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2008年11月

2008年11月20日 (木)

演奏会に行ってきました「レクチャーコンサート『激動の時代と音楽』シリーズ1st「イタリア・スペイン編 〈スペイン編〉ファリャ、モンボウ、トゥリーナ 〈イタリア編〉ヴェルディ」(2008-31)

2008年6月20日(金)19:00開演 東京文化会館小ホール(JR上野駅公園口 交差点渡って2~3分 東京メトロ上野駅 徒歩5分程度) 完売、満席。

東京文化会館レクチャーコンサート「激動の時代と音楽」シリーズ 1st イタリア・スペイン編 ナビゲーター&テノール:佐野成宏」 ピアノ:ラッファエレ・コルテージ

《プログラム》 ースペイン編ー

ファリャ:7つのスペイン民謡

ムーア人の衣装/ムルシア地方のセギディーリャ/アストゥリアス地方の歌/ホタ/子守歌/歌/ポーロ

モンボウ:夢のたたかい

君の上には花ばかり/今宵もあの風の音を/君の気配は海のよう

トゥリーナ:カンシオン形式の詩

献辞/忘れないでね/カンターレス/二つの恐れ/恋狂い

       ・・・・・・・休 憩・・・・・・

イタリア編ー

ヴェルディ

オペラ「仮面舞踏会」より

再びあの人に会える/永久に君を失えば

オペラ「ロンバルディの十字軍」より

私の喜びは呼び覚ます

オペラ「マクベス」より

あぁ父の手は

オペラ「ルイザ・ミラー」より

夜が静まったとき

《解説》 國戸潤一

 東京文化会館のレクチャー・コンサートシリーズ2008-2009のテーマは、「激動の時代と音楽」。第1回のイタリア・スペイン編は20世紀初頭のスペイン歌曲と、19世紀イタリア・オペラの黄金期の頂点を築いたヴェルディのオペラ・アリアによるプログラムである。

 スペインという国は、長い間イスラム教によって支配されてきた。キリスト教徒による『失地回復(レコンキスタ)』運動によって再びキリスト教社会となった後も、イスラム教文化が残した影響は、スペイン芸術の中にはっきりと見ることができる。「太陽と影」という言葉は、スペインという国の文化を知る上でのキーワードとなるものだろう。「大航海時代」強大な国力を誇ったスペインは、17~18世紀には衰退を辿り、19世紀の音楽界では忘れられた存在と言える程に、目立った作曲家は登場しなかった。19世紀末の国民性称揚の動きの中から、近代スペインの民族主義派の登場によって、スペイン音楽は再び栄光の歴史を刻み始めたのであった。

 同じく光りと影の国であるイタリアは、グレゴリオ聖歌に始まり、常に音楽界の中心にあった。天才モーツアルトの父、レオポルトは優れた音楽家であったにもかかわらず、その身分は終生副楽長以上の地位を得ることはできなかった。レオポルトの時代には 、宮廷楽長はイタリア人でなければならなかたのだ。音楽の世界では圧倒的な覇権を持っていたたイタリアであったが、イタリアという統一された国家は19世紀になっても誕生していなかった。若きヴェルディが歌劇《ナブッコ》で大成功をおさめたのは、『祖国統一(リソルジメント)』の運動と密接な関係を持っているのは改めて述べるまでもないだろう。

 今回のプログラムの曲目は、正にスペインとイタリアという国々の激動の時代の中で生み出されたものであると同時に、その時代の民族意識の高まりと密接な関係を持っているものである。

〈スペイン編〉

ファリャ:7つのスペイン民謡

ムーア人の衣装/ムルシア地方のセギディーリア/アストゥリアス地方の歌/ホタ/子守歌/歌/ポーロ

「佐野」ファリャ、39歳の時の作品。

《印象 感想》

 スペイン編の曲は、あまり聴く機会の少ない曲ばかり。佐野の声は、しまりのある素晴らしい声。伴奏も上手い。4曲目「ホタ」には、「粉屋の娘」のメロディーがでてくる。

《曲目解説》 國士潤一

 マヌエル・デ・ファリャ(1876年11月23日カディス生~1946年11月14日アルゼンチンのアルタ・グラシア没)は、ペドレルによる民族主義への道を心に抱きつつ、1907年から14年にパリへと留学し、ドビユッシー、ラヴェル、デュカスから多くの影響を受け、1914年にグラナダへと戻る。詩人ガルシア・ロルカとの協同作業は、生地アンダルシアの音楽の研究、復興へと結実し、安易な民族主義とは一線を画した傑作を多く生み出した。

 ファリャの代名詞とも呼ぶべき《7つのスペイン民謡》は、1914年のパリ留学の終わり頃に作曲され、帰国後にアドリードで初演された。スペイン民謡を題材としながらも、ファリャは独創的かつ奔放な作品群を生み出す。この7曲は、スペイン人歌手のみならず、世界各国の歌手の重要なレパートリーとなっている。

モンボウ:夢のたたかい

君の上には花ばかり/今宵もあの風の音を/君の気配は海のよう

「佐野」テンポ・ルバートの多い曲とのこと。小節の区切りがほとんどない書き方とのこと。

《曲目解説》 國士潤一

 フェデリーコ・モンボウ(1893年4月16日バルセロナ生~1987年6月3日同地没)は、生地のリセオ音楽院とパリで学んだ。父はカタロニア人、母方にフランス系の血をひくモンボウは、ピアニストとしても活躍し、ドビュッシーやサティ、スクリャービンの影響を受けながらも、スペインの血の濃さを示すピアノ曲を多く残した。

 歌曲は、ピアノ曲以外ではモンボウが最も強い愛着を示した分野であり、20篇余りの作品が生み出された。《夢のたたかい》は、モンボウの歌曲の代表作と呼ぶべきもので、カタロニアの抒情詩人ホセ・ハネスの3つの士に1940年代に作曲されたもの。

《印象 感想》

トゥリーナ:カンシオン形式の詩op.19

献辞/忘れないでね/カンターレス/二つの恐れ/恋狂い

1曲目 「献辞」 ピアノ独奏。2曲目 「忘れないでね」から佐野が登場。スペインらしい節回し。声を張り上げるところがある。

《曲目 解説》 國士潤

 ホアキン・トゥリーナ(1882年12月9日セビリア生~1949年1月14日マドリード没)は、アルベニス、グラナドス、ファリャに始まるスペイン近代民族学派第2世代に当たる作曲家で、マドリードとパリで学んだ。パリ留学はファリャのそれに先立つ1905年からで、ピアノをモシュコフスキ、作曲をダンデーに学び、ラヴェル、ドビュッシーやファリャから強い影響を受けた。カンポアモールの詩による5曲からなるこの《カンシオン(歌謡)形式の歌》は、1923年に作曲された。第1曲はピアノ独奏曲となっている。

 ここでの3人の活躍した時代は、スペイン内戦の時代であり、ファリャはアルゼンチンへと移住したのであった。荒れた祖国の中での祖国愛が、それぞれの作品に見事に反映されている。

〈イタリア篇〉 《曲目解説》國士潤一(以下同)

 イタリアはオペラの国であり、19世紀のイタリアの音楽界は、オペラ一色に染め上げられていた。その頂点に位置する作曲家が、ジュゼッペ・ヴェルディ(1813年10月9/10日パルマ県ロンコレ・ディ・ブッセート生~1901年1月27日ミラノ没)であり、その生涯を通じて、ヴェルディは自らの作風を進化させ続けた作曲家でもあった。

ヴェルディ:オペラ《仮面舞踏会》より

「再びあの人に逢える」「永遠に君を失えば」

 ヴェルディ中期の転換点を示すオペラ《仮面舞踏会》は、1859年2月17日に初演された。

《印象 感想など》

 「佐野」当時イタリアはオーストリアからの独立運動の最中で、検閲が厳しかった。①リッカルドの愛のテーマ ②反逆者の敵意 ③ソプラノのアメーリアの祈り、という3つのテーマがオペラを構成している。尊敬している故市原太郎の公演が、3日続けてこの東京文化会館であった。演奏があまりに素晴らしかったので、チケットを買い増しして、3日続けて聴いた。

 なお、ピアニストのラッファエレ・コルテージの奥さんと私の妻はソプラノ歌手で同じ門下生でつき合いがあり、縁ができたという間柄です。

オペラ《ロンバルディの十字軍》より

「私の喜びは呼び覚ます」

 佐野の声は、張りのある素晴らしい声。

 「リソルジメント」の追い風を受けたこの作品は、1843年3月14日に初演された。初期の傑作の1つである。

オペラ《マクベス》より「あぁ、父の手は」

 ヴェルディのオペラ10作目に当たる《マクベス》は、1847年3月14日に初演された。生涯にシェイクスピアの原作をいくつかオペラ化したヴェルデイだが、その第1作に当たる。

オペラ《ルイーザ・ミラー》より「夜が静まったとき」

 「佐野」亡くなった東敦子に教えていただいた曲。

《曲目解説》 國士潤一

 ヴェルデイの第14作目のこの作品はシラーの原作のオペラ化で、1849年12月8日に初演された。

 ここで歌われる4作のオペラは、いずれも統一イタリア王国独立宣言(1861年2月18日)以前の激動の時代の作品である事も付記しておこう。

アンコール 「グラナダ」より

 凄い歌唱で、スタンディング・オベーションで迎えられる。

《演奏者 プロフィール》

テノール:佐野成宏(しげひろ)

 東京藝術大学声楽科卒業後、アリゴ・ポイト音楽院(イタリア)に留学。同年の関西日伊コンコルソ第1位・ミラノ大賞受賞をはじめ、プラシド・ドミンゴ国際声楽コンクール(メキシコ)、ルチアーノ・パヴァロロッティ国際声楽コンクール(アメリカ)等、イタリア、スペイン、ドイツ各国の国際コンクールにおいて上位入賞を果たす。以後、イタリアを中心にヨーロッパ各地で多くのコンサート、オペラに出演出演。・・・・・・・

 第8回グローバル東敦子賞、第24回ジローオペラ新人賞、第9回村松賞、第29回モービル音楽奨励賞受賞。‘光り輝く声’をもつテノールの逸材として、ますます国内外から注目されるオペラ歌手である。

ピアノ:ラッファエレ・コルテージ

 パルマ(イタリア)アッリーポイント音楽院を主席で卒業後、ヨーロッパ各地の数多くの国際コンクールで入賞、コンサートに出場する。その後、R.カヴァイヴァンスカ、R.ブルゾン、L.ヌッチ、M.ペルトージ等数多くの世界的オペラ歌手に信頼され、ヨーロッパ各地の主要劇場でのリサイタルの伴奏をしている。

 活躍は伴奏だけにとどまらず、室内楽、その他数多くの楽器奏者とのアンサンブルコンサートに出演、CD録音など精力的な活動をしてピアニストとしての地位を確立した。

 現在も演奏活動をしながら、パルマのレージョ劇場でのコレペティトゥールとして、また多くの国際声楽コンクールで・・・・・伴奏者として活躍している。

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2008年11月11日 (火)

演奏会に行ってきました「アンドルー・マンゼ(ヴァイオリン)とリチャード・エガー(チェンバロ):バッハ、ビーバーほか」(2008-30)

2008年6月11日(水)19時開演 トッパンホール(JR・東京メトロ 飯田橋駅下車 徒歩17~18分)

《プログラム》

J.S.バッハ:チェンバロとヴァイオリンのためのソナタ イ長調 BWV1015

コレッリ:ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ニ長調 OP.5-7

J.S.バッハ:平均率クラヴィーア曲集第1巻より第8番 変ホ長調 BWV853

バンドルフィ・メアリ:ソナタ OP.3より

       ・・・・・・休 憩・・・・・・

ビーバー:ロザリオのソナタより第1巻〈受胎告知〉

J.S.バッハ:半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV903

ビーバー:8つのヴァイオリン・ソナタより第3番ヘ長調

《印象 感想》

 私の席 M列17番 完売、満席。テレビカメラ入る。たぶんNHK・BS。

J.S.バッハ:チェンバロとヴァイオリンのためのソナタ イ長調 BWV1015

Ⅰ ドルチェ Ⅱ アレグロ Ⅲ アンダンテ ウン ポーコ

 すこし細身のヴァイオリンの音。ホールが大き過ぎず、ヴァイオリンとチェンバロの音がよく通る。

アルカンジェロ・コレッリ:ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ニ短調 OP.5-7

Ⅰ プレリュード Ⅱ コレンテ Ⅲ サラバンダ Ⅳ ジーガ

 ヴァイオリンとチェンバロが時に力強い奏法を見せる。

J.S.バッハ:平均率クラヴィーア曲集第1巻より第8番 変ホ長調 BWV853

 繊細なチェンバロの音色がとても良い。

バンドルフィ・メアリ:ソナタ OP.3より

第2番 ラ・チェスタ  第6番 ラ・サッパティーナ

 かなりな技巧を要する華麗な曲。

ビーバー:ロザリオのソナタより第1番〈受胎告知〉

Ⅰ プレリュードl Ⅱ ヴァリエーション Ⅲ フィナーレ

 技巧的な力強い奏法の曲。

J.S.バッハ:半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV 903

 曲もすごいけど演奏もすごい。

ビーバー:8つのヴァイオリン・ソナタより第3番 ヘ長調

Ⅰ プレリュードl Ⅱ 変奏曲 Ⅲ 変奏曲

 技巧を要する難曲、大曲。

《プログラム ノート》 安田和信

 ピリオド楽器演奏が盛んな英国でも「スター」と呼ぶことのできるアーティストは数少ない。本日の2人、アンドルー・マンゼとリチャード・エガーは1980年代後半以来のキャリアを通じて「スター」の称号を進呈するに申し分ない活動をしてきた。近年ではそれぞれ指揮者としても活動しているが、キャリア初期から続けられてきたデュオは現在でも彼らの柱になっているに違いない。

 そのレパートリーは今や初期バロックから、シューベルトなどのような19世紀までに及んでいるのである。そんな彼らのデュオは斬新という形容が相応しい解釈に満たされている。ともすれば中庸を得た表現に傾きがちな英国のピリオド楽器演奏にあって、時に極端とも言える対比的な表現、そのためにならばありとあらゆる音楽的手段を駆使することも辞さない柔軟さは、もうそれ自体で事件とさえ言えるのだろう。「スター」たる所以だ。

 本日のプログラムでは、激しく熱い「表現主義」的な2人のアーティストによって、17世紀後半から18世紀前半までのヴァイオリン音楽のアンソロジーが聴かれる。イタリア起源のヴァイオリン音楽の一つの頂点であるコレッリ、そしてその伝統をアルプスの北方へと広める役割りを果たしたバンドルフィー・メアリー、オーストリア帝国においてイタリアの器に奇想天外な創意を盛り込んだビーバー、そして、バッハ。すべての水源を飲み込んで大河としたバロック音楽の完成者バッハの姿を聴くのもよし、そうした「伝統」へと回収せずに4人の作曲家を等身大で楽しむのもよし。しかしながら、おそらくマンゼとエガーが歴史的な側面から耳を支配するだけでは済まされない、いま、ここで唯一性として立ち上がるホットな音楽を演出してくれるのも間違いないだろう。

 ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685~1750)の《チェンバロとヴァイオリンのためソナタ イ長調》BWV1015は、他の同種作品(BWV1014,1016~1019)とともに6曲一組の曲集をなす。現存する最古の資料はライプツィヒ時代初期の1720年代半ばに作成されたものだが、成立自体はそれ以前のケーテン時代と推測されている。さらに以前のヴァイマール時代作とも考えられている第2集イ長調は他の5曲と同様に、「緩-急-緩-急」という4楽章構成を採る。通奏低音の伴奏によるヴァイオリンのソロで、チェンバロの右手声部をもう一つの高音声部、左手をバスと見立てることによって(部分的には通奏低音の書法を用いるが)、ヴァイオリン奏者とチェンバロ奏者の2人による疑似トリオ・ソナタとして構想されている点は、18世紀前半において非常にユニークな試みである。

 第1楽章はヴァイオリンに始まる繊細な表情の旋律がチェンバロの両手によって模擬風に扱われていく。第2楽章は力強いファンファーレ風な音型が印象的。カノンの書法を用いた、物思いに沈む内省的な第3楽章の後、再び自由な模擬書法による愉悦に満ちたフィナーレで全曲は閉じられる。

 ローマで活動したアルカンジェロ・コレッリ(1653~1713)は17世紀から18世紀に移行する時期において、ヴァイオリン演奏とその音楽に大きな影響力をもったヴァイオリン奏者・指揮者であった。《ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ニ短調》は、1770年に初版が出た、この編成によるコレッリ唯一のソナタ集Op.5(全12曲)からの作品。第7番のニ短調を含むこの曲集の後半6曲をは、前奏曲に各種の舞曲を連ねる楽章構成を採っている。第7番はソロと通奏低音が自由な模倣によって対話を繰り広げる前奏曲の後、急速なコレンテ、荘重なサラバンダ、そして情熱的なジーガへと続いていく。

 次はチェンバロ独奏によって、バッハの《平均率クラヴィーア曲集第1巻》第8番 変ホ長調 BWV853が演奏される。1720年代初演、ケーテンで成立したこの曲集は24の長・短調すべてを用いて前奏曲とフーガを作曲するという野心的な試みであった。バッハの時代には完全な平均率は使われておらず、「平均率」と訳されたドイツ語はすべての調が具合よく響くために「巧く調律された」という意味と推測される。第8番は深みのある悲歌ともいうべき前奏曲と、主題の転回とや拡大形も織り込んだ3声のフーガ(自筆譜では異名同音調の嬰ニ短調)である。

 ジョバンニ・アントーニオ・バンドルフィ・メアリ(1660~69頃活動)はイタリア中部のケンブリア地方に生まれ、インスブルックのハプスブルク宮廷で活躍したヴァイオリン奏者である。現在ではイタリアのヴァイオリン音楽をオーストリアに直接的に移入させた音楽家の一人として評価が始まっている(その一翼を担ったのが、何を隠そう、マンゼとエガーの録音[ソナタの選集と全集]である)。

 本日は1660年の初版のソナタ集から第2番〈ラ・チェスタ〉第6番〈ラ・サッパテイーナ〉が取り上げられる。当時のオペラ大家アントーニオ・チェステイに献呈されたためにその名が付けられた第2番は半音の軋みが不気味な独白のような、急速なパッセージが連続する部分、自由な半音階的な下降音型のバスに基づく変奏の部分、そして終結部分からなる。インスブルック宮廷のカスとラート歌手ポンペーオ・サッパテイーニに献呈された第6番は同じ独白でも晴朗な雰囲気を讃えた部分に始まり、やはり急速なパッセ-ジニによる2つの部分、バス定型に基づく変奏の部分、終結部分から成る。

 ボヘミア出身のハインリヒ・イグナーツ・フランツ・フォン・ビーバー(1644~1704)はオロモウツ(現クロムネジーシュ)のリフテンシュタイン=カステルコルン伯の宮廷やザルツブルク宮廷で活動し、バンドルメ・メアリー以降のオーストリアを代表するヴァイオリン奏者だった。ザルツブルク大司教マックス・ルドルフへ献呈された手原稿によっても伝承された〈ロザリオのソナタ〉(1674年頃成立)は、イエスと聖母マリアの生涯と秘儀に祈りを捧げるロザリオの15の祈りに対応して15曲からなる。[受胎告知]を描写する第1番はバンドルフィ・メアリのソナタに似た構成を採りながら、受胎告知における聖母マリア(とキリスト教徒)の喜びが表現されている。なお、ビーバーはこのソナタ集でヴァイオリンの変速的な調弦(スコルダトゥーラ)を組織的に用いているが、第1番は通常の調弦による。

 ここで再びチェンバロの独奏、バッハの名高い〈半音階的幻想曲とフーガ ニ短調〉BWV903が演奏される。この作品は1720年代の初頭のケーテンで成立し、10年後にライプツィッヒで改訂されたと推測されている。幻想曲の部分は走句や分散和音が鍵盤上で奔放に舞った後、器楽的な発想によるレチタティーヴォの模倣となる。3声のフーガは半音階進行が特徴的な主題に主題に基づくが、終結に向かって自由な展開が繰り広げられていく。

 プログラム最後を飾る作品は、ビーバーが先述の大司教マックス・ルドルフへの献呈とともに1681年に出版した全8曲のソナタ集に含まれる第3番 ヘ長調。重音奏法を主体とした緩急の対比される部分、短いアリアとその変奏、奔放なパッセージが猛威を振るう部分を経て、そして別のバス定型による変奏で頂点を築くと、さらに興奮を増した終結部分となる。

《演奏者 プロフィール》

ヴァイオリン:アンドルー・マンゼ

 ヴァイオリニストとしては1610年から1830年までの音楽のスペシャリストとして知られ、指揮者としてはバロック音楽から古典、あるいは19世紀から20世紀音楽までに至る、幅広い音楽のエキスパートである。演奏活動以外にも教育活動、楽譜の校訂、著作業などにも携わっている。

 ケンブリッジ大学で古典文学を学んだ後、英国王立音楽院でヴァイオリンをサイモン・スタンデジ、マリー・レオンハルトに師事。演奏家としては、イングリッシュ・コンサートと共に古典派のレパートリーを研究しており、モーツアルトのヴァイオリン協奏曲、管弦楽曲、オラトリオ編曲作品などを手がけている。指揮者としては2003年までエンシェント管弦楽団の副指揮者、2003年から2007年までトレヴァー・ピノックの後任者としてイングリッシュ・コンサートの芸術監督を務める。2006/07年のシーズンよりスエーデンのヘルシングポリ交響楽団の主席指揮者を務めている。またスエーデン室内オーケストラのレジデンス・アーティストでもある。客演指揮者としても、2007/08シーズンにはバーミンガム交響楽団、マーラー・チェンバー・オーケストラでデビューを果たした。6月末には、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団を始めて振ることにもなっている。・・・・・・

 リチャード・エガーとの長期間にわたるコラボレーションは高い評価を得ており、彼らの録音はこれまでにドイツ・レコード批評賞、グラモフォンアワードを受賞。現在は英国王立音楽院の客員教授を務める。ベーレンライターおよびプライトコップフ&ヘルテル社の新しい校訂、モーツアルトとバッハのソナタおよび協奏曲集にも貢献している。

チェンバロ:リチャード・エガー

 ヨーク大聖堂の合唱隊、マンチェスター・チータム音楽学校、ケンブリッジ大学でオルガンの奨学生として学んだ後、グスタフ・レオンハルトに師事。15世紀のオルガン作品からデュセックに至るまで、またショパンをフォルテピアノで、ベルクとマクスウエル・デイヴィスなら現代のピアノで、とあらゆる種類の鍵盤楽器を弾き分ける多彩な音楽家。

 指揮者としては、バッハからジョン・タヴナーに至る幅広いレパートリーを持っている。近年の活動しては スコティッシュ・チェンバー・オーケストラ、ヨーロッパ室内管弦楽団と、今シーズンはフランダース・ラジオ・オーケストラ、スコティッシュ・チェンバー・オーケストラ、グラインドホーンでのバッハのマタイ受難曲等が予定されている。クリストファー・ホグウッドの後任者としてアカデミー室内管弦楽団の音楽監督に任命された。

 ソリストとしてはヨーロッパと日本の音楽界に登場、ゴールドベルク変奏曲でアメリカツアーも行う。また協奏曲のソリストとしても活躍しており、近年はオランダ放送室内管弦楽団、18世紀オーケストラ、オランダ管楽アンサンブルとも共演。・・・・・・

 ヴァイオリニストのマンゼと共演した数々のCDはこれまでに幾多もの賞に輝いてきた。また現在、アカデミー室内管弦楽団とともにバッハのハープシコード協奏曲全集を録音している。

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2008年11月 4日 (火)

演奏会に行ってきました「ヘレヴェッッヘ指揮ロイヤル・フランダース・フィル モーツアルト:ピアノ協奏曲20番、交響曲40番、41番ほか」(2008-29)

第1回アンネ・フランク誕生日コンサート フィリップ・ヘレヴェッッヘ指揮ロイヤル・フランダース・フィルハーモニー管弦楽団

2008年6月15日(日)14:00開演 東京藝術大学奏楽堂(JR上野駅公園口徒歩12~3分、東京メトロ日比谷線・銀座線上野駅徒歩15~6分)

オール・モーツアルト・プログラム

歌劇「イドメオ」序曲 KV366

ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 KV466

交響曲第40番 ト短調 KV550

交響曲第41番 ハ長調「ジュピター」 KV551

私の席 A席 2階BC(バルコニー)2列6番 全席指定 少し空席あり 指揮者の左真横 ピアニストの後ろ

《印象 感想》

歌劇「イドメネオ」序曲 指揮者:フィリップ・ヘレヴェッヘ

 指揮者はノータクト。コントラバス5人、ステージ中央後方の位置。コンマスは若い男性。奏法は、弦楽器はビブラート無し。ピリオド奏法か?。ホルンやトランペットは古楽器タイプ。生き生きとした演奏。

ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 ピアノ:リーズ・ドゥ・サール

 1楽章 ピアニストは若い美人。ピアノは中型に見えたスタインウエイ。ピアノは、楚々とした、落ち着いた音色で外連味のない音楽を奏でる。 2楽章 ピアノと伴奏が、一体となった演奏で、気持ちが良い。 3楽章 華麗なタッチ。伴奏もいいテンポでついてくる。モーツアルトらしい演奏で、ピアノも素晴らしい。

交響曲第40番 ト短調

 1楽章 有名なテーマ。よく流れる出だし。 2楽章 オリジナル奏法が生きる。  3楽章 弾むようなメヌエット。 4楽章 速いテンポの演奏。よく音楽が流れる。コーダはピタッと決まった演奏で気持ちが良い。

交響曲第41番 ハ長調「ジュピター」

 1楽章 勢いのある生き生きとした出だし。リズミックな演奏。  2楽章 よく歌い、流れる演奏。ホルンの響きがとても良い。  3楽章 快適なメヌエット。トリオの木管が素敵な演奏。  4楽章 テンポよく入る。響きは古楽器的。フーガの演奏は圧巻。コーダはもの凄く、乗りに乗った演奏。一度落ち着いてから、再度大いに盛り上がる。ブラヴォー。快演。

アンコール:41番の3楽章、シューベルトのロザムンデの音楽よりバレー音楽の2番。

《曲目解説》安田和信(音楽学)

歌劇「イドメネオ」序曲 KV336

 《イドメネオ》は、1781年1月29日、ミュンヘンのバイエルン選帝候の宮廷劇場において初演され、古代ギリシャのイドメネウス神話に基づき、息子への愛情と統治者としての責務の狭間で揺れ動く王の姿を描くこの作品は、同宮廷の優秀な管弦楽団を想定して書かれた。

 ニ長調の序曲は、オペラの開幕に相応しい、堂々としたトゥティで始まる。王侯を象徴するかのような金管楽器のファンファーレや付点リズム、荒々しい海を思わせる弦楽器群のうねり、悲劇的要素を暗示する短調楽節の挿入などは、登場人物やその性格、舞台などを暗示しているようにも聞こえてくる。

ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 KV466

 ウイーン時代の一時期、モーツアルトは演奏会を盛んに主催し、彼自身の独奏でピアノ協奏曲を披露した。特に1784年から86年にかけてのあし掛け3年間には12曲の新作が書かれている。この作品もその一つで、作曲者自身の「自作品目録」には「1785年12月10日」付けで記入。

 異例の短調による協奏曲は、第1楽章による冒頭を聴くだけでも特殊さがわかる。明快な旋律らしきものが現れず、弦楽器が引きずるような音型を奏するという主題は珍しい。このような不気味な繊細さをもつ部分も交えながら、ピアノ協奏曲としては編成の大きな管弦楽が、短調の暗い響きを所々で爆発させる。

 第2楽章のタイトルである「ロマンス」の語は、器楽曲の緩徐楽章のタイトルとして、1760年代より用いられた。シンプルな性格によるカンタービレな旋律をもつ音楽を想定するのが一般的だったが、この楽章では明るさを基調としつつも、突然、暗い影が差し込んで「明暗法」のような効果を持たせている。

 第3楽章の形式はロンド形式だが、破格な所が散見される。短調の響きと複雑な工夫をもつこの楽章は、しかし、最後のコーダでは気分が一転、オペラの大団円を思わせる明るい音楽で幕を閉じる。

交響曲第40番 ト短調 KV550

 この作品は「自作品目録」へ「1788年7月25日」付で記入された。交響曲変ホ長調 K5443、ハ長調 K551《ジュピター》と同時に作曲が進められ、3曲1組で構想されたかの印象を与える。なお、この作品の場合はクラリネットを含む稿と含まない稿が知られている。

 第1楽章の出だしは破格である。ヴァイオリンによる主旋律は、余りにも有名だが、他の弦楽器による切迫感溢れる伴奏型が主旋律よりも先行する。このような冒頭主題の構成は交響曲の、しかも第1楽章では考えられなかった。変ロ長調の主題部分でも半音階が多用され、不安の影を落としている点も作曲者の個性だろう。

 第2楽章も冒頭主題の構成は普通でない。主旋律と伴奏の区別が曖昧なのである。ヴィオラから他の楽器へと受け継がれる旋律は、同音反復の同音反復の‘無味乾燥’なもので、開始直後はどの声部が主役なのか判然としない。この主題ともつかない主題でバス声部が密かに奏でる半音階は、この楽章全体に影を落とす。

 交響曲のメヌエット楽章は舞踏用ではないが、表現の下敷きには舞曲の特徴を多少とも保有していた。しかしこの作品の第3楽章は3拍目にアクセントをもつ不規則なリズム型が多用されるなど、舞曲からは遠い。暗い情熱が爆発する主部とは対照的に、トリオは平穏の世界が開かれる。

 第4楽章の型破りは、‘展開部’の冒頭にとどめを刺す。冒頭主題に含まれる上行音型を使って、型通りの変ロ長調で始まると思いきや、次々に予期せざる音が打ち鳴らされるのである。ここでト音以外の半音がすべて現れ、主調から最も遠隔な嬰ハ短調に向かって、再び冒頭主題の素材を使った対位法的な展開が始まることを予告する。

交響曲第41番 ハ長調「ジュピター」KV551

 この作品は、1788年夏の3曲の中では、交響曲に必要とされた特徴を多く持っているかも知れない。それは堂々たるトゥッティと弱音楽節の対比に始まる第1楽章で既に明らか。作曲者お好みの行進曲風リズムは威厳を感じさせる。属調部分では、ユーモラスな主題が2つ現れるが、2つ目のものはコミカルなアリエッタ(KV542)からの引用。

 第2楽章は、2拍目のアクセントが特徴的な冒頭主題で始まる。基調となっているのは穏やかさではあるが、不規則な拍節感と表出的な短調が組み合わされた転調楽節によって影を落とされる。

 メヌエット楽章はヴァイオリンだけの弱音で始まり、冒頭主題のもつ半音階下降が全体に使用されている。トリオはいきなり木管が「シド」と終止形を奏するなど、ユーモラスな性格をもっている。

 第4楽章は、冒頭主題の「ド・レ・ファ・ミ」音型がグレゴリオ聖歌に由来するとも言われ、楽章全体が対位法書法に満ちているため、当時の聴き手はこの楽章から宗教的なイメージを抱いたかも知れない。圧巻は、提示部に現れた5つの旋律素材を使って、フーガ風の音楽が展開するコーダ。その堂々たる終止は、この交響曲を締めくくるに相応しい。

《演奏者 プロフィール》

指揮:フィリップ・ヘレヴェッヘ

 1947年ケント(ベルギー王国フランダース州)生まれ。ケント大学医学部在学中から演奏活動を始め、1970年のちにに世界最高の古楽アンサンブルとなるコレギウム・ヴォカーレを結成。さらにシャベル・ロワイヤル、シャンゼリゼ管弦楽団等を設立して現代演奏史上重要となる成果を次々と発表、ウイーン・フィル、ベルリン・フィル、コンセルトヘボウ管、シカゴ響等にも客演、世界最高の指揮者の一人であり、ルネサンスからロマン派、コンテンポラリーと広大なレパートリーを持つ。ロイヤル・フランダース・フィルハーモニー管弦楽団には1994年から客演しており、1998年には同楽団の音楽監督に就任。ルーヴァン大学教授、サント音楽祭芸術監督。

ピアノ:リーズ・ドゥ・ラ・サール

 1988年シュルブール生まれ。4歳でピアノを始める。9歳で行ったリサイタルがフランス・ラジオにより放送されるなど早期からその特異な才能が認められ、11歳でパリ音楽院(CNR)への入学を特別に許可される。2001年同音楽院を主席で卒業、引き続きパリ国立高等音楽院の大学院課程でブルーノ・リグットに師事、同時にジュヌヴィエーヴ・ジョワより芸術的アドヴァイスを受ける。13歳で協奏曲デビューを果たして大成功を収め、翌年にはルーヴァル宮のリサイタルでセンセーショナルな成功を収める。

 2004年ニューヨーク・ヤング・コンサート・アーティスツ・インターナショナル・オーディションで特別賞を受賞。同年フランス・オーヴェルニュ管とのツアーで初来日、硬質のダイヤモンドを思わせる演奏と美貌で聴衆を魅了した。・・・・・

ロイヤル・フランダース・フィルハーモニー管弦楽団

 1937年、フランダース州の首都アントワープに創設され、1955年に再編。王立エリザベスホールを拠点とする本楽団は、色彩豊かなレパートリーで人々を魅了してきた。

 1985年、ベルギー王家より「国立フィルハーモニー管弦楽団」称号を得、同国最大の楽団となる。王立エリザベスホール、デ・シンゲル、ポーラ劇場における定期公演もこの年から始まり、次いでブリュッセル及びケントでも定期公演が行われることとなった。

 歴代音楽監督にはベルギー出身の名匠アンデル・ヴァンでルノートを始め、エンリケ・ホルダ、エミール・チャカロフ、ギュンター・ノイホルト、中国出身の異彩ムハイ・タン等、多彩な顔ぶれが名を連ねており、主たる客演指揮者にはアントワープ出身の大指揮者アンドレ・クリュイタンス、ジョス・ファン・インマゼール、佐渡裕、ローター・ツアグロセク等の名が挙げられる。

 1998年9月、それまで常任指揮者として楽団の芸術性に多大な影響を与えてきたフィリップ・ヘレヴェッヘが音楽監督に就任、楽団の国際的評価と知名度をさらに高める結果となった。・・・・・・

 現在フィリップ・ヘレヴェッヘの指揮によるベートーヴェン交響曲全曲の録音が進行中。第1番と第3番が収録され、3作目は2008年4月にリリースされている。

《レコード CDなど》

モーツアルト:交響曲第40番、41番「ジュピター」

 レコード、CDは自分の気に入った物を聴いていればいいわけですが、私が最近聴いたCDでは、話題になったミンコフスキー指揮ルーヴル宮音楽隊(アルヒーフ)が斬新で凄い演奏だと思いました。古楽器の演奏だそうですが、楽器の配置が少し通常とは異なるようです。

 ミンコフスキーの演奏は、慰めの音楽と言えない面もあると思いました。少し慣れ親しんだ解釈の演奏で気に入っているのは、小澤征爾指揮水戸室内楽団の水戸芸術館コンサートホールでのライブです。(ソニー・ミュージック)

 水戸室内管弦楽団は、皆ソリスト級のメンバーで30人強。演奏会があると、メンバーは世界各地からはせ参じます。

 モーツアルトのシンフォニーには最適な規模。何せアンサンブルがもの凄い。ほかに、「プラハ」や「リンツ」が出ています。

 

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2008年11月 1日 (土)

「水戸室内管弦楽団 モーツアルト:ホルン協奏曲第4番 細川俊夫:ピアノとオーケストラのための〈月夜の蓮〉 ベートーヴェン:交響曲4番ほか」(2008-28)

水戸室内管弦楽団第72回定期演奏会 2008年5月30日(金)18時30開演

水戸芸術館コンサートホールATM(水戸駅下車 バスで5-6分 徒歩5-6分) 620名収容 私の席LB列7番(舞台中央後方バルコニー席3列目)

 当日は小澤征爾の指揮が予定されていたが、椎間板ヘルニアで急遽、指揮が広上淳一に変更。しかし翌日から小澤の指揮でのヨーロッパ公演が予定されていて、広上が同行出来ないため、広上や事務局の判断で、ヨーロッパ公演は指揮者なしで行うこととなったため、当日の演奏会も指揮者なしの演奏会に変更された。これまで指揮者なしの演奏会を、時々行ってきた由。水戸室内管弦楽団は、年2回の定期を行っているが、その1回は小澤が駆けつける。

 今回のコンサートマスターは豊嶋泰嗣。メンバーは水戸の演奏会のため、世界中から駆けつける。皆ソリスト級の面々。そのため前売り券は完売していたが、今回は小澤が指揮出来ないため、料金は変更され、一部返却された。席は少し空席ができた。水戸室内管弦楽団の定期は、地元周辺の聴衆ももちろん多いが、東京等から駆けつける客も結構いる。私も越谷から来るけど。ゆうに2時間半はかかる。しかし、それでも聴きに来るに値する演奏を聴ける。この前、バス停で立ち聞きしていたら、年配の女性が、水戸室内管弦楽団を聴けるのが、生きる一つの喜び、楽しみだという方の声を聞いた。それくらい価値のある演奏会だと思う。水戸芸術館の館長は、あの吉田秀和だ。よく口説いたものだ。亡くなった当時の水戸市長が説得したとのこと。

 小澤以外でも、世界の一流指揮者が振る。この次は、N響に客演する準・メルクルの予定。

《プログラム》

モーツアルト:歌劇〈コシ・ファン・トゥッテ〉K.588序曲

細川俊夫:ピアノとオーケストラのため〈月夜の蓮〉-モーツアルトへのオマージュ-

ベートーヴェン:交響曲第4番 変ロ長調 作品60

アンコール グリーグ:2つの楽しいセンリク?から「すぎた春」

ホルン独奏:ラデク・バポラーク

ピアノ独奏:児玉 桃

《印象 感想》

モーツアルト:歌劇〈コシ・ファン・トゥッテ〉序曲

 指揮者なし。もの凄く整ったアンサンブル。全く心地よい、モーツアルトの響き。

モーツアルト:ホルン協奏曲第4番

 独奏のバポラークの吹き振り。めちゃくちゃうまいホルン。

細川俊夫:ピアノとオーケストラのための〈月夜の蓮〉-モーツアルトへのオマージュ-

 ピアノから始まる。そっとした出だし。弦が静かに続く。幻想的な曲。ピアノ、なかなか素敵な演奏。打楽器、鉦(かね)、鉄琴、木琴、ドラなど色々な楽器が活躍。弦が静かに加わる。モーツアルトの曲の一節が、ピアノに出てくる。最後はピアノのみの演奏で静かに終わる。

          ・・・・・・・休 憩・・・・・・

ベートーヴェン:交響曲第4番

 指揮者なし。コンサートマスターは豊嶋泰嗣。広上淳一が客席で聴く。完璧なアンサンブル。たまげた演奏。盛大な拍手。ブラヴォー。広上がステージに登場し、水戸のアンサンブルを讃える。

 アンコールのグリーグは、弦楽合奏で演奏。広上が指揮する。

《曲目解説》 矢沢孝寿(水戸芸術館音楽部門)

モーツアルト:歌劇〈コシ・ファン・トゥッテ〉K.588序曲

 ヴォルフガング・アマデーウス・モーツアルト(1756~1791)がその生涯に残したオペラの「序曲」を、年代順に聴いてみよう。すると、オペラ本体同様、モーツアルトが先人の作った型から徐々に逃れ、独自の創造を成し遂げてゆく過程が聴き取れる。初期の序曲は主に、当時のイタリア・オペラで定型として用いられていた急-緩-急の3楽章形式。やがて1775年の〈牧人の王〉k.208から単一楽章になり、1780-81年の〈イドメネオ〉k.366からは、オペラ本体の内容と密接な音楽的・情緒的関連を持つようになる。そこには、18世紀のオペラ改革者グルックの、序曲はオペラの内容を暗示し、聴く者に心の準備をさせるような音楽であるべき、という考えの実践がある。

 晩年の傑作オペラ・ブッファ(喜劇的オペラ)である〈コシ・ファン・トゥッテ〉k.588(1789-90年作曲)の序曲も、もちろんその例外ではない。2組のカップルを主役に、女性の貞節を試すという危険な遊戯が繰り広げられるこの喜劇。その幕開けを告げる序曲は、それ自体がひとつの劇だ。主和音の強奏で堂々と始まるアンダンテの導入部は、オーボエの高貴な旋律で貞淑さを讃えるかに見せかけるが、劇中で歌われる“コシ・ファン・トゥッテ(女はみんなこうしたもの)”の旋律がしのびこむと、ほどなくテンポを上げてプレストの主部へまっしぐらに走り出す。

 弦楽器のざわめく音型と管楽器のなめらかな音型が競い合い、さまざまな組み合わせでスリリングな掛け合いを演ずる。それは、劇中でくり広げられる登場人物たちの複雑な心理のやりとりを反映したアンサンブルを、先どりしている。そして最後にもう一度“女はみんなこうしたもの”の旋律が現れ、にぎやかな終結部になだれこむ。旧弊な道徳j感と愛の自由と、モーツアルトが重きを置いているかは、この序曲だけでも明らかだ。

モーツアルト:ホルン協奏曲 第4番 K.495

 数々の管弦楽の名手たちのために協奏曲を書いたモーツアルトだったが、もっとも気心の知れた管楽器奏者といえば、ホルンのイグナーツ(ヨーゼフ)・ロイドゲープ(1745頃~1811)ということになるだろう。モーツアルトのザルツブルク時代から、ウイーンで生涯を閉じる直前まで、ロイドゲープは生涯を通じての友人だった。ロイドゲープのためにモーツアルトは4曲のホルン協奏曲、1曲のホルン五重奏曲を書き、他にも彼の演奏を企図したと思われる未完のロンドなどが残されている。そしてこれらの作品は、友情の証であると同時に、ロイドゲープが、奏法上でも楽器の機構の上でも大きな発展を遂げつつあったホルンの、類稀な名手だったことも証明している。

 モーツアルトは曲を通じて、ロトゲープに敬意と親密さの両方を示している。

第1楽章 アレグロ・モデラート 変ホ長調 4/4拍子 ソナタ形式 第2楽章 ロマンツェ アンダンテ 変ロ長調 3/4拍子 ロンド形式 第3楽章 ロンド アレグロ・ヴィヴァーチェ 変ホ長調 6/8拍子 ロンド形式 

細川俊夫:ピアノとオーケストラのための〈月夜の蓮〉-モーツアルトへのオマージュ-(2006) 作曲者 細川俊夫

 この作品は北ドイツ放送(NDR)の委嘱作品。2006年のモーツアルト年を記念して、モーツアルトのピアノ協奏曲の一つを私が選択し、それと同じ編成で作曲するという課題を、NDRのリヒャルト・アルムブルスター氏から与えられた。私が選んだ作品は、A-dur(イ長調).KV.488であり、その2楽章fis-moll(嬰ヘ短調)をテーマとして、この作品を作曲した。

 私にとってモーツアルトの音楽は、少年時代から最も愛するヨーロッパ音楽のひとつである。その音楽の高い気品と優雅さ、そしてそこから溢れる悲しみと慰めが一体化した音楽は、私たち東洋人が知ることのなかった音楽世界である。私たち日本人は、さまざまな形で西洋の音楽を約130年前から受け入れ、学ぼうとした。そうした西洋音楽の最も高い世界をモーツアルトの音楽は体現している、と思う。

 私はここ数年、「花」をテーマに作曲を続けている。私の祖父は、いけばなの師匠であったこと。私の愛する日本の伝統演劇「能楽」の創始者世阿弥にとって、最高の演技者「花」と捉えられていたこと。日本の伝統詩歌にとって、「花」は最も重要なテーマであったこと。そうしたことが、私を「花」への関心に向かわせた。花の開花と死を、私が花となって歌おうとすること。それは私たち日本人芸術家にとって、極めて伝統的な態度である。

 「蓮」は、東洋の仏教世界にあって、最も尊重されている花である。多くの仏像は、蓮の花の上に立っている。蓮の開花とは、心の開花(自己への目覚め)であり、悟りや浄福への深い願いである。蓮は池の水面下の泥の中に深い根を張り、茎は水中を通り抜け、蕾は水面下をわずかに超えて、空に向かって開花を夢見る。蕾の形は、人が祈るとき合掌する手の形に似ている。

 蓮の花は、ピアノであり、オーケストラは、水と自然を象徴させる。この音楽で、fis(嬰ヘ)音を中心に長く伸ばされた持続音は、水面の響きを、そしてそれ以下の低音は、水中であり、最低音域は、泥の中の暗黒である。そしてその水面を超えた高音は、限りない広がりを持った空を暗示する。

 静かな明るい月夜、蓮の花は蕾のまま、月光を受けて、開花に向かって、夢にまどろむ。その夢の中には、かすかにモーツアルトの音楽への憧れ(西洋音楽への憧れ)が託される。

 このピアノ協奏曲の作曲のときの、私のイメージは以上のようなものである。

 この作品を初演者のピアニストの児玉桃に捧げる。

※作曲者注

●委嘱 北ドイツ放送(NdR)がモーツアルトの生誕250年を記念して

●初演 児玉 桃(ピアノ) 北ドイツ放送交響楽団 準・メルクル(指揮)

●2006年4月7日 ライスハレ(ハンブルク)

●演奏時間 約22分

※編集部注

 この作品は、水戸室内管弦楽団第67回定期演奏会(2006年12月)で、小澤征爾指揮、児玉 桃ピアノ独奏により演奏された。本解説は、その時掲載されたものである。

ベートーヴェン:交響曲第4番 変ロ長調 作品60(曲目解説 矢沢考樹)

 交響曲というジャンルに、曲ごとに絶えず新しい発想を織り込み、活性化をしていったという点では、ハイドンもモーツアルトもそうだろう。だが、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1776~1827)の9曲は、交響曲を貴族社会の中で大量に生み出され機会に応じて消費されるものから、自立した作品であり、器楽の最高の形式」(E.T.Aホフマンが1810年にベートーヴェンの〈第5番“運命”〉を評した時の言葉)という自意識を備えたジャンルに変えた。ベートーヴェンが既存の枠組みを破っていく過程は、〈第1番〉から〈第3番“英雄”〉への足取りに、鮮やかに示されている。いわばそれは、ハイドンとモーツアルトの影響を脱し、交響曲という形式の未曾有の拡大と充実へ向かう驚異の三段跳びだ。

 しかし、〈英雄〉に続く、この〈第4番〉(1806年作曲)は、あたかも作曲者がひとたびその跳躍を休み、路傍で憩いつつ過去を振り返るかのような印象をもたらす。前作〈英雄〉に比べると楽曲の規模は小さくなり、楽曲編成も縮小した(特に、フルートが1本のみという編成は全9曲のうちこの曲が唯一)。一見、古典的外観に明朗快活な表情。あとに続くのが〈第5番“運命”〉であることを考えると、シューマンの「2人の北欧神話にはさまれたギリシャの乙女」という有名な評言も、なるほどと感じられる。

 だが、果たしてそれだけがこの曲の本質だろうか。むしろこれは、〈英雄〉で得た語法面や構成上の革新を存分に駆使し、古典的な交響曲の形態にどこまで大胆な発想を盛り込めるか挑んだ、野心作ではないだろうか。

 第1楽章の序奏は、主調が変ロ長調にもかかわらず、短調に傾き、主調を確保できないまま不安げに動揺する。その後重要な役割を果たす動機も隠された、生命を宿した豊穣な混沌というべきこの序奏が、ティンパニもホルティシモの和音で打ち破られ、主部へとなだれ込む瞬間は輝かしい。その主部は、リズムの弾力と、シンコペーションの生み出す迫力と、強弱の鋭い対比とが創り出す生の舞踏だ。管楽器群の暖かい色彩も忘れがたい。

 第2楽章は、カンタービレな楽想に満たされつつも、伴奏リズムの引きつるような動きが、不断の緊張感を与える。版によっては「メヌエット」の表記を持つ第3楽章は、実質的に〈第5番〉のそれにも匹敵する躍動的なスケルツオ。トリオの管楽器の活躍も印象的だ。

 そして、無窮動な主題が忙しく動き回る終楽章は、モーツアルトのオペラ・ブッファの序曲にも通じる喜劇的精神を遺憾なく発揮しつつ、スフォルツァンドで奏される和音連打に活気づけられ、交響曲としてのカタルシスへ、弾むことなく向かってゆく。

第1楽章 [序奏]アダージョ 変ホ長調 [主部]アレグロ・ヴィヴァーチェ 変ロ長調 2/2拍子 序奏付きソナタ形式

第2楽章 アダージョ 変ホ長調 3/4拍子 展開部を持たないソナタ形式

第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ 変ロ長調 3/4拍子 3部形式

第4楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ 変ロ長調 2/4拍子 ソナタ形式

《追記》

 その後、この演奏会の翌日から第3回目のヨーロッパ公演に出発。ファンの応援ツアーも組まれた模様。6月3日(火)ミュンヘン、プリンツレゲンテン劇場、6月5日(木)ウイーン、ムジークフェラインザール、6月8日(日)フィレンツェ、テアトロ・コムナーレ、6月10日(火)マドリード、オーディトリオ、オーディトリオ・タティオナル・ド・ムジカ、6月12日(木)パリ、シャンゼリゼ劇場で公演。、指揮者なしの演奏会を行う。3回目なので、水戸室内管弦楽団を知っている聴衆も多かったと思う。小澤は振らなかったが、各会場とも多くの聴衆が駆けつけた模様。

 この後の、準・メルクル指揮の水戸室内楽団の演奏会で、ロビー、エントランスにヨーロッパ公演の様子が、地元茨城新聞の文化欄の切り抜きが張られて、各会場の演奏会の様子や各国の新聞が評した内容が伝えられていた。概ね各会場も満員で、「驚異のアンサンブル」という内容で、大きく報道された様子がよく分かった。

 

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