドンパ。焼き肉屋さんで食べる定番のご飯料理、ご存知「石焼きビビンバ」をドドンパで召し上がれ・・・・〈ビビンバのドドンパ〉。(昨秋、日本歌曲振興会の定演で、初演させていただきました。)

 いや~〈まっかな秋〉〈落葉松〉〈日記帳〉などを作曲された大先生が、かような超現代曲〈写楽の鏡〉を作られたとは!ピアノの冒頭のメロディ(ミー・ミ・レ・レー・ミ・ソ♯ー)は、「とー・しゅ・う・さーぃ・しゃ・ら・くー」と、お聞き下さい。写楽の魅力に取り憑かれ、正体探しに迷い込んだら・・・・。秀逸なストーリーの結末は、聴いてのお楽しみ。(この曲も「日本歌曲振興会」生まれの大作です。)

 「結婚しなけりゃ夜も日も明けぬ」と思われた詩人の魂。歪められたメンデルスゾーンの《結婚行進曲》が、結婚後に待っていた恐ろしい事実を暗示する〈結婚〉

 皆様に私の関西弁がご理解いただけるでしょうか?これも「日本歌曲振興会」生まれの〈空屋の風鈴〉。(それにしても、ほんまに苦労させられましたわ、関西弁にはな~。)

 この歌を聞いて豚肉が食べられるでしょうか?えっ?!やさしい気持ちで食べられるようになった、ですって?ああ~〈ロマンチストの豚〉

 こともあろうに、日本音楽界の大御所お二人が、このような曲を?!お二人の共作歌曲集《四つの風刺的な歌》から、〈サッチャンの家〉。神奈川犬警と新潟犬警の不祥事が取り沙汰されていた頃の作品ですが、犬のお巡りさんに同情してしまう自分が、何だか恐ろしい。

 ここからは全部、比較的新しい、日本歌曲振興会(新・波の会)生まれの作品です。

 〈明日また〉は、夜明けから日没まで、、「愛してる?」「うん、愛してる!」なんてやりとりするカップル。熱々ですね。でもそれは、○○のカップルで~す。【問題:演奏を聴いて○○を埋めよ。】昨秋、日本歌曲振興会の定演で、初演させていただいた、素敵曲で~す。

 会田さん、「あなたは~」あの頃ミラノで〈木漏れ日のヴィジョン〉を作っていたのですね、後で知りました。私と会田氏は同じころミラノに留学していて、共通の友人、永井氏のお宅のパーティーで知り合ったのですが・・・・「あなたは~」こんなにもナイーブでロマンティックなイメージをあの頃抱かれていたのですね!

 『解説付日本歌曲選集2』の原稿を作っている時に、〈風のように〉の詩人と文通させていただきました。もう5年も前になりますが、詩人は作詞当時の状況に続いて、こう記されました・・・・「平野淳一氏の御陰で歌曲となって以来、様々な嵐の中の私を支えてくれた『嵐のように』は、今、アルツハイマーの夫の手を握りしめて歌う穏やかな幸せをくれるのです。」と。

 地中海沿岸の古代の竪琴を思わせる旋法性の音楽に乗って、老い枯れてゆく〈秋のひまわり〉の姿が、悲しいまでに美しく、自然や宇宙の摂理を象徴します。

 泥沼に根を張り、そこから清らかで美しい淡紅色や白色の大輪を咲かせる芙蓉(蓮)。朝つぼみを開き、夕べにはそっと閉じる慎ましさ・・・・〈夕焼けに目を閉じて〉

 それでは、しばし暑さを忘れ、冬山に思いを馳せて、ごゆっくりお楽しみ下さい。「暗いうちか~ら、わしゃ山稼ぎ・・・・」

《プログラム 印象 感想》

☆伝統音楽の延長線上に・・・・・

 ちびつぐみ   北原白秋 詩/平井幸三郎 曲

 鴉(からす)  清水重道 詩/信時 潔 曲

 お六娘  林 柳波 詩/橋本國彦 曲

 言葉(日本語)がよく解る歌い方。

☆珍味(酒肴・副菜・大食・・・・)

 蟹味噌(がねみそ)  北原白秋 詩/山田耕筰 曲

 つくだ煮の小魚  井伏鱒二 詩/中田喜直 曲

 たにし辛み唄-僻地嫁無譚(へきちよめなしたん)  小林純一 詩/湯山 昭 曲

 ビビンバのドドンパ  狩野敏也 詩/廣木良行 曲

 バリトンらしい声が響く。

☆伝統音楽らしい超現在

 写楽の鏡  木下宣子 詩/小林秀雄 曲

 斬新な曲で伴奏も面白い。表情豊かで、身振りも面白い歌い方。お金が泣き出すという趣旨の歌。硬貨が、ポケットからこぼれる。滑稽味がある。

          ・・・・・・休 憩・・・・・

☆哀感(ペーソス)漂うユーモア・・・

 結婚  山之内 獏 詩/中田喜直 曲

 空家の風鈴  矢柴うたこ 詩/玉井 明 曲

 ロマンチストの豚  やなせたかし 詩/玉井 明 曲

 サッチャンの家  畑中良輔 詩/大中 恩 曲

 犬のお巡りさん、や サッチャンの歌などのパロディー。面白く楽しい歌の数々。

☆新しい波・・・・・

 明日また  大畑良夫 詩/大橋美智子 曲

 木漏れ日のヴィジョン  中西 遥 詩/会田道孝 曲

 風のように  五十川式部 詩/平野淳一 曲

 秋のひまわり  佐久間郁子 詩/伊那律子 曲

 夕焼けに目を閉じて  西岡光秋 詩/西岡文郎 曲

 芙蓉の花を歌った曲。

 新しい感覚の曲が多い。しっとりした曲もある。色んな日本歌曲があるなー、という印象。

《アンコール》 「日記帳」  小林秀雄 曲

《演奏者プロフィール》

バリトン:鴨川太郎

 東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。同大学院音楽研究科修士課程及び博士後期課程(オペラ専攻)終了。学位論文『《ドン=バスクワーレ》の解体=構築』とドニゼッティやヴェルディのオペラ・アリアの演奏成果が認められ、学術(音楽)博士号を授与される。

 大学卒業時、『芸大メサイヤ』(バス・ソリスト)、『読売新人演奏会』やNHK-FM放送の『デビュー・リサイタル』に出演。故・渡邉高之助、三林輝夫、早瀬一洋、U.ガルディーニ、A.モナコ、D.マッツォーラの各氏に師事。大学院在籍中、『芸大定期オペラ』の《フィガロの結婚》(伯爵)でオペラ・。デビュー。その後、国際ロータリー財団奨学生として渡伊。ミラノ音楽院で学びながら、イタリア各地で演奏する。・・・・・

 1995年、ローディー市の第6回国際コンクール・オペラ部門に3位入賞。・・・・・

 東京藝術大学音楽学部声楽科(平成18-19年度)及び昭和音楽大学の声楽科の非常勤講師。日本オペラ協会、東京二期会、日本歌曲振興会、日本ロッシーニ協会、ぐるーぷ・なーべ、三輝会、各会員。

ピアノ:沼田宏行

 東京藝術大学ピアノ博士。東京藝術大学芸術学課程博士習得。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校ピアノ科、同学部を経て、同博士課程を主席で終了。クロイツァー賞を受賞。

 安川加壽子、高良芳枝、ピエール=バルゼビ、ジャック・ルビエの各氏に師事。国際ロータリー財団奨学生として渡仏し、マルセイユ音楽院を審査員賛付き金賞受賞にて卒業する。1990年度ドビュッシーピアノコンクール優勝。・・・・・・

 愛知県立芸術大学、フェリス女学院大学、お茶の水女子大学、群馬大学、茨城大学を経て、現在、東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校教諭として、後進の指導と共に、放送、演奏会に精力的に活躍する。

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2009年1月25日 (日)

演奏会に行ってきました「白川毅夫クラリネット室内楽演奏会~ヴィオラ・ピアノとのアンサンブル~モーツアルト、シューマン、ブルッフ」(2008-41)

白川毅夫クラリネット室内楽演奏会~ヴィオラ・ピアノとのアンサンブル~モーツアルト、R.シューマン、M.ブルッフ 2008年8月20日(水)7:00pm開演 東京文化会館小ホール(JR上野駅公園口 横断歩道を渡って3~4分、東京メトロ日比谷線上野駅下車5~6分) 朝日新聞プレゼント企画に当選したもの

《プログラム》

W.A.モーツアルト:ケーゲルシュタット トリオ KV.498

R.シューマン:おとぎ話 OP.132

        ・・・・・・休 憩・・・・・・

M.ブルッフ:8つの小品 OP.83

《印象 感想など》

 私の席 H列28番(自由席) ピアノ:ベーゼンドルファー 奏者は2本のクラリネットを吹き分ける。

W.A.モーツアルト:ケーゲルシュタット トリオ KV.498

Ⅰ アンダンテ  Ⅱ メヌエット-トリオ  Ⅲ ロンド アレグレット

1楽章 クラリネットは温かい音色。  2楽章 クラリネット、柔らかい音色。ベーゼンドルファーのピアノは、スタインウエーより優しい音で、響きが柔らかい。  3楽章 曲はモーツアルトらしい内容で、素敵な曲。演奏もよかった。

《プログラムノート》 白川毅夫

W.A.モーツアルト(1756~1791):ケーゲルシュタット トリオ KV.498

 この曲は、1786年8月5日にウイーンにて作曲されました。

 モーツアルトは、当時流行っていた9本のピンをボールで倒すボーリングのような遊び(ケーゲルシュタット)に興じていて、遊びの楽しさからこの曲が生まれたという説がありますが、定かではありません。

 交流のあったジャカン家の娘フランツィスカのピアノとモーツアルトによるヴィオラ、クラリネットは盟友シュダットラーによるものです。

 第1楽章はターンする装飾音符のフレーズが全体の各所に出てきます。第2楽章は第1楽章の第2テーマがモチーフとなるメヌエット。第3楽章は、クラリネットの温かな幸福感を漂わすモチーフに続き、ピアノの華麗なソロ、ヴィオラのソリスティックな聴かせどころなど、各楽器の特性を充分に堪能できます。

《印象 感想》

R.シューマン:おとぎ話 OP.132

Ⅰ 生き生きと、速くなく  Ⅱ 生き生きと、力強く  Ⅲ 穏やかなテンポで、表情豊かに  Ⅳ 生き生きと、力強く

 とてもロマンの香りのする曲。ヴァイオリンではなく、ヴィオラという組み合わせが良い。

《プログラムノート》 白川毅夫

 この曲は、シューマンの晩年1853年秋にデュッセルドルフで作曲された。原題には、『4つの小品』と記載されています。おとぎ話(メルヒェン)は、当時のドイツ・ロマン主義が憧れた文学形式で、シューマンは他にも、ヴィオラとピアノによる『おとぎの絵本 Op.113』を書いています。

 そのころ、20歳のブラームスが来訪し、彼の才能を高く評価したシューマンが、ブラームスを讃える論文を音楽誌に執筆しました。当時シューマンは幻聴に悩まされていて、どの音も和音に聴こえてしまったり、精神的に不安定な日々でしたが、そんな中で、ブラームスとの出会いや、温かく歓迎されたオランダへの演奏旅行の話があり、それらから触発された部分もあるかと思われます。この作品は、僅か3日間で書かれ、弟子である作曲家で指揮者のアルベルト・ディートリッヒに献呈されました。

M.ブルッフ:8つの小品(1838~1920) Op.83

Ⅰ アンダンテ  Ⅱ アレグロ コン モト  Ⅲ アンダンテ コン モト  Ⅳ アレグロ アジタート  Ⅴ アンダンテ “ロマンチェ メロディ”  Ⅵ アンダンテ コン モト “ノクターン”  Ⅶ アレグロ・ヴィヴァーチェ マ ノン トロッポ  Ⅷ モデラート

《印象 感想》

 1楽章 しっとり、落ち着いた楽章。  2楽章 よく歌う楽章。クラリネット、なかなか上手い演奏。ロマンがほとばしる楽章。  3楽章 クラリネットの柔らかい音色が際立つ。  4楽章 テンポの速い、勢いのある楽章。  5楽章 素朴な曲の面が出る。  6楽章 落ち着いた楽章で、クラリネットの音色がよく響く。  7楽章 ピアノが速めのテンポで入る。活気のある楽章。  8楽章 落ち着いた楽章で、静かに終わる。

《プログラムノート》 白川毅夫

M.ブルッフ:8つの小品 Op.83

 ケルンで生まれたブルッフは9歳の頃、ソプラノ歌手の母から音楽の手ほどきを受けました。12歳で交響曲と弦楽四重奏曲を作曲し、弦楽四重奏はモーツアルト財団から奨学金の出る賞を受賞。フランクフルトで研鑽を積み、卒業後はヨーロッパ各地で演奏旅行。40歳でベルリンの合唱団の指揮者に招かれ、42歳のときに、そこで出会った27歳のソプラノ歌手と結婚し、4人の子供を授かりました。同時期、イギリスでもリリバプールのオーケストラの監督に就任しケンブリッジ大学の名誉博士号を得ます。

 この『8つの小品』は、1899年、ベルリン音大の監督に就任後の60歳のときに、長男でクラリネット奏者であるフェリックスのために書かれました。

 20世紀にかかる時代ですが、スタイルはいたってロマンティックで保守的です。8曲とも異なる調性を持ちながら、まとまりを感じさせる繋がりがあります。また、ヴィオラやクラリネットの独奏部分や、ユニゾンによる効果が特徴づけられています。

 72歳で退任の際、彼の著作の全てをベルリン音大に献呈しました。

《アンコール》

白川毅夫:メモリーズ

 アンコールのために白川が作曲したピアノ、ヴィオラ、クラリネットのための曲。本日初演。しっとりとした、とても素敵な曲。

《演奏者プロフィール》

クラリネット:白川毅夫

 使用楽器:クラリネット H.Wurlitzer 1980製、Nr.83097(B)Nr.83098(A)

桐朋学園大学音楽学部卒業後渡独。北西ドイツ音楽アカデミー・デトモルト卒業。その後、ヨーロッパ各地で室内楽奏者として活動。横井操、北爪利世、K.ライスター、H.D.クラウスの各氏に師事。

 1995年の帰国デビューリサイタルの後、11回のリサイタルを開催。第7回リサイタルでは、磯部周平氏と自作品を初演。志賀高原音楽祭のゲスト出演、及びタイ、バンコクでのlbycusブラームスメモリアルコンサートに招かれTV出演。またNHK-FM、Music Bird、Cable Net 296のスペシャル番組にリサイタル出演。本年2月に来日したドイツ・ワイマールゲーテ四重奏団との共演で好評を博す。

 また4月には、新劇の舞台に演奏ソリストとして出演する。CD『クラリネットデュオの魅力/バッハの響き』『リサイタル』をリリース。

 近年では、クラリネッテン・カメラーデンのメンバーとして、アンサンブル等の作曲・編曲を手掛ける。米国Oliva社、ベルギーMetropolis社、オランダDe Haske社より作品を出版するほか、クラリネット専門誌への執筆なども行う。日本クラリネット協会理事。

ヴィオラ:福本ともこ

使用楽器:J.F.Pressennda 1836製

 東京藝術大学附属音楽高等学校を経て同大学音楽学部卒業。

 ザルツブルグ・モーツアルテウム音楽大学に留学。ヴァイオリンを東儀祐二氏、岩崎洋三氏に、ヴイオラを朝妻文樹氏、Dr.H.クラッシュルに師事。東京交響楽団、東京メトロポリタン・アンサンブル、東京ヴィヴァルディ・アンサンブルを歴任、リサイタルシリーズを8回開催の他、室内楽コンサート、テレビ、FM放送、スタジオ、ライブ、映画、演劇、ダンスなどの多彩なジャンルの演奏活動を続けている。

 海外ではシドニー交響楽団で豪日交換楽員として演奏の他、中南米諸国での室内楽演奏と各地の音楽大学、音楽院にて指導する。沖縄県立芸術大学非常勤講師。

ピアノ:川辺千香子

使用楽器:ベーゼンドルファー

 東京都立芸術学校音楽科を経て、東京藝術大学音楽学部器楽科卒業。同大学院修了。高橋高子、谷康子、田辺操の各氏に師事。

 「カワイ・サロンコンサート」、津田ホールにおけるリサイタルをはじめ、オーケストラとの共演、声楽・器楽の伴奏など、幅広い活動を行っている。

 現在東京都立芸術高校、埼玉県立大宮光陵高校音楽科非常勤講師。日本演奏連盟会員。

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2009年1月22日 (木)

演奏会に行ってきました「オーケストラ・ディマンシュ ヒンデミット:変ホ調の交響曲、ブラームス:交響曲第2番」(2008-40)

オーケストラ・ディマンシュ 第28回演奏会~独逸芸術の系譜~ティアラこうとう大ホール(地下鉄都営新宿線・東京メトロ半蔵門線「住吉」下車5分) 2008.8.17(日)14:00開演 

 団の名称「ディマンシュ」とはフランス語で「休日、日曜日」という意味で、練習を休日に行うことから名づけられました。

《代表あいさつ》から  窪田和史

 今回のプログラムは、ドイツ音楽の中から、多くの方がご存知であろうブラームスの名曲と、当団では毎度のことながら、あまり演奏されることがあるとはいえない、しかし魅力に溢れた作品としてヒンデミット作品を取り上げることになりました。

 いわゆる“名曲”と呼ばれる人口に膾炙(かいしゃ)する作品は、よく耳にされるがゆえに、かえってお聴きになる皆様の耳を満足させることが難しいものであるかもしれません。今回、当団では、今一度、楽譜に新鮮に向き合う意識をより強く持つよう取り組みを重ねて参りました。今世紀に入って刊行された新校訂版であるヘレン社刊行のスコアに準拠した試みもそのひとつです。

 またこれは当初意図したことではありませんでしたが、本日の編成人数はブラームスが作曲した当時の管弦楽編成にかなり近いものとなりました。新鮮なブラームスとあわせて、華麗な響きながら堅実なドイツ音楽の伝統をひく<ヒンデミット>の作品の素晴らしさをお届けできれば幸いです。

《プログラム》

パウル・ヒンデミット:変ホ調の交響曲(約35分)

ブラームス:交響曲第2番ニ長調 Op.73(約43分)

《印象 感想》

パウル・ヒンデミット: 変ホ調の交響曲(約35分)

 1楽章 現代曲の不安な響きが聴きととれる。アンサンブル(特に弦)は、もう一つか。 2楽章 曲調が少し、明るめになる。テンポが少し、上がる。ティンパニー、鉄琴が入る。オーボエが素敵なメロディーを奏する。管楽器、なかなか良いアンサンブル。2~4楽章は切れ目なく(切れ目分からず)演奏される。

《曲目解説》 チラシより

ヒンデミット:変ホ調の交響曲

 (1)くぼた(たぶん子供用)

 ヒンデミットはドイツの作曲家です。今から70年くらい前にアメリカにうつり住んで、この曲を作りました。なんだかヒーローが出てくる映画の音楽みたいでかっこいいと思いませんか?4つの部分に分かれていますが、さいしょにきこえる5つの音の形が、そのあとに何回も出てきたり、似たようなメロディがきこえたりして、ぜんぶで一つのようです。

 (ここから、一般の解説)

 第一次世界大戦後ヴェルサイユ体制下の窮乏に喘ぐ階層の支持を得て躍進し、既に1933年《全権委任法》の成立で一党独裁体制を樹立していた国家社会主義ドイツ労働者党(頭文字をとって、ナチスと呼ばれた)が推し進める文化政策に少なからぬ衝撃を与える論説が、1934年11月25日付け『ドイチェ・アルゲマイネ・ツァイトゥンク』紙上に掲載された。論題は「ヒンデミットの場合」、論者は当時ドイツが世界に誇る指揮者であったヴィルヘルム・フルトヴェングラーであった。

 ナチスは当初よりその綱領にユダヤ人排斥を掲げ、すべての領域に於いて反ユダヤ制作を推進していたが、芸術もその例外ではなく、当時の前衛を“ユダヤ的”として抑圧・追放するものであった。その背景には、従来の文化の伝統的様式をを脅かす前衛的知識人達の大部分がユダヤ人であり、その脅威をユダヤ人その者と同一視する保守主義者の歪んだ観点が存在していたといえよう。そしてヴィオラ奏者や指揮者・教育者としても重きをなしたドイツ人でありながらも、夫人や演奏仲間達がユダヤ人であったり、作曲家としての作風が当時の先端をいくものであったこと等から、ナチスの攻撃の標的となっていたのが、現代音楽祭の主宰、1920年までベルリン・フィルのコンサートマスターを務めたりリッコ・アマールと組んだアマール弦楽四重奏団で、また、1930年からベルリン・フィルのコンサートマスターとなったシモン・ゴールドベルクおよび1929年からベルリン高等音楽院で教鞭を取っていたチェロ奏者のエマヌエル・フォイヤーマンとの弦楽三重奏団で活躍していたパウル・ヒンデミット(1895~1963)である。

 1934年3月、その秋に初演を予定していた歌劇から要約編曲した交響曲「画家マチス」が、歌劇の初演に先立ちフルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルによって初演されたが、その内容は宗教改革の宗教農民戦争に関わった一人の芸術家を主人公に、当時の社会状況を鋭く反映するものであったため、ナチスをいたく刺激し“ユダヤ化”としているとして誹謗されたのである。フルトヴェングラーはこれに対し、前述の論説で(純粋に芸術的見地からではあるが)反論し物議をかもした。これが世に云う『ヒンデミット事件』である。然し、フルトヴェングラーのその職を賭した擁護(一時的ではあるが彼は一切の公職を辞したのであった)も虚しく、作品の演奏を禁じられたヒンデミットはその後ベルリン高等音楽院教授を辞してドイツを離れ、トルコ、スイスを経て1940年に新天地アメリカに居を構えた。前述のアマール、ゴールドベルク、フォイヤーマンらも、いずれもナチスに追われてドイツを去ることになる。政治という固有の人間的活動によって、しかしこれもまた人間的活動である芸術の一部を、ナチスドイツは失ってしまったのである。

 さて渡米後のヒンデミットは「アモールとプシケ」序曲、「ウエーバーの主題による交響的変容」、「シンフォニア・セレナ」、交響曲「世界の調和」、「ピッツバーグ交響曲」、鎮魂曲「リラの花、最後に戸口に咲きし時」等の作品を発表しているが、それらに先駆けて新天地での最初の作品となったのが、《変ホ調の交響曲》(1940)であった。ヒンデミットには交響曲の名を持つ作品が少なくないが、純粋に“交響曲(Symphonie)”の名によって書かれた管弦楽作品は、この作品のみと言うことができよう(もう一つの交響曲としては吹奏楽の為に書かれた《変ロ調》あるが)。この作品では、堅牢なドイツ音楽の交響曲としての形式美が華やかな魅力に溢れた音響を纏っている。《変ホ調》と題されてはいるが短調とも長調とも記されていないことからも判るように、全体に譜面上の調号の暗示はなくヒンデミット独自の自由な和声で進行するも、無調には陥っておらず、現代の我々にとっては映画音楽であるかのようぬ華やかに響く。(尤も、ハリウッド映画音楽こそがヨーロッパの後期ロマン派や新古典主語の申し子といえるのだが・・・・)。

 第一楽章は冒頭に示されるファンファーレ風の動機がリトルネッロ主題としても機能し、ソナタ形式の提示部・展開部・再現部・結尾のそれぞれ区切りを明確に示すほか、第一主題、第二主題とも動機的に密接な関連を持つ。続く第二主題では、ヒンデミット独自の連綿としたユダヤ的ともいえる楽想が繰り広げられるが、ここでも第一楽章の主題とは音程関係では関連している。続く第三楽章ではブルックナーのスケルツォを意識したのではないかと思われるほど、スケルツォの名は持たないが明らかにその性格を似て配置されており、そのまま華麗かつ壮大な終楽章へと続く。終楽章でも、登場する主題は悉く第一楽章のリトルネッロ主題ほかとの関連性が感じられ、全体が非常に統一された印象を与える。ヒンデミットは、まさにドイツ音楽の伝統的な交響曲にアメリカ的な華麗さを被せて、アメリカの聴衆に堅牢な交響曲というものを与えようとしたのではないだろうか。変ホ調という調も、かのベートーヴェンの英雄交響曲を意識したのではないかと思われる。同時に、戦火欧州に広がってゆく当時の世界情勢を反映するかのように、行進・晩歌・“死の舞踏”といったイメージも持ち合わせている。この作品は作曲の翌年、1941年11月21日に、ディミトリー・ミトロプールス指揮によるミネアポリス響(現ミネソタ管)によって初演された。

 21世紀の今となっては、もはやヒンデミットは“現代音楽”ではないが、その運動的音楽はストラヴィンスキー等をはじめとする当時の一大勢力であった新古典主義のドイツに於ける潮流を代表するものとして、音楽史に確たる足跡を標していると言える。その意味でも彼は20世紀の“ドイツ的”な音楽家なのである。上述のように、ナチスにとっては“真のドイツ”たらんとした行為が結果的に望むものを失うことになろうとは、恰も、探し求めた聖櫃(せいひつ)によって破滅するデートリッヒ大佐の如く、皮肉なものといえよう。

ヨハネス・ブラームス(1877):交響曲第2番 ニ長調 Op.73(約43分)

《印象 感想》

 冒頭、指揮者より、簡単に曲の説明がある。

Ⅰ.アレグロ ノン トロッポ(快速に しかし甚だしくなく)  Ⅱ.アダージョ ノン トロッポ(緩やかに しかし甚だしくなく)  Ⅲ.アレグレット グラティオーソ(クアジ アンダンティーノ)優雅にやや速く(歩くよりやや速いかのように)  Ⅳ.アレグロ コン スピリトーソ(精力的に快速に)

 楽器配置、コントラバス7人、中央の奥。1楽章 田園らしい有名なテーマの出だし。アンサンブルは今一つ。  2楽章 金管楽器、朗々と鳴る。弦もよく歌い、流れる。  3楽章 ファゴット、クラリネットが素敵な演奏。弦がなじみのテーマを活き活きと演奏。  4楽章 弾むように活き活きとした、心浮き立つような演奏。分厚い弦の響きが、心地よい。次第に盛り上がり、快調にコーダへ。快演。ブラヴォーがたくさんかかる。

 アマチュアオーケストラの、プロより下手でも、ひたむきな演奏は心をうつものがある。 

《曲目解説》 チラシより

《かいせつ》 

ブラームスの交響曲第2番(たぶん子供用)

 ブラームスもドイツの作曲家で、今からちょうど130年前にこの曲を作曲しました。この曲も4つの部分にわかれていて、それぞれを楽章と、いいます。この曲は、きれいな風けいのところで作曲されました。なんだか村のおどりだったり、ちょっとかなしかったり、とてもうれしくなったり、いろいろな感じがすると思います。アンケートに、どんな感じがしたか、書いてみてくださいね。(くぼた)

(ここから普通の解説)

 一方、第三帝国の疲弊も色濃い1945年1月28日、ヴィーン楽友協会大ホールは異様な興奮に包まれていた。劈頭、低弦の主要動機に始まった音楽は優美に羽撃(はばた)いたいたかと見るや次第に切迫感に覆われ、恰も告別の辞であるかの如く各楽章をいとおしむ様に締め括りつつ、最終楽章結尾へと怒濤の疾走を見せていく。ヴィーン・フィルが此程迄に激高することがあったかと思われる演奏を指揮したのは、翌朝、亡命者としてスイス行きの列車に乗り、その後ナチス政権下に戻ることのなかったフルトヴェングラーであり、巨匠のナチス配下での最後の演奏となったその曲こそ、ヨハネス・ブラームス(1833~1897)の交響曲第二番なのであった。

 ヴァーグナーと並び“完全にドイツ的”作曲家であるブラームスの作品が、これもまた(歪んだ形ではあったが)“真のドイツ”たろうとしたナチスとの訣別の辞となったのは、これもまさに歴史の驚くべき偶然であり、また必然であったのかもしれない。(因みにその演奏はライヴ録音されておりグラもフォンの復刻盤CDで耳にする事ができる。)

 ブラームス一派が審査員を務めたコンクールで若き日の渾身の作「嘆きの歌」が落選した事からも顕著な様に、ブラームスは一貫して純音楽的な立場を貫いた作曲家であった。彼はヴァグナーと同時代に生きたが、その音楽は如実にハイドンやベートーヴェンから引き継ぐ古典的な姿を持ち、近年、歴史的なアプローチでの演奏に取り組む指揮者ロジャー・ノリントンの言を借りれば“古典的ロマン主義”ともいえよう(そのような意味では、ブラームスを彼の時代に於ける“新古典主義”と評する向きもある)。

 さて、もとより古典派以降の作曲家にとって特別な意味を持つベートーヴェンという高峰の聳え立つ交響曲という分野へ、踏標するのに20年余という歳月をかけたブラームスであったが、その間の蓄積は一曲に盛り込むには余りあるものだったのか、第一交響曲完成の翌年(1877)に4ヶ月という短期間で二曲目の交響曲を一気呵成に書き上げたのであった。

 この第二交響曲は、本人は友人に“小交響曲”である、とは語っているものの、実際には前作に劣らぬ充実した作品となっている。そして“ブラームスの「田園交響曲」”と評されるように、その曲調の喜ばしさは、苦悩に満ち溢れる前作とは比すべくもないが、しかし長調という調性の中にも寂しさや厳粛さといったものが重厚なオーケストレーションや時に短調的な和声付けと相まって見事に表現されている。

 曲は伝統的な四楽章性を採っているものの、彼の他の交響曲と同じく緩徐楽章を第二楽章に、スケルツォに代えて独特の典雅な舞曲風の楽章を第三楽章に、それぞれ置く。又、冒頭の短二度の3音による動機が全曲を通して支配的であり、このような強力な動機法は彼の他の交響曲にも共通して見られるものである。

彼はこの作品の大部分をヴェルター湖畔のベルチャッハで、そしてバーデン=バーデンの、郊外のリヒテンタールという何れも風光明媚な土地で書き上げたが、その自然を描いたと言うよりも、その様な自然の中にあってなお喜怒哀楽の生を営む人間とその芸術の諸様相を表したもの捉えることもできるのではないだろうか。古典的様式美に依り乍ら浪漫的精神を呈すこの曲が、やは“りドイツ的”であることに異論の余地はない。

 本日は、新古典、ナチス、フルトヴェングラー、これらのキーワードを手がかりとして、70年ほどを隔てて作曲された作品で、独逸芸術に想いを馳せてみようではないか。

【今回の演奏について】

 今回ブラームスについては、ヘレン社(ミュンヘン)が2004年に刊行した『新ブラームス全集』に含まれる、ロバート・パスカルによる新校訂版スコアを参照し、その校訂内容を演奏に取り入れています。(第2交響曲のパート譜は、まだ出版されていません)。この新校訂版は11種類の資料に基づき従来の誤りを正したもので、アーティキュレーションやダイナミクスの変更をはじめ、聴感上それほど明らかでないものの、いくつかの音の変更を含んでいます。

《指揮者プロフィール》

金山 隆夫

 1981年、上智大学外国語学部英語学科入学と同時に指揮法を学び始め、小林研一郎氏に師事。当時より学内に於いて数多くのコンサートを指揮する。1986年同大学を卒業後渡米し、セントルイス交響楽団に於いて3年間、音楽監督レナード・スラットキン氏の下に音楽とオーケストラ実務両面に於いて研修を受ける。1990年8月、カナダ・ケベック州ドメイン=フォルジュにて行われた指揮者研修会に於いて、最優秀指揮者賞を受賞。同時に講習会の指導者であったオットー=ウエルナー・ミューラー氏の強い招きにより、オーディション無しの特例にて、同年9月より米国フィラデルフィアのカーティス音楽院指揮科に入学。同院卒業後、1994年9月からはジュリアード音楽院に在籍、1995年には同院室内管弦楽団と共に来日、神戸にて演奏会を指揮し好評を得た。

 以来、アメリカ、カナダ、日本などに於いて活発な音楽活動を続けており、上智大学管弦楽団の指揮者にも就任している。1998年より3年間、ナショナル交響楽団(ワシントン)の副指揮者を務める。・・・・・・2005年4月よりオーケストラ・アンサンブル金沢を指揮。

 尚、オーケストラ・ディマンシュでは第3回演奏会から指揮、第5回演奏会より常任指揮者として迎えている。

《アマチュアオーケストラ》について

 私は数多くのアマチュアオーケストラを聴く機会がありました。「ぶらあぼ」という月刊の演奏会情報誌があり、プロ・アマを問わず演奏会情報が掲載されていて、その中に演奏会の招待のページがあります。「ぶらあぼ」は、演奏会場に置かれていて、無料で頂くことができます。ハガキやメールで応募すれば、当たることもあります。

 私が聴いた演奏会の中で、アマチュアオーケストラでは、実力・プログラミング(意欲等)で凄いと思ったのは先ず、新交響楽団です。これは作曲家でもあった芥川也寸志が音楽監督として育成したオケで、この前は日本の作曲家だけのプログラムで、見事な演奏を聴かせていました。ほとんどプロ並みの実力でした。

 それからグローバル・フィルハーモニー管弦楽団(正式名は忘れましたけど)。これは当ブログでも紹介しました。このオケは、松尾葉子が時に指揮します。これも上手い。

 あと東京大学フォイヤーベルクも上手い。これは学生のオケですが、フォイヤーベルクとは「花火」のことのようです。何回かブログで紹介しました。これらは、入場料を払っても聴きに行くに値するアマチュアオーケストラだと思っています(フォイヤーベルクは、無料でカンパ制です。)

 それ以外にも色々アマオケがあり、少し下手でも、プロとは違ったひたむきな演奏は魅力があると思います。ホールが鳴るという生演奏は、やはり素晴らしいと思います。

《レコード CDのことなど》

ブラームスの交響曲

 レコードやCDは、自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、私は、ブラームスの2番は、ピエール・モントウーロンドン交響楽団を指揮したものをよく聴いてきました。この曲はモントウーが得意にしていたようです。

 スベトラーノフアムステルダム・コンセルトヘボウを振ったライブ・レコードも熱気のある良い演奏です。

 全曲盤。全曲盤は、たくさんの指揮者が録音しています。新しいのでは、ギュンター・ヴァント北ドイツ放送交響楽団を振ったものが評判いいようです。

 ほか、エイドリアン・ボールトロンドン交響楽団ロンドンフィルを指揮したもの、バルビローリウイーン・フィルを指揮したものがなかなかの演奏です。

 ザンデルリンクベルリン交響楽団を指揮したもの(1990年)も全曲盤では評判が良いようですが、ザンデルリンクでは、私はドレスデン・シュターツカペレを指揮した旧盤(1972年)の、いぶし銀のようなドレスデン・シュターツカペレの響きが好きです。

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2009年1月12日 (月)

演奏会に行ってきました「水戸室内管弦楽団、指揮:準・メルクル R:シュトラウス:メタモルフォーゼン、クラリネットとファゴットのドゥエット・コンチェルティーノ、 ベートーヴェン:交響曲第6番〈田園〉」(2008-39)

水戸室内管弦楽団第73回定期演奏会 2008年7月6日(日)14:00開演 水戸芸術館コンサートホールATM(JR水戸駅バス5~6分、徒歩5~6分)

《水戸室内管弦楽団第3回ヨーロッパ公演》

 水戸室内管弦楽団(MCO)の第3回ヨーロッパ公演の模様が、茨城新聞の切り抜きでロビー・エントランスに掲示され、紹介されていました。

 音楽顧問の小澤征爾が椎間板ヘルニアのためドクターストップがかかり、第72回定期演奏会(2008年5月28日 当初小澤征爾の指揮予定が指揮広上淳一に変更)が急遽ヨーロッパ公演を考慮し、指揮者無しに(コンサートマスター豊嶋泰嗣)に再変更して行われました。

 そして翌日29日から、吉田秀和総監督以下、MCOのメンバーがヨーロッパ公演に出発。指揮者無しで公演を行った模様が、地元茨城新聞の多くの切り抜きが掲示されて紹介されていました。

 公演地は、ミュンヘン、フィレンツェ、マドリードの3ヶ所で行われ、予定されていたウイーンとパリはキャンセルとなったそうです。

 公演は、「指揮者無し」に変更となったにもかかわらず各地とも続々と聴衆が訪れ、地元の新聞等で紹介され、大成功に終わったとのことでした。なお公演の模様は、音楽之友社から、2008年11月に本が出版され、国内にも紹介されたそうです。

《オーケストラ・ランキング 2008》

 40人の音楽評論家が選んだ世界のオーケストラ・ベスト10

 雑誌「レコード芸術」(音楽之友社刊)2008年5月号に「オーケストラ・ランキング2008」~40人の評論家が選んだオーケストラ・ベスト10~という特集が掲載されています。

 それによると、第1位がベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、第2位がウイーン・フィルハーモニー管弦楽団、第3位ロイヤル・コンセルトへボー管弦楽団、第4位バイエルン放送交響楽団、第5位シカゴ交響楽団、第6位ドレスデン国立管弦楽団、第7位ロンドン交響楽団、第8位ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、第9位ベルリン国立管弦楽団、第10位パリ管弦楽団となっています。

 国内のオーケストラでは、第35位東京交響楽団、第37位NHK交響楽団、第37位東京フィルハーモニー交響楽団、第37位水戸室内管弦楽団、第37位読売日本交響楽団・・・・・・となっています。みなさまの感想はいかがでしょうか。

《プログラム》

指揮:準・メルクル

R.シュトラウス:メタモルフォーゼン

R.シュトラウス:クラリネットとファゴットのドゥエット・コンチェルティーノ

 クラリネット独奏:フランソワ・ソゾー  ファゴット独奏:オリヴィエ・マッソ

         ・・・・・・・休 憩・・・・・・・

ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調作品68〈田園〉

《印象 感想》

R.シュトラウス:メタモルフォーゼン

 弦楽のみの演奏。素晴らしいしっとりとしたハーモニーの響き。極上のアンサンブル。メチャクチャ上手い。

R.シュトラウス:クラリネットとファゴットのドゥエット・コンチェルティーノ

 クラリネット独奏:フランソワ・ソゾー  ファゴット独奏:オリヴィエ・マッソ

 弦のみの伴奏。甘いメロディーが流れ、とても素敵な曲、演奏。クラリネット、ファゴットとも、独奏はメチャクチャ上手い。

ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調作品68〈田園〉

1楽章 「田舎に到着したときの愉快な感情の目覚め」

 先ほどのクラリネットとファゴット独奏の二人がオケのメンバーに入って演奏。心地良い快適なテンポで入る。曲は、淀みなく流れる。

2楽章 「小川のほとりの情景」

 おだやかな楽章。工藤重典のフルート、とてもきれいに響く。

3楽章 「田舎の人々の楽しい集い」

 活気のある楽章、演奏。ピッコロ、トランペットが気持ちよく響く。

4楽章 「雷雨・嵐」

 ティンパニー、ピッコロが活躍。

5楽章 「牧歌・嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」

 ホルン、ヴァイオリン、弦がとても良い演奏。全体に本当に素晴らしい、凄い「田園」でした。

《曲目解説》 広瀬大介(音楽学)

リハヒャルト・シュトラウス:メタモルフォーゼン

 これまで、終戦間際の1945年3~4月リヒャルト・シュトラウス(1864~1949)が作曲した〈メタモルフォーゼン〉の主題は、連合国によって空襲を受け、焦土と化したミュンヘンと同地の歌劇場への追悼である、とされてきた。これに対して一部の研究者は、この作品における文豪ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ(1749~1832)の影響とそこに隠された意味をより重視すべきだと説いている。

 そもそも〈メタモルフォーゼン〉、日本語で〈変容〉と訳されるこの言葉をタイトルに用いるというアイディアを、シュトラウスはどこから得たのだろう。この言葉をドイツ語に定着させたのは、植物収集家でもあった異能の天才ゲーテが著した『植物変容(あるいは変態)論Die Metamorphose der Pflannzen』『動物変容論Die Metamorphose der Tiere』であると言われる。自宅にゲーテ全集を揃え、その全てを読破していたシュトラウスは、当然この論にも目を通してただろう。普通この「変容」とは、超自然的な神の力によって、人や動物が神性を帯びた存在へと変わることを意味し、ゲーテも同論ではその意味に添った形で用いている。だが、シュトラウスはこの言葉の意味を強引に反転させる。「人間は神聖な存在から獣的な存在へと“変容”する。」という、ゲーテとは逆の意味を込め、当時のドイツの破滅的な状況を指す言葉として用いたのだ。

 曲の冒頭、めまぐるしく転調を繰り返す和声の連なりは、やはりゲーテが当時の文壇に対する批判を込めた詩〈人は自らを知り得ないものだNiemannd wird sich nicht kennenn〉に付曲しようとした合唱曲のスケッチを、さらに弦楽合奏として発展させたものである。シュトラウスはこの合唱曲の和声進行をより凝縮させ、全曲を単一楽章によって再構成した。楽譜上は臨時記号を全く用いないハ長調であることにもかかわらず、実際にはフラットを多用するハ短調で曲を書き進めているのも、こうした「正」から「負」への「変容」という発想を、調性の上でも表現しようとしたからに他ならない。また、この曲は独立した23人の奏者から成る弦楽アンサンブルという珍しい形式を採っている。ヴァイオリン10人に対し、ヴィオラ5人、チェロ5人、コントラバス3人という、高弦に対して中低にやや厚みを加えた編成は、曲全体に重苦しい雰囲気を与えようとしたシュトラウスなりの工夫の一端だろう。

 これらの事実を踏まえた上でこの曲を眺めると、曲中で頻繁に引用されるベートーヴェンの〈交響曲第3番“英雄”〉第2楽章〈葬送行進曲〉の旋律の意味も「変容」する。元々はこの曲をナポレオンに献呈しょうとしたにもかかわず、皇帝即位の報に接して取りやめた、という例のエピソードが、ここでは大きな意味を持ってくる。「英雄の死と葬送」をテーマにしたこの「神聖な」旋律が、当時の「獣的な」ナポレオン、すなわちヒトラーがたどった運命に重ね合わせて解釈できる余地が生まれる、ということになるのだ。終わりから9小節目には、「追悼!In Memoram!」という言葉と共に、このモティーフがはじめて(そして最後に)完全な形で引用される。この言葉がミュンヘンへの追悼ではなく、現代の「英雄」への皮肉を込めた追悼であると考えるのは、全く不自然ではないだろう。〈メタモルフォーゼン〉という言葉が複数形になっているのも、こうしたさまざまな「正から負への価値の転換」が隠されているためかもしれない。

 初演は、現代音楽の庇護者を自ら任じていたパウル・ザッハー率いるチューリッヒ・コレギアム・ムジクムによって、1946年1月25日に行われた。

リヒャアルト・シュトラウス:クラリネットとファゴットのドゥエット・コンチェルティーノ

 戦後、スイス各地を転々としていたシュトラウスが、オーケストラのために作曲した最後の器楽曲である。クラリネットとファゴット、という独奏楽器の組み合わせも異色ではあるが、ソロを担当する弦楽五重奏(場合によっては六重奏以上にもなる)とその背後に控える弦楽オーケストラ、さらにハープが加えられた編成の曲というのは、おそらく他には類例がないだろう。1947年12月に作曲され、翌年4月4日にスイス・ルガーノで、イタリア=スイス放送管弦楽団のメンバーによって初演された(指揮:オトマー・ヌッシオ)。

 ただ「最後の」器楽曲と言っても、シュトラウスは「明るい」クラリネットと「暗い」ファゴットによる対話形式の協奏曲を作りたいう構想を、前々から持ち合わせていたようだ。スケッチブックの余白にかき込まれた「王女と乞食」という喩えや、同時代人の証言にも見られるように、作曲家はアンデルセンの童話からこの作品の想を得たことはほ疑いがない。しかし実際に生まれた音楽は、その枠組みで解釈できるほど単純ではなさそうだ。クラリネットにあてがわれた調性はヘ長調。かつてシュトラウスはこのヘ長調で、自身の結婚生活を赤裸々に描いた〈家庭交響曲〉の夫の主題を作曲した。オペラでは滑稽身のある男性の登場人物に与えられるこの調性で描かれるのは、作曲家自身のある種の自画像であると捉えることもできる。これに対置されるファゴットの調性は、平行調(ヘ長調と同じ1つのフラットを有する)のニ短調。いわば、この二つの木管楽器は、シュトラウスという人間の陰と陽を描き分けたものである。

 曲全体は伝統的な協奏曲の形式に従い三つの部分に分けられているが、全曲は続けて演奏され、いわゆる楽章の切れ目はない(コンチェルティーノ・小協奏曲と呼ばれる所以である)。第1楽章にあたる冒頭部分では、「陽」のクラリネットと「陰」のファゴットが対話しながら曲が淡々とと進む。ところがその後半では、ハープのアルペジオによって突然雰囲気が変わり、イ長調によるまったく別の主題が登場する。この明るい主題は決して唐突に現れるわけではない。すでに曲の冒頭、たった2小節だけこの調性が登場し、曲のたどり着く先を暗示しているのだ。シュトラウスが仕掛ける音楽世界の重奏性を示す、もっとも端的な例だろう。非常に短い(第2楽章)を経た後、ロンド(第3楽章)では二つの楽器が演奏する旋律はさまざまに形を変えながら、最終的には明るさに満ちあふれたニ長調へと音楽は収斂していく。栄光に包まれた前半生と、戦争に巻き込まれた後半生。全ての出来事を達観した眼で眺め、最後の器楽作品で「よい一生だった」と言い切ったシュトラウスという人物のしたかさが、この曲には込められている。

ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調 作品68〈田園〉

 現代において「標題音楽」という用語は、19世紀に活躍したロマン派の作曲家(ベルリオーズやリスト)が主導した、主に文学的な内容を含む音楽作品を指す際に用いられている。だが長いヨーロッパ音楽の歴史を見渡してみれば、自然界にあるものを描写する音楽やその語法を含めた、もっと広い意味での「標題音楽」は、18世紀以前のルネサンス、バロック期にこそ盛んに作られていた。古典派の時代に下火になったのが、音楽史全体から見ればむしろ例外であろう。ヴィヴァルディ〈四季〉という超有名曲を例に引くまでもなく、協奏曲という形式・入れ物を用いて、自然の姿を写し取るような音楽のありようが、ごく自然に存在していたのである。

 ルートヴィヒ。ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)が直接影響を受けたこの分野に作品は、師ヨゼフ・ハイドンが晩年に作曲した二曲のオラトリオ、〈天地創造〉(1778年)と〈四季〉(1801年)であった。だが、この弟子は師の作品の価値は評価するもの、その作品の中にある自然描写的要素については「質が低い」と看倣していた。このことは、ベートーヴェン自身の考えと言う以上に、当時の社会的風潮がこうした「標題音楽」を低く評価していたことの顕れであったように思う。そのためかどうか、1807年からおよそ1年間かけて作曲された6曲目の交響曲に、ベートーヴェンは自ら〈田園〉という副題をつけながらも、そこにあるのは「絵画的描写ではなく感情の表出」であると、と弁解して続けることんなる。

 実際、同時期に作曲された〈第5番“運命”〉(こちらのサブタイトルは、ベートーヴェン自身がつけたものではない)と、この、この〈第6番“田園”〉には多くの共通点がある。やや規模は小さいながら、これまで交響曲では用いられなかったピッコロやトロンボーンがオーケストラに定席を占め、スケルツォ楽章と最終楽章は切れ目なしに連続して演奏される点など、〈田園〉はそれまでのベートーヴェンの「革新性」を多く受け継いでもいる。

 第1楽章「田舎に到着したときの愉快な感情の目覚め」では、冒頭4小節で提示される主題が全曲に渡って有機的に(形を変えながら)用いられる。これは、〈第5番〉の有名な冒頭の旋律が提示される様とそっくりである。その主題の対照性が、そのままこの二つの曲の違いを表している、といってもよいほどだ。

 第2楽章「小川のほとりの情景」では、ヴァイオリンが比較的抽象的に小鳥の鳴き声や小川のせせらぎを描いていくが、曲の最後でははっきりとフルートがナイチンゲールの、クラリネットがカッコーの鳴き声を模倣する。

 それまでの交響曲におけるスケルツォ楽章は、この曲では第3楽章「田舎の人々の楽しい集い」という舞曲、そして最終楽章への橋渡しとなる激烈な第4楽章「雷雨・嵐」に分けられ、最後の3つの楽章は休みなく演奏される。第4楽章では、特殊な打楽器などを用いず嵐の様子をこの上なく効果的に描くヴァイオリンの用法に、ベートーヴェンの円熟した作曲技法が窺える。

 第5楽章「牧歌・嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」には、元々は「神への感謝」という副題がつけられており、ベートーヴェンが他の曲でもふんだんに用いた宗教的な意味合いを持つ動機によって構成されていることには、注意を払ってもよいだろう。やがて、ベートーヴェンが切り開いた音楽を理想としたベルリオーズは、〈田園〉とほとんど同じ楽章構成を持つ〈幻想交響曲〉で、新しい標題音楽を世に問うことになる。

《出演者プロフィール》

指揮:準・メルクル

 1959年、ドイツのミュンヘンで、ドイツ人のヴァイオリニストの父と日本人ピアニストの母の間に生まれるヴァイオリン、ピアノ、指揮の学位をハノーファー音楽院で取得した後、セルジュ・チェリビダッケに師事。1986年ドイツ・ミュージック・カウンシルの指揮者コンクール優勝。ボストン交響楽団の奨学金を得て、タングルウッド音楽祭に参加、レナード・バーンスタイン、小澤 征爾に学んだ。1993年ウイーン国立歌劇場の〈トスか〉でデビュー以来、ウイーン国立歌劇場、メトロポリタン歌劇場、バイエルン州立歌劇場などに客演したほか、1994年から2000年までマンハイム州立歌劇場音楽監督および芸術監督を務めた。

 また、コンサート指揮者としても、北ドイツ放送交響楽団、パリ管弦楽団、ボストン交響楽団などに客演、1997年NHK交響楽団特別演奏会で日本デビュー、その後も同交響楽団には毎シーズン招かれている。2005年年9月にフランスのリヨン国立管弦楽団の音楽監督に、2007年9月からはドイツ・ライプツィヒのMDR交響楽団(旧・ライプツィヒ放送交響楽団)の音楽監督に就任した。

 水戸室内管弦楽団では、2004年の第57回定期演奏会、2006年の第66回定期演奏会で指揮をとり、絶賛を博した。

クラリネット:フランソワ・ソゾー

 1957年フランス生まれ。ボルドー国立音楽院、パリ国立音楽院で学ぶ。1984年からリヨン国立管弦楽団の主席クラリネット奏者に就任。エマニュエル・クリヴィニュやデイヴィッド・ロバートソンの指揮でクラリネット・ソロを務めた。またメシアン〈世の終わりの四重奏曲〉、ベリオ〈セクエンツァⅠⅩ〉を作曲家の元で演奏する機会に恵まれるなど、ソロや室内楽でも活躍している。

ファゴット:オリヴィエ・マッソ

 1956年ベルギー生まれ。ブリュッセル国立音楽院を一等賞を得て卒業。その後、デン・ハーグ音楽院で学ぶ。ベルギー国立オペラ管弦楽団、フランドル国立オペラ管弦楽団のファゴット奏者を歴任した後、1994年からリヨン国立管弦楽団の主席ファゴット奏者ぬい就任し、現在に至る。ソリスト、室内楽奏者としても活躍している。

《CDのことなど》

R.シュトラウス:メタモルフォーゼン

          クラリネットとファゴットのドゥエット・コンチェルティーノ

 レコードやCDは、自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、R.シュトラウスの管弦楽曲は、私の若い頃に世評の高かったルドルフ・ケンペ指揮、ドレスデン国立管弦楽団の9枚組みのCDを聴いています。今はボックスでオーケストラ作品集としてEMIから出ていて、メタモルフォーゼンもクラリネットとファゴットのドゥエット・コンチェルティーノも収録されています。有名な管弦楽曲や協奏曲のほとんどが収録されている便利なボックスセットです。演奏も定評あるものです。

ベートーヴェンの交響曲集

 ベートーヴェンの交響曲集はおびただしいレコード、CDが出ていて、これまでブログでもトスカニーニ以下、いろんなレコード、CDを紹介してきましたが、今回は小沢征爾サイトウ・キネン・オーケストラを指揮した交響曲全集(ほかに序曲などを併録)を紹介します。

 録音は、多くが長野県松本文化会館で収録されたもので、交響曲第3番等一部はウイーン・ムジークフェラインで収録されたものです。ライブ録音もかなりあります。

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2009年1月 9日 (金)

演奏会に行ってきました「紀尾井シンフォニエッタ東京定期演奏会 グノー:小交響曲、ブリテン:フランク・ブリッジの主題による変奏曲、ビゼー:交響曲第1番」(2008-38)

紀尾井シンフォニエッタ東京 第65回定期演奏会 紀尾井ホール 2008年7月26日(土)2:00開演 JR・東京メトロ南北線四谷駅徒歩7~8分(音の良い中ホール。室内楽や室内オーケストラに最適なホール)

コンサートマスター:青木高志(ビゼー)  玉井菜採(ブリテン)

《プログラム》

グノー:小交響曲 変ロ長調

ブリテン:フランク・ブリッジの主題による変奏曲 Op.10

ビゼー:交響曲第1番 ハ長調

《印象 感想》

グノー:小交響曲 変ロ長調

 ロビーで丸谷才一風の男性を見掛ける。(いや絶対丸谷才一だった)

Ⅰ.「アダージョとアレグレット」  Ⅱ.「アンダンテ・カンタービレ」  Ⅲ.「スケルツォ」アレグロ・モデラート  Ⅳ.「フィナーレ」アレグレット

 管楽器のみの演奏。Ⅰ 名手達による抜群のアンサンブル。  Ⅱ フルートがよく通る。  Ⅲ ホルン、出だしから活躍。  Ⅳ 見事な合奏。

ブリテン:フランク・ブリッジの主題による変奏曲 Op.10

Ⅰ 「序奏と主題」レント・マエストーソ-アレグレット・ポーコ・レント  Ⅱ 「アダージョ」  Ⅲ 「行進曲」プレスト・アラ・マルチャ  Ⅳ 「ロマンス」アレグレット・グラツィオーソ  Ⅴ 「アリア・イタリアーナ」アレグロ・ブリランテ  Ⅵ 「古典的なブーレ」アレグロ・エ・ペザンテ  Ⅶ 「ウインナ・ワルツ」レント-ヴィヴァーチェ  Ⅷ 「無窮道」アレグロ・モルト  Ⅸ 「葬送行進曲」アンダンテ・リトミーコ  Ⅹ 「聖歌」レント  ⅩⅠ 「フーガとフィナーレ」アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ-レント・エ・ソレンヌ

 弦のみの演奏。チェロ以外は立って演奏。Ⅰ ピッチカートの出だし。 Ⅱ チェロ中心の出だし。 Ⅲ チェロのピッチカートで始まる。弾むきれいなメロディが続く。 Ⅳ リズミックな楽章。 Ⅴ 弾むイタリア風の歌うメロディ。 Ⅵ 刻む奏法。 Ⅶ 小刻みに震えるような奏法。 Ⅷ 第2ヴァイオリンから始まる。 Ⅸ ヴァイオリンの高い音とチェロの低い音の掛け合い。Ⅹ・ⅩⅠ 弦の刻むような奏法。弦の厚いアンサンブルがよく鳴る。

ビゼー:交響曲第1番 ハ長調

Ⅰ.アレグロ・ヴィーヴォ  Ⅱ.アダージョ  Ⅲ.アレグロ・ヴィヴァーチェ  Ⅳ.アレグロ・ヴィヴァーチェ

 1楽章 キビキビとした、しかしよく歌うテーマ。既にオペラの歌の片鱗が窺える。ホルンが上手い。2楽章 オーボエが素的なテーマを吹く。3楽章 活発な異国風のテーマ、音楽が奏でられる。4楽章 テンポの速い、すこぶる活気のある、若々しい楽章、演奏。よく歌い、流れるはつらつとした音楽が奏でられる。指揮者なしの演奏であるが、抜群のアンサンブルで凄い演奏。

《プログラムノート》 吉澤隆明

 紀尾井シンフォニエッタ東京(kST)が、2007/2008シーズンのしめくくりに選んだのは、指揮者を置かずに彼らだけのさらに自主的な音楽を聴かせること。ソリストや室内楽奏者としての腕前も確かなKSTのメンバーだけに、指揮者やソリストの選択にもつねに厳しい目が光るのだろう。実力ある音楽家で、しかも彼らとの音楽づくりを楽しく尊重できる名手を指揮者に招いたときの、自然な交流の広がりにも格別の魅力がある。そして、指揮者やソリストを招かず、KST自身がすべてをコントロールする定期では、彼らのアンサンブルの高度に自主的な能力が、自由と情熱を謳歌するだろう。

 しかし、それには当然背負うべきリスクもあって、13年にわたり、65回の定期公演を数えるなかでも、指揮者なしは2004年12月の第47回定期が最初で、今回はそれ以来の挑戦になるという。

 本日の客席のなかには、その前回の熱演を鮮やかに思い出される方も、あるいはライブCDでお楽しみの聴き手もいらっしゃるだろう。ついでながら、KSTの3枚のディスクは三者三様で、設立から大事な時期を支えて現在は桂冠名誉指揮者を務める尾高忠明の指揮による武満徹作品集、チェリストのマリオ・ブルネロを独奏と指揮に迎えた第22回定期のライブ、そしてプロコフィエフの「古典交響曲」をメインに置いた指揮者なしのライブがそれぞれリリースされている。採り上げた作品も異なるが、そのミュージシャンシップのありかたや表情の違いも、KSTの多彩な魅力を広い地図に投影するものだ。

 さて、今回のプログラムは、前半が、管楽アンサンブルによるグノーの「小交響曲」で朗らかに始まり、KST弦楽セクションが十八番とするブリテンの「フランク・ブリッジの主題による変奏曲」、そして後半は管弦楽が合わさってビゼーの「交響曲第1番ハ長調」で結ばれる。KSTの名手それぞれの顔も、3つの異なる編成のアンサンブルを通じての全体像も、よく聴こえてくるはずだ。今シーズンの終幕にふさわしい熱の籠もった、充実の演奏会になるだろう。

グノー:小交響曲

 フランスの作曲家シャルル=フエランソワ・グノーは、1818年パリに生まれ、1893年に亡くなった。ルイ16世に仕えた名家の出で、父は画家として知られた。

 パリ音楽院で学び、1899年にカンタータでローマ賞を得ると、ローマ留学で16世紀の協会音楽に強い関心を抱き、パレストリーナの作品から多くを学んだ。1841年にローマで初演されたミサ曲をはじめ、レクイエムなどの宗教音楽を多く作曲した。パリに戻ると教会オルガニストと合唱指揮を務めたが、同時にシューマンやベルリオーズの作品などを研究している。50年代からはオペラの作曲で知られ、《ファースト》などの名作でグノーは19世紀フランスを代表する洗練されたオペラ作家と見なされるようになった。またパリのオルフェオンの合唱隊を指揮して、多くの合唱曲を書き、歌曲にも多くの果実を生んだ。近代フランス音楽の先駆者とみなされるグノーだが、よく知られたオペラや歌曲だけでなく、1850年代半ばに作曲した2つの交響曲のほか、管弦楽や器楽の作品も手がけている。

 9つの管楽器のための《小交響曲Petite Symphoniie》変ロ長調は、作曲家の比較的晩年にあたる1885年春にパリのサル・プレイエルで初演され、たちまち成功を収めた。“管楽器のためのフランス室内楽教会”を1879年に立ち上げて、新作の委嘱にも熱心だった友人のフルーティスト、ポール・タファネルの依頼で書かれ、彼に献呈された。フルート、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2の木管アンサンブルのために書かれ、現在までこの編成の貴重な財産となっている。また20世の“シンフォニエッタ”や“室内交響曲”先駆的作品ともみなされる。

 全体は4楽章で構成され、演奏時間は20分程度になる。「アダージョとアレグレット」「アンダンテ・カンタービレ」、「スケルツォ」アレグロ・モデラート、「フィナーレ」アレグレット、という交響曲的な楽章構成をとるが、グノーも敬愛したモーツアルトのディヴェルチメントやカッサシオンを彷彿させる簡明さが美しく息づいている。

 典雅な快活さや優美な響きに加えて、カンタービレでフルートが奏で始める旋律の魅力など、歌の作家としてのグノーの卓抜がさりげなく光る。演奏会の始まりの挨拶として、素的な眩さで聴き手を迎えることだろう。

ブリテン:フランク・ブリッジの主題による変奏曲

イギリスの作曲家ベンジャミン・ブリテンは1913年に生まれ、第2次世界大戦前に名声を博し、1976年にオールドバラで亡くなるまでに20世紀の音楽界に大きな存在感を示した。フランク・ブリッジ(1879~1941)は作曲家、弦楽器奏者、指揮者として活躍した先達で、ブリテン少年の資質を認め、厳しくその才能を育んだ最初の恩師だった。印象主義の影響を受けた作風でイギリスで広く親しまれるが、彼の交響組曲《海》(1910~11)がロンドンで初演されたのは、ブリテンが生まれる前年だ。ヴィオラを習い、作曲に興味を示していたブリテンがコンサートでこの曲を聴いて強い感銘を受けたのが10歳のときだったという。やがて彼の門を叩いて楽理や作曲の指導を受けるようになり、1930年にロンドンの王立学校に入学するまでその薫陶を受けた。「すべての音符を正確にするために、際限のない困難を課すことを彼に教わった」と語っているように、ブリッジのレッスンは厳格に若きブリテンを鍛えたようだ。

 変奏曲Op10はタイトルのとおり、ブリッジが弦楽四重奏のために書いた《3つの牧歌》(1906)の第2曲から叙情的な主題を採っている。・・・・・・

ビゼー:交響曲第1番ハ長調

 19世紀フランスに生きたジョルジュ・ビゼーは、1838年パリの生まれだから、ちょうど今年が170周年に当たる。世を去ったのは1875年、オペラ《カルメン》初演の3ヶ月後で、リューマチの発作がもとだった。鮮烈な色彩に溢れたオーケストラ音楽やオペラで広く知られるが、交響曲として後世に伝えられるのはこのハ長調の交響曲だけで、生涯に3曲を手がけたと推定されるがあとはおそらく破棄されたようだ。

 音楽家の両親のもとに生まれ、1848年に入学したパリ音楽院ではピアノとオルガンを学んだほか、後にはその娘婿ともなるフロマンタル・アレヴィ(1799~1862)に作曲を師事して、1857年にローマ賞を得た。音楽院のほかジメルマンに個人的に教えを受けていたが、その娘婿のグノーからも大きな影響を受けた。

 1855年、ビゼー17歳の誕生日の4日後に書き始められ、ひと月のうちにハ長調交響曲は古典派の様式で書かれた清新な作品で、グノーの作品をモデルにしたとみられる。しかしこの作品は未出版のまま置かれた。ビゼーの息子ジャックの親友だった作曲家レナルド・アーンからパリ音楽院図書館に寄贈され、やがてグラスゴーの音楽著述家D.Cパーカーが指揮者のフェリックス・ワインがルトナーに知らせ、その指揮で1935年にバーゼルで初演されるまで、作曲から80年近い歳月がかかった。

 スコアーはまずワインがルトナー校訂によりウイーンのアニヴェルザール出版が1935年に発刊した後、パリのシュダンス者が949年に出版している。当時のオーケストラは半音ペダルの開発されていないティンパニを2つ要するのが通例だったが、若きビゼーが効果を求めて記した自筆譜のティンパニ・パートについては演奏の実際上の問題からその扱いが問題となる。本日採用される前者の版では全体の和声構造を尊重して改変が加えられ、後者には自筆音符と修正が併記されている。

  曲は伝統的な4楽章でまとめられたが、習作的な内容にとどまらず、生命感や旋律の魅力に溢れ、生き生きとした光彩のうちにビゼーの天分を放っている。とくれば、簡明な構成感のなかで、KSTの自発的なアンサンブルが、まだハイティーンだったビゼーの青春を瑞々しい興奮とともに伸びやかに謳うこともことも自ずと期待されてくる。管弦楽は2管編成で書かれ、演奏時間はウニヴェルザール版の記すところでは30分。

 第1楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ、ソナタ形式で書かれ、主和音とその分散和音による第1主題と、オーボエが歌うなだらかな第2主題を主に織りなされていく。

 第2楽章はアダージョ、3部形式による緩徐楽章で、オーボエが奏でる主部のどこかエキゾティックな主題が、後に咲き誇るビゼーの天才を予見させる。

 第3楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェのスケルツォ。活発なメヌエットと、ミュゼット風のトリオ部分とのコントラストが魅力だ。

 第4楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ、ソナタ形式のフィナーレ。ヴァイオリンが爽快に躍動する第1主題とこれに応じる木管の副主題、弦楽器が優美に歌う第2主題が多彩に織りなされて、躍動感溢れる盛り上がりをみせる。

《演奏者プロフィール》 コンサートマスター

青木高志(ビゼー)

 桐朋学園大学卒業。1999年より1年間ウイーンに留学。ウイーン・フィルコンサートマスターのライナー・ホーネック氏に師事。2000年までモルゴーア・クァルテットのメンバーとして活躍。現在、東京フィルハーモニ交響楽団のコンサートマスター。

玉井菜採(なつみ)(ブリテン)

 桐朋学園大学卒業後、スヴェーリンク音楽院、ミュンヘン音楽大学に学ぶ。プラハの春国際音楽コンクール第1位をはじめ、数々の国際コンクールに入賞している。平成14年度文化庁芸術祭賞を受賞。東京藝術大学准教授。

《レコード CDのこと》

ビゼー:交響曲第1番 ハ長調

 レコード、CDは自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、私は若い頃からこの曲が好きで、昔から定評があっったビーチャム指揮フランス国立放送オーケストラのLPレコード、CDを聴いてきました。曲も演奏も、とてもチャーミングです。

 ほかにはクリュイタンス指揮フランス国立放送オケ、デュトワ指揮モントリオール響、ブラッソン指揮トゥールーズ・キャピトル劇場オケ、マルティノン指揮フランス国立放送オケ、ミュンシュ指揮フランス国立放送オケなどがあるようです。

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2009年1月 7日 (水)

演奏会に行ってきました「モルゴーア・クァルテット  ドヴォルザーク、林 光、ベートーヴェン『ハープ』」(2008-37)

2008年7月2日(水)午後7時開演 浜離宮朝日ホール(地下鉄都営大江戸線築地市場駅下車すぐ)  室内楽や室内オーケストラ、チェンバロなどには抜群に良い音、響きの良いホール。

モルゴーア・クァルテット 第29回定期演奏会

ベートーヴェン中期弦楽四重奏曲ツイクルス[4]

モルゴーア・クァルテット

第1ヴァイオリン:荒井英治(東京フィルハーモニー交響楽団ソロ・コンサートマスター) 第2ヴァイオリン:戸澤哲夫(東京シティフィルハーモニック管弦楽団コンサートマスター)

ヴィオラ:小野富士(ひさし)(NHK交響楽団フォアシュピーラー)

チェロ:藤森亮一(NHK交響楽団主席奏者)

《プログラム》

ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第8番ホ短調 Op.80 B.57

林 光:インテルメデイオ[2002]

林 光:ラメント(悲の曲)[1999/2000]

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第10番変ホ長調 Op.74「ハープ」

《印象 感想》 私の席:C列13番(自由席)

ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第8番ホ短調 Op.80 B.57

Ⅰ.アレグロ Ⅱ.アンダンテ コン モト Ⅲ.アレグレット スケルツアンド Ⅳ.アレグロ コン ブリオ(ファイナル)

 1楽章 出だしから、よく歌う。抜群のアンサンブル。 2楽章 チェロのピチカートで始まる。 3楽章 第1ヴァイオリン、素敵な良い音を奏でる。 4楽章 緊迫した演奏。

林 光る:インテルメデイオ[2002]

 弦のピチカートで始まる。珍しく、第1ヴァイオリンの弦が切れ、ヴァイオリンをステージの外に戻って交換し、演奏を中断。活発な曲。曲の途中に、何度か休止がある。終了後、作曲者の林 光が客席で立って紹介される。

林 光:ラメント(悲の曲)[1999/2000]

 ロマンが感じられる、少し悲しい雰囲気の曲。終了後、林がステージに登り紹介される。

         ・・・・・・・休 憩・・・・・・

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第10番変ホ長調 Op.74「ハープ」

Ⅰ.ポコ アダージョ-アレグロ Ⅱ.アダージョ、マ ノン トロッポ Ⅲ.プレスと-ピュウプレスト クワジ ピレステッシモ Ⅳ.アレグレット コン ヴァリアチオーニ

 緊密なアンサンブルで、よく歌い流れるすごい演奏。クァルテットを堪能する。

アンコール

 林 光のピアノ曲を荒井が弦楽四重奏に編曲したもの。元は沖縄で歌われた愛の歌とのこと。

《プログラムノート》 林 光

ドヴォルザーク:(1841~1904):弦楽四重奏曲第8番 変ホ長調Op.80 B.57

 第一楽章:アレグロ 4分の4拍子

 ミ・レ#・ファ#ミ・レ#・ド#・ミ・レ#・ド#シと、行きつ戻りつしながら4分音符でゆったりと4度下降する第一ヴァイオリンの旋律は、2小節ずつずれて第2ヴァイオリンへ、またチェロへと受け継がれていく。その展開には、半音階進行やエンハーマニック転調の多用が目立つ。

 第二主題は主調の3度下の嬰ハ短調である。そこにはシューベルトのソナタ書法がちらつくがメロディーはスラブ調だ。

 展開部が始まると、第一主題の4分音符を8分音符に書き換えた縮小型があらわれて、主役を演じる。

 元調にもどって第一主題の帰途、続いて第二主題がホ短調で再起したあと、曲頭の四つの音符を念入りにちりばめた長めのコーダがあって終わる。

 第二楽章:アンダンテ・コン・モート 8分の3拍子

 チェロのピチカートにのってヴァイオリンが奏でる、ちょっと悲しくちょっと弾むメロディーはドゥムカ調だ。ウクライナ起源といわれ、15年のちの「ドゥムキー三重奏曲」で私たちの記憶に刻まれることになるドゥムカの予告編。

 長調に転じての二つめの主題には、どことなくヤナーチェクのヴァイオリン・ソナタの第二「バラード」を思わせる(これも8分の3拍子)ものがある。

 第三楽章:アレグロ・スケルツァンド ホ長調 4分の3拍子

 第1拍のウラから始まる主題が、なんとなく躓く(るまず)くような感じでユーモラスな気分を醸しだす。嬰ハ短調のトリオは、三連音符のはげしい動きで盛り上がる。

 第四楽章:アレグロ・コン・ブリオ 4ブンノ拍子

 いきなり嬰ト短調、つまりホ長調の第3度上につくられる和音に始まり、転調に転調をかさねてやっと主調に達するのは、何と32小節めという、意表をついたはじまり。さてその32小節めからの第一主題は、ホ長調にはじまり二小節単位で嬰ハ短調へと解決するという、典型的なスラブ風の音楽だ。

 対する第二主題は、78分音符と4分音符で組み立てられた静かな曲想なのだが、その中枢の4個の4分音符は、正確にではないがどうやら第一楽章の4分音符主題の上下をひっくりかえしたもののようだ。こうして、意識してのことではないだろうが、ⅠからⅣへとアーチがかかる。

 ドヴォルザークがこの曲を作曲したのは1876年、35歳。「スタバート・マーテル」を書くのは翌年、「スラブ舞曲・第1集」はさらにその翌年である。

林 光(1931~)

「インテルメディオ」

「ラメント(悲の曲)」

 モルゴーア・クァルテットのプログラム・ノートを書きはじめたとき、自作の解説がまわってくるというのは想定外だった。

 さて。

 作曲家たるもの、せめて30代でクァルテットの一つも書くもだと思っていたぼくだが、さいしょのクァルテット、「弦楽四重奏曲(レゲンデ)」を書いたのは60歳を目の前にした1980年だった。

 モルゴーアの<レゲンデ>を聴きたいきもちも強いが、きょう聴いていただくのは、その時からほぼ10年経って書いた、二つのクァルテット。

 二つのうち、あとから書いた「インテルメディオ」(2002)が、まず演奏される。

 東京クァルテットがこの年にはじめたプロジェクトが、ブラームスの四重奏と六重奏を一晩でというコンサートで、その真ん中にはさむ新曲というのが注文。演奏時間7分という条件は、ブラームスの<ソナタ>の長さを考えればまあ当然だし、それにこういった条件についノッて、張り切ってしまうのが作曲家の業(ごう)というものですね。

 ピッチカートの堆積がいつのまにかグリッサンドのストレッタに移行するイントロ。五音音階のモチーフが積み重なる第一主題、食いちがう手拍子みたいなリズムに乗った第二主題、やがて第一主題が回帰し、さらにイントロが戻ってきて、つまりABCBAという感じで曲が終わる。

 「ラメント(悲の曲)」は、1999年から2000年かけての作曲。長くニューヨークで日本現代音楽の紹介を、クニに頼らないでNPO的孤軍奮闘でつづけてきた、三浦尚之さん主催の「ミュージック・フロム・ジャパン」 が、ぼくの作品コンサートを企画してくれた。三浦さんの悲願であった、「原爆小景」全曲(この時は第3部まで)演奏が、米人の合唱団の原語(!)によって実現した、記念すべきコンサートだった。

 このコンサートのための委嘱作品が「ラメント」で、東京クァルテットがすばらしい初演をした。 

 曲は、4分の6拍子8小節の主題にもとづくシャコンヌで、その主題は、前年にオーケストラ・アンサンブル金沢と岩城宏之によって初演された「トレヌス(哀歌)」のそれと同じ。第三変奏あたりまで同じように進む展開は、やがて楽器編成のちがいもあって、いつのまにかまったくちがった音楽になっていく。

 「悲歌」(ヴィオラ協奏曲)、「レゲンデ」、「八月正午に太陽は・・・」(第三交響曲」とつづく、ぼくの一連の曲に共通する「少し悲しい」音楽。

ベートーヴェン(1770~1826):弦楽四重奏曲第10番 変ホ長調Op.74「ハープ」

 1809年、38歳のベートーヴェンは10番目の弦楽四重奏曲を作曲、前の年に第5・第6の二つの交響曲を初演、二年後には26番めのピアノソナタ「告別」が書かれているという時期である。

 第一楽章:ポコ・アダージォ、変ホ長調の序奏での冒頭で、第1ヴァイオリンはミ♭・ソ・♭・レ♭という旋律を二度繰り返す。半音下げた属音レ♭は、当然ドに下りてサブ・ドミナントに解決するかと思うとさにおあらず、レ♭は強引にレに戻って主音レに帰り着いてしまう。

 この進行、どこかで聴いたと思ったら、1曲まえの第9番(ラズモフスキー第3番)にあった!お気に入りだっただろう。

 主和音を分散させたニ♭・ソ・シ♭ではじまる、アレグロ4分の4拍子のテーマの11小節めから、ヴィオラとチェロのかけあいのピチカートごっこが4小節、そのあと二挺のヴァイオリンのかけあいが4小節つづく。ここを書きながら作曲家は、のちに〈ハープ〉というあだ名のもとになるピチカートを思いついたのだろう。

 けれどもそのあと、ピチカートはぴたっと止んで、16分音符が活躍する第二テーマ、そして展開部へと、何くわぬ顔で曲は続く。

 以上は展開部の後半で起こる。第一テーマへの回帰を目指しているらしい転調が、徐々に強から弱へ、密から粗へと、あの〈英雄〉交響曲第一楽章の第一テーマ再起直前に似た雰囲気になったところで、ピチカートづくしははじまる。徐々に音符が細かくなり、これ以上速く撥かせられないよとアルコに切り替わったところで、クレッシェエンドがかかり、第一テーマが戻ってくる。が、〈ハープ〉はこれで終わりではない。

 ほんらい、短いシメの言葉であったはずのものを、第二の展開部にふくらませてしまったベートーヴェン型のコーダで、〈ハープ〉はもういちど鳴る。

 第一楽章に手間をかけすぎた。

 第二楽章:アダージョ・マ・ノン・トロッポ 変イ長調、8分の3,終始おだやかな歌謡楽章、

ABACAという形式も、まことに均衡がとれ明確な音楽。

 第三楽章:プレスト

 激しい第一ヴァイオリンのテーマのリズムはタタタターで、まぎれもなく〈運命の扉叩き〉のそれ。しかもハ短調という調性のためにいっそう類似性が増す。〈熱情〉ソナタにも通底する扉叩きで構成された激しい音楽は、中間部を二度はさんで三たびくりかえされる。

 休まず続く第四楽章:アレグレット・コン・ヴァリアチオーニ

 整然とした20小節の主題にもとずく六つの変奏(とコーダ)を、変奏曲の王様は、第一楽章のハープづくしの余韻を消すような大わざを見せつけることもなく、悠々と展開して曲を終わらせる。

《演奏者プロフィール》

モルゴーア・クァルテット

 MRGAUA QUARTET(モルゴーア・クァルテット)は、ショスタコーヴィチの遺した15曲の弦楽四重奏曲を演奏するため、第1ヴァイオリン荒井英治、第2ヴァイオリン青木高志、ヴィオラ小野富士、チェロ藤森亮一によって1992年秋に結成された弦楽四重奏団。翌1993年6月に第1回定期演奏会を開始。1996年6月に東芝EMIから《モルゴーア・クァルテット ショスタコーヴィチVol.1》でCDデビュー。・・・・・・

 ジャンルの壁を超えた音楽シーンを創造する団体としての活動を展開する。1998年1月、第10回“村松賞”受賞。2001年1月の第14回定期演奏会でショスターコーヴイチの残した弦楽四重奏曲全15曲を完奏。同年4月、第2ヴァイオリンを戸澤哲夫に交代。2003年6月にはベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲を完奏。2001年11月からは「トリトン・アーツ・ネットワーク」との共催公演で《モルゴーア・クァルテット ショスターコーヴィチ・シリーズ》を5回に亘って行い、2003年12月に2度目の完奏。

2004年1月の第20回から2006年6月の第25回定期演奏会までの6回でバルトークの弦楽四重奏曲全6曲を完奏。2006年9月には「トリトン・アーツ・ネットワーク」との共催でショスタコーヴィチ生誕100周年記念弦楽四重奏曲全曲演奏会行い、僅か3日間で全曲を演奏し話題を呼んだ。2005年4月、マイスター・ミュージックから《ボロディン:弦楽四重奏曲集》を発売。 

 モルゴーアという名称ははエスペラント語(morgua=明日に)に原意を持つ。

《CDのことなど》

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲

 CDは自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、世評では、アルバンベルク弦楽四重奏団の新旧盤が評判がいいようです。私は、ウイーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団のCD(タワーレコード(株))のCDボックス「ベートーヴェン弦楽四重奏曲全集」をよく聴いてきました。メンバーは第1ヴァイオリンはライナー・キュッヒル、第2ヴァイオリンがエクハルト・ザイフェルト、ヴィオラがハインツ・コル、チェロがフランツ・バルトロメイという面々です。

 ライナー・キュッヒルはウイーン・フィルのコンサートマスターで、今年(2009年)のニューイヤーコンサート(指揮はダニエル・バレンボイム)でも、コンサートマスターを務めているのがテレビに映っていました。

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2009年1月 4日 (日)

演劇に行ってきました「アーサー・ミラー:プライス(代償) 劇団民藝」(2008-3)

2008年6月30日(月)紀伊國屋サザンシアター(JR新宿南口)朝日新聞のプレゼント企画に当選したもの。18時30分開演

《キャッチフレーズなど》

 本邦初演。新たなミラー劇をめざして-。人生の勝ち敗けとは何か。四人の払う代償は?

 20世紀の演劇の巨星アーサー・ミラー。「時代の良心」といわれ現代演劇の創造に大きな影響を与えました。劇団民藝は戦後いちはやくミラー戯曲を上演。『セールスマンの死』『るつぼ』『みな我が子』など代表作のほとんどを日本に紹介していますが、『プライス』は珍しく日本では未上演です。

 1968年、ニューヨークで初演。アパートの一室。散乱したがらくた家具の売却をとおして、愛や信頼に支えられた世界のありようを描いています。本邦初演。このたびの舞台化で、新たなアーサー・ミラー再発見をめざします。

《スタッフ》

作:アーサー・ミラー、訳:倉橋 健、演出:兒玉庸策、装置:島 次郎、照明:前田照雄、衣装:前田文子、効果:岩田直行、舞台監督:武田弘一郎ほか

《キャスト》

ビクター:西川 明、エスター:河野しずか、ソロモン:里居正美、ウォルター:三浦 威

《あらすじ》

 株価の大暴落で父親が破産。兄ウォルター(三浦 威)は家を出て外科医となって大成するが、弟ビクター(西川 明)は崩壊する家を守り、安月給の警察官として平凡な生活に甘んじてきた。家族愛に支えられ廃人同然の父を介護してきたのだが、妻エスタ(河野しずか)は一人息子が家を出てからはは飲酒に眈るようになっていた。

 父親の死後、遺産の処分のため兄弟が16年ぶりに再会する。古い家具を値踏みする古物商ソロモン(里居正美)。過去の思い出の品々が、かつての怒りや不満をかきたてる。成功した兄も、妻や子供と別れ家族離散の日々を送っていた。人生の勝ち敗けとは何か。払ってきた代償をめぐって意外な真実が明らかになる・・・・・。

《印象 感想》

 私の席、8列4番。よく見え、聞こえる席。ロビーで永 六輔を見かける。劇中4人の真剣なやりとりがおもしろい。兄弟の生き方・人生感や軋轢などがテーマ。

《家族・社会劇としての『プライス』》 倉橋祐子

 アーサー・ミラーは長年の劇作のなかで、今までの人生を振り返り、そのむなしさや無意味さを実感するアメリカ中流階級の中年の姿を数多く描いてきた。・・・・・・

 『プライス』の劇的状況は、蓄音機と笑いのレコード、フェンシングのセット、ハープ、両親の寝台、食堂用テーブルなどの家具や道具によって構成され、これらはみな半世紀以上にわたるフランツ一家の歴史を語っている。

『プライス』に登場するビクターとウォルターは、亡き父親が遺した家具の処分のため16年ぶりに、昔の家族の住居-褐色砂岩の建物-屋根裏で再会、長年口に出せずにいた不満、非難、嫉みを一挙にはきだす。激しい口論を通して浮かびだされるのは、自分自身、家族そして、社会に対する責任とはいったい何であるのかという問いかけである。

 父の世話をするために大学を中退し警察官ビクターは、ウォルターの自己中心主義と無責任さを非難する。ウォルターは父親の甘えと欺瞞を見抜くことができずに将来の選択を間違えたビクターのおろかさをなじる。小さな屋根裏で繰り返されるのは、父親と息子との確執、兄弟の間の競争心、愛と信頼が欠けた物質中心主義の家庭、そして、その現実を否定し続ける人間のドラマである。・・・・・・

 こうしてみると『プライス』はミラーの現代社会とそこに生きる人間批判がふくまれていることは確かであるが、それ以上に強調されているのは、過去の過ちの自覚や現実との直面が将来の和解や相互の理解につながる可能性である。・・・・・・

 初演の前にニューヨークタイムズ紙が行ったインタビューでミラーは、『プライス』は自分の責任を真剣に考える人間を描いた劇だと語っている。「責任感は一種の愛である。責任感は虐殺、暴力、そしてニヒリズムをとめるための、唯一必要な鍵である。責任の念があるかこそ健全な人間関係がたもてるのだ。」・・・・・・

 兄弟の言い合いになかで明らかになるもは、ウォルターの利己心だけでなく、ビクターの自己正当化、現実逃避、そして目標と活気の欠けた生活だからである。そこにはミラーが主張する「愛に基づいた責任」はかならずしも人間の幸福を約束できないという人生の不当性が浸透しており、その矛盾と不当性こそが劇の主題かもしれない。

 倉橋祐子:1961年東京生まれ。故倉橋 健氏の長女。1987年渡米、1989年に修士号、1996年に博士号を取得。カルフォルニア州立大学、ワシントン大、カソリック大学で非常勤講師を務め、2001年よりケント州立大学(オハイオ州)の演劇学部助教授。

 

  

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