2009年7月 9日 (木)

演奏会に行ってきました「ロンドン・セット全曲演奏会第3回 交響曲第99番、交響曲第100番「軍隊」、交響曲第101番「時計」(2009-11)

2月20日(金)7時15分開演 東京メトロ錦糸町駅徒歩7~8分・JR錦糸町駅徒歩5分すみだトリフォニーホール(パイプオルガンもある、床や壁が焦げ茶色を基調としたとても響きの良いホール。

《プログラム》

ハイドン:交響曲第99番 変ホ長調 Hob.Ⅰ-99

      交響曲第100番 ト長調「軍隊」 Hob.Ⅰ-100

      交響曲第101番 ニ長調「時計」 Hob.Ⅰ-101

指揮:フランス・ブリュッヘン  コンサートマスター:豊嶋泰嗣  新日本フィルハーモニー交響楽団 

《交響曲の歴史におけるロンドンセットの位置づけ》 那須田 努

 1790年、ハイドンが30年近く仕えてきたニコラウス・ヨーゼフ・エステルハージ候が逝去した。新しい主君はさほど音楽に関心がない。オーケストラは解散され、今となって楽長の地位は有名無実。他の宮廷からの誘いも断り、これからどうしようかと考えていた折り、突然、ウイーンのハイドンのもとに一人の人物が訪ねてきて、こういうのだった。「私はロンドンからきたザロモンです。あなたをお迎えに参りました。明日契約しましょう」。その男はドイツのボン出身のヴァイオリン奏者でコンサート・プロジューサー、ヨハン・ペーター・ザロモン。大都会ロンドンでザロモン・コンサートという公開演奏会を主催していて、イタリア旅行中にハイドンがフリーランスになったことを知り、急遽駆けつけたのだった。

 契約の内容は新作オペラと12の新しい交響曲の作曲を始めとする作品の作曲と、交響曲の指揮や慈善コンサートなどへの出演である。ハイドンの心を惹いたのは、コンサートマスター、ザロモン以下、総勢40名からなるオーケストラだった。(その内訳はヴァイオリン16、ヴイオラ4,チェロ3,コントラバス4,各2本のフルート、オーボエ、ファゴット、ホルン、クラリーノ、ティンパニー)。エステルハージー宮の楽団(1780年代に24名)に比べてずっと編成が大きいし、名手たちも揃っている。このオーケストラのために存分に腕を振るってみたい。こうして1791年からおよそ1年半の、さらに1794年からの1年半の二度にわたるロンドン滞在が実現し、計12曲(第1期93番~98番、第2期99番~104番)の新しい交響曲が誕生したのだった。

 ハイドンは1757年に最初の交響曲に取り組んで以来、生涯を通して104曲の交響曲を残した。このロンドン・セットはその集大成であると同時に、古典派における同ジャンルの頂点に聳え立つ傑作である。なお、当シリーズではハイドンの交響曲の番号順ではなく、ロビンソンの研究による作曲年代順に演奏される。

《印象 感想など》

 私の席 25列33番。今日は平日からか聴衆の出足はよくない。しかし開演時にはほぼ満席になる。

交響曲第99番 変ホ長調 Hob.I-99

 コントラバス4,左奥。第1楽章 ティンパニーの一打で始まる。ティンパニーが効果的に使われる曲。明るい感じの楽章。ノンビブラートの奏法。  第2楽章 テンポを落とした優雅なメロディが流れる。トランペットがいいメロディを奏す。  第3楽章 テンポの速い、勢いのある楽章。トリオはなかなか優美。  第4楽章 刻みの速い、生き生きとした楽章。最後は見栄をきらず、意外に控えめに終わる。指揮者、退席せず、指揮台にいたままチューニング。

《曲目解説》 那須田 努

 ハイドンの2度目のロンドン旅行におけるコンサート・シーズンの幕開けを飾った作品。1794年2月10日に行われた第1回ザロモン・コンサートで初演された。第1楽章の序奏アダージョは比較的規模の大きな作りで、2つの部分からなり、手探りしているかのような転調を経て主調に戻る。主部のヴィヴァーチェ・アッサイはソナタ形式。第2主題の旋律が個性的だ。

 第2楽章アダージョは、第1楽章の変ホ長調からかなり遠く経だったト長調。ソナタ形式。第1主題は弦楽器と木管楽器で対話のように奏じられる。第2主題は属調のニ長調。その後も展開部の転調やカノン風の再現部など充実している。

 第3楽章メヌエットはアレグレット。鋭いアーテキュレーションやピアノとフォルテの掛け合い、スフォルツァンドなどによって、シャープで立体的なテクスチャーがもたらされる。トリオはそれとは対照的に優美な趣を持つ。

 フィナーレ楽章はヴィヴァーチェ。ロンド・ソナタ形式。ソナタ形式の展開部に当たる部分では、主題の対位法的な展開や転調がスリリングだ。

(フルート2,オーボエ2,クラリネット2,ファゴット2,ホルン2,トランペット2,ティンパニ、弦5部)

交響曲第100番ト長調「軍隊」 Hob.Ⅰ-100

《印象 感想など》

第1楽章 例の有名な弦楽器の出だし。フルートがテーマを吹く。弦楽器が明るく爽やかな演奏。合奏が快適に続く。フルート、ピッコロが軽やかに流れる。  第2楽章 ここも木管、フルートと弦の絡みがとても良い。大太鼓、ティンパニー、トライアングル、トランペットが有名なテーマを奏する。  第3楽章 3拍子の活気のある開始。リズミックナ音楽が続く。トリオが奏される。また前の3拍子のテーマが繰り返される。  第4楽章 ダイナミズムが増して4楽章へ。とても気持ちの良いアンサンブル。ティンパニー小気味よい爽やかな音楽を奏す。舞台の右手から、先頭は錫杖のようなものを持った楽隊(大太鼓、シンバル等がが登場。左袖へ進み消える)。まさに「軍隊」。ブリュッヘンの演出か?ブラヴォーの連呼。

《曲目解説》 那須田 努

 第2回ロンドン旅行に発表された新作3曲目で、1794年3月31日に第3回ザロモン・コンサートで初演された。ニックネームの「軍隊」は、第2楽章と第4楽章に軍楽隊風の打楽器が用いられていることから。しかし、トライアングルとシンバル、大太鼓はむしろトルコ風の音楽の特徴ともいえる。とりわけ、ロンドンの御婦人方のお気に入りで、その箇所が来ると手を叩いて熱狂したという。

 第1楽章の序奏はアダージョにソナタ形式によるアレグロの主部が続く。第1主題は2つのオーボエに伴われたフルートのソロで奏でられ、弦楽で繰り返され、さらにトゥッティによる経過部を経て再現部へ。第2主題は属調上のニ長調。この軽やかな主題の動機は楽章を通して重用される。

 第2楽章ハ長調、アレグレットは、コーダ付の複合三部形式だが、ロンド風な性格を併せ持つ。もともとリラ・オルガニーザタのための協奏曲ト長調HobⅦh:3の第2楽章ト長調「ロマンス」を再利用したもので、その際にトランペットのファンファーレとトルコ風打楽器を付加した。軍楽隊風の箇所は何度か現れるが、最も印象的なのはコーダ。一度主和音に落ち着いたと思ったら、突然トランペットが軍隊信号を吹き鳴らし、ティンパニーのロールが急激にクレッシェンドしてトゥッティによるフォルテシモで和音を爆発させる。この楽章はロンドンに限らずウイーンでも人気を博し、様々に編曲されて愛好された。

 第3楽章メヌエット、モデラート。ト長調。トリオの主題はヴァイオリン、フルートとオーボエで。フィナーレ楽章はプレスト。ロンド・ソナタ形式。規模の大きな充実した楽章で、第2主題の出現ではトルコ風打楽器群が加わって華やかに曲を閉じる。

(フルート2,オーボエ2,クラリネット2,ファゴット2,ホルン2,トランペット2,ティンパニー、大太鼓、シンバル、トライアングル、弦楽5部)

《印象 感想など》 

交響曲第101番 ニ長調「時計」 Hob.Ⅰ-101

第1楽章 アダージョの有名な出だし。軽やかな速いテンポで、快調に流れる。  第2楽章 時計のチクタクという有名なテーマ。快調なメリハリをつけた刻み。絶妙なアンサンブルが素晴らしい。  第3楽章 快適なテンポで、リズムをしっかりと刻む。トリオはフルートが活躍。  第4楽章 テンポの速いフィナーレ楽章。ファゴット、快調に走る。コーダ、テンポを上げて盛り上がる。ハイドンの古典音楽を堪能出来た。ブラヴォー。

アンコール 「時計」の2楽章 

 万雷の拍手。

《曲目解説》  那須田 努

 第2回ロンドン旅行に発表された新作2曲目。初演は、1794年3月3日の第4回ザロモン・コンサートにて。ニックネームは、第2楽章の時計の振り子のような伴奏音型に由来する。

 第1楽章アダージョの序奏は、同主短調のニ短調。主部はニ長調、ソナタ形式で書かれ、プレストの軽やかに駆け上がる第1主題と、やはり快活なイ長調の第2主題からなる。

 第2楽章アンダンテ、ト長調。変奏曲風のロンド形式。主題を伴奏するファゴットのスタッカートと第2ヴァイオリン、チェロとコントラバスのピチカートが時計のチクタクを思わせる。

 第3楽章メヌエットはアレグレット。トリオは弦楽がオスティナート上でフルートがソロを奏でる。フィナーレ楽章はヴィヴァーチェ。複雑で変則的なロンド形式。

(フルート2,オーボエ2,クラルネット2,ファゴット2,ホルン2,トランペット2,ティンパニー、弦楽5部)

 

 

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2009年7月 4日 (土)

演奏会に行ってきました「2009都民芸術フェスティバル 東京都交響楽団 ワーグナー:歌劇「リエンツィ」序曲、モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番、ベートーヴェン:交響曲第7番」(2009-10)

2009年2月18日(水)7:00pm開演 東京芸術劇場大ホール(JR池袋駅徒歩5分)日本演奏連盟よりオーケストラ券一括購入 私の席A席Q列18番 満席

《プログラム》

指揮:マーティン・ブラビンス  ピアノ:仲道郁代  東京都交響楽団  コンサートマスター:山本友重

ワーグナー:歌劇「リエンツィ」序曲

モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467

ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 作品92

《印象 感想など》

ワーグナー:歌劇「リエンツィ」序曲

 コントラバス6人。出だしトランペットから弦へ。ワーグナーらしい分厚い響き。アンサンブルはとても良い。中半以降、有名なテーマ。テンポを上げて突き進む。チューバ、効果的に吹く。弦の中低音が有名なテーマをとてもよく弾く。管が総奏してコーダを突き進み、大いに盛り上がる。

モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467

Ⅰ アレグロ  Ⅱ アンダンテ  Ⅲ アレグロ ヴィヴァーチェ アッサイ

 第1楽章 コントラバス2人。ピアノ:スタインウエイ。仲道、薄紫のシックなドレス。軽やかな伴奏の出だし。ピアノ、カッチリとした音、タッチ。転がすような音で進む。モーツァルトの音楽、溜息の出るような素敵な調べ。ピアノ、キラキラとした音色。カデンツアは見事な演奏。ハ長調らしい明るい曲想。

第2楽章 映画に使われた有名なテーマでやるせないメロディが奏でられる。第3楽章 テンポ速めの出だし。ピアノは玉を転がすように走る。心地よい音楽が流れる。軽やかなモーツァルトの音楽を堪能する。ブラヴォー。

     ・・・・・休 憩・・・・・

ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 作品92

Ⅰ ポコ ソステヌート-ヴィヴァーチェ  Ⅱ アレグレット  Ⅲ プレスト  Ⅳ アレグロ コン ブリオ

第1楽章 オーボエで入る。第一テーマ、快調なリズム。リズムの乱舞。  第2楽章 チェロ、コントラバス、少し重くテーマを奏す。第2ヴァイオリン、ヴィオラが続き、第1ヴァイオリンが入る。そして全合奏へ。ティンパニー、フルートが奇麗に響く。

第3楽章 リズミックな入り。ティンパニーが印象的に響く。生き生きとした素敵な合奏になる。  第4楽章 直ぐに4楽章に入る。とてもリズミックな音楽で、快調に突っ走る。そしてコーダへ疾走。大変な盛り上がりを見せる。快演、凄演。ブラヴォー。

アンコール モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲

 これも凄い演奏。心地の良い演奏会でした。

《プログラムノーツ》 寺西基之

歌劇「リエンツィ」序曲

 19世紀ドイツの大作曲科リヒャルト・ワーグナー(1813~83)といえば、音楽、文学、演劇などを一体化した総合芸術としての楽劇を確立し、オペラ史に大きな革命をもたらした革新的な人物として知られている。

 しかしその彼も初期には伝統的なオペラの様式から出発している。1838~40年に書かれた「リエンツィ」(台本は作曲者自身)はそうした初期のオペラの代表作で、いまだ当時のフランスの華麗なグランド・オペラのスタイルによっており、のちの楽劇の特徴はまだ現れていない。もともとパリでの上演を望んで書かれたことも、この作品を一層フランス的なスタイルにさせたものと思われる。しかしながら結局初演はパリではなく、1842年にドレスデンの宮廷歌劇場において行われている。そしてその成功によってワーグナーはここの楽長に就任し、彼のドレスデン時代が始まることになる。

 物語の舞台は14世紀のローマ。リエンツィはローマ教皇の公証人だったが、民衆の支持があって護民官となる。しかし貴族の陰謀と民衆の裏切りにあって、彼は死に追いやられることになる。今日ではオペラ全曲が上演される機会はきわめて少ないが、序曲だけはよく演奏されている。理想主義者リエンツィと民衆の解放を描いたこのオペラにふさわしく、実に壮大な序曲で、オペラ中の主題を用いてシンフォニックに展開する。

モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467

 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~91)は1781年、故郷ザルツブルクを離れてウイーンに移住し、ここで自立したフリーの音楽家としての新しい人生をスタートさせた。彼はピアノ(クラヴィーア)の奏者、およびピアノ教師としての活動によって、ほどなく新天地での生活を軌道に乗せる。とりわけウイーンでの彼の大きな収入源となったのは、貴族や富裕な市民を対象に予約者を募って開いた演奏会であった、。

 この演奏会でモーツァルトが弾く自作のピアノ協奏曲は、当時ウイーンの大きな話題となり、彼を音楽界の花形にすることとなった。こうしてウイーン時代のモーツァルトは、この予約演奏会のために、多数のピアノ協奏曲を生み出していくことになるのである。

 本日のハ長調K.467は、1785年3月10日の予約演奏会のために書かれたもので、その前日に完成された。この1ヶ月前の2月11日の予約演奏会のためにもモーツァルトはニ短調のK.466(第20番)を書いていたが、、それがきわめて悲劇的な作風を示したものであったのに対し、このハ長調の曲は祝典的な明るさに満ちている。こうした対照的な作品を時期を接して創作するという点に、当時まだ新しいジャンルであったピアノ協奏曲の可能性を様々に追求しようとする彼の姿勢がが窺われるといえるだろう。とりわけそのシンフォニックともいえる堂々たる響きは、従来の協奏曲の概念を一歩超えた広がりを示している。

 第1楽章 (アレグロ、ハ長調)は、行進曲風の第1主題と、平明な第2主題を持つ協奏的ソナタ形式楽章。技巧的な独奏ピアノと管弦楽との緻密な絡み合い、入念な展開法など、交響曲のようなスケールの広がりを示す。

 第2楽楽章(アンダンテ、ヘ長調)は優美な美しい歌に満ちた緩徐楽章。その主題は映画にも用いられて有名となった。

 第3楽章(アレグロ・ヴィヴァーチェ・アッサイ、ハ長調)は、ロンド・ソナタ風の形式による快活華麗なフィナーレである。

ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 作品92

  18世紀古典派の様式から出発しながらも、時代にふさわしい新しい様式を常に求め続けていった革新家ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)は、交響曲のジャンルにおいても1曲ごとに新たなスタイルや方法を試みている。

 中期から後期への過渡期に当たる1811~12年に書かれた交響曲第7番の特徴は、曲の主たる構成原理として同一リズムの反復という手法を用い、反復リズムが生み出す躍動感や生命観を存分に生かしているといる点にあるといえるだろう。実際この交響曲(とりわけ第4楽章)の持つリズムの力同感は、19世紀初頭のロックンロールとでもいえるような、聞くものを酔わせるものがある。大ヒットした「のだめカンタービレ」用いられたことでさらにポピュラーなものとなったことはご承知のとおりだが、もともとそのように万人に受け入れられるような舞踏的な要素を持った作品なのである。しかもそれでいながら、交響曲のジャンルにふさわしい緻密な構成感と深い精神性を湛えているところがベートーヴェンらしい。のちにワーグナーがこの作品について述べた“舞踏の神格化”という評は、そうした点をうまく言い当てたものであるといってよい。

 一方、この時期のベートーヴェンはカンタービレ(すなわち歌うような性格)を重視する傾向を示すようになっていたが、この交響曲にもそうした特徴が現れており、主題の旋律はカンタービレに満ちた性格を持つものとなっている。このようにリズム的要素とカンタービレ主題を結びつけた点に、第7交響曲のユニークさがあるといえるだろう。それは、主題や動機の徹底的な展開によって築き上げられた中期の交響曲第5番や第6番ととは、異なる方向を示している。第6交響曲のあと第7番が完成されるまでには4年ほどのブランクがあるが、このブランクは、ナポレオン戦争の影響による創作の滞りやベートーヴェン個人の私的事情のほかに、彼がこの時期に新しい交響曲のあり方についての模索を行っていたからとも考えらだろう。公開の初演は、1813年12月8日ウイーンで作曲者自身の指揮で行われ、大成功を収めた。

 第1楽章は充実した序奏(ポーコ・ソステヌート、イ長調)の後、木管の付点リズムに導かれてソナタ形式の主部(ヴィヴァーチェ、イ長調)へ入る。その付点リズムがこの楽章の統一リズムとなっており、躍動感に満ちた展開が織りなされていく。

 第2楽章(アレグレット、イ長調)タータタ・タータという行進曲風のリズム型に楽章全体が支配されるが、そうした一貫したリズムによりながらも、長調のエピソードの挿入、後半のフガートの導入など、実に多様な表情の変化が示されていく。

 第3楽章では、躍動的な主題によるスケルツォ(プレスト、ヘ長調)と粘ったリズムを特徴とするトリオ(アッサイ・メーノ・プレスト、ニ長調)が交互に現れる。

 第4楽章(アレグロ・コン・ブリオ、イ長調)は力動感あふれるリズムによって躍進するソナタ形式のフィナーレ。そのエネルギーはコーダでさらなる高揚を作りだし、圧倒的な興奮に満ちたクライマックスを築く。

《プロフィール》

指揮:マーティン・ブラビンス

 ブラビンスは2009年9月よりロイヤル・フランダース・フィルの主席客演指揮者に就任する。2005年~2007年、チェルトナム国際フェスティバルの芸術監督を、1994年~2005年、BBCスコティッシュ響の副主席指揮者を務めた。ロンドンで作曲を学び、レニングラードでイリヤ・ムーシンに指揮を師事した後、1988年、リーズ指揮者コンクールで優勝。・・・・・

 2008年春、フランクフルトで《トスカ》を指揮。ピツェッテイの《大聖堂の殺人》(新作)で2011年に再訪する。2009年春、《ヴェニスに死す》の新制作でリヨン歌劇場にデビュー。2010年にハンブルクを再訪して、同オペラを指揮する。・・・・・

 ブラビンスはエルガー、ブリテン、ウォルトンのレパートリーで知られ、19世紀ロマン派、ロシアやフランスのレパートリーにも親近感をもっている。また彼は欧州で、現代音楽の卓越した演奏者として知られている。・・・・・

ピアノ:仲道郁代

 桐朋学園大楽1年在学中に、第51回日本音楽コンクール第1位、あわせて増沢章を受賞し注目を集めた仲道郁代は、数々の国内外での受賞を経て、1987年ヨーロッパと日本で本格的な演奏活動をスタートさせた。

 これまでに日本の主要オーケストラと共演した他、海外のオーケストラとの共演も数多く、マゼール指揮ピッツバーグ交響楽団、バイエルン放送交響楽団及びフィルハーモニア管弦楽団などのソリストとし迎えられ、その音楽性に高い評価を得ている。・・・・・

 レコーディングはBMG JAPAN専属契約を結び、多数のCDをリリース。ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第30,31、32番は、2007年度第45回レコード・アカデミー賞(器楽部門)を受賞。・・・・・

 2003年からは、地域社会の活性化と音楽文化の発展を目指し、大阪音楽大学特認教授、財団法人地域創造理事としても積極的に活動している。

《レコード CDのことんなど》

モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番

 レコード、CDは自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、モーツァルトの21番の協奏曲は、ピアノ:ディヌ・リパッティ、カラヤン指揮ルツェルン音楽祭管弦楽団(1950年録音)のLPレコード、ピアノ:エリック・ハイドシェック、A・ヴァンデルノート指揮パリ音楽院管弦楽団のLPレコード、ピアノ:フリードリッヒ・グルダ、クラウディオ・アバド指揮ウイーンフィルハーモニー管弦楽団のLPレコードをよく聴いてきました。

ベートーヴェン:交響曲第7番

 ピエール・モントウー指揮ロンドン交響楽団のLPレコード、カルロス・クライバー指揮ウイーンフィルハーモニー管弦楽団のLPレコード、C・クライバー指揮バイエルン国立オーケストラのライブCDを聴いてきました。

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2009年7月 2日 (木)

演奏会に行ってきました「ロンドン・セット全曲演奏会」第2回目 交響曲第94番「驚愕」、交響曲第97番、交響曲第98番」(2009-9)

おかげさまで本ブログへのアクセスが18000を超えました。ご愛読どうもありがとうございました。今後も引き続き、書き続けてまいります。ご愛読よろしくお願いします。なお感想などありましたら、返信下さい。

2009年2月15日(日)午後3時開演 すみだトリフォニーホール(東京メトロ錦糸町駅徒歩7~8分、JR錦糸町駅徒歩5分)

《プログラム》

ハイドン:交響曲第94番「驚愕」

      交響曲第97番 ハ長調 Hob.Ⅰ-97

      交響曲第98番 変ト長調 Hob.Ⅰ-98

指揮:フランス・ブリュッヘン  新日本フィルハーモニー交響楽団  コンサートマスター:西江辰郎

《印象 感想など》

交響曲第94番 ト長調「驚愕」 Hob.Ⅰ-94

 Ⅰ アダージョ-ヴィヴァーチェ アッサイ  Ⅱ アンダンテ  Ⅲ メヌエット:アレグロ モルト  Ⅳ フィナーレ:アレグロ デ モルト

《印象 開設など》

遅れて聴けず。ロビーでテレビで見る。残念。

交響曲第97番 ハ長調 Hob.Ⅰ-97

第1楽章 アダージョ  第2楽章 アダージョ  第3楽章 メヌエット  第4楽章 プレスト アッサイ

私の席 13列33番。

第1楽章 ブリュッヘン、椅子に座って指揮。ノン・ビブラートのオリジナル奏法が心地良い。  第2楽章、変ロ長調のはずだけど、短調の響きに聞こえる。  第3楽章 3拍子のメヌエット。  第4楽章 テンポの速い楽章。快調な演奏で締めくくる。

《印象 感想など》

 Ⅰ アダージョ-ヴィヴァーチェ アッサイ  Ⅱ アンダンテ  Ⅲ メヌエット:アレグロ モルト  Ⅳ フィナーレ:アレグロ デ モルト

《曲目解説》 パンフレットより

 初演はおそらく1792年5月3日に開催されたハイドンの慈善コンサート、もしくは5月4日の第10回ザロモン・コンサートにて。第1楽章はアダージョの序奏とヴィヴァーチェ、ソナタ形式の主部からなる。ハ長調らしい荘厳かつ祝典的な情感に溢れた楽章で、主部では第1主題の後、ゼネラル・パウゼを一つ置いて第2主題となる。展開部は変ホ長調で開始され、第1主題の素材が展開される。再現部は定石通り。

 第2楽章アダージョ・マ・ノン・トロッポ。主題と3つの変奏からなる。弦楽の優美な主題に挿入される。木管による合いの手のような和音がユニーク。短いスパンでの変化に富んだデュナーミクが印象的だ。

 第3楽章メヌエットはアレグレット。金管やティンパニを伴う華やかな楽章。ドイツ舞曲風のトリオの最後のフレーズで、独奏ヴァイオリン(初演ではザロモンが弾いた)が、第1ヴァイオリンの1オクターブ上を演奏する。

 フィナーレ楽章はプレスト・アッサイ。表情豊かな第1主題と堅いアーティキュレーションの同音反復を特徴とする第2主題からなるロンド・ソナタ形式。コーダで一度完全休止となったと思ったら、第2主題の動機に導かれるように再び第1主題の動機が現れて曲を閉じる。

(フルート2,オーボエ2,ファゴット2,ホルン2,トランペット2,ティンパニ、弦楽5部)

交響曲第98番 変ロ長調 Hob.Ⅰ-98

第1楽章 アダージョ  第2楽章 アダージョ  第3楽章 メヌエット  第4楽章 プレスト

《印象 感想など》

 コントラバス5人。中央奥。4楽章始まる前にピアニストが登場。フォルテピアノが愛らしい音で、素敵な音楽を奏でる。

《曲目解説》 パンフレットより

 1972年の3月2日の第3回ザロモン・コンサートで行われた。終楽章にチェンバロのソロがあるのが特徴で、初演の際にはハイドン自身がフォルテピアノで演奏した。また、1796年3月に再演された際にはクレメンティがピアノを受け持ったという。

 第1楽章、アダージョの序奏に変ロ短調の重苦しい旋律で始められ、主部は同じ動機を用いながらも、それとは対照的な明るい颯爽とした第1主題を持ち、オーボエなどの木管と弦の音階による第2主題は提示部の終わり頃に現れる。

 第2楽章アダージョ、ヘ長調。3部形式とソナタ形式と変奏曲が混ざり合った複合三部形式。再現部で独奏チェロのオブリガートが聴かれる。

 第3楽章メヌエット。メヌエットの主部は装飾音で飾られているが力強い。トリオはゆったりとしたレントラー風。

 終楽章のプレストはソナタ形式。展開部でヴァイオリンの独奏が聴かれるが、初演ではザロモンが弾いたことだろう。コーダで意表を突いて一度テンポを落とし、第1主題が2度提示されるが、2度目にフォルテピアノソロが愛らしい響きを奏でる。ユーモリスト、ハイドンの真骨頂ともいえる愛すべき交響曲である。

フォルテピアノ:渡辺順生(よしお)

(フルート、オーボエ2,ファゴット2,ホルン2,トランペット2,ティンパニ、フォルテピアノ、弦楽5部)

《プロフィール》

指揮:フランス・ブリュッヘン

 フランス・ブリュッヘンは、18世紀から19世紀初期にかけての作品演奏の第一人者としての評価を確立している。「18世紀オーケストラ」創設メンバーとして、ラモー、バッハ、モーツアルト、ハイドン、ベートーヴェン、さらにベルリオーズやシューマンまでを含む幅広いレパートリーをオリジナル楽器で演奏するこのスペシャリスト集団とともに、徹底した演奏活動を続けている。

 このユニークなグループのメンバーは、各シーズン3回、世界のコンサートホールを訪れる演奏ツアーを行うことで一同に集う。ツアーはまもなく80回を迎える。

 ブリュッヘンはまた、オランダ放送室内フィルハーモニー(ヒルヴェルスム)の主席指揮者、およびエイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団の主席客演指揮者を務めている。また、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団、スコットランド室内管弦楽団、パリ管弦楽団などに定期的に出演している。

 近年ではモダン楽器のオーケストラを指揮する機会をもち、これまでに共演したフィルハーモニア管弦楽団、ロッテルダム・フィルハーモニ管弦楽団、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団、スカラ座フィルハーニー管弦楽団、そして新日本フィルハーモニー交響楽団とのコラボレーションが、定期的に開催されている。NJPとは2005年、2007年に続いて3度目の共演となる。

新日本フィルハーモニー交響楽団

 「一緒に音楽をやろう」1972年、指揮者・小澤征爾のもと楽員による自主運営のオーケストラとして創立。1979年、しみだトリフォニーホールで、日常の練習と公演を行う日本初のフランチャイズを導入。定期演奏会や海外公演等で高い評価を得る一方、墨田区で地域に根ざした演奏活動も行っている。

 また映画「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」「崖の上のポニョ」の音楽も担当。2003年クリスチャン・アルミンクが音楽監督に就任。2006年「火刑台上のジャンヌ・ダルク」で第3回三菱信託音楽賞奨励賞受賞。2008/2009シーズンの客演指揮者にダニエル・ハーディング、フランス・ブリュッヘン、上岡敏之などが登場する。

フォルテピアノ:渡辺順生

 1950年に鎌倉に生まれる。1973年、一橋大学社会学部卒業。アムステルダム音楽院にてチェンバロをグスタフ・レオンハルトトに師事、ソリスト・ディプロマおよびプリ・デクセランスを取得。その後、ヨーロッパ各地にて演奏活動を行い、1980年に帰国。以来古楽器演奏の啓蒙と普及に努め、精力的な演奏活動を展開し、チェンバロ、フォルピアノ、クラヴィコード奏者、指揮者として活躍。フランス・ブリュッヘン、アンナー・ビルスマ等、欧米の名手たちとも共演多数。・・・・・上野学園大学、桐朋学園大学、東京音楽大学及び国立音楽大学、講師。

 

 

   

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2009年6月29日 (月)

演奏会に行ってきました「紀尾井シンフォニエッタ東京定期 メンデルスゾーン:「エリア」(2009-8)

紀尾井シンフォニエッタ東京第68回定期演奏会 2009年2月14日(土)2:00開演(JR四谷駅 東京メトロ四谷駅徒歩8分 上智大学前ソフィア通り)紀尾井ホール

《プログラム》

メンデスゾーン:オラトリオ「エリア」OP.70

指揮:ヘルムート・ヘンヒェン  ソプラノ:ヒェン・ライス  メゾ・ソプラノ:カタリーナ・カルネウス  テノール:イリア・レヴィンスキー  バリトン:アレキサンダーマルコ=ブールスター  合唱:東京オペラシンガーズ  少年:TOKYO FM少年合唱団  紀尾井シンフォニエッタ東京  コンサートマスター:澤 和樹 

《印象 感想など》

 「エリア」は、初めて聴く。指揮者は少し細身。合唱(ソプラノ:18人、アルト:14人、テノール:14人、バス:14人)。他に少年合唱団:高めの声。大変、健闘する。ソロ陣は伸びのあるよく通る声。演奏は大変な迫力。

《第1部》

レチタテタティーヴォ(エリア/Br)私の仕えるエスラエルの神

序曲

1.合唱(民衆)主よ救いたまえ

2.合唱つき二重唱(民衆、2人の女/S.Ms)

  主よ 我らの祈りを聞きたまえ

3.レチタテタティーヴォ(オバディア/T)衣でなく 心を引き裂け

4.アリア(オバディア/T)心を尽くし切に求めれば

5.合唱(民衆)しかし主はご覧にもならず

6.レチタテタティーヴォ(天使/Ms)

  エリアよここを去って東へ向かい

7.複四重唱(SⅠ・Ⅱ.AⅠ・Ⅱ.BsⅠ・Ⅱ),

    レチタテタティーヴォ(天使/Ms)主は お使いたちに命じられ

8.レチタテタティーヴォ、アリア、二重唱(寡婦/S、エリア/Br)

  神の人よ 私にどんな関わりがあるのですか

9.合唱 主を畏れるものは幸い

10.合唱つきレチティーヴォ(民衆、エリア/Br、アハブ/T)

   私の仕える万軍の主は生きておられる

11.合唱(パール教の予言者)パールよ 我に答えたまえ

12.レチタティーヴォと合唱(エリア/Br、パール教の予言者)

   もっと大きな声で読んでみよ

13.レチタテタティーヴォと合唱アリア(エリア/Br、パール教も予言者)

   もっと声を上げて呼べ

14.アリア(エリア/Br)アブラハム、イクサ イスラエルの神なる主よ

15.四重唱(S.Ms.T.Br) あなたの重荷を主にゆだねよ

16.合唱つきレチタテタティーヴォ(民衆、エリア/Br)風を伝令とし.

17.アリア(エリア/Br)主のお言葉は 火のようではないか

18.アリオーソ(Ms)私から逃げ去った者に 災いあれ

19.レチタテタティーヴォと合唱(オバディア/T、エリア/Br、民衆、少年)

   神を助けてください 神の人よ

20.合唱(民衆)神に感謝せよ

《第2部》

21.アリア(S)聞け イスラエルよ

22.合唱 我らの神は仰せられる

23.合唱つきレチタティーヴォ(民衆、エリア/Br、王妃/Ms)

      主は 民の中からあなたをたを高く上げ

24.合唱(民衆) エリアに災いあれ

25.レティタティーヴォ(オヴァディア/T、エリア/Br)

    神の人よ 私の言葉を心して聞いてください

26.アリア (エリア/Bs) 主よもう充分です

27.レティタティーヴォ(T)

   見よ エリアは荒野のエニシダの木の下に眠り

28.三重唱(天使たち/SⅠ・Ⅱ・Ms)

   山に向かって目を上げよ

29.合唱 見よ イスラエルを守る方は

30.レティタティーヴォ(天使/Ms/Br) 起きよ エリア

31.アリア(天使/Ms)

   主の前に静まり 耐え忍んで 主を待ちなさい

32.合唱 最後まで耐え忍ぶ者は救われる

33.レティタティーヴォ(エリア/Br,天使/S)

   主よ 夜が来てもお顔を天に隠したもうな

34.合唱 主は通り過ぎられた

35.レティタティーヴォ(Ms)、四重唱(SⅠ・Ⅱ、Ms、A)

   合唱 セラフィムが主の御上に立ち

36.合唱とレチタティーヴォ(エリア/Br) 引き返せ

37.アリオーソ(エリア/Br)

   たとい山が移り 丘が揺らいでも

38.合唱 予言者エリアは 火のごとく現れた

39.アリア(T) その時 正しき者たちは

40.レティタティーヴォ(S)

   主の大いなる恐るべき日が来る前に

41.合唱、四重唱(S,Ms,T,Br)

   主は北から人を奮い立たせ

42.合唱 そうすれば あなたの光りは

《プログラムノート》 那須田 努

ヘンシェンと紀尾井シンフォニエッタ東京の邂逅、そして《エリア》

 ゲルハルト・ボッセさんからヘンシェンという旧東独出身のすばらしい指揮者がいるとい聞かされたのはいつのことだったろう。さっそくCDを聴いた。バッハの息子の協奏曲やハイドンやブラームスの交響曲など、欧州の良質な伝統に加えて、音楽作品の語法に敵ったアプローチ、音楽へのピュアで誠実な態度など、さすがボッセさんが称賛するだけのことはあると感じ入った。

 そんなヘンシェンが紀尾井シンフォニエッタ東京に初めて客演したのは2003年のことだ。それに深い感銘を受けたヘンシェンが、今度はシンフォニエッタをドレスデン音楽祭に招聘し、ベートーヴェンのピアノ協奏曲(独奏はレーゼル)を演奏してスタンディング・オベーションの栄誉に浴したという。そして今回、両者の三度目の邂逅が実現した。しかもメンデルスゾーンのオラトリオ《エリア》である。少年時代から合唱に親しんでいたヘンシェンに、これほどふさわしい演目もない。

メンデルスゾーンのオラトリオ《エリア》

メンデルスゾーンの活躍した19世紀初頭は市民合唱が盛んだった。ヘンデルの時代以来の伝統のあるイギリスはもとよりドイツやオーストリーの各都市で市民参加の音楽祭が開催され、大規模な宗教曲が演奏された。メンデルスゾーン自身も少年時代からベルリンのジングアカデミーに所属し、作曲の師でもある、同合唱団の指揮者ツェルタ-のもとで、バロックやルネサンスの合唱曲を学んだ。こうして対位法の音楽に親しみ、バッハ等の宗教作品に触れた。また、度々訪れたロンドンでヘンデルのオラトリオを指揮した。こうした成果の一つが1829年にメンデルスゾーンが指揮したバッハの《マタイ受難曲》復活粗演であり(その後のバッハ・ルネサンスの嚆矢となった)、彼自身のオラトリオ《聖パウロ》と《エリア》の作曲に結実することになる。

 《エリア》の構想がいつ頃生まれたのかは諸説があるが、おそらく1836年の《聖パウロ》初演のほどなくしてののことと思われる。後述するようにテキストの出典は旧約聖書「列王記(上・下)」。テッサウの牧師シューリンクに神学上の助言と章句の選択に関する意見を求め、ルター訳ドイツ語聖書をもとに台本が作成された。1830年代末に草案ができたが、その後作曲を中断してしまう。そしてそれから数年後の1845年6月にイギリスのバーミンガム音楽祭から演奏会の指揮と新作オラトリオの作曲依頼が来たのを期に再び取り上げ、続く46年の春から7月にかけて急ピッチで作曲を進めた。8月にライプツィヒでオーケストラのみの試演を行った後ロンドンへ(8月17日か18日))。モシュレスの家でリハーサルを行い、23日に出演者とともに特別列車でバーギンガムへ向かった。初演は8月26日水曜日の午前中にバーギンガム市のホールにて。4曲の合唱曲と4曲のアリアがアンコールされるほどの大成功を収めたが、メンデルスゾーンはその後も改訂作業を続け、1847年4月にロンドンでヴィクトリア女王と夫君のアルバート殿下の臨席のもとに改訂版の初演が行われた。そしてその翌年に、この改訂版が作品70として出版された。ここまではテキストは英語だったが、1847年10月9日にドイツ語による初演がハンブルクで行われている。さらにウイーンで、1000人の演奏家を動員したコンサートが計画されたが、メンデルゾーンはそれを見ることなく他界した。享年38歳、ウイーン公演の10日前のことだった。

 エリアはヘブライ語で「ヤハウエ(エホバ)は神なり」の意味、旧約聖書「列王記」に登場するエスラエルの予言者であり、紀元前9世紀に実在したとされる。当時のイスラエルは、アハブ王の治世。隣国から嫁いだ王妃イゼベルは、アハブの異教徒パール信仰からイスラエルの際祀をないがしろにし、異教の神殿を建て、大勢の僧侶を連れてきたため、神は怒り、イスラエルに干魃をもたらした。そこに現れたのがエリアだった。オラトリオには、このエリア(バリトン)を始め、王アハブ、王の寵臣オバディア(テノール)、天使や寡婦(ソプラノ)、合唱らが登場する。

 全2部、導入のレチタテーヴォと序曲、全42の楽曲で構成され、独唱の他、重唱や合唱からなり、いくつかの楽器は続けて演奏される。ルネサンスのポリフォニーやバッハ、ヘンデルのオラトリオから学び得たものに加えて、大胆な和声や緻密な動機関連、親しみやすい旋律と色彩豊かなオーケストレーションなどともに描かれた、壮麗な音楽絵巻である。

第1部 導入のレチタテーヴォと序曲

 導入のレチタテーヴォでは、荘厳な金管アンサンブルとともにエリアが「私のお仕えするイスラエルの神はいきておられる。これから何年もの間、雨も霧もふることはないだろう」という神の言葉を伝える。序曲はモデラート。ピアニシモで開始される冒頭の動機はニ短調。リズムも含めて暗い不安な情感を伝え、フーガ風に展開し、クレッシェンドしてそのまま第一曲の合唱に突入する。

[干魃](第1~5曲):干魃に苦しむ民衆は、主に教えを求める(第1曲合唱)。続いて、二人の女が、「シオン(イスラエルの地)は救いを求めて手を差しのべているが、慰めるものはいない」(第2曲合唱つき二重唱)と歌う。するとアハブ王の寵臣のなかで、唯一人エリアの言葉を真摯に受け止め、心を痛めているオバディアが、「我らの罪ゆえにエリアは神のみ言葉によって天を閉ざしたのだ。異教の偶像を捨てて神の許に帰れ」(第3曲レチタテーヴォ)、「心を尽くして求めれば、我を見いだせるだろうと神は言ったではないか、どうすれば神を見いだし、その御前へ行くことが敵うのか」と言うが(第4曲アリア)、民衆は「主は見てくれない。私たちを嘲り、その呪いはわたしたちの上にくだり、私たちを追いかけ、滅ぼす。主を愛し、その戒めを守る人には恵を施してくれる」と応える(第5曲合唱)。

[ザレパテの寡婦の子の奇跡的な蘇生](第6曲~9曲)

 かくしてエリアの言葉は現実のものとなった。王妃イゼベルは、怒りに震えてエリアを探せと命じる。一方、エリアの前で天使が現れ、「汝はここを発って東の方へ行き、テリテ川のほとりに身を隠しなさい」。川の水を飲み、朝晩カラスがパンを運んでくるだろうと告げる。(第6曲レティタティーヴォ)さらに天使たちが、汝のために汝を守れという主の命を歌う(第7曲複四重唱)テリテ川が涸れると、ザレパテへ行きそこの寡婦に世話をさせなさい。桶の中の粉も壺の油もなくなることはないという(同レチタテーヴォ)。寡婦には重病の息子がいて、息絶えたばかり。そこにエリアが現れ、主に祈ると子供は生き返った。二人は喜び、全霊と力をつくして神を愛せ、主を畏れるものは幸いであると歌う(第8曲、レチタティーヴォ、アリアと二重唱、第9曲合唱)。

[火の奇蹟](第10~第16曲)

 予言から3年後、エリアはアハブ王と民衆の前に現れ、パアル教の予言者たちに対決を挑んだ。エリアの提案は、カルメル山で生贄の牛を運び、それぞれの神に呼びかけ、火をもって応えた神こそがまこおとの神というもだった。(第10曲、合唱つきレチタティーヴォ)。まずパアル教の予言者たちが祈り始めるが、何も起こらない。(第11曲合唱、第12曲および13曲のレチタティーヴォと合唱)。

 今度はエリアがイスラエルの神に呼びかけ(第13曲レチタティーヴォと第14曲アリア)、天使たちが「汝の重荷を主にゆだねよ。そうすれば主は汝を支えれくれる」と歌う。(第15曲四重唱)。さらにエリアが「天より火を送りたまえ」と祈ると、民衆は天から火がら火が振るのを目撃するのだった(第16曲レチタティーヴォと合唱)。

[雨の奇蹟](第17曲~20曲)

 エリアは「主のみ言葉は火や石を砕く金槌ではないか。神は日ごとに悪い行いをする者を懲らしめる正しき審判である」と力強く言い放ち(第17曲アリア)。アルトが「主を離れたものには破滅が訪れるでしょう」と歌う(第18曲アリオーソ))。続いてオバディアが異教の偶像には出来なかったが、私たちの神は雨を降らせることができるというと、エリアは祈り始め、民衆に懺悔を促し、一人の少年に高い所に上って海の彼方を見なさいと命じた。すると、海から雲が立ち上り、雲は嵐となって雨が大地に降り注ぎ、エリアは民衆とともに神への感謝を歌うのだった(第19曲レチタティーヴォと合唱、第20曲合唱)。

第2部

[王妃の迫害に苦しむエリア](第21~24曲)

 最初にソプラノが、続いて合唱が「イスラエルよ、聞け、主の語る言葉を!イスラエルの救い主なる主は聖なるもの。暴君のもとで虐げられたものにこう言う。われは慰めるもの。怖れるな、われは汝の神。われ汝を力づけん。!」という神の言葉を告げる(第21曲アリア、第22曲合唱)。エリアはもう一度アハブ王のところへ出かけて行き、「不義理や悪行の限りをしたので主はイスラエルを根絶やしにするだろう」という神の言葉を伝えると、王妃はエリアを殺せと民衆を扇動した(第23曲合唱つきレチタティーヴォ、第24曲合唱)。

[荒野](第25~29曲)

 エリアに再び危機が再び迫ったことを知ったオバディアは荒野へ逃れようという(第25曲レティタティーヴォ)。アリアはオバディアの言葉に従い彼を祝福し、「主よ、私の命をお取りください。私は祖父にまさるもではありません」と歌う(第26曲アリア)。そしてエリアは、三人の天使たちに護られて荒野へ眠るのだった。(第27曲レチタティーヴォと合唱、第28曲三重唱、第29曲合唱)。

[ホレブ山へ](第30曲~37曲)

 エリアは天使の励ましと導きによって、神の山ホレブへ行き、「主よ。私はいたずらに動き、私の力を空しく費やしました。願わくば天を裂いて降りて来てきてください。御身のみ敵に名を知らせるために。なぜ彼らを御身の道から離れ迷わせたのですか。どうして御身を恐れぬように、彼らの心を頑なにしたのですか。どうか私を死なせてください」(第30曲レチタティーヴォ)と主に語りかけた。

 すると「主に想いなさい。そうすれば主はあなたの願いをかなえてくださるから」という天使の声が聞こえた(第31曲アリアと第32曲合唱)。やがて夜の帳が降り、エリアは「主よ、離れないでください・・・私の魂はあなたを慕っています」と歌うと、天使が、今こそ主のみ前の山の上に立ちなさいと命じた(第33曲レチタティーヴォ)。激しい暴風や地震が起きて刧火が燃え盛った。嵐は静まり、小さな声が「ざわめきの中に主は近づきたもう」と告げた(第34曲合唱)。

 見ると、主の頭上にセラフィムが立ち、「聖なるかな、聖なるかな、主なる神」と歌っている(第35曲レチタティーヴォ、四重唱と合唱)。そして、「行け、パアルに屈しない人たちのもとに」と言う歌声が聞こえた(第36曲合唱)、「私は主のみ力によってわが道を行きます」とエリアが応え(同レチタティーヴォ)、神と信仰への確信を歌う。(第37曲アリオーソ)。

[エリアの昇天]第38~42曲

 エリアの偉業と事績が今一度語られ、主によって遣わされた火の車と馬が天空に現れた。それはエリアを乗せて、天へと昇っていくのだった(第38曲合唱、第39曲アリア、第40曲レチタティーヴォ、第41曲合唱、同四重唱。第42曲終曲の合唱)。

《プロフィール》

指揮:ヘルムート・ヘンヒェン

 ドレスデン生まれ。少年時代、ドレスデン聖十字架合唱団の団員として活躍。15歳で同合唱団を指揮。ドレスデン音楽大学で合唱と声楽を学び卒業。同時に声楽指導の資格を取得。カラヤンの許やバイロイト音楽祭で研鑽を経て、R,フランツ声楽アカデミーのディレクター及びハレ響の指揮者として第一歩を踏み出す。1971年、C.M.V ウエーバー指揮者コンクールで優勝。1972年、ツヴィッカウ市立劇場の主席指揮者に就任すると同時に、ベルリン州立歌劇場にデビュー。同歌劇場では1986年まで常任客演指揮者を務める。その後メクレンブルク国立歌劇場音楽監督、コーミュッシュ・オペラの常任客演指揮者、ベルリンのC.Ph.E バッハ管音楽監督を歴任。同時期にドレスデン音楽大学の教授にも任命されている。1986年から2002年ネザーランド・フィル及びネザーランド室内管主席指揮者、1986年~1999年ネザーランド歌劇場音楽監督。その後2006年まで同歌劇場主席客演指揮者を務める。

 このほか、ベルリン・フィル、ドレスデン国立歌劇場管、ロイヤル・アムステルダム・コンセルトヘボウ管ほか、世界各地のオーケストラ、著名歌劇場に客演。その功績を称え、ドイツ人として初めて、オランダ女王から獅子騎士勲章を授与されるほか、サクソニーの芸術協会の会員。ドイツ連邦の最高の勲章、連邦功労十字勲章をケーラー大統領から授与され、ロンドンのロイヤル・オペラ及びコベント・ガーデンからローレンス・オリヴィエ賞を授与。・・・・・これまでに多数来日し、紀尾井シンフォニエッタ東京には今回で3度目の客演となる。

ソプラノ:ヒェン・ライス

 イスラエル出身。ミラノ・スカラ座、ベルリン・ドイツ・オペラ、ミュンヘン、ドレスデン、」ハンブルク、フランクフルトなどのオペラ・ハウス、またザルツブルク、ルチェルン等の国際音楽祭に出演。オーケストラではピッツバーグ響、イスラエルフィル、ライプティヒ・ゲバントハウス管、ミュンヒェン・フィルなどと共演。2002年にはマーラーの交響曲第8番の独唱でカーネギーホールにデビュー。・・・・・

メゾ・ソプラノ:カタリーナ・カルネウス

 ストックホルム生まれ。ロンドンのトリニテイカレッジ・オビ・ミュージック及びナショナル・オペラ・スタジオで学ぶ。1994年クリスティーネ・ニールセン賞、1995年カーディフ・シンガー・オブ・ザ・ワールドコンクール優勝。演奏会、リサイタルで世界的に活躍している。・・・・・

テノール:イリヤ・レヴィンスキー

 アゼルハイジャン生まれ。パク音楽院で声楽を学ぶ。コーミッシュ・オペラで5年間主席ソリストを務める。これまでにロイヤル・オペラ・ハウス、ウエールズ・ナショナル・オペラニューヨーク・シティ・オペラやザルツブルクやブレゲンツの音楽祭にも出演。・・・・・

バリトン:アレキサンダー・マルコ=ブールメスター

 スイスに生まれベルン音楽院とバーゼル音楽院で学ぶ。すでに十分なキャリアを経ており、国際的な地位を確立。ベルリン州立歌劇場、ベルリン・ドイツ・オペラ、ベルリン・コーミッシュ・オペラ、フラクフルト歌劇場、パリ・オペラ座などに出演している。・・・・・

東京オペラシンガーズ

 1992年「世界的水準のコーラスを」という小澤征爾氏の要望により、東京を中心に活躍する声楽家によって組織される。サイトウ・キネン・フェスティバル松本、東京のオペラの森などを活動の中心におくほか、海外オペラハウスやオーケストラの来日公演にも出演。サイトウ・キネン・フェスティバルには第1回から本年まで連続して出演。・・・・・

合唱指揮:横島勝人

 大阪音楽大学卒業後、ウイーン国立音楽大学留学。レオポルド・ハーガー、湯浅勇治各師らに師事。199年ウイーン楽友協会大ホールでのトーンキュンストラー響を指揮してウイーンデビュー。小澤征爾音楽塾オペラプロジェクトのアシスタント及び合唱指揮を務める。・・・・・

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2009年6月23日 (火)

演奏会に行ってきました「ハイドン・ロンドンセット全曲演奏会第1回 フランス・ブリュッヘン指揮:新日本フィルハーモニ交響楽団 交響曲鯛6番「奇跡」、交響曲第95番、交響曲第93番」(2009-7)

ハイドン:ロンドン・セット全曲演奏会 第1回2月11日(祝水)午後3時開演 すみだトリフォニーホール(東京メトロ錦糸町駅徒歩7~8分、JR錦糸町駅徒歩5分程度)

フランス・ブリュッヘン

 コンサートを得がたいものにするための勉強を

  皆さんもするでしょう。

 バッハ、ハイドン、モーツアルト、ベートーヴェンと

  その歴史的背景などをね。

 今回皆さんはハイドンの発明である

  交響曲はじまりを体験するのです。

  とにかくおいでください!!

《プログラム》

交響曲第96番 ニ長調「奇蹟」 Hob.Ⅰ-96

交響曲第95番 ハ短調 Hob.Ⅰ-95

交響曲第93番 ニ長調 Ⅰ-93

指揮:フランス・ブリュッヘン  新日本フィルハーモニー交響楽団  コンサートマスター:崔 文洙

《印象 感想など》

私の席:1階25列33番。

交響曲第96番 ニ長調「奇蹟」 Hob.Ⅰ-96

 ほぼ満席。コントロバス4人、中央奥。チェロも中央。ブリュッヘンはノータクトで椅子に座って指揮。第1楽章 ノンビブラートの古楽奏法。透明な音。  第2楽章 心地よいバランスのとれたアンサンブル。まさにクラシックの響き。  第3楽章 3拍子のきっちりとした演奏。オーボエが奇麗なメロディを吹く。  第4楽章 快調にリズムをきざむ。古楽奏法が気持ちよく響く。ブリュリュッヘンは細身のスタイル。髪は白髪。ゆっくりとステージを行き来する。楽章が終わっても退場せず、次の曲へ。

《楽曲解説》 プログラムより

 第1回ロンドン旅行の際に、おそらく最初に初演された作品とl推測されている。コンサートは特定できないが、1791年3月11日の第11回ザロモン・コンサートだった可能性がある。「奇蹟」というニックネームの由来についても生前の作曲家と親交のあったディースが以下のようにように伝えている。

 ロンドン滞在2年目の1792年のコンサートで、物見高い聴衆が指揮をする著名な音楽家ハイドンを間近に見ようと席を離れたところ、突然そこに天井のシャンデリアの一つが落下した。もとろん、怪我人はでなかった。そのため、人々は「奇蹟だ、奇蹟だ」と呼び、それ以来、この名称で呼ばれるようになったというものだ。しかし、ディース自身がハイドンに直接確かめたところ、「そのことについて私はなにも知りません」と答えたという。しかし、このよう事件があったことを裏付ける情報がある。それは2度目のロンドン滞在の2年目のこと。1795年の2月3日の「」モーニングクロニクルス紙」に、前夜のコンサートについてのレポートが記載されている。それによれば、終楽章がアンコールされた際にシャンデリアの一つが落下するアクシデントがあったが、音楽は中断されることなく、非常に効果的に演奏されたという。これが事実だとすれば、「奇蹟」の交響曲は102番だったことになる。

 第1楽章アダージョの序奏とアレグロの主部からなる。第2楽章アンダンテ、ト短調はシチリアーノ風のリズムを特徴とする。二重対位法による中間部を持つ三部形式。第3楽章はメヌエット。トリオはオーストリアのレントラー風。第4楽章フィナーレ、ヴィヴァーチェは3つの主題を持つロンド形式。

(フルート2,オーボエ2,ファゴット2,ホルン2,トランペット2,ティンパニー、弦楽5部)

交響曲第95番 ハ短調 Hob.Iー95

 第1楽章 短調の響き。とても古典的なアンサンブル。  第2楽章 素敵なメロディで、よく歌い流れる。  第3楽章 チェロがソロでいいメロディを演奏。  第4楽章 疾風怒濤の音楽。ブリュッヘンは、少し前屈みでゆっくりとステージ上を移動。休憩。

《曲目解説》  パンフレットより

 ロンドンセット唯一の短調作品。この曲も正確な日付は分かっていないが、1791年4月1日の第4回ザロモン・コンサート、または4月29日の第7回ザロモン・コンサートで初演されたと推測される。

 ロンドン・セットの交響曲冒頭楽章は、基本的に主部の前に序奏が置かれるのだが、この曲のみ例外的に序奏がなく、いきなり主部から始められる。主部はアレグロ・モデラート。ソナタ形式。第1主題は激しい情念に満ちた旋律がユニゾンで奏でられ、優しい表情をした楽想がそれに応える。第2主題は穏やかな曲想の変ホ長調。この主題は展開部を経てハ長調で再現される。

 第2楽章アンダンテ・カンタービレ、変ホ長調。主題と4つの変奏。第3楽章メヌエットはハ短調。トリオはハ長調、独奏チェロが華やかなパッセージを繰り広げる。フィナーレ楽章はヴィヴァーチェ、ハ長調。コーダを伴う3部分構造。第2部分で第1部分の主題がフーガで展開され、第3部分で再現。トゥッティによるコーダで曲を閉じる。

(フルート、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦楽5部)

 

交響曲第93番 ニ長調 Hob.Ⅰ-93

《印象 感想など》

 第1楽章 出だし、全合奏で。弦が爽やかなテーマを奏する。  第2楽章 コンマスのソロで始まる。同じテーマを合奏で奏する。同じテーマが何回か出てくる。  第3楽章 時折入るティンパニーがアクセントになる。快調に進む。  第4楽章 リズミックに曲が流れる。気持ちの良いバランスのとれた演奏。万雷の拍手。

《曲目解説》  パンフレットより

 1972年2月17日に行われた第1回ザロモン・コンサートで初演され、同月24日に再演された。第1楽章、アダージョの序奏の堂々とした開始と大胆な転調が印象的だ。主部はアレグロ・アッサイ。対照的な2つの主題を持ち、均整の取れた典型的なソナタ形式で書かれている。

 第2楽章はラルゴ・カンタービレ、ト長調。ロンド形式とも三部形式ともとれる比較的自由な形式。冒頭の主題は、弦楽四重奏で奏でられた後に、ファゴットを加えたり、トゥッティによるフォルテというように何度も繰り返されるが、そのたびに違った表情を見せる。なお、この楽章は初演の際にアンコールされた。

 第3楽章のメヌエットはアレグロ。トリオでは木管にホルン、トランペット、ティンパニの三連符による信号調の音符がフォルテで奏でられ、弦楽による舞曲風の主題と対比される。

 第4楽章フィナーレはプレスト・マ・ノン・トロッポ。展開部のないソナタ形式。

(フルート2,オーボエ2,ファゴット2,ホルン2,トランペット2,ティンパニ、弦5部)

《ブリュッヘンのハイドン》 那須田 努

 ブリュッヘンが18世紀オーケストラを結成したのは1982年のこと。そんな最初のヨーロッパ公演に参加した日本の演奏家が古楽の専門誌にこんなレポートを書いていた。最初のリハーサルで、欧州中から集まってきた音楽家を前にブリュッヘンがスピーチをした。作曲家は神様、だから余計なことは何もしなくていい。楽譜通りやってほしい。自分の持ち分をしっかりやっていれば、音楽は自然に湧き出てくると。意外だった。リコーダ奏者としてのブリュッヘンは、エモーシャルな演奏で知られるきわめて個性の強い音楽家だからだ。でもよく考えてみれば決して矛盾ではない。強烈なインパクトを持つ彼の演奏自体が、音楽の内側から自然に湧き上がってきたもだとしたら。

 とはいえ、今日の我々は、ブリュッヘンの言う「楽譜通りやってほしい」という言葉を文字通り受け取るべきではないだろう。なぜなら、18世紀オーケストラは古楽器演奏ののスペシャリストたちで、18世紀の音楽語法を知悉している人たちだからだ。それが、今回のハイドン・プロジェクトでブリュッヘンが語っているところの、(ハイドン時代の)「ルール」である。

 18世紀以前は楽譜の読み方が今とは異なっていた。一例を挙げよう。テンポは相対的なものだし、音符には良い音とシンプルな音の違いがあり、それを意識することで自然な拍節感がもたらされる。ヴィブラートは装飾音の一種。アーティキュレーションはスラーやスタッカート等のことだが、それだけではない。巧みな話術のように、デリケートな大胆に多彩な発音を駆使して音楽に豊かな表情を付ける。さらにいえば、アーテキュレーションは作曲家がすべて楽譜に書き込むものではなく、一定のルールに基づいて演奏家が自ら判断して演奏した。テクスチャー(対位法の横と和声の縦の線)の透明感や古典調律的な音程のとり方も大切だ。そして、音楽の情緒(アフェクト)。ロマン派のそれに比べて客観的なものではあるが、それでも上述の事柄の大部分が音楽の情感の表出のためといってもいいくらいなのだ。

 新日本フィルとブリュッヘンとの共演は今回で3度目。同団のウェブサイトに掲載された団員からのインタビューからも、両者が篤い信頼と共感で結びついているのが窺えるし、団員たちは一つ一つの共感を特別な体験としてとらえ、今回のハイドン・プロジェクトに大きな期待を寄せている。それはどいうことだろうか。

 ハイドンの生涯の終わりの頃に起こったフランス革命はヨーロッパ文化に大きな質的な転換を起こしたといわれるが、それは音楽においても同様だった。聴衆の層が拡大し、大衆化が進んだ。しかしその一方で、宮廷社会に育まれた芸術に対する洗練された美意識や審美眼もきわめて高度な水準に達していたのだ。ハンガリーの大貴族の宮廷で生涯の大半を過ごしたハイドンの音楽は、まさにそのような時代精神の具現化であり、晩年に作曲されたロンドン・セットやオラトリオ「天地創造」はその頂点にそびえ立つものだ。バロック音楽から出発したブリュッヘンは、その意味を誰よりもよく知っているのだ。

 指揮台のブリュッヘンは古典音楽の語法のルールに従って静かに忍耐強く、作品の内側からその本質や魅力が立ちあらわれてくるのを待つ。そしてハイドンの時代の息吹とともに出現するのは、限りなくピュアで自然な音楽であり、その先に私たちを待ち受けているのは、この曲を初めて聴いたような新鮮な感動に他ならない。

交響曲の歴史における「ロンドン・セット」の位置付け

 1970年、ハイドンが30年近く仕えてきたニコラウス・ヨーゼフ・エステルハージ候が逝去した。新しい主君は音楽にそれほど関心がない。オーケストラは解散され、今となっては楽長の地位は有名無実。他の宮廷からの誘いも断り、これからどうしようかと考えていた折、突然、ウイーンのハイドンのもとに一人の人物が訪ねてきて、こういうのだった。、「私はロンドンから来たザロモンです。あなたをお迎えに参りました。明日契約しましょう」。その男はドイツのボン出身のヴァイオリン奏者でコンサート・プロジューサー、ヨハン・ペーター・ザロモン。大都会ロンドンでザロモン・コンサートという名称の公開コンサートを主催していて、イタリア旅行中にハイドンがフリーランスになったことを知り、急遽駆けつけたのだった。契約の内容は、新作オペラと12の新しい交響曲作曲を始めとする作品の作曲と、交響曲の指揮や慈善コンサートなどへの出演である。

 ハイドンの心を惹いたのは、コンサートへのはコンサートマスター、ザロモン以下、総勢40名からなるオーケストラだった。(その内訳はヴァイオリン16、ヴィオラ4、チェロ3、コントラバス4、各2本のフルート、オーボエ、ファゴット、ホルン、クラリーノ、ティンパニ)。エステルハージー宮楽団(1780年代に24名)に比べてずっと編成が大きいし、名手たちも揃っている。このオーケストラのために存分に腕を振るってみたい。こうして1791年からおよそ1年半の、さらに1794年から1年半の二度にわたるロンドン滞在が実現し、計12曲(第1期93番~98番、第2期99番~104番)の新しい交響曲が誕生したのだった。

 ハイドンは1757年に最初の交響曲に取り組んで以来、生涯を通して104曲の交響曲を残した。このロンドン・セットはその集大成であると同時に、古典派における同ジャンルの頂点に聳え立つ傑作である。なお当シリーズではハイドンの番号順ではなく、ロビンソンの研究による作曲年代順に演奏される。

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2009年6月19日 (金)

演奏会に行ってきました「読売日本交響楽団 グリンカ:歌劇『リュスランとリュドミラ』序曲、チャイコフスキー、オフスキー:ヴァイオリン協奏曲・交響曲第5番」(2009-6)

東京芸術劇場大ホール(JR池袋駅徒歩5分)2009年2月4日(水)7:00開演

《プログラム》

グリンカ:歌劇『リュスランとリュドミラ』序曲

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35

           交響曲第5番 ホ短調 作品64

指揮:小林研一郎  ヴァイオリン:藤川真弓  読売日本交響楽団  コンサートマスター:デヴィッド・ノーラン

《印象 感想など》

 私の席:S席Q列18番 日本演奏連盟からオーケストラシリーズを通しで購入したもの。

グリンカ:歌劇『リュスランとリュドミラ』序曲

 良い音、アンサンブル。チェロやコントラバスの低音弦が良い音を奏でる。速いテンポで飛び出し、そのまま快調に突っ走る。快演。ブラヴォー。

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35

Ⅰ アレグロ モデラート-モデラート アッサイ  Ⅱ カンツオネッタ アンダンテ  Ⅲ フィナーレ アレグロ ヴィヴァーチェシモ

 ソロヴァイオリン:赤い上着、黒いスカート。コントラバス4人。日本人離れした顔の美人ソリスト。1楽章:ソロヴァイオリン、むせび泣くような美音を奏でる。凄いテクニック。コバケンと読響、素晴らしい伴奏を付ける。フルートが良い音で付ける。終わり、音楽が盛り上がる。  2楽章:しっとりとした出だし。ソロヴァイオリン、とても丁寧に弾く。むせび泣くようなメロディーを奏でる。  3楽章:テンポの速い伴奏の出だし。ソロヴァイオリン、テクニック申し分なし。凄い独奏。たたみかけるようにコーダへ。もの凄い演奏。万雷の拍手。ブラヴォー。

       ・・・・・休 憩・・・・・

チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調 作品64

Ⅰ アンダンテ~アレグロ・コン・アニマ  Ⅱ アンダンテ・カンタービレ・コン・アルクーナ・リチェンつァ  Ⅲ ワルツ アレグロ・モデラート  Ⅳ アンダンテ・マエストーソ~アレグロ・ヴィヴァーチェ

Ⅰ コントラバス8人。クラリネット、気っぷの良い演奏。すぐに伴奏爆発。ソロヴァイオリン、伴奏ともリタルダントをかけ、よく歌う。テンポを落として、たっぷりと歌う。凄い演奏になりそうな予感。メリハリの利いた演奏。  Ⅱ 地鳴りのような低音弦。ホルンがメロディを弱音で吹く。コバケン、熱のこもった指揮。トロンボーン炸裂。弦のピチカート、なかなかの演奏。甘美な音楽を奏する。大いに盛り上がる。そして消えるように楽章を終わる。  Ⅲ ワルツ。絶妙な三拍子。弦がよく流れる。フルート、ファゴット上手い。弦のアンサンブルが最高。トロンボーンの放列。  Ⅳ 休み無くティンパニーの連打を経て4楽章へ。トロンボーン、チューバが叫く。弦が快調に付く。金管、ティンパニーがテンポを上げて突っ走る。少しリタルダントしてまた走る。金管、ティンパニーなどテンポを上げて、コーダへ合奏。すごく盛り上がる。快演、熱演、凄演。未だ聴いたことのないような演奏。コバケン、主な団員と握手。コバケン、メンバーを立てるのがとても上手い。

アンコール ブラームス:ハンガリアン・ダンス 第5番

 トライアングルが特徴的。快演。ブラヴォー。

《プログラムノーツ》  大木正純

グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲

 19世紀、ロシアが民族固有の音楽を確立してゆく大きな流れの中で、グリンカ(1804~1857)はいわゆる「力強い仲間(通称“ロシア五人組”)」たち-ムソルグスキーやリムスキー=コルサコフらによるグループ-の先駆者的な位置を占める重要人物である。彼が完成したオペラは2作しかないが、その第1作、1836年初演の「イワン・スサーニン(皇帝に捧げし命)」の登場によって、本格的なロシア・オペラの第一歩が踏み出されたと位置付けられるほどである。

 「ルスランとリュドミラ」はそれから6年後、グリンカ38歳の年にペテルブルクで初演されたオペラ。ロシアの民謡に基づくプーシキンの詩をよりどころに、キエフの大公の娘リュドミラを巡って3人の求婚者たちが巻き起こす出来事を、魔法使いなどもフィーチャーしつつ描いたファンタジックな物語である。

 オペラ本体の上演は、世界的に見てもごく希にしかないのに対して、序曲は極めて有名。演奏時間5分程度の小曲ながら、はつらつたるリズムと豊かな色彩を繰り広げる華麗な音楽で、いわばオーケストラのヴィルトオーゾ・ピースとして広く親しまれている。

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35

 チャイコフスキー(1840~1893)が38歳になる年に、旅先のスイスで作曲された曲。それぞれ1曲づつあるベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスの作品と並んで、19世紀のヴァイオリン協奏曲としては、名実ともに頂点に立つ傑作である。チャイコフスキーの場合、それらドイツ語圏の3曲とひと味違う濃厚な色彩感に独自の魅力があると言えるだろう。もっともおそらくそれゆえに、ウイーンにおける初演は不首尾に終わり、毒舌の批評家ハンスリックからは「粗野で俗悪で“安酒のような異臭を放つ”」という酷評を浴びせられもした。付け加えればこの初演失敗の背景には、保守的な美学に凝り固まったハンス・リヒター指揮ウイーン・フィルの面々が、投げやりな演奏をした事実もあったというもっともらしい説もある。

 しかしソロを担当したアドルフ・ブロスキーがその後もへこたれずにこれてを取り上げ、さらにチャイコフスキーがこの曲を献呈するつもりだった歴史的名手レーオポルト・アウアーも、最初は“演奏不能”と取り合わなかったにもかかわらずやがてて掌を返すように進んで演奏したこともあって、曲は次第に広く知られていった。現在ではチャイコフスキーの作品の中でも指折りの人気作となっているのは周知の通りである。曲は以下の3楽章構成。

第1楽章 アレグロ・モデラート~モデラート・アッサイ

 導入部を持つソナタ形式。カデンツァはチャイコフスキー自身が書いている。

第2楽章 カンツォネッタ アンダンテ

 3部形式による美しい緩徐楽章で、ハンスリックもこの部分には一目を置いたという。切れ目なく次に進む。

第3楽章 フィナーレ アレグロ・ヴィヴァーチッシモ

 自由なロンド形式による終曲。ロシアの民俗舞曲を織り込んだ華麗な音楽である。

チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調 作品64

 チャイコフスキーの三大交響曲の第二作。知名度や、悲劇的なインパクトの強さという点では後続の第6番「悲愴」に一歩譲るにしても、交響曲の最高傑作としてむしろこの曲を上げる人が少なくない。

 この曲が着手されたのは、チャイコフスキー48歳の1888年初夏、交響曲の異色作「マンフレッド」が間にはいるとは言え、第4番ヘ短調の完成から数えればちょうど10年の歳月が過ぎている。彼は前年暮れからこの年の3月まで、指揮者としてヨーロッパ各地を巡り、そのあとロシア南西部のフロロスコエ村に構えた新居に落ち着いた。演奏旅行は大成功で、彼はますます自信を深めたし、新居も大いに気に入った模様である。彼は「家、景色、庭、すべての環境が私を魅了する。」と書いている。

 当時の溢れるような幸福感・充実感が、長く遠ざかっていた交響曲再挑戦への意欲に火を付けたのではないだろうか。作曲はきわめて快調に進み、早くも夏の終わりに完成をみたということである。初演は同年11月5日、ペテルブルクで行われ、さらに再演を挑んで、24日にはプラハでも、これもまたチャイコフスキー自身のの指揮の下に演奏された。ただし、曲に曲に与えられた評価は好評一色とは行かなかったようで、チャイコフスキーは「この曲は不成功と言わざるを得ません」と書いたほどである。ただし実際には、本人が自信満々だった割りには厳しい批評も出た、というのがその背景にあるようで、聴衆の反応は決して悪くはなかったといわれる。

 曲は4楽章構成で、一般に「運命のモティーフ」と呼ばれる動機が全曲に張りめぐらされているのが著しい特徴である。その結果、曲全体が強くひとつに結び合わせられるとともに、各楽章それぞれの主題とのコンストラクトによってドラマティックな効果を上げる仕掛けになっている。

第1楽章 アンダンテ~アレグロ・コン・アニマ

 冒頭、クラリネットに出るのが「運命のモティーフ」。続いてポーランドの民謡からとられたという暗い主題に始まる主部となる。弦の合奏で歌われる第2主題は、対照的に甘美な気分に満ちたもの。

第2楽章 アンダンテ・カンタービレ・コン・アルクーナ・リチェンツァ

 コン・アルクーナリチェンツァとは「やや厳格な」という程度の意味。チャイコフスキーならではの優美な音楽だが、中間部の終わりに例のもティーフがさながら警鐘のように響きわたる。

第3楽章 ワルツ アレグロ・モデラート

 メヌエットでもスケルツォでもなく、洗練の極みを「ワルツ」を交響曲に導入するのが、いかにもチャイコフスキーならでは。運命のモティーフは終わり近く、比較的控えめに現れる。

第4楽章 アンダンテ・マエストーソ~アレグロ・ヴィヴァーチェ

 第1楽章同様、運命のモティーフによる導入部で始まる。ここではそれが主部にも登場、さらに終結部でもいちだんと力強く響き渡って、高らかに全曲を締めくくる。

《プロフィール》  プログラムより抜粋

指揮者:小林研一郎

 東京藝術大学作曲科、指揮科の両科を卒業。作曲を石桁眞礼生、指揮を渡邉暁雄、山田一雄の両氏に師事。

 1974年第1回ブダペスト国際指揮者コンクール第1位、特別賞受賞。・・・・・ハンガリー国立響及びネザーランド・フィルのヨーロッパ、日本公演や、東京都響、読売日響、日本フィルのヨーロッパ公演指揮者、国際指揮者コンクール審査員、都響正指揮者、東響客演指揮者、京都市響常任指揮者、ハンガリー国立響音楽総監督・常任指揮者、チェコ・フィル常任客演指揮者、日本フィル音楽監督などを歴任。

 ハンガリー政府よりリスト記念勲章、ハンガリー文化勲章、星付中十字勲章(民間人としては最高の勲章)を授与される。

 現在、アーネム・フィル常任指揮者、ハンガリー国立フィル、名古屋フィル桂冠指揮者、マタヴ・ハンガリー交響楽団、九響の主席客演指揮者、東京音楽大学客員教授、東京藝術大学名誉教授。・・・・・

 2002年5月の「プラハの春音楽祭」オープンニングコンサートの指揮者として、東洋人では初めて起用され、大統領臨席の「我が祖国」全曲がチェコ・フィルにて演奏され、スメタナホール満場の聴衆からのスタンディング・オベーションが長く続いた。また、コンサートの模様は全世界に向け同時放送され、日本人初の快挙として国内外の数多くのメディアに紹介された(同公演のDVDはコロンビアミュージックより発売中)。・・・・・国内外のオーケストラへの客演も数多く、現在最も活躍し注目されている指揮者である。

ヴァイオリン:藤川真弓

 北海道旭川生まれ。桐朋学園高等部・音楽科に学び故斎藤秀雄氏に等の薫陶を受ける。1967年ベルギーのフラマン国立音楽院に留学、レオニード・コーガンに師事。1970年ベルギーの国際ビュータン・コンクールに優勝。続く6月、チャイコフスキー国際コンクールで、楽器の不備にもかかわらず第2位を獲得、センセーションを巻き起こす。その後、数々の世界のオーケストラと共演。・・・・・真に日本を代表し、世界に誇りうるアーティストである。

読売日本交響楽団

創設

 財団法人・読売日本交響楽団は1962年4月、世界最高の発行部数を誇る読売新聞社と日本最初の民間テレビ局である日本テレビ放送網、大阪を本拠とする読売テレビという日本の代表的マスコミ3社が母体となり、オーケストラ音楽の振興と普及のために発足した。

指揮者陣

 創立45周年の2007年4月、常任指揮者に世界的巨匠のスタニスラフ・スクロヴァチェフスキーが就任。初代正指揮者・下野竜也の心境も著しい。また、桂冠指揮者にG.アルブレヒト、名誉指揮者にK.ザンデルリンク、K.マズア、G.ロジェストヴェンスキー、R.フリューベック・デ・ブルゴス、名誉指揮者に尾高忠明と世界の名匠、巨匠を擁する。

コンサートマスターとソリスト陣

 ソロ・コンサートマスターに藤原浜雄、デヴィッド・ノーラン、コンサートマスターに小森谷 巧、ソリストにヴィオラの生沼晴嗣、鈴木康浩、チェロの毛利伯郎、嶺田 健、ホルンの山岸 博と名奏者がそろう。・・・・・

《レコード CDのことなど》

グリンカ:歌劇『ルスランとリュドミラ』序曲

 レコード、CDは自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、私はムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルのLPレコードをよく聴いてきました。これは何と言っても出だしから猛スピードで最後まで突っ走る演奏が凄い。

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲

 私は若い頃は、ヴァイオリン:アルテュール・グリュミオー、ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団のLPレコードを愛聴してきました。今聴いてもグリュミオーの美音は魅力的です。それから世評の高いヤッシャ・ハイフェッツのヴァイオリン:フリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団のLPレコードもよく聴きました。(余談ですが、「これほど大きな影響を与えたヴァイオリニストはパガニーニ以来」「ハイフェッツは多くの人々にヴァイオニストを志す大きな夢を与えたが、一方では多くのヴァイオリニストに挫折感を与えた。1913年に、彼がライプティッヒでブルッフのト短調協奏曲を弾いたとき、初めて彼を聴いたクライスラーが、ジンバリストに『君も僕も、ヴァイオリンを膝に打ちつけてヴァイオリンをこわしたほうがよさそうだな』と語ったのはそれを象徴している。」(「クラシック 不滅の巨匠たち」高橋 昭記(音楽之友社1993年刊) この録音はその後ハイブリッドCDで出ていますが、ハイブリッドのほうが音は大分良いですね。

チャイコフスキー:交響曲第5番

 私はこれまで、ピエール・モントウー指揮ロンドン交響楽団(ウイーンコンツェルトハウスでの1963年のライブ録音)を紹介してきました。これはモントウー亡くなる直前の凄い録音です。今回はパウル・ファン・ケンペン指揮アムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団のモノーラルLPを紹介します。このLPも私が若い頃は評判でした。よく聴きました。今はCDであるかどうか分かりませんが。

 それから本もついでに紹介します。一つは、「オーディオ 100バカ」新しいオーディオの考え方(現代芸術社昭和56年1月刊)著者高城重躬(たかぎしげみ)。

 「五味康祐 音楽巡礼」(昭和56年9月刊 新潮社文庫)「五味康祐 オーディオ遍歴」(昭和57年12月刊 新潮文庫)

 何れもCDの無かった頃の本です。高城重躬は当時の評論家で手作りのオーディオ機器を作っていて評判でした。五味康祐も柳生シリーズの作家で、クラッシクに造詣が深かった人です。オーディオで生に近い音を出すための奮闘記ですが、今読んでも参考になります。

 

 

    

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2009年6月16日 (火)

演奏会に行ってきました「シューベルト:冬の旅:谷 篤」(2009-5)

2009年2月2日(月)19:00開演 東京文化会館小ホール(JR上野駅徒歩5分、東京メトロ日比谷線上野駅徒歩10分) 谷 篤バリトンリサイタル シューベルト:冬の旅 D.911 歌詞を説明してから歌う バリトン&訳詞:谷 篤、ピアノ:揚原 祥子 東京文化会館友の会プレゼント企画に当選したもの J列30番(自由席)真ん中席

《プログラム》

シューベルト:冬の旅 D.911

「冬の旅」の孤独 谷 篤

 「冬の旅」は、一つの物語の終わりから始まります。一人の若者が、美しい五月にある街にやって来ました。娘と恋に落ち、幸せな夏から秋を過ごし、結婚までを考えるようになります。ところが娘は心変わりし別の金持ちとの結婚が決まります。元々よそ者である彼は厄介者なり、冬の夜、人目を避け、逃げるようにあての無い旅に出るのです。これが「冬の旅」の始まり。愛を失ったものが苦悩を抱きつつ冬の原野をさまようという舞台設定ですが、失恋は旅を始めるというきっかけでしかありません。なぜなら、愛の対象である娘の描写はほとんど無く、ただ「綺麗な娘」とか「愛しい人」とかいう表現だけで、どんな女性かは全く分からないのです。これは愛を描いた作品としては異常なことです。つまり「冬の旅」は、失恋の苦悩を描いた作品ではないのです。そこに描かれているのは、共同体としての社会から弾き出された者が、居場所を求めて現世をさまよう、孤独な心の軌跡なのです。特に後半になると娘は全く姿を消し、「死」が大きな比重を占めていきます。生きて現世をさすらうことは死によって完結するわけですから。

 「死」が初めて登場するのは5曲目の「菩提樹」。菩提樹は彼に語りかけます。「ここにお前の安らぎがあるのだと」と。これは永遠の安らぎ、「死」を意味します。彼は死を選ばず旅を続けますが、それはかならずしも彼の強い意志ではありません。突然強い風が吹きつけてきて、気がつくとずっと遠くまで歩いてきてしまったのです。始まりもそうでした。彼には居場所がなくなり、仕方なく旅にでるのです。社会から弾きだされたいと自ら望む人はいないでしょう。社会が誰かを弾き出すのです。

この国には年間3万人を超える自殺者がいます。その中には、社会から弾き出され、自ら命を絶つ人も少なくないでしょう。また弾き出されながらも、必死で自分の居場所を探し求める人も多くいるでしょう。「冬の旅」の孤独は、決して他人事、人の結び付きが希薄になり私利私欲のために容易に他者を否定するこの社会への警鐘とも捕らえることもできると、私は思います。

 孤独な若者は、死の影を感じ、それを求めながら、道しるべに導かれ、墓地へと辿り着きます。彼はその冷たい家屋に永遠に安らぎつきたいと望みます。でも受け入れられず、彼は旅を続けます。そうして誰もいない村外れの雪原で、ただライヤーを弾き続ける奇妙な老人と出会います。「冬の旅」に登場する唯一の人物、彼はこの老人と運命をともにすることを予感します。「私の歌に合わせてライヤーを弾いてくれるか」という問いかけで「冬の旅」は幕を閉じます。終わりの無い物語なのです。

 シューベルトは良き仲間に恵まれ、彼を中心としたシューベルティアーデという集まりさえありましたが、社会的にはほとんど認められず、経済的にも困窮していました。シューベルトは社会から弾き出された「冬の旅」の若者に自らを重ね合わせていたように、私には想えます。彼の神学校時代からの友人ヨーゼフ・フォン・シュパウンが1827年「冬の旅」第一部(前半の12曲)が完成した後の出来事として、こんな話を伝えています。

 シューベルトは憂鬱そうで、とてもくたびれている様に見えた。訳を聞くと、「もうすぐ君達にも分かってもらえるさ」としか答えなかった。ある日、彼は私に「今日ショーバー(友人)の家に来てくれないか。凄い歌曲集を聴いてもらいたい。この歌のために、僕はこれまでの歌よりもずっと勢力を消耗したのだ」と言った。そして彼は感動に声を震わせ、「冬の旅」全曲を歌ってくれた。我々はその歌曲集のあまりに暗い雰囲気にすっかり呆気にとられてしまった。シューベルトは「僕はどの歌よりもこの歌曲集を気に入っている。いずれ君たちも気に入ってくれるだろう」と言うだけだった。彼は正しかった。やがて我々も、フォーグル(友人、歌手)が立派に演奏したとき、この悲哀に満ちた曲想にすごく感銘を受けたのだった。我々は、まだまだ元気な若者だと思っていたが、彼はこの時からくたびれた様子だった。彼が午前中に作曲している様子を一度でも見たものは、彼の燃えるような輝いた眼と、夢遊病者に似た様子を決して忘れないだろう。午後になると、彼は普段の状態に戻り、優しく、そして自分の感情を見せずに自分の中にに閉じこめてしまうよう心がけていた。

 1828年11月11日、彼は床に伏していた。重病であるにもかかわらず、ひどい苦痛を見せる様子もなかった。ただ、だるさを訴え、時々うわごとを言っていた。彼はわずかな間を利用して「冬の旅」の第二部(後半の12曲)の校正をしていた。

 11月19日午後3時、彼は永眠した。

《印象 感想など》

 1曲ずつ、歌詞を説明しながら歌う。柔らかい声の素敵なバリトン。

1.Gute Nacht おやすみ

 若者は厄介者となり、そこに留まることができなくなってしまった。その経緯と心境が語られる。社会から弾き出された者が、冬の夜、逃げるように、あてのない旅へと出かける。旅を象徴する「歩行のリズム」。

2.Die Wetterfahne 風見の旗

 外に出ると、恋人の家の屋根の上で、風見の旗が風にもてあそばされていた。それは移り気の象徴。

3.Gefrone Tranenn 凍った涙

 涙が凍り、頬から落ちる。胸は燃えるように熱いのに。

4.Enstarunng 凍てつき

 一面の雪原に幸せの夏の名残を探し求める。そこは恋人と歩いた草原。自分の心も雪原のように凍てついている。

5.Der Lindenbaum 菩提樹

 菩提樹の木陰。いつも足を向けた憩いの場所。今日、真夜中、その傍を通り過ぎる。眼を閉じると枝がざわめき、語りかけてくる。「ここにお前の安らぎがあるのだ。」と。これは死を意味する。彼は人生の冬の旅を続けるのである。

6.Wasseruflut 溢れ流れる涙

 涙が溢れ、雪に染みこんでゆく。この涙も春には雪と一緒に融けて、彼女の家まで流れてゆくだろう。

7.Auf dem Flusse 流れの上で

 凍てつき凍った川。その堅い表面に、彼女の名前と思い出の日付、破られた婚約の象徴、壊れた輪を刻み込む。

8.Ruckblik 振り返り

 振り返らず必死で歩いてきた。変わり果てた街の姿を見たくなかったのだ。五月には、花が咲き、鳥は歌い、娘の輝く瞳が彼を迎えてくれたのに

9.Irrlicht 鬼火

 鬼火に誘われるまま、岩山へと分け入る。すべての川は海に至る。どんな悲しみもいずれはその墓に入る。

10.Rast 休息

 狭い炭焼き小屋で休息をとる。静けさに身を置いて、心身の苦悩が疼き始める。休もうとしない身体が「歩行のリズム」を刻み続ける。

11.Frhlingstraum 春の夢

 夢を見た。五月を、花を、草原を、愛を、恋人を、幸せを。雄鶏の声が時を告げる。窓の霜が葉っぱに見える。それは春を夢見る愚か者をあざ笑うかのように。

12.Einsamkit 孤独

 嵐も止み、穏やかに晴れ渡り、光りあふれる下界。人々の明るい暮らしの中をただ一人、誰とも交わることなく、孤独な旅を続ける。自分の惨めさがいっそう際立つ。足を引きづる重たい「歩行のリズム」。

   ・・・・・休 憩・・・・・

13.Die Post 郵便馬車

 郵便馬車の到着を告げるラッパが聞こえてくる。自分宛に手紙が届くはずもないのに、心は高鳴る。

14.Der greise Kopf 白髪の頭

 霜が白髪を覆い尽くした。老人になったかと喜ぶが、すぐに元通り。死を願うが、まだ遙かに遠い。

15.Die Krahe からす

 ずっと頭の上を飛び、後をついてきた奇妙な鳥。死を予感させる不吉な鳥が、今は唯一の忠実な存在。

16.Letzte Hoffnunngu 最後の望み

 木立に残る枯れ葉。その一枚に自分の希望を託す。その葉とともに自分の希望も散りはてる。

17.Im Dorfe 村にて

 寝静まった村を一人通り過ぎる。番犬が吠え、鎖が鳴る。ベットで夢をむさぼる小市民たち。社会からはみ出した彼には、もう夢など無縁なもの。

18.Der sturmische Morgen 嵐の朝

 雲は千切れ飛び、赤い閃光が走る激しい冬の嵐。それは自分の精神に相応しい朝。

19.Truschunng 惑わし

 怪しい光りに、誘われるままについて行く。それは氷と夜と恐怖の向こうに、暖かい家庭と愛する人を見せてくれる。惑わしいが唯一手に入れられるもの。

20.Der Wegweiser 道しるべ

 人目を避け、人の通わぬ道を行く。それは狂気のなせる業。道しるべなど無縁の旅だが、一つの道しるべが目の前に現れ、ある道を指し示す。それはいまだかつて誰一人として戻ってきた者がいない道。「歩行のリズム」が行くべき道へと誘う。

21.Das Wirtshaus 宿屋

 その道は墓地へと繋がっていた。ここで休みたい、氷の眠りにつきたいと願ったが、受け入れられず、さらに旅を続ける。

22.Mut 勇気

 死を拒絶され、今一度勇気を奮い起こす。この世に神がいないのら、自らが神になろう。

23.Die Nebensonnenn 幻の太陽

 空に太陽が三つ。何を意味するのか。彼もかつて太陽を三つ持っていた。だが今は良い方の二つが沈んでしまった。ならば全部沈んで、暗闇のほうがまし。

24.Der Leirmann 辻音楽士

 村外れの雪原でライヤーを弾く老人。誰も聞いていないのに、なるがままに任せ、一心にライヤーを弾いている。この旅で出会った唯一の人間。それは社会から見捨てられた絶望なのか、現世の希望なのか。

《プロフィール》

バリトン&朗読・訳詞:谷 篤

 1960年三重県生まれ。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。同大学院修士課程修了。日、仏、独、伊、露、英の古典から現代までの歌曲を広くレパートリーとして活動。邦人作品の初演、新作オペラへの出演も数多く、バリトンからカウンターテナーの音域まで歌う、他に例の無い卓越した表現力と演技力は、高い評価を得ている。・・・・・東京藝術大学音楽学部非常勤講師。

ピアノ:揚原祥子

 旭川市生まれ。東京藝術大学附属高等学校を経て、同大学ピアノ科を主席で卒業、同大学院修士課程終了。・・・・第58回日本音楽コンクール第1位、併せて野村賞、井口賞受賞。・・・・2003年より声楽家谷篤氏の企画する「ひとときの歌」シリーズに出演・・・・現在、千葉大学教育学部准教授。

《レコード CDのことなど》

シューベルト:歌曲集「冬の旅」

 レコード、CDは自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、私はハンス・ホッター(バス・バリトン)、ジェラルド・ムーア(ピアノ)のLPレコードを楽しんできました。

 

    

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2009年6月 8日 (月)

演奏会に行ってきました「ワーグナー:「リエンツィ」序曲、マーラー:交響曲第5番」(2009-4)

2009年1月31日(土)14時開演 すみだトリフォニーホール大ホール(東京メトロ錦糸町駅徒歩7~8分、JR錦糸町駅徒歩5~6分) 私の席1階26番(自由席)ど真ん中

《プログラム》

リヒヤルト・ワーグナー:歌劇「リエンツィ」序曲

マーラー:交響曲第5番

《曲目解説》 パンフレットより

 1804年にベートーヴェンが作曲した交響曲第三番「英雄」で、交響曲は芸術作品の確固たる地位を確立しました。その後、楽器の改良、オーケストラの巨大化、音楽様式の多様化と作曲技法の進歩が進み、管弦楽曲は拡大・進化していきます。その中心人物がワーグナーで、その楽曲の巨大さ、管弦楽法の華麗さと巧みさ、斬新な音楽スタイルはヨーロッパ中の音楽家に衝撃ともいえる影響を与えました。

 そして、ワーグナーの歌劇「ローエングリーン」でもってウイーン宮廷歌劇場常任指揮者としてデビューしたマーラーは、英雄交響曲から一世紀の1902年に、交響曲の頂点ともいえる交響曲第五番を作曲しました。本日は西洋音楽界の発展に多大な影響を与えた2人の「巨人」の作品が並ぶプログラムです。

《印象 感想など》

リヒヤルト・ワーグナー:歌劇「リエンツィ」序曲

アマオケとしては良い音を出す。アンサンブルもなかなか良い。ワグナーらしいスケール感を感じさせる曲、演奏。

《曲目解説》 パンフレットより

 ワーグナー(1813年生1883年没)はまだ若くて無名の時期に、パリでの成功を目指してこの「リエンツィ」を作曲しました。パリでは上演の機会を得ませんでしたが、ドイツ帰国後ドレスデンで大成功を収め、彼の「出世作」となりました。この作品は、パリで当時流行していた「グランド・オペラ」の様式をそのまま取り入れており、まだまだ若さが目立つ作風ですがこの後、「さまよえるオランダ人」「タンホイザー」「ローエングリン」などの名作を次々に作曲して、音楽、文学、美術などの芸術を総合した総合芸術である「楽劇」を確立していきます。

「リエンツィ」は14世紀ローマに実在した護民官です。歌劇の筋は、リエンツィは貴族の圧政のもとにあった民衆を献身的に助けるが、最後には貴族はもとより民衆からも反感を持たれて、非業の死を遂げるという悲劇です。

 序曲はゆったりとした序奏とテンポの速い主部より構成され、歌劇の中に出てくるテーマを中心に構成されています。冒頭にトランペットが、民衆解放闘争を呼びかける長い音を3音鳴らし、その後リエンツィの祈り「全能の父よ、護り給え」の堂々とした旋律が弦楽器によって流れます。主部に入り、全奏による激しい動きに続いて、金管楽器が「聖霊よ、護り給え」という民衆の叫びを教会風の旋律でたくましく奏します。チェロのゆったりとした動きで曲想が落ち着くと、冒頭の「全能の父よ、護り給え」が響いて、行進曲風の軽やかで明るいメロディ(反逆者を許すリエンツィの寛容をたたえる歌)が登場します。その後短く激しい展開部を経て、リエンツィをたたえる歌が再現されます。

グスタフ・マーラー:交響曲第5番 嬰ハ短調 

第一楽章 「葬送行進曲」  第二楽章 「嵐のように激動して、極めて激しく」  第三楽章 「スケルツォ」  第四楽章 「アダージェット」  第五楽章 「ロンド・フィナーレ」

《印象 感想など》

第一楽章 出だしのトランペット、いまひとつ。トローンボーン、トランペットなどの金管、少しとちる。  第二楽章 マーラーらしい響きが随所に出てくる。ティンパニー小気味よい響き。チェロが良い音でメロディを奏す。  第三楽章 金管のとちり、少し気になる。ホルン、コンマス、チェロ主席ピチカート。そして弦のピチカート、金管のソロで繋ぎ、コーダへ。  第四楽章 何とも泣かせる曲、演奏。静かに終わる。  第五楽章 ホルンから入る。弦が続く。トランペットが高らかにテーマを吹く。全合奏でテンポを上げて、盛り上げていく。よく流れよく歌う。コーダへ。

《曲目解説》  Vc 佐藤玄士

 マーラー(1860年生~1911年没)は1860年にチェコ・ボヘミア地方の小村でユダヤ人の子供として生まれました。

 「私は三重の意味で故郷がない。オーストリア人の間ではボヘミア人、ドイツ人の間ではオーストリア人、全世界においてはユダヤ人として」。妻アルマが伝えるマーラーの言葉ですが、彼の持つ多様性、複雑性の一端が感じられます。生前は作曲家としてより指揮者として有名で、歌劇場(現在の国立歌劇場)の監督というヨーロッパ音楽界での最高峰の地位を獲得しました。(小澤征爾の大先輩)。そしてその後の10年間の監督時代に彼は数々の改革を行いました  。例えば、従来歌劇場は一種の「社交場」であり、演奏中の会話や入退場は自由でしたが、彼はそれらを一切禁止して今日の演奏会に見られるマナーを定着させました。また練習は極めて厳しく楽団員からはかなり不評でしたが、管弦楽団の演奏技術は極めて向上しました。

 一年のうち3シーズンは(秋~冬~春)指揮者活動する傍ら、夏休みはもっぱら作曲に没頭して、「大地の歌」を含む11曲の交響曲と、多くの歌曲を残しました。作曲範囲は一部例外を除いてこの2分野に絞られており、豊かな叙情性を持った歌曲を作曲して、その旋律やアイデアを交響曲に取り入れていくパターンが基本です。交響曲第一番から第四番が初期の作品で、歌曲や声楽に多くを依っています。

 第二のグループは第五番から第七番で、ここでは声楽は入らず純粋に器楽だけで構成されています。巨大な第八番を経て「大地の歌」最後の第十番(未完成)までは晩年の諦観が色濃く出ています。

 マーラーの作風はまさしく多様・複雑です。叙情的・官能的で詩情に溢れている一方で、人生への怖れ・諦観といった深い闇が同居しています。軍隊の行進曲や民謡、小鳥のさえずり、信号音などが生の形で音楽の中に突然登場するのも伝統的なクラッシック音楽には珍しいことです。さらには皮肉やパロディーも随所に見られ、今回の第五交響曲もベートーヴェンの運命交響曲のパロディーが登場します。「崇高な悲劇性と軽薄な娯楽性が心の中で分かちがたく結びつくようになった」という趣旨のことをマーラー自身が述懐しています。

 第五番の作曲当時は彼の生涯の絶頂期であり、仕事面ではウイーンの宮廷歌劇場監督に就任しており、私生活では妻アルマと結婚して長女が生まれています。

 作品の全体的な流れは「苦悩から歓喜へ」で、ベートーヴェンの交響曲第五番「運命」や第九番「合唱」に見られるストーリーとなっています。楽章構成は、表面上は五楽章になりますが、全体的には大きく3部構成と考えられ、第一楽章と第二楽章は苦悩、第三楽章は中間部のスケルツォ、第四楽章を序奏部として第五楽章は歓喜を表現しています。

第一楽章「葬送行進曲

 緩-急-緩の構成です。冒頭トランペットが葬送を告げるファンファーレを奏しますが、これはベートーヴェンの運命交響曲で有名な「運命の動機」でこののち第二楽章にわたり随所に登場します。その後弦楽器が悲しみの主題を奏して葬送の行進が続きます。中間部は「情熱的に荒々しく」と指定されたテンポを急激にアップしますが、しばらくして落ち着いて再び葬送の行進となります。

第二楽章「嵐のように激動して、極めて荒々しく

 ソナタ形式です。冒頭まさしく嵐のように第一主題が荒れ狂いますが、第二主題は第一主題の葬送行進のリズムに乗って、チェロがゆったりと悲しげな旋律を奏でます。

第三楽章「スケルツォ」

 やや遅めの長いスケルツォで、「苦悩」から一転して穏やかで明るい曲想となります。印象的なホルンの導入動機に続いて、穏やかな舞曲風の主題が流れます。その後はさまざまなスタイルの主題が次々と登場して曲が展開していきますが、冒頭のホルンの動機とともに第一主題が再現されます。最後はテンポが急激に速くなり、まさに「乱舞」のうちに終結します。

第四楽章「アダージェット」

 ヴィスコンティ監督の映画「ヴェニスに死す」で使われて有名になりました。世紀末ウイーンの官能的・退廃的な雰囲気に満ちています。

第五楽章「ロンド・フィナーレ」

 マーラーは第五番作曲当時、バッハの作品の研究をしていました。その影響か、この第五楽章は複数の旋律が絡み合って進行していく「対位法」の技法が多用されています。冒頭いろいろな楽器で主要旋律の断片が奏されたのち、ホルンが明るく豊かな主題を提示します。すぐにチェロによるバッハ風のフーガ主題が現れ、長大なフーガが進行していきます。そしてマーラーの絶頂期を表すような歓喜のコラールを経て終結します。

《プロフィール》

指揮者:富平恭平’(とみひら きょうへい)

 東京生まれ。東京藝術大学音楽学部指揮科卒業。これまでに指揮を高関健、田中良和、小田野宏之、ピアノを安芸彊子、迫昭嘉、奏はるひの各氏に師事。現在、群馬県の移動音楽教室にて群馬交響楽団を指揮している。これまでに東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、錦織健リサイタルにてニューフィルハーモニー千葉を指揮している。・・・・・オペラでの活動が多く、東京二期会、新国立劇場、藤原歌劇団、錦織健プロジュース、日生劇場などでの公演で副指揮者、合唱指揮者、コレペティトウァ、ピアニスト、プロンプターなどオペラに関わるあらゆる仕事を務めている。・・・・・

 2007年10月には急遽代役にてクーラウ作曲のオペラ「魔法の竪琴」の日本初演を指揮。現在、東京二期会専属スタッフとしてオペラの制作に携わり、東京藝術大学大学院オペラ科非常勤講師としてオペラの指導も行っている。

《レコード CDのことなど》

マーラー:交響曲第5番

 レコード、CDは自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、私はジョン・バルビローリ指揮:ニューフィルハーモニア管弦楽団のCDを聴いてきました。 

 

 

 

 

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2009年6月 5日 (金)

演奏会に行ってきました「2009都民芸術フェスティバル助成公演 東京シティ・フィルハーモニック シベリウス:交響詩「フィンランディア」、ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲、ショスタコーヴィチ:交響曲第5番」(2009-3)

2009年1月31日(日)6:00pm開演 東京芸術劇場大ホール 2009都民芸術フェスティバル助成公演 オーケストラシリーズ№40 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団 JR池袋駅徒歩5分

《プログラム》

指揮:飯森泰次郎  ピアノ:菊地裕介  東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団  コンサートマスター:戸澤哲夫

シベリウス:交響詩「フィンランディア」 作品26

ラフマニノフ:パガニーニの主題による変奏曲 作品43

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 作品47

《印象 感想など》

 私の席 1階A席Q列18番 中央ど真ん中 満席。日本演奏連盟よりオーケストラチケットを一括購入。

シベリウス:交響詩「フィンランディア」 作品26

 出だし、ホールを揺るがすような低音の響き。有名なテーマ、快調な演奏。「七つの海を越えて」のテーマ、綺麗に鳴る。次第に盛り上がり、快演、熱演。ブラヴォー。

ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲 作品43

 ピアノ:スタインウエイ。例の有名な叙情あふれる弱音のテーマをしっかり弾く。ピアノテクニック、申し分なし。伴奏、重厚になりすぎず、リズミックに付ける。例のアンダンテ・カンタービレの第18変奏、最高の歌。全体に伴奏と一体となった素敵な演奏。最後は、ピアノがちょこっと鳴って、曲を閉じる。

       ・・・・・・休 憩・・・・・

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 ニ短調 作品47

Ⅰ モデラート-アレグロ ノン トロッポ  Ⅱ アレグレット  Ⅲ ラルゴ  Ⅳ アレグロ ノン トロッポ

 Ⅰ ハープ、2台。少し重苦しい、低音弦の出だし。続いて、ヴァイオリンの対照的な明るい響き。ピアノ入る。ピッコロ、シンバル、チューバ、テンポを上げて盛り上がる。フルートが清らかな音を吹く。鉄琴、ハープが奏する。  

Ⅱ コントラバスが中心。低弦がテーマを奏する。第2テーマが勢いよく続く。そしてコンマスのソロヴァイオリン、フルートやハープが続く。弦のピチカートが緊張を込めて続く。チューバや木琴が続く。  

Ⅲ 静かな弦が優しく奏される。ハープが素敵な歌を歌う。フルートが吹かれ、鉄琴が聞こえる。木琴がテーマを打つ。弦がトレモロで重なる。重厚な響き。ハープが静かに続く。

Ⅳ 全奏。ティンパニー連打。テンポ速めて有名なテーマへ。チューバ、太鼓、一度落ち着いて少しずつ弦が美しいテーマを奏する。ティンパニー鳴り、1楽章のテーマが出てくる。弦が盛り上がり、全奏。大太鼓がドンドン鳴る。弦がコーダへ。シンバル鳴り、金管、弦楽合奏等で大いに盛り上がる。大太鼓でエンド。快演、熱演、凄演。ブラヴォーの嵐。飯森巨匠の風格。東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、力ある。

アンコール シベリウス:アンダンテ・フェスティバル

 弦楽中心の素敵な曲。素敵な演奏。

《プログラムノーツ》  道下京子

シベリウス:交響詩《フィンランディア》

 ロシアは、自国の支配下にあったフィンランドでの民族運動の高まりに対して、フィンランドの新聞に対して、圧力を加えていた。シベリウスは1899年(34歳)、この圧力に反対し、交響詩《フィンランディア》(作品26)を作曲した。この作品こそ、フィンランドの国民運動の象徴的な意味を担うことになり、とりわけこの意識は、彼の作風や自身の創作の方向性を決定的なものにしたと言っても過言ではない。

 《フィンランディア》を通して、フィンランドの国民は、民族の誇りと自信、自国の文化と伝統の尊さを改めて強く自覚し、当時のロシアの支配下にあったフィンランドの独立への悲願を実感したのである。フィンランド賛歌とも言うべきこの作品において、シベリウスは対象を限定せず、フィンランドの自然の全てを象徴的に表現する手法を取り入れた。この音楽の主題は、果てしなく続く森林と悠久とした大地である。作品は1900年7月2日、パリ万国博覧会でロベルト・カヤヌス指揮、ヘルシンキ管弦楽団の演奏で初演された。

 作品はアンダンテ・ソステヌート、2分の2拍子、重々しい序奏で始まる。序奏部分はフィンランドの白夜の夜を連想させる。この部分は、ロシアの支配下にあった当時のフィンランドの気持ちを代弁しているように聞こえる。主部にはいるとテンポと拍子を変えて(アレグロ・モデラート、4分の4拍子)、音楽は力強く大きく高まっていく。低音の長い保持音の表現は、シベリウスの音楽の特徴であり、この音楽でも効果的に用いられている。音楽は高揚するにつれて、金管楽器群やシンバルも加わり、フィンランドの栄光と自負を表すかのように、勝利の凱歌で全体を締めくくる。

ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲 作品43

 セルゲイ・ラフマニノフ(1873~1943)は、サンクトペテルブルクの南西部に位置するオネーグに生まれた。祖父アルカージは軍人であったが、音楽愛好家としても知られ、自らピアノを弾き、作曲家ジョン・フィールド(ピアノにおける「夜想曲(ノクターン)」のスタイルを確立したことで知られている。)にレッスンを受けていた。アルカージーの娘、すなわちセルゲイのおばは、当時の名ピアニスト、アレクサンドル・ジロティと結婚した。また、セルゲイにピアノを手ほどきしたのは、彼の母親であり、プロではなかったものの音楽的な素養を備えていた。このように、ピアノに囲まれた環境に育ったラフマニノフが、ピアニストになったことは、自然な流れであろう。

 その一方で、作曲に対しても関心を持ち、音楽院では作曲や和声法、対位法も習得し、卒業後は指揮者としても活躍した。自らがピアニストであったことを物語るように、ラフマニノフは巧みなピアニスティックとロシア・リリシズムを見事に融合させたピアノ作品を数多く作曲している。

 《パガニーニの主題による狂詩曲》は、1934年の夏、スイスのルチェルンで書かれた。変奏曲形式に則って作曲されており、ヴァイオリンの鬼才パガニーニ(1782~1840)の「24のカプリス」の第24番を主題に持つバリエーションで、24の変奏曲からなる。この作品における変奏の手法は、主題の和声に基づいた分割変奏ではなく、それぞれの変奏に独自性を与えた性格変奏による。また、通常は主題は冒頭に置かれるが、この作品では、第1変奏と第2変奏の間に主題が置かれる。作品は、4つのグループから構成されている。まず、第1から第6変奏までと、「怒りの日」の主題が登場する第7から第15変奏まで、変ロ短調に転調する第16から第18変奏、そして主調のイ短調に戻る第19から第24変奏と分けることができる。作品中に「怒りに日」が引用されていることも特筆すべきであり、第24変奏において、再び「怒りに日」が華麗なオーケストレーションによって提示されて、パガニーニの主題と統合される。このパガニーニの主題は、リストやブラームスにインスピレーションを与え、ルトスワフスキーも変奏曲を書いている。超絶技巧的な要素とダイナミックな甘美さが、自然な形で融合しており、ラフマニノフのピアノ作品における最後の頂点をなす作品である。

序奏/プレセゼンテ イ短調 4分の2拍子  主題/リステッソ・テンポ イ短調 4分の2拍子  第2変奏/リステッソ・テンポ イ短調 4分の2拍子  第3変奏/リステッソ・テンポ イ短調 4分の2拍子  第4変奏/ピゥ・ヴーヴォ イ短調 4分の2拍子  第5変奏/テンポ・プレセデンテ イ短調 4分の2拍子  第6変奏/リステッソ・テンポ イ短調  第7変奏/メノ・モッソ、ア・テンポ・モデラート イ短調 4分の2拍子  第8変奏/テンポ・プリモ イ短調 4分の2拍子  第9変奏/リステッソ・テンポ イ短調 4分の2拍子  第10変奏/ポコ・マルカート イ短調 4分の4拍子  第11変奏/モデラート イ短調 4分の3拍子  第12変奏/テンポ・ディ・メヌエット ニ短調 4分の3拍子  第13変奏/アレグロ ニ短調 4分の3拍子  第14変奏/リステック・テンポ ヘ長調 4分の3拍子  第15変奏/ピゥ・ヴィーヴォ、スケルツアンド ヘ長調 4分の3拍子  第16変奏/アレグレット 変ロ長調 4分の2拍子  第17変奏/(アレグレット)変ロ長調 4分の4拍子(8分の12拍子)  第18変奏/アンダンテ・カンタービレ 変ニ長調 4分の3拍子  第19変奏/ソリテッソ・テンポ(ア・テンポ・ヴィヴァーチェ) イ短調 4分の4拍子  第20変奏/ウン・ポコ・ピゥ・ヴィーヴォ イ短調 2分の4拍子  第21変奏/ウン・ポコ・ピゥ・ヴィーヴォ イ短調 4分の4拍子  第22変奏/ウン・ポコ・ピゥ・ヴィーヴォ(アッラ・プレーヴ)  第23変奏/リステッソ・テンポ イ短調 4分の2拍子  第24変奏/ア・テンポ・ウン・ポコ・メノ・モッソ イ短調 4分の4拍子

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 作品47

 ドミートリィ・ショスタコーヴィチ(1906~75)は、20世紀最大のロシアの作曲家である。彼の時代の芸術家の多くは、自由な音楽の表現を求めて西欧やアメリカへ渡っていた。その中にあって、ショスタコーヴィチは、旧ソ連に留まった。彼もまた、政府から幾度となく自らの音楽を批判されていたものの、そのたびに作風を変え、表面的に旧ソ連邦の社会主義リアリズムに忠誠を誓うような姿を見せつつ、自己の両親を貫き通した。それは、彼の晩年の作品が如実に物語っている。

 《交響曲》第5番も、そのような作品の一つとして数えられる。事実、この作品で、ショスタコーヴィチは名誉回復を果たしたのである。作風は、ベートーヴェンを連想させるような堅固で古典的に仕上げられている。作品は、1937年に作曲され、同年11月21日、ムラヴィンスキー指揮、レニングラード・フィルハーモニー交響楽団で行われ、絶賛を博した。

第1楽章/モデラート ニ短調 4分の4拍子~アレグロ・ノン・トロッポ。

チェロとコントラバスによって、音楽と落差の大きな動機(第1動機)を含む主要主題が、劇的に提示され、すぐにヴァイオリンがカノン上で旋回しながら下行する動機(第2動機)を紡ぎ出し、続いて第1ヴァイオリンがa音(ら)を連打する。この連打を形成するリズム(第3動機)、そして第1動機と第2動機は、この楽章を通して、綿密に構築され、有機的に展開していく。この直後(第6小節)に、第1ヴァイオリンが副次主題をゆったりと歌わす。第1主題はソナタ形式に則って書かれている。

第2楽章/アレグレット イ長調 4分の3拍子。

 主部において、チェロとコントラバスが、旋律的な第1主題を引きずるように奏でる。ヴァイオリンが分散和音を大きく描いた後、躍動的な第2主題が表れ、ホルンによる勇ましい第3主題がこれに続く。中間部では、独奏ヴァイオリンが、イ短調のユーモラスな旋律を歌い上げる。スケルツォ楽章であり、舞曲風のリズムが印象的である。

第3楽章/ラルゴ 嬰へ短調 4分の4拍子。

 耽美的な美しさの漂う緩徐楽章。弦楽器群の編成は、ヴァイオリンは3パート、ヴィオラとチェロは2パート、コントラバスは1パートとなっている。基本的には3部形式。最初に、第3ヴァイオリンが、優美な旋律を歌う。ここは、それぞれの弦楽器のパートにおいて、そのリズムや音型が相まって象徴的な響きを形成している。やがて、ハープの調べに導かれて、フルートが第1楽章の副次主題を変容させて2つの綾で紡ぎ込んでゆく。ホルン以外の金管楽器が使用されないのも、この楽章の特徴である。

第4楽章/アレグロ・ノン・トロッポ ニ長調~ニ長調 4分の4拍子。

 管打楽器の強奏でフィナーレは始まる。その後、ホルンを除く金管楽器は、主題を勇壮に響かせる。フィナーレでは、この主題を軸に展開してゆく。また、他の楽章の動機の使用も見られ、例えば、執拗な同音連打のリズムは、第1楽章の主要主題の第3動機に関連しており、ドラマティックなフィナーレの形成に貢献している。やがて、ニ長調に転じ、勝利の凱旋の行進曲は高らかな全奏で終結する。

《プロフィール》

指揮:飯森泰次郎

 「飯森泰次郎こそドイツ語でKapellmeisuter(名指揮者)と呼ぶにふさわしく、そこにはマエストロと言う言葉以上に大きな尊敬の念が込められている。」(バイロイト・ワーグナーフェステヴァル総監督ヴォルフガング・ワーグナー)

 1962年、桐朋学園短期大学音楽科(指揮科)を卒業、在学中の1961年の藤原歌劇団公演「修道女アンジェリカ」にてデビューを飾る。1966年ミトロプーロス国際指揮者コンクール、1969年には、カラヤン国際指揮者コンクールでともに第4位入賞を果たす。

 1972年には、芸術選奨新人賞(日本)とバルセロナのシーズン最高指揮者賞(スペイン)を受賞している。

 国内では1972年から76年まで読売日本交響楽団指揮者、国外では1970年からバイロイト音楽祭の音楽助手として数々の歴史的公演に加わると同時に、ブレーメン、マンハイム、ハンブルク、レーゲンスブルクの各歌劇場に指揮者として籍を置いた。

 エンスへデ市立歌劇場第一指揮者を経て、1979年から1995年までエンスへデ市立音楽院オーケストラ指揮者(現在オーケストラ顧問)。・・・・・

 1997年9月から、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団常任指揮者に就任。・・・・2001年1月より、関西フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者を兼任・・・・第32回(2000年度)サントリー音楽賞、第54回(2003年度)芸術選奨文部科学大臣賞受賞。さらに、2004年11月紫綬褒章、2008年第43回大阪市市民表彰を受賞。

ピアノ:菊地裕介

 高校2年の1994年、第63回日本音楽コンクールに出場者中最年少で第2位。

 桐朋女子音楽学校(共学)卒業と同時に渡仏し、パリ国立高等音楽院ピアノ科に入学。1999年一等賞で卒業。2001年研究科修了。同校ではほかに歌曲伴奏、20世紀音楽、フーガとソナタ形式を学び、いずれも一等賞で高等ディプロマを取得。・・・・・

 これまでに加藤伸佳、ジャック・ルヴィエ、アリエ・ヴァルディの各氏に師事。この間、第16回マリア・カナルス(2000・スペイン)で第1位、第20回ポルト(2003・ポルトガル)で第1位など、数多くの国際コンクールに上位入賞。・・・・現在、東京藝術大学、東京音楽大学、桐朋学園大学でピアノのみならず室内楽や音楽理論など、幅広いジャンルで行進の指導にも当たっている。

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

 1975年、自主運営のオーケストラとして指揮者・堤俊作中心に若く才能ある演奏家達によって設立。・・・・1994年からは東京都江東区と芸術提携を結び、ティアラこうとうを主な拠点として各種コンサートや公開リハーサルを、ファンと楽員との交流会、楽器の公開レッスン、音楽セミナーなど、地域に根ざした音楽文化の振興を目的に幅広い活動を行っている。・・・・・

 また2002年4月、フランス音楽に造詣の深い矢崎彦太郎が主席客演指揮者に就任。矢崎の最も得意とするフランス音楽の世界を幅広く系統立てて網羅した、「フランス音楽の彩と臀」と題する画期的なシリーズを展開している。

《レコード CDのことなど》

シベリウス:交響詩「フィンランディア」

 レコード、CDは自分の気に入ったものを聴いていればいいわけですが、フィンランディアはバルビローリ指揮ハレ管弦楽団のLPレコード、CDではクルト・ザンデルリンク指揮Berliner Sindonie-Orchester(輸入盤)をよく聴いてきました。

ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲は、ウラジミール・アシュケナージ(ピアノ)、指揮:アンドレ・プレヴィン、ロンドン交響楽団のLPレコードを聴いてきました。

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番は、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルのLPレコード(1979年の東京文化会館のライブ)、CDではルドルフ・バルシャイ指揮WDR Sinfonie orchester(輸入盤)を聴いてきました。

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2009年6月 2日 (火)

演奏会に行ってきました「村治佳織ギター・リサイタル ヴィラ=ロボス、グラナドス、アルベニス、タレガ、ピアソラ ほか」(2009-2)

越谷サンシティ会館30周年記念事業/越谷市制50周年 ティータイムコンサート・スペシャル 村治佳織ギター・リサイタル 越谷サンシティ大ホール(東武伊勢崎線新越谷駅・JR武蔵野線南越谷駅徒歩5分) モントウーの我が地元越谷でのコンサート。自宅から徒歩20分。越谷は市制50周年で色々な催しが行われています(この間はNHKのど自慢が同じホールでありました)

《ティータイムコンサート・スペシャル~コンサートによせて》 村治佳織

 みなさま明けましておめでとうございます。2009年、どのように幕をあけましたか?

 私の2009年のコンサートはアランフェス協奏曲から始まり、ソロリサイタルで早速九州に行ってきました。ソロリサイタルでは関東での最初がここ、越谷です。

 前半では、バッハの作品やピアソラなどお楽しみいただき、後半は17歳でデビューされて以来、常に第一線で活躍されておられる渡辺香津美さんと共演させていただきます!

 今迄何度も共演させていただいておりますが、今回は特に映画の音楽特集と題して、人々に愛される名曲の数々を演奏いたします。

 香津美さんがよく使われる私も大好きなフレーズ、“指先から愛を込めて・・・”そのように演奏できたらとと思っています。

《ティータイムコンサート・スペシャル~コンサートによせて》 渡辺香津美

 新年早々パリから戻ったばかりの佳織さんを成田空港に迎えに行き、そのまま拉致して(笑)本日のコンサートの為のリハーサルを深夜まで行いましたが、とても楽しい時間でした。

 なかでも、僕と作曲家・ピアニストで公私共にパートナー、谷川公子とのユニット《キャッスル・イン・ジ・エア》が初めて映画音楽を担当した《火垂るの墓》のメインテーマ《一億の祈り》。サウンドトラックよりも更に新しいアレンジによるコンサート初演を、皆様に聴いていただけるのを嬉しく思います。佳織さんの華麗なトレモロにはいつもうっとりさせられますが、この曲の“はかなさ”が一層際立っています。

 一方、同じく谷川のオリジナル《ライト・アンド・シャドウ》では、エキゾチックなリズム・アレンジメントが、ギターデュオの新たな可能性を感じさせます。

 個人的には、今日がステージデビューとなる僕の新しいギター達。どんな響きになるか、実はそれもワクワクしています。

《印象 感想など》

 第1部は村治は白い衣装で登場。第2部は黒いセーターに黒いスラックス、腰に下がる赤い布で登場。小さいスピーカーとマイクロホーンあり。大ホール(1階は1675席)だが1階はほとんど満席、すごい集客力。ティータイムコンサートは通常は小ホール開催だが、前回は完売で聴けず。

《プログラム》

〈第1部 ソロ〉

ヴィラ=ローボス:《5つの前奏曲》より第1番・第3番・第5番

グラナドス:詩的なワルツ集

アルベニス:《スペイン組曲》作品47より第4番〈カディス(カンシオン)〉

タレガ:アルハンブラの思い出

ピアソラ(アサド編曲):ブエノスアイレスの冬

         ・・・・・ティータイム・・・・・

〈第2部 デュオ〉

ピアソラ:リベルタンゴ

ルグラン:映画「おもいでの夏」より《夏は知っている》

武満 徹:不良少年

マイヤーズ(渡辺香津美編曲):カヴァティーナ

谷川公子:一億の祈り

谷川公子:Light & Shadow~光そして影

《印象 感想など》 

ヴィラ=ローボス:《5つの前奏曲》より第1番・第3番・第5番

 一聴、凄く響く極上のギターの音。きらびやかな音が印象的。

《曲目解説》

 エイトール・ヴィラ=ロボス(ブラジル 1887~1959)の1940年の作品。6曲作曲されたものの最後の1曲が消失して、現在《5つの前奏曲》として伝えられています。各曲につけられた副題は、作曲者本人によるものです。第1番「叙情のメロディー」、第3番「バッハへの賛歌」、第5番「社交界への賛歌」。

グラナドス:詩的なワルツ集

 しとやかで、サラッとした曲。トレモロの弾き方が素晴らしい。

《曲目解説》

 ピアニストとして活躍したエンリーケ・グラナドス(スペイン 1867~1916)の初期のピアノ作品《詩的なワルツ集》は、7つのワルツに序奏と終曲がついた組曲で、ひと続きに演奏されます。4分の2拍子の序奏に、第1番メロディコ(旋律的に)、第2番テンポ・デ・パルス・ノブレ(高貴なワルツのテンポで)、第3番テンポ・デ・パルス・レント(ゆっくりとしたワルツのテンポで)、第4番アレグロ・ウモリスティコ(速く、ユーモラスに)、第5番アレグレット/エレガンテ(速めに、優美に)、第6番クアジ・アド・リビトゥム/センチメンタル(ほとんど自由に/感傷的に)、第7番ヴィーヴェ(生き生きと)の7つのワルツが続きます。終曲は、8分の6拍子のプレストに始まって、最後に第1のワルツが回帰します。

アルベニス:マジョルカ島(舟歌)作品202

《曲目解説》

 同じくアルベニスのピアノ作品からの編曲です。マジョルカ島は、「ピアノの詩人」ショパンが恋人ジョルジュ・サンドと過ごしたことで知られる地中海の島で、アルベニスも若い頃訪れています。バルカローラ(舟歌)という副題を持っており、主部はゴンドラの揺れを表す舟歌特有のリズムがかかれています。

タレガ:アルハンブラの思い出

 誰もが知っている名曲。トレモロが素晴らしい演奏。

《曲目解説》

 もっとも知られているギター作品のひとつ。「近代ギター音楽の父」フランシス・タレガ(スペイン 1852~1909)が南スペインの古都グラナダにあるアルハンブラ宮殿を訪れたときに受けた感銘から作曲されたといわれております。

ピアソラ(アサド編曲):ブエノスアイレスの冬

《曲目解説》

 セルジオ・アサド(1952~)がアメリカの「ギター・レビュー」誌の委嘱を受けて編曲したアストル・ピアソラ(アルゼンチン 1921~1992)の《ブエノスアイレスの四季》から一曲。ピアソラ五重奏団(バンドネオン、ヴァイオリン、ギター、ピアノ、コントラバス)のための作品を、見事にギター・ソロで表現した作品です。

ピアソラ:リベルタンゴ

 スペインの土俗的な雰囲気の柔らかい感じの曲。照明がやや赤い感じに変わる。

《曲目解説》

 再びピアソラの作品から。日本ではテレビCMをきっかけに有名になった《リベルタンゴ》をギター・デュオのための編曲でお聴きいただきます。なお「リベルタンゴ」とは、スペイン語の「自由」libertaとタンゴtangoを組み合わせたピアソラの造語です。

ルグラン:映画「思い出の夏」より《夏は知っている》

 南アフリカの楽器で弾く。今日がデビュー。

《曲目解説》

 『シェルブールの雨傘』をはじめ数多くの映画音楽を残しているミシェル・ルグラン(1932~)が、ロバート・マリガン監督の『おもいでの夏(1942年夏)』のために書いたテーマ曲。なお、ルグランはこの作品でもアカデミー作曲賞を受賞しています。

武満 徹:不良少年

 とても繊細な曲。武満はギターが好きで、ギターの曲も多い。

《曲目解説》

 武満 徹(1930~1996)は、数多くの映画音楽も作曲しています。《不良少年》は、羽仁進監督による1961年の映画『不良少年』のために作曲した3台のギターのための作品で、これまでに佐藤紀雄や福田進一がデュオのために編曲しています。

マイヤース(渡辺香津美編曲):カヴァティーナ

 少し色っぽい曲。

《曲目解説》 渡辺香津美

 イギリス人作曲家スタンリーズ・マイヤーズ(1934~1993)は数多くの映画音楽を残しました。この曲は、映画『ディア・ハンター』のために作曲された名曲。本日は渡辺香津美の編曲により、2台のギターでメロディーと伴奏が交互に演奏されます。

早川公子一億の祈り

 アンサンブル、トレモロがとても良い。

《曲目解説》

 昨年夏に公開された日向寺太郎監督の『火垂るの墓』のメインテーマ。渡辺香津美とユニット「Castle in The Air」を組む谷川公子が作曲したもので、作曲者によれば「二度と戦争を体験することのないわが国でありたいという願い、そしてその一億の祈りが、世界中の人々の祈りとなるようにとの思いを込めた曲」。「喪失」「命の輝き」「無常」の三部分で構成されています。

谷川公子:Light & Shadow ~ 光そして影

 渡辺香津美がギターを替える。音が少し堅い音になる。

《曲目解説》

 同じく谷川公子の作品から。原題の《Sol y Sombra》は、スペインの闘牛場ででの観客席(Sol=日向席、Sombra=日陰席、Soi y Sombra=時間がたつにつれて日陰になる席)に想を得て、光と影のコントラストが表現された作品です。もとはピアノとギターのための作品でしたが、今日のふたりによるデュオのために2台ギター用に編曲され、タイトルが英語に改題されています。

アンコール 渡辺香津美:吊りボタン エグザンプル

 照明が赤い色に変わる。少し活発な曲。途中で手を叩いて拍子をとる。また10分ほどの長めの曲。

《プロフィール》

村治佳織

 東京都出身、福田進一に師事。1989年、ジュニア・ギターコンテストにおいて最優秀賞を受賞。1991年、学生ギターコンクールにおいて、全部門を通じての最優秀賞を受賞。1992年ブローウエル国際ギターコンクール(東京開催)及び東京国際ギターコンクール優勝。1993年津田ホールにてデビューリサイタルを行う。・・・・1995年、第5回出光音楽賞を最年少で受賞。1996年、村松賞を受賞。・・・・1997年より、パリのエコール・ノルマルに留学、アルベルト・ポンセに師事。・・・・2008年3月、第9回ホテルオークラ音楽賞を受賞。現在最も注目されているギタリストである。

渡辺香津美

 1953年東京出身。17歳で衝撃のアルバムデビュー。1979年に坂本龍一と伝説のオールスターバンド(KYLYN)(キリン)を結成。同年秋YMOのワールドツアーに参加、世界各地で絶賛を博す。・・・・洗足大学ジャズコース客員教授。・・・・

 

 

 

 

 

 

 

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