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2008年6月 7日 (土)

演奏会に行ってきました「読売日響 チャイコ:Vn協奏曲、ショスタコ:5番」(2008-7)

2008都民芸術フェステイバル助成公演 オーケストラ・シリーズ№39 読売日本交響楽団

東京芸術劇場大ホール 2008年2月3日(日) 2:00pm開演

東京都の助成公演ですので、廉価で(S席3,800円、A席2,800円、B席1,800円)在京のオーケストラを聴くことができます。

私の席・A席、2階バルコニー席・RBA列(ステージ右横)6番。指揮者、ソリストがよく見える席。

《演奏者》

指揮/尾高忠明 ヴァイオリン/二村英人 読売日本交響楽団 コンサートマスター/デヴィッド・ノーラン

《プログラム》  

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35

      ・・・・・・休憩・・・・・

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 ニ短調 作品47

《印象 感想》

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35

Ⅰ アレグロ モデラート-モデラート アッサイ Ⅱ カンツオネッタ.アンダンテ Ⅲ フィナーレ.アレグロ ヴィヴァーテイシモ

 ソロヴァイオリンは、とても美しい音で、申し分無し。伴奏もぴったり指揮についていく。ソロヴァイオリン、しなやかにメロデイーを歌う。ソロヴァイオリン、伴奏とも素晴らしい快演。

《プログラムノート》 大木正純

 この曲はベートーヴェンやメンデルスゾーン、あるいはブラームスのそれぞれ1曲ずつある名作たちとともに、歴史上最も名高いヴァイオリン協奏曲のひとつに数えられる。作曲はチャイコフスキー(1840~1893)が38歳になる年に、旅先の地、レマン湖畔の町クララン(スイス)で行われた。

 それは気楽な物見遊山の旅ではない。かつての教え子ミリューコワとの不自然な結婚とその破局に深く傷つき、一度は自殺まで計るという、尋常ならざるスキャンダルのほとぼりもいまだ冷めぬころ、その深淵から這い上がるべく祖国を離れた時期、彼が直面した人生最大の危機のさなかのことである。ほぼ同じころ作曲された交響曲第4番や歌劇「エフゲニ・オネーギン」などとともに、この曲はすなわち力強い再起の調べと言うことができる。

 ただし曲の運命は決して順風満帆ではなかった。初演を委ねるつもりだった名ヴァイオリニスト、レオポルド・アウアー(オーストリア生まれの歴史的大家で、当時はペテルブルク音楽院教授)に、“演奏不能”の評定とともにけんもほろろに突き返された。(ピアノ協奏曲第1番がニコライ・ルビンシュタインに罵倒されたケースとそっくりだ!)り、ウイーンでの初演(1881年)が批評家ハンスリックのこれまた非情な槍玉に挙がったりするのである。

 何のことはないそれが現在では、引く手あまたの人気ヴァイオリン協奏曲として世界中でもてはやされているのだから、大家の目利きも存外当てにならないものである。たしかにこの曲はたとえばメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲などに比べると、あくの強いところがなくはない。しかし逆に言えば、その独特の色合いこそが、随所にちりばめられたチャイコフスキーならではの美しいメロデイーとともに、曲のかけがえない魅力でもあるだろう。

 なおアウアーに見放されたこの大荷物を背負ってウイーン初演で奮闘したのは、チャイコフスキーと親密な関係にあったロシアのヴァイオリニスト、アドルフ・ブロズキーだった。初演の不評には慣れている(たとえば4年前の「白鳥の湖」)チャコフスキーもウイーンでの反応には相当傷ついた模様だが、ブロズキーはへこたれることなくその後も積極的にこれを取り上げて、曲の普及に大きく貢献した。1888年にユルゲンソン社から出版されたこの協奏曲は、当然のことのようにブロズキーに捧げられている。因みにアウアーも---最初はピアノ協奏曲に拒絶反応を示したルビンシュタインが、後には掌を返すようにレパートリーに加えたのと同じように---いつの間にかヴァイオリン協奏曲を進んで取りあげるようになってしまったようである。

 曲は3楽章構成で、アレグロ・モデラートの序奏とモデラート・アッサイの主部から成る第1楽章のあと、「カンツオネッタ」と題されたひときは美しい緩徐楽章を経て、ロシアの民俗舞曲を折り込んだ華麗な終曲で結ばれる。

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 ニ短調 作品47

Ⅰ モデラート Ⅱ アレグレット Ⅲ ラルゴ Ⅳ アレグロ ノン トロッポ

1楽章、緊迫した出だし。ピアノ、トランペット、ホルンなど管から入り、緊張度増す。シンバル、小太鼓、テインパニー、木琴、チューバなどが全合奏し盛り上がる。

2楽章、少し滑稽味のある楽章。打楽器、管楽器が元気のよい演奏。コンマスのヴァイオリン独奏が素敵な演奏。全合奏が迫力ある演奏。

3楽章、第2ヴァイオリン、弦の弱音できれいなメロデイーで入る。ヴィオラ、チェロ、コントラバス、そして途中から第1ヴァイオリンが入る。ハープとフルートが素敵な入り方をする。落ち着いた曲想。だんだん盛り上がる。木琴が強打。弦トレモロ。最後は静かに終わる。

4楽章、金管、テインパニー強奏で入る。有名なテーマを奏でる。オケ大いに鳴る。テンポ速めて全合奏へ。後半ボリュームを落としてつなぐ。響きが明るいトーンに変わり、強奏して盛り上がってコーダへ。ものすごいフィナーレ。大きなブラヴォーがかかる。

《プログラムノート》 大木正純

 ソロモン・ヴォルコフによる衝撃的な回想録「ショスタコヴィッチの証言」がアメリカ合衆国で出版されたのは、まだそれほど昔のことではない。その内容的な信憑性には、やがて大きな疑問が投げかけられてこんにちに至っているのが実情だが、しかしそうした一連の出来事をきっかけに、芸術家としての生き方においても、個々の作品の解釈においても、ショスタコーヴィチ(1906~1975)を巡る根本的な見直しが迫られているのは周知の通りである。

 いずれにしてもこの作曲家が、社会主義体制下における芸術創作活動のある種の困難を、生涯にそれこそ嫌と言うほど体験しなければならなかったことだけは、争えぬ事実ではないだろうか。それに関わる最も有名な事件として、1936年の「プラウダ批判」がある。すなわち彼の一部の作品に“西ヨーロッパ的形式主義への偏向”がみられるとして、ソビエト共産党の機関誌上で厳しい糾弾が行われたのである。ほかならぬこの交響曲第5番が発表されたのはその翌年、1937年のことであった。そしてショスタコーヴィチ自身、少なくとも一度は、この曲を“正当な批判に対するソビエト一芸術家の回答”と呼んだのである。

 その言葉を額面通りに受け取るのはもちろん安易すぎるだろう。だが、プラウダ批判のような批判が行われること自体、正当かどうかはさておき、この交響曲が事件とは全く無関係な場所で成立したと考えるのにも無理がある。さらにまたショスタコーヴィチが、ソビエトという国家の中で芸術家としての生命を保ちたいがために不本意な軌道修正をしたのでなかったことは、この交響曲が真に人の心を打つ傑作として存在している事実が、何よりも明白に照明しているのではないだろうか。問題はかくも単純ではない。しかし結局のところは、この曲がどのように演奏されるか、そしてそれ以上に、私たちが何をそこから聴き取るのかにかかっているのだと私は思う。

 この曲はショスタコーヴィチの合計15曲の交響曲の中でも、古くから最も広く愛好され、現在もさかんに演奏され続ける最大の人気作となっている。それは、音楽の強い説得力もさることながら、この交響曲に備わる明快な魅力の賜物でもあるに違いない。実際、交響曲としての構成の見事さや古典的とも言える端正なたたずまい、簡潔ながら不思議にくっきりと心に残る印象的な楽想の数々、あるいはいきいきとしたリズムの躍動、繊細な叙情性からたくまし力感に至る振幅豊かな表現など、強く聴き手の心にアピールする要素がふんだんに盛り込まれた希に見る名曲と言わなければならない。疑いなく、20世紀の生んだ最高の交響曲のひとつである。

 曲は交響曲の伝統に則った4楽章構成で、まずモデラートの第1楽章が暗い不安を孕んでスタートする。続く第2楽章はアレグレットのスケルツオ。一見快活のようでもあり、屈折したアイロニーを含む音楽のようでもある。第3楽章は透明な叙情を湛えたラルゴの緩徐楽章だが、ここには深く沈潜する悲しみや苦悩を聴き取ることも可能だろう。そのあとを締めくくるのがアレグロ・ノン・トロッポの問題のフィナーレ。さてこれは、ベートーヴェンの音楽にも通じる“苦悩を通して手にした歓喜”だろうか。はたまた、上記「ショスタコーヴィチの証言」にあるような“鞭打たれ、強制された、偽りの歓喜”なのだろうか?

《演奏者 プロフィール》

指揮:尾高忠明

 1947年鎌倉生まれ。桐朋学園大学で指揮法を斉藤秀雄氏に師事したほか、作曲、理論、ホルンを学んだ。1970年桐朋学園大学を卒業、第2回民音指揮者コンクールで第2位に入賞。1971年にNHK交響楽団を指揮してデビュー。1972年オーストリア政府から奨学金を得てウイーン国立アカデミーに留学、ハンス・スワロフスキーに師事、さらにオペラをシュバン・ナーゲルに学んだ。

 1974年~91年東京フィルハーモニー交響楽団常任指揮者、1981年~86年札幌交響楽団正指揮者、1992年~98年読売日本交響楽団常任指揮者を務めた。・・・・・1987年にBBCウエールズ交響楽団主席指揮者に就任、翌年には同団を率いてロンドン・プロムスにデビュウした。・・・・・ロンドン・サンデイ・タイムズ紙は「オーケストラとの8年間、彼はウエールズで奇跡を行った」と書いている。1996年からは桂冠指揮者となり、引き続き数多くの指揮を行っている。

 1995年には紀尾井シンフォニエッタ東京のミュージカル・アドバイザー/主席指揮者に就任、・・・・・1998年には札幌交響楽団ミュージック・アドバイザー/常任指揮者に就任、・・・・・

 1991年度第23回サントリー音楽賞を受賞、1993年ウエールズ音楽演劇大学より名誉会員の称号を、ウエールズ大学より名誉博士号を、1997年英国エリザベス女王より大英勲章CBEを授与された。さらに1999年には英国エルガー教会よりエルガー音楽の普及に貢献したとして、日本人初のエルガーメダルを授与されている。

 現在、札幌交響楽団音楽監督(2004年5月~)を務めるほか、BBCウエールズ交響楽団(現BBCウエールズ・ナショナル管弦楽団)桂冠指揮者(1996年1月~)、読売日本交響楽団名誉客員指揮者、(1998年4月~)、紀尾井シンフォニエッタ東京桂冠名誉指揮者(2003年9月~)の任にある。2004年4月からは東京藝術大学指揮科非常勤客員教授を務めている。

ヴァイオリン:二村英人(えいじん)

 東京生まれ。4歳よりヴァイオリンを始める。9歳から16歳まで毎夏渡米し、ジュリアード音楽院の故ドロシー・ジレイ女子に個人教授を受け、11歳の時に名指揮者故ユージン・オーマンデイー氏に激賞され将来を嘱望される。東京藝術大学附属高校を経て同大学を卒業。海野義雄、澤和樹、田中千香士、江藤俊哉の各氏に師事。

 1995年日本国際音楽コンクール優勝。1996年出光音楽賞受賞。・・・・・

読売日本交響楽団

 創設 財団法人・読売日本交響楽団は1962年4月、世界最高の発行部数を誇る読売新聞社と日本最初の民間テレビ局である日本テレビ放送網、大阪を本拠とする読売テレビという日本代表的マスコミ3社が母体となり、オーケストラ音楽の振興と普及のために発足した。

指揮者 創立45周年の2007年4月、新常任指揮者に世界的巨匠のスタニスラフ・スクロバチェフスキーが就任。初代正指揮者・下野竜也の心境も著しい。また桂冠指揮者にG.アルブレヒト、名誉指揮者にK.ザンデルリンク、K.マズア、G.ロジェストベンスキー、R.フリューベック・デ・ブルゴス、名誉客演指揮者に尾高忠明と、世界の名匠、巨匠を擁する。

コンサートマスターとソリスト

ソロ・コンサートマスターに藤原浜雄、デヴィッド・ノーラン、コンサートマスターに小森谷巧、ソリストにヴィオラの生沼晴嗣、鈴木康浩、チェロの毛利伯郎、嶺田健、ホルンの山岸博と名奏者がそろう。

《CDのことなど》

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲

 夥しいCDがでています。自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、私がよく聴くのは、ハイフェッツ(Vn)・ライナー指揮シカゴ響盤です。1957年の録音ですが、ハイブリッド盤で音がよみがえり、よい音で聴けます。

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番

 バーンスタイン指揮ニューヨークフィル(1979年)の評判がいいようです。私は、小澤征爾がサイトー・キネン・オーケストラを指揮した(確かライブ)CDが気に入っています。

 吉田秀和は「たとえ世界が不条理だったとしても 新音楽展望 2000~2004」の中で、ルドルフ・バルシャイのCDを高く評価しています。「バルシャイはショスタコーヴィチの第14交響曲《死者の歌》の初演でも知られているが、かつて音楽学校でショスタコーヴィチに作曲を習ったばかりか、彼の弦楽四重奏曲を室内管弦楽用に編曲した点でも、彼とは縁が深い。この件のきっかけは西側の出版社の注文で《第八弦楽四重奏曲を》弦楽合奏にして作曲者に目を通してもらったら大変気に入られ、「原作以上の出来」とほめられて「作品110のa」という正式の番号を与えられたことだった。・・・・・

 最近そのバルシャイがWDR交響楽団(旧ケルン放送交響楽団)とショスタコーヴィチの全15曲の交響曲を入れたCDを知った。(ブリリアント)1992年から2000年にかけての製作で、輸入盤で全11枚が3,000円そこそこで買える。

 その安さにも驚いたが、もっと意外に感じたのは、彼が全15曲をひとまとめに考えていたという事実である。・・・・・(以下略)」

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