演奏会に行ってきました「レクチャーコンサート『激動の時代と音楽』シリーズ1st「イタリア・スペイン編 〈スペイン編〉ファリャ、モンボウ、トゥリーナ 〈イタリア編〉ヴェルディ」(2008-31)
2008年6月20日(金)19:00開演 東京文化会館小ホール(JR上野駅公園口 交差点渡って2~3分 東京メトロ上野駅 徒歩5分程度) 完売、満席。
東京文化会館レクチャーコンサート「激動の時代と音楽」シリーズ 1st イタリア・スペイン編 ナビゲーター&テノール:佐野成宏」 ピアノ:ラッファエレ・コルテージ
《プログラム》 ースペイン編ー
ファリャ:7つのスペイン民謡
ムーア人の衣装/ムルシア地方のセギディーリャ/アストゥリアス地方の歌/ホタ/子守歌/歌/ポーロ
モンボウ:夢のたたかい
君の上には花ばかり/今宵もあの風の音を/君の気配は海のよう
トゥリーナ:カンシオン形式の詩
献辞/忘れないでね/カンターレス/二つの恐れ/恋狂い
・・・・・・・休 憩・・・・・・
ーイタリア編ー
ヴェルディ
オペラ「仮面舞踏会」より
再びあの人に会える/永久に君を失えば
オペラ「ロンバルディの十字軍」より
私の喜びは呼び覚ます
オペラ「マクベス」より
あぁ父の手は
オペラ「ルイザ・ミラー」より
夜が静まったとき
《解説》 國戸潤一
東京文化会館のレクチャー・コンサートシリーズ2008-2009のテーマは、「激動の時代と音楽」。第1回のイタリア・スペイン編は20世紀初頭のスペイン歌曲と、19世紀イタリア・オペラの黄金期の頂点を築いたヴェルディのオペラ・アリアによるプログラムである。
スペインという国は、長い間イスラム教によって支配されてきた。キリスト教徒による『失地回復(レコンキスタ)』運動によって再びキリスト教社会となった後も、イスラム教文化が残した影響は、スペイン芸術の中にはっきりと見ることができる。「太陽と影」という言葉は、スペインという国の文化を知る上でのキーワードとなるものだろう。「大航海時代」強大な国力を誇ったスペインは、17~18世紀には衰退を辿り、19世紀の音楽界では忘れられた存在と言える程に、目立った作曲家は登場しなかった。19世紀末の国民性称揚の動きの中から、近代スペインの民族主義派の登場によって、スペイン音楽は再び栄光の歴史を刻み始めたのであった。
同じく光りと影の国であるイタリアは、グレゴリオ聖歌に始まり、常に音楽界の中心にあった。天才モーツアルトの父、レオポルトは優れた音楽家であったにもかかわらず、その身分は終生副楽長以上の地位を得ることはできなかった。レオポルトの時代には 、宮廷楽長はイタリア人でなければならなかたのだ。音楽の世界では圧倒的な覇権を持っていたたイタリアであったが、イタリアという統一された国家は19世紀になっても誕生していなかった。若きヴェルディが歌劇《ナブッコ》で大成功をおさめたのは、『祖国統一(リソルジメント)』の運動と密接な関係を持っているのは改めて述べるまでもないだろう。
今回のプログラムの曲目は、正にスペインとイタリアという国々の激動の時代の中で生み出されたものであると同時に、その時代の民族意識の高まりと密接な関係を持っているものである。
〈スペイン編〉
ファリャ:7つのスペイン民謡
ムーア人の衣装/ムルシア地方のセギディーリア/アストゥリアス地方の歌/ホタ/子守歌/歌/ポーロ
「佐野」ファリャ、39歳の時の作品。
《印象 感想》
スペイン編の曲は、あまり聴く機会の少ない曲ばかり。佐野の声は、しまりのある素晴らしい声。伴奏も上手い。4曲目「ホタ」には、「粉屋の娘」のメロディーがでてくる。
《曲目解説》 國士潤一
マヌエル・デ・ファリャ(1876年11月23日カディス生~1946年11月14日アルゼンチンのアルタ・グラシア没)は、ペドレルによる民族主義への道を心に抱きつつ、1907年から14年にパリへと留学し、ドビユッシー、ラヴェル、デュカスから多くの影響を受け、1914年にグラナダへと戻る。詩人ガルシア・ロルカとの協同作業は、生地アンダルシアの音楽の研究、復興へと結実し、安易な民族主義とは一線を画した傑作を多く生み出した。
ファリャの代名詞とも呼ぶべき《7つのスペイン民謡》は、1914年のパリ留学の終わり頃に作曲され、帰国後にアドリードで初演された。スペイン民謡を題材としながらも、ファリャは独創的かつ奔放な作品群を生み出す。この7曲は、スペイン人歌手のみならず、世界各国の歌手の重要なレパートリーとなっている。
モンボウ:夢のたたかい
君の上には花ばかり/今宵もあの風の音を/君の気配は海のよう
「佐野」テンポ・ルバートの多い曲とのこと。小節の区切りがほとんどない書き方とのこと。
《曲目解説》 國士潤一
フェデリーコ・モンボウ(1893年4月16日バルセロナ生~1987年6月3日同地没)は、生地のリセオ音楽院とパリで学んだ。父はカタロニア人、母方にフランス系の血をひくモンボウは、ピアニストとしても活躍し、ドビュッシーやサティ、スクリャービンの影響を受けながらも、スペインの血の濃さを示すピアノ曲を多く残した。
歌曲は、ピアノ曲以外ではモンボウが最も強い愛着を示した分野であり、20篇余りの作品が生み出された。《夢のたたかい》は、モンボウの歌曲の代表作と呼ぶべきもので、カタロニアの抒情詩人ホセ・ハネスの3つの士に1940年代に作曲されたもの。
《印象 感想》
トゥリーナ:カンシオン形式の詩op.19
献辞/忘れないでね/カンターレス/二つの恐れ/恋狂い
1曲目 「献辞」 ピアノ独奏。2曲目 「忘れないでね」から佐野が登場。スペインらしい節回し。声を張り上げるところがある。
《曲目 解説》 國士潤一
ホアキン・トゥリーナ(1882年12月9日セビリア生~1949年1月14日マドリード没)は、アルベニス、グラナドス、ファリャに始まるスペイン近代民族学派第2世代に当たる作曲家で、マドリードとパリで学んだ。パリ留学はファリャのそれに先立つ1905年からで、ピアノをモシュコフスキ、作曲をダンデーに学び、ラヴェル、ドビュッシーやファリャから強い影響を受けた。カンポアモールの詩による5曲からなるこの《カンシオン(歌謡)形式の歌》は、1923年に作曲された。第1曲はピアノ独奏曲となっている。
ここでの3人の活躍した時代は、スペイン内戦の時代であり、ファリャはアルゼンチンへと移住したのであった。荒れた祖国の中での祖国愛が、それぞれの作品に見事に反映されている。
〈イタリア篇〉 《曲目解説》國士潤一(以下同)
イタリアはオペラの国であり、19世紀のイタリアの音楽界は、オペラ一色に染め上げられていた。その頂点に位置する作曲家が、ジュゼッペ・ヴェルディ(1813年10月9/10日パルマ県ロンコレ・ディ・ブッセート生~1901年1月27日ミラノ没)であり、その生涯を通じて、ヴェルディは自らの作風を進化させ続けた作曲家でもあった。
ヴェルディ:オペラ《仮面舞踏会》より
「再びあの人に逢える」「永遠に君を失えば」
ヴェルディ中期の転換点を示すオペラ《仮面舞踏会》は、1859年2月17日に初演された。
《印象 感想など》
「佐野」当時イタリアはオーストリアからの独立運動の最中で、検閲が厳しかった。①リッカルドの愛のテーマ ②反逆者の敵意 ③ソプラノのアメーリアの祈り、という3つのテーマがオペラを構成している。尊敬している故市原太郎の公演が、3日続けてこの東京文化会館であった。演奏があまりに素晴らしかったので、チケットを買い増しして、3日続けて聴いた。
なお、ピアニストのラッファエレ・コルテージの奥さんと私の妻はソプラノ歌手で同じ門下生でつき合いがあり、縁ができたという間柄です。
オペラ《ロンバルディの十字軍》より
「私の喜びは呼び覚ます」
佐野の声は、張りのある素晴らしい声。
「リソルジメント」の追い風を受けたこの作品は、1843年3月14日に初演された。初期の傑作の1つである。
オペラ《マクベス》より「あぁ、父の手は」
ヴェルディのオペラ10作目に当たる《マクベス》は、1847年3月14日に初演された。生涯にシェイクスピアの原作をいくつかオペラ化したヴェルデイだが、その第1作に当たる。
オペラ《ルイーザ・ミラー》より「夜が静まったとき」
「佐野」亡くなった東敦子に教えていただいた曲。
《曲目解説》 國士潤一
ヴェルデイの第14作目のこの作品はシラーの原作のオペラ化で、1849年12月8日に初演された。
ここで歌われる4作のオペラは、いずれも統一イタリア王国独立宣言(1861年2月18日)以前の激動の時代の作品である事も付記しておこう。
アンコール 「グラナダ」より
凄い歌唱で、スタンディング・オベーションで迎えられる。
《演奏者 プロフィール》
テノール:佐野成宏(しげひろ)
東京藝術大学声楽科卒業後、アリゴ・ポイト音楽院(イタリア)に留学。同年の関西日伊コンコルソ第1位・ミラノ大賞受賞をはじめ、プラシド・ドミンゴ国際声楽コンクール(メキシコ)、ルチアーノ・パヴァロロッティ国際声楽コンクール(アメリカ)等、イタリア、スペイン、ドイツ各国の国際コンクールにおいて上位入賞を果たす。以後、イタリアを中心にヨーロッパ各地で多くのコンサート、オペラに出演出演。・・・・・・・
第8回グローバル東敦子賞、第24回ジローオペラ新人賞、第9回村松賞、第29回モービル音楽奨励賞受賞。‘光り輝く声’をもつテノールの逸材として、ますます国内外から注目されるオペラ歌手である。
ピアノ:ラッファエレ・コルテージ
パルマ(イタリア)アッリーポイント音楽院を主席で卒業後、ヨーロッパ各地の数多くの国際コンクールで入賞、コンサートに出場する。その後、R.カヴァイヴァンスカ、R.ブルゾン、L.ヌッチ、M.ペルトージ等数多くの世界的オペラ歌手に信頼され、ヨーロッパ各地の主要劇場でのリサイタルの伴奏をしている。
活躍は伴奏だけにとどまらず、室内楽、その他数多くの楽器奏者とのアンサンブルコンサートに出演、CD録音など精力的な活動をしてピアニストとしての地位を確立した。
現在も演奏活動をしながら、パルマのレージョ劇場でのコレペティトゥールとして、また多くの国際声楽コンクールで・・・・・伴奏者として活躍している。


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